二百九話 コンゴウ山③
本日はアニメ四話放送予定!
そうしてダロスはようやくメーガスへと目を向けた。
同胞へ向ける眼差しではない。どこまでも冷淡で、ひどく空虚な炎を孕んでいた。
「久しいな、メーガス。よくもおめおめと顔を出せたものだ」
「……悪いとは思ってますよ」
メーガスはどこか小さくなってぼそりと言う。
ダロスはやれやれと肩をすくめる。
「我の後継者として、おまえには期待していたんだ。変異体などに入れ込むなど……血迷ったとしか思えん」
「マリオンさん……?」
その言葉に、シャーロットがぴくりと反応した。
おずおずと顔を上げてダロスに問う。
「あの、マリオンさんがどうしたんですか」
「……変異体に名を付けたのか、酔狂なものだな」
ダロスはシャーロットにちらりと目を向け、ため息交じりに続ける。
「あれは岩人族の汚点。本来ならば、砕いて山に捨てるはずのくだらぬ石塊だ」
「え!?」
シャーロットの声が裏返る。
よほど衝撃的な言葉だったようで、しばし金魚のように口をただぱくぱくさせていた。やがてハッとして声を張り上げる。
「く、砕いて捨てるって……どういうことなんですか!」
「……岩人族の起源はな、とある錬金術師だと言われている」
何百年も前のこと。
このあたりはまだ町として栄えており、腕の立つ錬金術師が住んでいた。彼はあるとき恋人を亡くして失意に暮れ……それを蘇らせようと、ありとあらゆる手を尽くした。
やがて彼が目を付けたのは石だった。
この地方の鉱石は魔力の馴染みがよく、もともとゴーレムの素材としてもよく用いられていた。錬金術師は特に力の強い地層に強固な魔法術式を施し、恋人そっくりの石人形を作ろうとした。
だがしかし、その結果生まれたのは人とは似ても似つかない岩石の生命体で……。
錬金術師がこの地を去ったあとも、岩人族は生まれ続けている。
そしてごく稀に、少女の姿を模した個体が生まれるのだ。
「それがマリオンさんなんですか……?」
「うむ。ゆえに、あれこそが岩人族の本来の姿と言えなくもないのだが……」
「みんなそれを認めたくねーんだよ」
アレンの説明にメーガスが口を挟み、じろりと周囲を睨め付ける。
口調は荒く、苛立ちを隠そうともしなかった。
「さっき見ただろ、俺たちは全員こんな成りだ。それを誇りに思ってる奴も多い。マリオンみたいな異物が仲間だなんてこと考えたくもないんだよ」
「我らは我らだ。それ以外の何者でもない」
ダロスはかぶりを振ってメーガスを睨み下ろす。
「創造主には感謝しているが……あのような姿を同胞と認めるわけにはいかない。おまえも昔は同じ考えだったはずだろう」
「だったら追放でも何でもすればいいだろ。生まれてすぐ牢に入れて、山への生け贄として捧げるなんてのはやり過ぎだっつってんだよ」
「生贄!?」
睨み合う岩人族ふたり。
そこにシャーロットが声を荒らげて反論する。
「そんなのってありません! だって同じ岩人族じゃないですか!」
「貴殿が何者かは知らぬが……ただのよそ者だろう」
ダロスは冷たい目でシャーロットを見下ろす。
「我らはそうやって何百年も暮らしてきた。貴殿に口を出す資格はない」
「っ……」
「そのへんにしておけ」
顔色をなくしたシャーロットの肩に、アレンはぽんっと手を乗せる。
シャーロットの言葉ももっともだが、ダロスの言葉も同じくらいに筋が通っている。
どちらが正しく誤っていると、容易に結論付けられるものでもない。
(しかし、シャーロットの人たらしも効かないとは……よっぽど根深い問題のようだな)
岩人族の文化についても、変異体についても、アレンはよく知っていた。
アテナ魔法学院に在籍していた当時、メーガスの口から聞かされたからだ。
まさかそれが今になって身近な問題となるとは思わなかったが。
アレンはかぶりを振って話を戻す。
「挨拶はこのくらいにしよう。最後に確認だが、本当にマナダイヤの採掘を行ってもいいんだな?」
「山は我らだけのものではないからな。他の生き物らに配慮するなら目を瞑ろう」
