二百十八話 ふるさと
それから三日後。
「結局特等のマナダイヤが見つからんのだが!?」
キャンプ場にアレンの声が響き渡る。
うがーっと頭を抱えるアレンの前に積み上げられたのは、まばゆく輝く石たちだ。
ルビーにエメラルド、トパーズに琥珀、オリハルコンにガルヴォン、ミスリル……宝石から金属まで、そのラインナップは実に多岐に渡っていた。そのどれもが大粒で混ざり物が少なく、掛け値なしの上級品だ。
だがしかし、アレンの求める特等マナダイヤは存在しない。
落ち込むアレンの隣で、シャーロットは大粒の宝石がついた岩を指さしてニコニコする。
「どれもキラキラで綺麗ですねえ。あっ、これなんかマナダイヤじゃないんですか?」
「マナダイヤはマナダイヤだが、特等には至らないな」
アレンは高くそびえるコンゴウ山を振り仰ぐ。
「地中深くの宝石がマグマに乗って地表に出ることがある。それゆえ、火山が噴火したあとは採掘のまたとないチャンスのはず……なんだがなあ」
「しゃーないよ、魔王さん。こればっかりは運やもん」
原石を手にしてぼやくアレンの背後から声がかかった。
マリオンだ。アレンの手にした原石を預かり、しげしげと見つめてにっこりと笑う。
「うん、掛け値なしの品質やね。魔王さんがよければ、これで指輪を作ったってもええよ?」
「しかし特等マナダイヤを見つけると約束したしなあ……」
「大丈夫やって」
悩むアレンに、マリオンはどんと胸を叩いて言う。
「今のうちなら、どんな石だって最高に仕上げられる。大船に乗ったつもりで任せといてよ」
「……おまえ、急に吹っ切れたな」
「あはは、そうかもしれんね」
マリオンはふんわりと笑ってマナダイヤの原石を目の高さに翳す。
まっすぐ宝石を見つめるその輝石の目には、本来のもの以上の輝きが宿っていた。
「うちは石を弄ることしか能がない。でも、それがみんなの役に立つんなら……それだけでええんかも、って思ったんよね」
「マリオンさん……」
シャーロットはその言葉に胸打たれたように息を呑んだ。
そうしてマリオンの手を握りしめ熱弁を揮う。
「マリオンさんは元からすっごくカッコいいです! 自分だけの胸を張れる宝物があるって、素敵だと思います!」
「ええ、そうかなあ……でもありがとね、シャーロットさん」
「いいなあ。私もマリオンさんみたいになりたいです」
「いや、シャーロットさんはそのままでも十分すごいと思うけどなあ……なんせ、こんなに癖の強い従魔を飼い慣らしてんのやもん」
「なぜそこで俺のほうを見るんだ、おい」
「ひっ!? ご、ごめんなさいいいい!」
アレンがじろりと睨み付けると、マリオンは宝石の山に逃げ込んでしまう。
従魔は従魔でも、魔物ではなく魔王を従えているとでも言いたいのだろう。
そこでシャーロットがキッと眉をつり上げてアレンを睨む。
「アレンさん! マリオンさんをいじめちゃダメですよ!」
「俺は正当なツッコミをしただけで、いじめてなどいないんだが……」
「それでもダメです。めっ、ですよ」
「……すみません」
シャーロットに詰め寄られ、小さく頭を下げている以上、従魔扱いも否定はできなかった。
そんな話をしていると、拠点の入り口がにわかに騒がしくなった。
「やっほー、アレンー!」
「遊びにきたよー!」
「きょーのごはんはなーにー?」
「おまえたちなあ……いつでも来いとは言ったが毎日飯をたかりにくるなよな」
やって来たのはガレナにオリビン、フロゴたちだ。その後ろにはナタリアたちもいる。今朝から皆で一緒に出かけて、ようやく戻ってきたようだ。
顔をしかめるアレンに、ガレナはぶーぶーと文句をこぼす。
「いいじゃんか、俺たちだって遊んでるわけじゃないんだからな。なあ、ナタリア」
「ええ。本日も順調です」
ナタリアが真面目ぶってうなずく。その手にあるのはこの近辺の地図だ。
細かなメモがびっしり書かれたそれを掲げてアレンに示す。
「火山活動が収まったとはいえ、やはり周辺の被害は甚大です。復旧作業にはもう少しかかるかと」
「魔物たちも殺気立っておるしのう。あちこちトラブルだらけじゃわい」
「そうか。やはり俺も手を貸そうか?」
「いいえ、この程度わたしたちで十分です。大魔王の手を患わせるほどではありません」
「うむ! ガレナたちが案内してくれるおかげで楽勝なのじゃ」
子供たちはすっかり仲良くなって、日々このあたりのパトロールに尽力している。
街道に火山灰が積もったのをみなで掃感して、行商人たちからたいへん謝されたらしい。
