二百十一話 ささやかな交流①
山の天気は変わりやすいという。
山の斜面を風がのぼると雲ができて雨になり、逆のことが起これば雲が消えて快晴となる。ころころと空模様が変わるため、山へ行くときは大袈裟なほどの準備が必要となる。
コンゴウ山の周辺では、この日も早朝からさあさあと霧のような雨が降っていた。
重い雲が山々にのしかかり、景色も全体的に霞んでいた。動植物たちもどこか息を潜めていて、雨が葉を叩く音だけがかすかに響く。
しかし昼が近付くにつれて次第に日差しが差すようになり――。
「わあ! 虹です!」
ログハウスのドアを開けた途端、シャーロットが歓声を上げた。
空には雲ひとつなく、真正面に屹立するコンゴウ山にまたがるようにして大きな虹がかかっていた。草花を飾る露がその色を反射して、あたりはキラキラとまばゆい光に満ちている。
「ほう、見事なものだな」
「ね、きれいですよね。ふふ」
アレンも外に出てシャーロットと笑い合う。
雨が降ったばかりなので、真夏ながら気温も少しおだやかだ。
屋内でお絵かきやトランプに興じていたお子様たちも、ぞろぞろと出てきて目を輝かせる。
「こんなに大きな虹、初めて見ました……」
「の、のう、ナタリア。あの根元には何があるのじゃろうか」
「むむ、いい疑問ですね、リディさん。この地域の伝承によると、虹の根元には特別な宝石が埋まっているとかなんとか……」
「なんと! ではあれは宝の地図なのか? はよう行かねば消えてしまうぞ」
『たからもの!? おもしろそー! ルゥもさがす!』
「それでは、誰が先に見つけるか競争しましょう!」
ナタリア、リディ、ルゥのお子様トリオはうなずき合う。
そうして揃ってアレンのことをじーっと見つめてくるのだった。アレンはため息まじりに苦笑する。
「行ってもいいが……昼飯までに帰ってくること。いいな?」
「「『はーい!』」」
いい返事が三つ重なった。その様子を見てシャーロットがくすくすと笑う。
「アレンさんもすっかりみんなの保護者ですね。でも、三人だけで危なくないですか?」
『ご心配には及びませんぞ、シャーロット様。儂が引率いたしましょう』
のっそりと出てきたゴウセツが前足でどんっと胸を叩く。
お子様たちの顔を見回して、つぶらな目を細めて――。
『それではゆったり参りましょうか……と見せかけて、儂が一番乗りですぞぉ!』
カッと開眼したかと思えば猛然と地を蹴って駆け出していった。
お子様たちはそれをぽかんと見送ったが、すぐにハッとして叫ぶ。
「ああっ! あのクソネズミめ抜け駆けする気じゃ!」
「ゴウセツ先生に負けていられません! 行きますよ、ふたりとも!」
『まてまてー!』
ナタリアとリディを乗せ、ルゥがゴウセツのあとを追いかけていった。
慌ただしい一団はあっという間に木々の向こうに見えなくなる。
それに手を振って見送って、シャーロットは小さく吐息をこぼした。
「みなさんとっても元気ですねえ」
「ま、今日は朝からずっと家の中だったしな。持て余しているんだろう」
「ふふ。おうちも楽しいですけどね。せっかく自然の中にいるんですし」
シャーロットも水たまりを避けて少し歩く。
空を見上げてから振り返り、ログハウスを見上げてまた相好を崩してみせた。
「それにしても……やっぱり素敵なおうちですね」
「ふっ、そうだろう?」
真新しいログハウスは平屋建てで、大きな三角形の屋根が乗っている。
中は寝室がふたつにリビングという簡素な造りだ。
その分ひとつのひとつの部屋が広くて屋根も高く、真新しい木の匂いが薫る。立地も計算ずくなので、窓を開け放てばそれだけで家中が涼しくなる。
アレンはニヤリと笑う。
「この日のために建築を学んでおいてよかった。建て方さえ抑えておけば、この程度は魔法で一瞬だからな」
「魔法ってすごいんですねえ。あっという間におうちができてビックリしましたよ」
シャーロットはほのぼのと笑う。
アレンが木材に魔法を掛けただけで自動で家が組み上がったので、ルゥと一緒にまるでショーのように興味深げに見つめていた。
ちなみに物体に魔法をかけて操る場合、ひとつひとつに意識を裂いて操るのは十やそこらが人間の精神の限界だ。それをアレンは百、二百の大小さまざまな木材を同時に操ったので、理論の分かるナタリアたちは若干ドン引き気味だった。
それはそれとして、シャーロットは手を合わせて笑う。
「大きなお風呂までありがとうございます。貸し切り温泉なんて贅沢ですね」