「それは助かる。では――」
「待て!」
話がまとまりかけたところに鋭い声が上がった。
ここまで案内してきた岩人族たちだ。
いつの間にやら数が増えていて、二十を下らない数がアレンたちを取り囲んでいる。包囲に気付いてはいたものの、ひとまずダロスとの対話を優先させて放置していたのだ。
怯えるシャーロットを背に庇うと、岩人族らがじりじりと距離を詰めてくる。全員殺気立っており、無機質な見た目のわりに粘着質で不躾な視線が四方から突き刺さった。
「このまま帰すわけがないだろう。力尽くでも、俺たちの山から出て行ってもらうぞ!」
「地獄カピバラとやり合うのはごめんだが……人間なら俺たちの相手じゃない」
「覚悟しろ!」
「ははは、面白いことを言うじゃないか」
気色ばむ岩人族に、アレンは手を叩いて朗らかに笑った。
その余裕が彼らの戦意に火を付けたらしい。全員同時に地を蹴って突っ込んでくる。
「《氷結縛》からの……《疾風迅》」
「ぐあっ!?」
「ぎゃああ!?」
向かってきた者たちを氷漬けにし、崖上からこちらを密かに狙っていた者を突風で薙ぎ払う。あっという間にあたりには倒れた岩人族が山のように転がることとなる。
魔法が効きにくい種族だが、高火力でごり押しすれば簡単だ。
アレンはあたりを見回し鼻で笑う。
「ふん、これで終わりか。でかい口を叩く資格もないな」
「うわあ……さすがっすね、昔の自分を見てるようですわ」
「懐かしいな。おまえを指導したのはもう七年以上も前になるか」
卒業後すぐに学院教師となったアレンだが、当時はまだ背丈の小さい少年であったため、素行の悪い生徒に絡まれることが何度もあった。そのうちのひとりがメーガスだったのだ。
思い出に浸りつつ、アレンは岩人族らに笑みを向ける。
「どうする、まだやるか?」
「く、クソッ……! バカにしやがって――」
「やめろ」
立ち上がろうとする岩人族らを、静観していたダロスが制する。
「手加減されたのが分からんのか。これ以上手を出すな」
「くっ……」
岩人族らはそれ以上何も言わなかった。ただ強い感情の籠もった目でアレンたちを睨め付ける。ダロスはそれを見て軽くため息をこぼし、瞑目する。
「まったく、こんなときに厄介な客人とはな……」
「こんなとき……?」
アレンは首をかしげるものの、ダロスに応えるつもりはなさそうだった。
軽く手を振り、決別の意を示す。
「貴殿らと事を荒立てるのは本意ではない。早く消えるがいい」
「もとよりそのつもりだ。それでは戻ろうか、シャーロット、メーガス」
「は、はい……」
「失礼しましたー」
メーガスがひらりと手を振って、三人は岩人族の里を後にした。
里が見えなくなるまで、ずっと岩人族らの視線がまとわりついてきた。
◇
もったいないと思った。
その直感がメーガスの人生を一変させた。
「っ……だぁれ?」
「うわ、マズったな……」
アテナ魔法学院の長期休みに、久方ぶりに故郷へ戻った。
そうしてふらふら散歩しているうちに、よりにもよって変異体の牢へたどり着いてしまったのだ。あまりに久々すぎて里の地理をど忘れしてしまったらしい。
地下に作られたその牢は、高い場所に一箇所だけ明かり取りの穴があるだけの簡素なものだ。
中には寝台の類いも何もない。ただボロをまとった変異体が、膝を抱えたままぽかんとこちらを見つめているだけだ。
岩人族は少ない水と鉱石だけで生きていける。
排泄も発汗もしないため、ろくに世話をする必要がない。
そのため、変異体は生まれてすぐ牢に入れられ、生贄の儀式まで放置されるのが通常だった。誰も好き好んで、自分たちと異なる存在と関わり合いになりたくないからだ。彼らが関わる岩人族は儀式を執り行う族長のみと決まっていた。
メーガスもそのときまでは同胞たちと同じ考えだった。
変異体から視線を逸らして踵を返す。
「悪い、間違えただけだ。邪魔したな」
そうして足を数歩だけ進めてから……ふと、その足が止まった。
(……俺は変異体について何も知らねえんだよな?)