ゴウセツも微笑ましそうに目を細めてかぴかぴと笑う。
『ふぉっふぉっふぉ、若者が力を合わせる絵はいいですな。儂も若返る気分です』
『あっ、ママ! これ今日の分ね! はい! ルゥがとどめを差したんだよー!』
「わ、わあ……すごいですね、ルゥちゃん」
ルゥがご機嫌で引っ張ってきた獲物を見て、シャーロットが顔色をなくす。
巨大なトラのような魔物で、頭には凶悪な二本の角が生えている。爪も大ぶりで、ひと薙ぎで大木を余裕でへし折ることだろう。
あごに手を当ててアレンはほうと感嘆の声を上げる。
「トウテツだな。こいつは煮込み料理にすると美味いんだ。本日のメニューが決まったな!」
「やっぱそれ食うんだ……あれ、メーガスにいちゃんは?」
「まだ里から戻っとらんのよ。なんやろねえ」
首をかしげるガレナに、マリオンは石の山から顔を出して言う。
族長から呼ばれたとかなんとかで、メーガスも朝から出かけていた。追放を言い渡された兄妹だが、あの一件以来メーガスだけは里にちょくちょく顔を出すことを許されていた。
そんななか遠くのほうから地響きのようなものが聞こえくる。
アレンはニヤリと笑う。
「噂をすればだ。客人も一緒のようだぞ」
「お客様……ですか?」
シャーロットが目を瞬かせたところで――。
「ただいま戻りましたよー」
「邪魔するぞ」
「わわわっ!? ぞ、族長様!?」
メーガスが現れると同時、キャンプ場を囲む木々の上から、ダロスの顔がにゅっと飛び出てきた。その後ろには他の岩人族らが何名も控えていて、ガレナたちは大慌てだ。
「ちっ、違うよ!? 俺たち遊びにきたわけじゃなくてね、よそ者を見張ってて――」
「言い訳無用。おまえたちがあれから毎日のようにここを訪れていることは承知の上だ」
「うへえ……バレてたか」
ガレナたちはしゅんっと項垂れる。
その神妙な様子を見てメーガスがぷっと噴き出した。
「おまえたちを連れ戻しに来たんじゃねえよ。挨拶したいんだとさ」
「うむ」
ダロスは鷹揚にうなずき、アレンへと頭を下げる。
火山の噴火を収めたあと魔法で直した傷は完全に塞がっており、ヒビで潰れた片目もすっかり元に戻っていた。
「アレン殿。先日は貴殿のおかげで助かった」
「いや、礼は無用だ。俺が勝手に手を出しただけだからな」
「しかし、貴殿がいなければもっと被害は広がっていたことだろう。感謝する」
ダロスは丁寧に頭を下げる。それにガレナたちがあんぐりと口を開けて固まってしまった。
族長が他種族、しかも人間に頭を下げるなんて前代未聞なのだろう。
他の岩人族らは黙してじっとしたまま族長を見つめていた。
そんな子供たちの反応をよそに、ダロスは拳をゆっくりと差し伸べる。
「その礼と言ってはなんだが、受け取ってくれ」
「こ、これは……!?」
開いた拳からこぼれ落ちたものを受け止めて、アレンはぴしっと固まってしまう。
それは大粒の宝石だった。正八面体の水晶は清水のように透き通り、太陽の光を受けてまばゆいほどの輝きを放つ。美しいだけでなく、手にしているだけで莫大な力が伝わってきた。
マリオンが石山から這い出てきて、宝石を前に歓声を上げる。
「こんな純度の高いマナダイヤは初めて見るわ! 間違いなく特等やよ!」
「百年ほど前、我がこの山で見つけたものだ」
興奮する一同に目を細め、ダロスは淡々と言う。
「悪しき者の手に渡れば余計な争いの元となる。そうならぬよう保護していたのだが……貴殿にならば安心して預けられよう。石もそう言っている。連れて行ってやってくれ」
「か……感謝する」
アレンはおずおずと言葉をつむいだ。国宝……いや、世界の宝と呼んでも過言ではない品を前にして珍しく緊張してしまった。
シャーロットもぺこぺこと頭を下げる。
「ありがとうございます、族長様」
「気にするな。里に来たときは高圧的に出てすまなかったな」
「い、いえ。私のほうこそ、よそ者のくせに意見したりして……」
「貴殿らはそれでいい」
ダロスはわずかに目を細めてから、再び深々と頭を下げた。
「我が同胞……メーガスとマリオンのことを、これからもよろしく頼む」
「へ……?」
マリオンがぽかんとした声を出す。
しばし完全にフリーズしてからすっとんきょうな声を上げて飛び上がった。
「ぞ、族長様!? 族長様が、うちの名前を口に……!?」
「マリオン。おまえにはこれをやろう」
あわあわするマリオンに、ダロスは小さな包みを投げ渡す。
葉にくるまれたそれは何十通もの封筒だった。一部は端がすり切れ、経年劣化を感じさせる。それを手にしてマリオンはきょとんと目を瞬かせる。