「このあたりは火山地帯だからな、温泉も引き放題なんだ」
「炊事場もトイレもあるし……ずっと住めちゃいそうですよ」
拠点と決めた一角はすっかり様変わりしていた。
炊事場とテーブル、トイレに温泉、バーベキュー一式に食料庫に大きなハンモック……どこからどう見ても立派なキャンプ場である。伸び放題だった野草を刈り取って、倒木や石もどかしたので、お子様が思いっきり走り回っても安全だ。
食べ物も豊富だし、シャーロットの言うように住むのに不自由はない。
しかしアレンは顎に手を当てて唸るのだ。
「とはいえ俺たちの目的は指輪だ。ここに来てもう五日目だが……そろそろ成果を上げねばな」
「では、今日も採掘ですか?」
「そのつもりだが……まずはあいつの仕事を確認しておこう」
「それなら私もお供します!」
シャーロットが意気込んだので、ともに隣のログハウスを訪ねることにした。
アレンたちの寝泊まりするものよりも二倍ほどの大きさがある。図体の大きなメーガス用に特別にしつらえた、兄妹用の居宅である。
「おはようございます。起きてらっしゃいますか?」
そのドアを叩き、シャーロットが明るい声を掛ける。
するとすぐにドアが開いてメーガスが顔を出した。
「へいへい。おはようさん、大魔王どのにお嬢ちゃん」
「おはようございます、メーガスさん」
「おい、マリオンはどうしたんだ」
「ああ、あいつなら……ほら」
メーガスが事もなげに家の奥を示す。
その先はリビングだ。アレンたちのログハウスは子供の本やルゥたちの水皿などが散らかって生活感に溢れているが、こちらは工房然としている。作業机の周りには石が積み上がり、ノミやハンマーといった工具が散乱している。
それらに埋もれるようにして――。
「いつも通りにぶっ倒れてますよ」
「マリオンさん!?」
シャーロットが慌てて駆け寄り、石に埋もれたマリオンを揺り起こそうとする。
しかしその体は鉱物でできているため、見た目に反して重いらしい。シャーロットの力ではびくともせず、呼びかけることしかできなかった。
「マリオンさん、しっかりしてください!」
「ううう……うちはもうこのまま朽ちるべきなんや……ほっといてや、シャーロットさん……」
「今日もダメか」
アレンはやれやれとかぶりを振る。
ぶっ倒れたマリオンの周囲には、こねくり回した粘土がいくつも落ちていた。どれも指輪の形を作ろうとして途中で諦めたような形状だ。
それを見下ろしてから、マリオンをじろりと睨む。
「もう五日だぞ。スランプだの何だのと言っていないで、とりあえず何か作ればいいだろう」
「そんな半端なことじゃダメなんよ!」
マリオンががばっと起き上がる。
珍しく目をつり上げて言うことには。
「もっとこう、自分の中から湧き上がってくるもんがないと、ええ作品はできへんのや。やっぱり指輪の主役……特等マナダイヤの現物を見んことには、インスピレーションが湧かへん! そういうわけで特等のマナダイヤ、はよよろしくお願いします、大魔王さん!」
「ははは。おまえ、唯一無二の技術を持っていてよかったな」
アレンは軽やかに笑い、マリオンに顔を近付けて凄む。
「そうでなければ……ぶっ飛ばしていたかもしれんからな」
「ひえええええええっ!」
「ど、どうどうです、アレンさん。抑えて抑えて」
凄むアレンのことをシャーロットが宥め、マリオンを背中にかばう。
いつの間にやら世話係が板に付いていた。
アレンはため息をこぼして、足下にゴロゴロと転がる石を拾い上げる。
ど真ん中に鎮座する無色透明な輝石は、まがうことなきマナダイヤだ。
だがしかし、等級としては三等ほど。これひとつで一生遊んで暮らせるだけの額にはなるが、狙うは特等である。
「ううむ、やはりめぼしいものは取り尽くされているよな……」
「そっすねえ。もっと深く潜ってみます?」
メーガスも肩をすくめて言う。
「ひょっとしたら族長なら穴場を知ってるかもしれませんけどね。あのひと今いる岩人族の最年長で、山の恵みだつって石を大事にしてますし。ほら、体に埋め込んだ宝石あるでしょ、あれ全部このへんで見つけたやつなんすよ」
「穴場を教えてもらう……わけにはいかんよなあ」
「あはは、そいつは無理だ。俺もあんたも門前払いでしょうよ」
渋い顔をするアレンに、メーガスはからからと笑う。
事実上故郷を追放されたようなものだが、完全に割り切っているらしい。
続きはまた来週。
今日はアニメ六話放送!動物園回でたいへん賑やかです。ぜひともごらんください!





