二百十七話 火山の洗礼②
それからアレンたちはゴウセツ、ルゥと合流した。
シャーロットを背中に乗せてルゥは軽快な足さばきで山肌を駆け下りていく。その最中、ちらりと背後を振り返る。
『あれってさ、やっぱりアレンがやったの?』
「そうだが?」
『うへえ』
併走しながらアレンが答えると、なんとも言えない呆れたような返事が返ってきた。
隣のゴウセツも同じような口ぶりで溜息交じりに言う。
『火口全体をマグマや火山灰ごと凍り付かせるとは……常識外れも甚だしいですな』
「そうですね……私もビックリしちゃいました」
シャーロットもうんうんとうなずく。
火山は完全に静まり返っている。つい先ほどまで煙を噴き上げていたはずの火口は、勢い良くマグマを噴き出したまま――ぴたりと凍り付いていた。黒いマグマの塊が空を覆い、夜明けが近いというのにあたりはひどく薄暗くて寒い。
この世のものとも思えないような光景を仰ぎ見ながら、アレンは事もなげに言ってのける。
「一定の空間内を絶対零度にする魔法がある。それを連発してマグマを急速に冷やし固めた。それだけだ」
『天災を鎮めるとはまったく英雄でございますな。大魔王をご自称なさるくせに』
「やかましいわ。それよりおまえ、背中が空いているのなら俺を乗せてくれてもいいだろう」
『儂が乗せるのは主のみでございます』
ついっとそっぽを向くゴウセツである。
そんなやり取りにシャーロットは小さくくすりと笑うのだが、すぐに物憂げな表情に変わる。
「火山はなんとかなりましたけど……岩人族のみなさんは大丈夫でしょうか」
「多少の被害は出ているだろうな」
ルゥとゴウセツが駆けずり回ってくれたおかげで、火山周辺の生き物は無事に避難できたらしい。だがしかし、そこかしこに火山被害の跡が刻まれていた。
ごろりと転がる黒い噴石、地割れ、轟々と唸りを上げて流れる火山泥流。
そうした凄まじい自然の光景が、シャーロットの不安を煽るのだろう。
(ナタリアたちも無事だといいが)
噴火が止まったとはいえ、楽観視はできない。
そうこうするうちに岩人族の集落が見えてくる。たった一度訪れただけの場所だが、遠目でも山肌が崩れているのが分かる。
「うーむ……やはり無事とは言えないようだな」
『しかも、なんか騒がしくない……?』
「い、急ぎましょう!」
『承知いたしました』
シャーロットが慌てた声を上げ、一同は足を速めた。
そうしたたどり着いた岩人族の集落はひどい騒ぎになっていた。あちこちから怒声が聞こえ、大きく広がる地割れから灰色の煙が上がる。
そんななか、坑道のひとつをのぞき込む岩人族らが声を上げた。
「だ、大丈夫か?」
「問題ありません」
坑道から現れるのは、巨大な岩を担いだナタリアだ。
岩をそのあたりに転がして、額に浮かんだ汗を拭う。
「ふう。ひとまず道を塞いでいた落石は片付けました。あとはあなた方でも進めるでしょう」
「……感謝する。ちっこいくせにやるじゃねえか」
「小さいは余計です。早く行ってください」
「ああ、ありがとよ!」
岩人族らは慌てて坑道へと入っていく。
そこにシャーロットが声を掛けた。
「ナタリア! 無事でよかった!」
「ねえさま!」
ナタリアはシャーロットの顔を見て、ホッとしたように相好を崩す。しかしすぐアレンに気付いて苦虫を噛み潰したような顔になった。凍てついた火山をチラ見してため息をこぼす。
「さすが大魔王はやることが派手ですね。本当に噴火を止めてしまうとは」
「ふっ、師の偉大さを思い知ったか」
「いいえ。ここまでスケールがおかしいと失笑しか出ません」
ナタリアは冷たく言い放つだけだった。弟子のツンデレは今日も健在だ。
そんななか、シャーロットがおろおろと坑道をのぞき込む。
「みなさん入っていきましたけど……どうかしたんですか?」
「落盤事故が起きたんです。おかげで岩人族が何人か生き埋めになっていて――」
「い、生き埋め……!?」
シャーロットの顔がさっと青ざめる。
しかし、ナタリアは平然として手をパタパタさせる。
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ、ねえさま。岩人族は呼吸の必要がないから、閉じ込められても命に別状はないんです。大きく破損した者もいないみたいですし」
「そうですか……なら一安心ですね」
「……まあ、こちらはそうですね」
