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二百七話 コンゴウ山①

 アレンたちの暮らすノートル皇国。

 そこからずっと東に進んだところに、東西に連なる大山脈があった。


 最も高い山の頂は天を突くほどで、夏の日差しを受けてもなお白い雪が残っている。ゆるやかに広がる裾野には色濃い森林が広がっているが、あちこちに廃墟の集落が点在するだけで人が生活している様子は見受けられない。時折、物々しい魔物の咆哮らしきものも轟いて、まさに秘境と呼ぶに相応しい場所だ。


 その上空を今、一匹の黒竜がゆったりと飛んでいた。

 黒竜の背から身を乗り出してシャーロットが歓声を上げる。


「わあー! 見渡す限りにずっとお山です!」

「そんなに面白い光景か?」


 そのはしゃぎ様にアレンはくすりと笑う。とはいえ他の面々もおおむねテンションが高い。長旅の末、ようやく目的の場所が見えてきたからだろう。

 ついでにアレンも眼下を見下ろして当たりを付けた。黒竜の首をぽんっと叩く。


「よし、この辺りでいい。下ろしてくれ、ヨル」

【承知いたしました】


 黒竜――ヨルは軽くうなずいてから、開けた空き地にふんわりと降り立った。

 アレンたちが下りたあとヨルは軽く会釈する。


【それでは私はここで失礼いたします。お帰りの際はお気軽にお申し付けください】

「助かる。この人数での山越えは少し億劫だったからな」

【少しでもお力になりましたのなら幸いです】


 ヨルは胸に手を当てて恭しく頭を下げる。

 竜族の中でも最も高い魔力を誇る黒竜だ。当然、その見た目は非常に貫禄溢れるものであるため、ビジネスマナー全開の所作がシュールでもあった。


【では、お約束通りに】


 ヨルはキランと目を光らせる。

 ぐっと首を下げてアレンと目線を合わせ、念を圧すようにゆっくりと言うことには。


【アレン様とシャーロット様の結婚式……当社で独占スクープ記事として扱わせていただくことでよろしいですね?】

「問題ない。むしろ式までこまめにアピールしてくれ」

【勿論でございます。それでは私はドロテア先生の監視に戻りますので……失礼いたします】


 そう言うや否や、黒竜は大きな翼を広げて飛び立っていった。

 空を切り裂くようにして飛ぶその姿は、あっという間に青空の向こうに消えてしまう。あれが黒竜の本来のスピードだ。アレンたちに配慮してかなり加減してくれたらしい。


 彼はドロテアの担当編集である。アレンとシャーロットのことを書いた本がやたら売れているらしく、第二、第三のヒットを打つため余念がない。

 黒竜の消えた空を仰ぎ見て、シャーロットはほうっとため息をこぼす。


「馬車と船だけじゃなく、ドラゴンを乗り継ぐ旅になるなんて思いもしませんでした」

「はっはっは、本来なら三ヶ月はかかる距離なんだぞ」

「一週間のスピード旅行でしたね……!」


 今回も海神ヴィノスの所持するワープゲートを使い、大いに旅程を省略することができた。

 それでもゲートが通じているのは主要な街道や街だ。


 目的地であるこの山脈付近は辺鄙な場所で、立ち寄れるような人里もないし道らしい道もない。そういうわけでツテを使って黒竜をチャーターした。


 何しろ、今回は大所帯だからだ。

 黒竜を見送って、ゴウセツが悔しそうに地面を叩く。


『くうっ……儂がもっと巨大で空を飛べたのなら、シャーロット様をお乗せできたのに……黒竜ごときに負けて屈辱ですぞ!』

『でもさ、おばあちゃん。あんなにおっきかったら、ママになでなでしてもらえないんじゃないの?』

『……なでなでを取るか利便性を取るか。悩ましいところですな』

「でっかくて空を飛ぶカピバラかあ……夢に出そうなのじゃ」


 ゴウセツを慰めるルゥと、げんなりと顔をしかめるリディ。


「に、兄ちゃん。荷物全部持ってもろてごめんね?」

「気にすんな。仕事の道具も入れたらそりゃ重いわな」


 大きなスーツケースをいくつも抱えたメーガスと、それを気遣うマリオン。


「ところで……ここってどこなんですか?」

「ヒノワ国という国の大山脈、コンゴウ山です」


 シャーロットの疑問に、ナタリアがハキハキと答える。


「人の住まないような辺境も辺境です。ただし珍しい動植物が生息しているので、学者がフィールドワークに訪れることもあるそうですね」

