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六十五話 傷ついたフェンリル①

 そうしてふたりは有無を言わせず、園内の建物へと連れられた。

 関係者以外立ち入り禁止の札も無視して、飼育員はずんずん奥へと進んでいく。その背を追いかけていると……やがて広い部屋に着いた。


「魔法使いのお客様をお連れしました!」

「おお、でかしたぞ!」


 飼育員が声を張り上げ、あちこちから歓声が沸いた。

 そこは、どうやら研究所のような場所であるらしい。薬の調合道具や干し草などが並び、アレンたちを連れてきた女性と同じような格好の飼育員たちが大勢いる。

 そんななか、白衣をまとった初老の男性がおずおずとアレンに近付いてくる。


「だが、見たところまだ若いじゃないか。本当に……む?」

 

 そこで眉を寄せ、じっとアレンの顔を凝視する。

 

「ひょっとして……クロフォード家のご子息ですかな?」

「……まあ、そのとおりだが。どこかでお目にかかったかな」

「アテナ魔法学園の公開講義で一度お見かけしましたからな。なるほど。クロフォード家の方が来てくれたのなら心強い!」

 

 男性はくまの浮いた顔をほころばせ、握手を求めてきた。

 

「私はこの魔道動物園の園長です。どうか力をお貸しいただけないでしょうか」

「かまわないが……いったい何が起きたんだ?」

「……見ていただいた方が早いでしょうな」

 

 園長は硬い面持ちで、アレンたちを研究所の奥へ誘う。

 ごちゃごちゃと並ぶ人や物の間をすり抜けた先に――巨大な檻が鎮座していた。

 

「なっ……!」

 

 そして、アレンは言葉を失った。

 檻の中にいたのは、大きな狼だ。白銀の毛並みは(つや)やかで、真紅の瞳が意志の強さを感じさせる。

 魔物の中でも超稀少種……フェンリルだ。

 成体ともなれば家ほどの大きさになるものの、この個体は人間とそう変わらない。おまけに毛皮は赤黒い汚れにまみれていて、低いうなり声にも力がなかった。

 シャーロットは息をのみ、震えた声で問う。

 

「怪我、してるんですか……?」

「ええ……親とはぐれた上に、密猟者にやられたようでして」

 

 園長は沈痛な面持ちでかぶりを振る。

 フェンリルは絶滅危惧種であり、よほどのことがない限り討伐は認められない。だがその毛皮や骨などは良質な魔法道具の材料となるため、密漁が後を絶たないのだ。

 魔道動物園では、そうした希少な魔物を保護し、繁殖を試み、野生に戻す取り組みをしていることが多い。

 

「うちはフェンリルを保護したのはこれが初めてで、スタッフの誰も意志の疎通ができなくて……おかげで怪我の治療もできないんですよ」

「それは確かに問題だな……」


 アレンは眉を寄せ、ゆっくりと檻に近づく。

 先ほどボーパルバニーたちに語りかけたように、魔物言語を使ってみるのだが。

 

『おい、話を聞いてくれ。俺たちは敵じゃ――』

「がぅっっ!!」


 フェンリルはまるで聞く耳を持たなかった。敵意に溢れた眼差しを向けて、アレンをねめつけ吠え猛る。

 基本的に、高位の魔物は人間の言葉にはほとんど耳を貸さない。

 向こうからしてみれば人間などスライムのごとき存在だ。まともに話し合いをしようと思えば、高レベルの魔物使いを連れてくるか、じっくり時間をかけて信頼関係を築くしかない。

 今のままでは回復魔法を使える距離まで近付くことも難しいだろう。そのうえ下手に刺激しては、傷が開く可能性もある。


「ちっ……やはり無理か」


 アレンは無力感に舌打ちしつつ、ゆっくりと後ずさるほかない。

 そんな様子を見て、園長はため息をこぼす。

 

「あの子は餌も食べてくれないんです。私たちに慣れるのを待つにしても、体力が持つかどうか……」

「ふむ、魔物使いはいないのか?」

「さすがにフェンリルとなると、うちのスタッフもレベルが足りませんで……ほかの園に連絡を取ってもみたのですが――」


 園長とアレンがあれこれと話し合う中。

 シャーロットは胸の前で指を組み、遠くから檻をじっと見つめていた。


「フェンリルさん……」


 そんな姿を見れば、なおさら助けたいという気持ちが湧いた。これも何かの縁だ。アレンは園長に向き直り、口を開くのだが……。


「まあ、できる限りの協力は――」

「大変です!」

 

 そこでけたたましい足音が轟いた。

 息を切らした飼育員が飛び込んできて、大声で叫ぶ。


「母親と思われるフェンリルが……この園に向かってきています!!」

「なにっ……!?」

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