「他は違うと言いたげだな」
ナタリアは無言で集落の奥を示す。
ちょうどそちらからは言い争う声が聞こえてきて――。
「うちにも手伝わせてください! お願いします!」
「うるさい! 変異体などに任せられるか!」
マリオンの逼迫した声と、怒気を孕んだ複数の声。
どうやら揉めているらしいと判断し、アレンたちはそちらに向かった。
先日ここを訪れた際通された、族長の広場の方角だ。硫黄の煙が漂うなか、まず見えてきたのはハラハラしたように立ち尽くすリディの姿だった。
「どうした、リディ。何を揉めているんだ」
「よ、ようやく来てくれたのか、パパ上」
アレンが声を掛けると、リディはすこしホッとしたように表情をゆるめる。
そうしてそっと指さす先には複数の岩人族がいて――。
「あやつらがマリオンの治療を受けぬと言って聞かぬのじゃ……いったいどうしたものかのう」
「っ……ひ、ひどいです」
シャーロットが息を呑んで青ざめ、ルゥやゴウセツも黙りこむ。
族長の広場には何十体もの岩人族がいて、そのほとんどが深刻な傷を負っていた。腕が千切れたもの、体に大きなヒビが入ったもの、頭が削れたもの……しかもその中には族長、ダロスの姿もあった。
「これはまた……深刻な状況だな」
「……貴殿、か」
ダロスはうつ伏せになったままアレンに視線を投げかける。
その広い背中には、巨大な蜘蛛の巣状のひび割れが生じていた。そのひびは首や顔にも広がっていて、左目が開けられなくなっていた。この場の誰より傷が重い。
「あっ、アレン!」
ダロスに寄り添っていた小さな個体が声を上げる。
先日アレンたちのキャンプにやって来たガレナだ。他の子供らもいて、アレンの元まで慌てて駆け寄ってくる。
「族長様を助けて! 俺たちをかばって、岩から守ってくれたんだ……!」
「なのに今、岩人族のお医者さんが坑道に閉じ込められてるの!」
「マリオン姉ちゃんなら絶対に直せるんだよ! なのに、みんながそれはダメだって言って……」
「当たり前だろう!」
他の岩人族らが声を荒らげる。
彼らが怒りの矛先を向けるのはマリオンだ。青い顔をして、仕事道具が詰まった工具箱をぎゅっと抱えている。それにメーガスは無言のまま寄り添うように立っていた。兄妹に向かって、岩人族らはあらん限りの声を張り上げる。
「俺たちも族長様も、変異体の施しは受けん! 穢らわしい!」
「おまえが生け贄にならなかったから、山が怒ったんだ!」
「早く里から出て行け!」
「で、でも、族長様は早く処置せんと手遅れに……」
マリオンはオロオロしながらダロスを見上げる。
ダロスは黙したまま、唯一無事な右目を閉じてその視線を拒んだ。
そんな光景に、シャーロットがぐっと拳を握りしめる。
「マリオンさん……」
そうして一歩前に出て、声を張り上げようとするのだが――。
「みなさん! 話を聞いて……っ?」
そこでハッとして口をつぐんだ。アレンがその手を掴んで引き留めたからだ。
「アレンさん……?」
「口を出す必要はない」
アレンはしーっと人差し指を立て、ゆっくりとかぶりを振った。
「俺たちなんかより、よっぽどこの状況が腹に据えかねているやつがいるからな」
「それって……」
シャーロットがそっと兄妹の様子をうかがう。
ガレナたちもハラハラしながら口をつぐんで事態を見守った。
そんな折、岩人族のひとりが怒りを爆発させた。
「目障りだ! 消えろ!」
「ひっ」
岩人族は怒りにまかせ、振りかぶって岩を投げた。砲弾のように放たれたそれがまっすぐマリオンに突っ込んでいき――メーガスの大きな手で受け止められる。
「……」
「にいちゃん……」
「な、なんだ。やる気か、裏切り者め」
無言のメーガスに岩人族がうろたえる。
マリオンも縮こまって兄を見上げるだけだ。しばらく重い沈黙が場を満たし……メーガスが岩を握りしめたまま、小さく息をこぼした。
「……仕方ねえなあ」
どこか投げやりな、それでも確固たる決意を孕んだ独り言ののち。
「ふんっ!」
「なっ!?」
メーガスは躊躇することなく、己の体に思いっきり岩を打ち付けた。凄まじい衝撃に岩がボロボロと崩れ落ち、メーガスの腹部がめり込み、ひどいヒビ割れが体中に広がる。
一同が息を呑んだあと、岩を投げた岩人族が震えた声で叫ぶ。
「な、何をしているんだ……メーガス!」
「何って決まってるだろ。おまえらにマリオンの技術を見せてやるんだよ」