「こ、これは……手紙ですか? でも、いったいなんで……」
「里の外に住まう変異体たちが、我によこしたものだ」
「……え?」
「そこにはあいつらが住む場所が書かれている。訪れるもよし、手紙を出すもよし。好きに使え」
「えっ、え……え?」
今度こそマリオンは言葉を失った。ガレナたちも似たような反応だったが、メーガスは肩をすくめるだけだった。どうやら先に話を聞いていたらしい。
「変異体を山に捧げる儀式は、族長ひとりで執り行う。誰も見ていないのをいいことに、今までみーんな逃がしていたんだと」
「変異体と関わろうという物好きはおまえ以外にいなかったからな。小細工でみな騙されてくれた」
ダロスは悪びれることもなくうなずいた。
人里まで変異体を送り届けたあと、適当な宝石を砕いて山に捧げる。そんなことを彼はひとりでずっと繰り返していたという。
それを聞いてマリオンはおずおずと尋ねる。
「で、でも、どうして……」
「我ら岩人族はみな、あの岩盤から生まれる」
ダロスはため息をこぼすように言葉をつむぐ。
誇るような、疎むような、複雑な思いが入り交じる声色だった。
それでも彼はまっすぐにマリオンを見つめて言う。
「おまえもそうだ、マリオン。おまえもたしかに、我の同胞なのだ」
「族長様……」
兄妹はダロスを見上げる。大きさも姿形もまるで異なる三人が、まごうことなき家族にアレンの目には映った。
ダロスは目をわずかに伏せて続ける。
「長い歴史に根付く偏見をなくすことは難しい。だが……そろそろ着手すべきときが来た。そうだろう、おまえたち」
「は、はい」
ダロスに促され、後ろに控えていた岩人族たちの中からひとりがおずおずと前に出る。
そのまま彼はマリオンのもとまで歩み寄り、しばしの逡巡ののちにがばっと頭を下げてみせた。
「その……岩なんか投げて悪かった!」
「へっ!?」
「おまえに直してもらってから、腕の調子がすこぶるいいんだ。他のやつだったらここまでしっかりくっ付かなかったと思う。誰より石の声が聞こえている証拠だ」
固まるマリオンに岩人族は一気にまくし立てる。相当練習してきたのだろう。全て一気に吐き出したあと、彼は尻すぼみになりながらも最後にまた謝罪の言葉を口にする。
「だからその……すまなかった」
その言葉をマリオンはぽかんとしたまま聞いていた。
やがて彼女の顔には日だまりのような笑顔が浮かぶ。
「え……えへへ。ありがと。うち、すっごいうれしい」
「『ありがとう』って、それはこっちの台詞だろ……やっぱり変なやつだな」
岩人族はそっと顔を上げて呆れたように笑う。
それから他の岩人族らも口々に礼を伝えてくる。全員、里でマリオンの修復を受けた者たちらしい。岩人族に囲まれたマリオンに、ダロスは目を細めて語りかける。
「マリオン。次はもう少し気軽に戻ってこい。少なくとも、我やこいつらは歓迎しよう。そうだろう、おまえたち」
「え……うん!」
ダロスから突然水を向けられて、ガレナたちが慌ててうなずく。
「絶対また帰ってきてね、マリオンねえちゃん」
「今度は俺たちの家に遊びにおいでよ」
「嫌なこと言うやつは、みーんな僕らがやっつけるからさ!」
「……みんな」
マリオンは胸の前でぎゅっと手を握る。
目尻から一筋の涙がこぼれ落ちるが、それを拭うこともなく力強くうなずいた。
「うん! 次帰るときは、お土産たくさん持ってくるよ。待っといてね」
「やったー!」
ガレナたちが上げた歓声が、キャンプ場に響き渡った。
シャーロットはそんな光景に目を細める。
「よかったですね、マリオンさん」
「うむ。何だかんだで丸く収まったな」
アレンがうなずいていると、ダロスがそっと話しかけてくる。
「ふたりが帰省する際はどうか貴殿らも同行してくれ。危なっかしくて不安でな」
「心得た。では、俺の出禁は取り消しでいいな?」
「当然そうなるな。次はハーヴェイ殿も一緒でいいぞ」
「叔父上かあ……できたら遠慮したいところだが」
「そうか? 貴殿らは気が合うのではないのか、食えないところなどそっくりだが」
「だから面倒なんだ」
「ふふふ」
げんなりするアレンの隣で、シャーロットがくすりと笑った。
次は来週水曜日に更新予定です。その次からエルーカ番外。
来週はイケナイ教アニメファンブックも発売予定!また告知いたします。
年末年始は更新できず申し訳ございませんでした。
一歳半の小ザメ含む家族全員でインフルにかかってました。大晦日と正月の救急病院死ぬほど混んでてワロタ。