思い出されたのは、アテナ魔法学院で出会った奇妙な人間だ。
あの学院に入ったのはなりゆきだった。この地に調査に来ていた学院長から『きみは見所がある!』だのなんだのと持ち上げられ、あれよという間に入学手続きを済まされたのだ。
それでもアテナ魔法学院でメーガスの価値観は一変した。
そこには様々な種族がいた。そして、大魔王と呼ばれる人間も。
大魔王は小さくてひょろっとした子供のくせに、メーガスをあっさりと倒したうえに顎でこき使った。やれ実験道具を運べとか、買い出しに付き合えとか。
渋々従ってはいたものの、本音を言えば悪い気はしなかった。そうして付き合ううちに、案外抜けていることとか、面倒見のいいところなんかが分かっていったからだ。
メーガスの中で、その大魔王と変異体とが重なった。
(ひょっとしたらこの変異体も……大魔王どのみたく、面白い奴なのかも)
それを知らないまま拒絶するのはもったいない。
そう思ったメーガスは拳を握り、ふたたび牢へ向き直った。変異体が小さく目を見開く。それは牢の暗がりのなか、山で採れるどんな石よりも煌めいて見えた。
ゆっくりと息を吸い込んで、覚悟を決める。
「えっと、やっぱりちょっと話さないか?」
「え……」
「あ、嫌ならいいんだ別に。忙しいならまたの機会にするし」
慌てておかしなことを口走ってしまう。
ずっと牢に入れられていて、忙しいも何もないだろうに。
軽い自己嫌悪に陥るメーガスだが、やがて変異体の顔がへにゃりと変わった。
「うちとお話ししたいやなんて……変なひとやね」
「……」
メーガスはそれを呆然と見つめて、ぽつりとこぼす。
「……笑うんだな、おまえ」
「えっ、へ、へんかなあ……?」
「いんや全然。悪かないさ」
不安げな変異体に、メーガスはゆっくりと首を横に振った。
こうしてふたりは拙い会話を交わした。
たったそれだけで分かった。
見た目が違う。話し方が違う。
考え方も何もかも、変異体は普通の岩人族とはかけ離れていた。非力で鉄格子を曲げることもできないし、裸でいるのを恥ずかしいと思うらしい。他にも違いが無数に見つかった。
だがしかし、それだけだった。
錬金術師が蘇らせようとした恋人でも、忌むべき異物でもない。
こいつはこいつなのだと、そんな当たり前のことにすぐ気付いた。
「なあ、マリオン」
「なあに?」
里にいる間、メーガスは何度もこの牢へ足を運んだ。
変異体と呼ぶのもすわりが悪くて、なんとなく付けた名前も馴染んできた。
ちょうどそんなころ、彼の中である思いが生まれていた。
鉄格子の向こうで、マリオンは自分のことをきょとんと見上げている。その目は初めて言葉を交わしたときと変わらず煌めいていたが、メーガスはその光度では物足りなくなっていた。
その目に映すべきものが、この世界にはもっとたくさんあるように思えた。
だから尋ねた。
「おまえ、外を見たくないか?」
「そと……?」
よほど予期しない問いかけだったのだろう。
マリオンはたっぷり数十秒ほど押し黙ってから、おずおずと聞き返す。
「おそと……おそとには何があるん?」
「そうだなあ。俺もまだあんまり知らねえけどさ」
メーガスはこの里と、アテナ魔法学院しか知らない。
それでもひとつだけ確かなことが言えた。
「外には面白いものがある。それだけは間違いない」
「おもしろい、もの……」
マリオンはぼんやりと天井を、小さく開いた穴を見上げる。
メーガスの片手で覆い隠してしまえそうなほど小さなそれは、突き抜けるような青空を切り抜いていた。その空を鳥が横切ってすぐに消える。雲がゆっくりと流れていく。
それをマリオンはしばらく放心したように見つめていた。
メーガスは答えを待った。いつまででも待つつもりだった。
やがてマリオンがか細い声を絞り出す。
「……見てみたい」
「よっしゃ、分かった」
メーガスは軽くうなずいたあと、牢の鉄格子に手を掛けた。
マリオンと自分を隔ていたそれは、飴細工のようにあっさりと砕け散った。
次は来週水曜日に更新予定です。メーガスも出ます。檜山さんの声帯が実装されてしまった兄ちゃんです。
本日はアニメ四話の放送日!グロー登場のおつかい回です。モンペ魂が光る。是非ともご覧ください!
また、新作も投稿しております。イケナイ教のプロトタイプを形にしました。どうぞよろしく。下のリンクから飛べます。