メーガスは事もなげにそう言って、その場にドスンと腰を落とす。
そうして隣で立ち尽くす妹に自身の傷を示した。
「ほれ、マリオン。こいつらの前で、いつものように直してくれや。そしたらもうとやかく言わなくなるだろうよ」
「にいちゃん……」
マリオンはそんな兄を呆然と見つめる。
「どうしてうちに、そこまでしてくれるん?」
「アホ抜かせ」
妹の頭にそっと手を乗せ、メーガスは堂々と告げる。
「誰がなんと言おうと、おまえは俺の妹だ。同胞だ。体を張って守って何が悪い」
「っ……」
マリオンは目を丸くして息を呑んだ。
しばらくそのまま固まっていたものの、やがて小さくため息をついてから兄のことをじろりと睨む。
「せやかて、もっと他にやり方はなかったん? こんなん無茶苦茶やん」
「ちゃ、ちゃんと加減したっつーの。それに、おまえならこれくらいものの数分で終わるだろ」
「そんなわけないやろ」
やれやれと肩をすくめ、マリオンは工具箱を開く。
ノミを片手に髪をかき上げたその姿は……いつになく闘志に溢れていた。
「一分もかけへん。動かんといてよ、にいちゃん」
「へいへい、わーってるっての」
こうしてマリオンはメーガスの修復に取りかかった。迷いなく補修材を埋め込み、淀みなくノミを揮う。まるでオーケストラを指揮するような鮮やかな手際によって、無残な損傷が瞬く間のうちに消えてなくなっていく。
「はい、できたよ」
「ありがとよ」
「す、すげえ……」
宣言通り一分とかからずメーガスの傷は完全に修復された。
その技術を前にして、あれだけ声を荒らげていた岩人族らはうろたえるだけだった。
ふたたび静まり返ったただ中で、ガレナたちが改めてダロスを見上げて懇願する。
「族長様、お願い。みんなマリオンねえちゃんに直してもらおうよ」
「マリオンねえちゃんはすごいんだよ! 変異体なんて関係ないよ!」
「……おまえたち」
ダロスは片目を開いてじっとガレナたちを見つめた。
そこでアレンが口を挟む。
「同胞の言葉に耳を傾けるのも、族長としての務めだと思うがな」
「…………」
ダロスはなんの反応も示さなかった。ただ黙したままガレナたちを、マリオンを見つめる。
誰もが彼の言葉を待った。そして、ついに彼が大きな唇をわずかに開いてかすれるような声をこぼす。
「……好きにしろ」
「っ……ありがとうございます!」
マリオンは勢いよく頭を下げた。メーガスもまた小さく会釈を返す。
その決定に異を唱える者はいなかった。彼らの傷も深く、修復の手も足りない以上……変異体だのどうのと言っている場合ではないと、本心では分かっていたのだろう。
「ほらな、俺たちの出る幕はなかっただろ」
「……そうですね」
アレンがこっそり耳打ちすると、シャーロットは安堵したように微笑んだ。
早速ダロスの修復に取りかかるマリオンのことを眩しそうに見つめる。
そんな彼女を横目に、アレンはこっそりと懐に手を入れた。
(こんな仕込みは必要なかったな)
そこには宝石のついたペンダント……マリオンが作成した、魔力を底上げする魔法道具があった。火口に向かう際持って行ったものだ。こんなものがなくとも、アレンは火山を鎮める自信があったのだが――。
『見ろ、マリオン! おまえのおかげで噴火が収まった! 助かったぞ!』
終わった後、そんなふうにして皆の前でマリオンを褒め称えてやるつもりだった。
だが、これはもう必要ないだろう。それがなんだか清々しい。
アレンは手を叩き、家族らに呼びかける。
「よし、ここはマリオンたちに任せて、俺たちは俺たちの仕事をしよう。救助に瓦礫の片付けに……やるべきことは山積みだ」
「はい! お手伝いします!」
こうしてアレンたちは里の手伝いに奔走した。おかげでその日のうちに生き埋めになった者たちの救助も、瓦礫の撤去も完了し――。
「はい、これで終わりやよ。お疲れさんです」
「……ありがとよ」
傷を負った岩人族らは、マリオンの手によって全員見事に修復された。
続きはまた来週更新します。
本章はあと二回。その次はエルーカ番外編が全四話の予定です。
本日はアニメ最終回!
夜九時からはabemaで出演声優さんたちによる特番が放送され、十時からアニメ放送となります。
最後までアレンとシャーロットを見守っていただければ幸いです。アニメが終わっても原作もコミカライズもまだまだ続くぞ!