「へえ、ナタリアは物知りですね」

「……ここに来るということでしたので勉強したまでです」


 シャーロットに褒められて、ナタリアは鼻の頭を赤くして澄まし顔を作る。

 このとおり。家族とメーガス兄妹を合わせて、六人と二匹だ。


 子供もいるし、この大所帯で山越えは現実的ではなかっただろう。ともかく無事についてよかった。アレンは伸びをしつつナタリアに声を掛ける。


「それよりナタリア、学校はいいのか? まだ長期休みには早いだろうに」

「問題ありません」


 ナタリアは一枚の紙を取り出し翳してみせる。

 ハーヴェイ・クロフォードの署名が書かれたそれはアテナ魔法学院の公的書類で――。


「フィールドワークの申請をしてきました。今回の体験をレポートにまとめれば単位になります。これで卒業単位が取り終わります」

「おまえ、もう卒業できるのか……」

「ええ。学生の身分は便利なので、もうしばらくは在籍する予定ですが」


 ナタリアは事もなげにしれっと言う。

 アレンが魔法学院を卒業したのは十二歳のときで、それが今のところアテナ魔法学院の最年少記録だ。ナタリアは今七歳なので……余裕でその記録を抜かれることだろう。


(愛弟子が大成しそうで何よりだなあ……)


 アレンがしみじみしていると、ナタリアはそっと近付いてきて人差し指を突きつける。


「私には大魔王を監視する義務がありますからね。婚約した以上……今よりもっとねえさまを大事にしないと承知しませんよ」

「ふん、大きな口を叩きおって」


 その頭をガシガシ撫で回してから、アレンは辺りの森を指し示す。


「だが、このあたりはフィールドワークにうってつけだ。珍しい魔物も多いし、おまえが望むのなら稽古を付けてやってもいいぞ」

「っ、いいんですか……ごほん」


 ナタリアはぱあっと顔を輝かせかけるが、すぐにハッとして咳払い。

 つんっとクールな顔で続けることには。


「大魔王がどうしてもと言うのでしたら付き合ってあげなくもないですね」

「おまえなあ……」

「ふふ、ふたりとも仲良しですね」


 シャーロットはほのぼのと笑う。


「ナタリアが頑張るのなら、私も負けていられませんね」

「と、いうと……? ねえさまもフィールドワークですか?」

「いいえ。ここには宝石のために来たんですから……えっと、ここに確か……あ、ありました」


 シャーロットは持ってきたリュックをがさごそと漁る。

 そうして取り出したのは真新しいヘルメットと小さなスコップだった。庭いじりでもするようなスタイルで、シャーロットは意気込んでみせる。


「ここにすっごい宝石が埋まっているんですよね。まずはどこを掘りますか? 私も微力ながらお手伝いいたしますよ!」

「うんうん。その気持ちだけ受け取っておこうな」

「じとーっ……」


 デレッとうなずくアレンに、ナタリアが冷たい目を送ってくる。

 ごほんと咳払いをしてからシャーロットの肩をぽんっと叩く。


「そんなに気負う必要はない。だいたい、ここにマナダイヤが埋まっている保証はないんだからな」

「えっ、そうなんですか?」

「え、ええっとその……埋まっとる……はず、やね」


 シャーロットの疑問に答えたのはマリオンだ。目を逸らしてぽそっと言う。

 そんなマリオンに、ナタリアが補足する。


「昔、このあたりは宝石の採掘が盛んだったそうです。ほら、あの山の中腹辺り。ぽっかり開いた洞窟がありますよね」


 ナタリアが西の山を示す。

 その言葉の通り、木材で補強された洞窟がぽっかり口を開けていた。ただし風化が激しく、放置されて久しいことが見て取れる。


「あんな採掘場がたくさんあったんです。おかげで人が集まって発展して、大きな街もあったそうですが……次第に採掘量が減って、今ではすべて廃坑になってしまったんです」

「その通り。ここでマナダイヤが採れていたのは三百年も前のことだ」

「じゃあ、宝石はもうないんですか……?」

「そ、そんなことはあらへんよ!」


 肩を落としかけたシャーロットに、マリオンが慌てて声を上げる。


「今でも深いところではマナダイヤが採れるんよ。危険やからあんまり採りに行く人がおらんだけで……伝説の特等マナダイヤも前に出たって聞いたことあるし!」


 そんな熱弁を揮うものの――。


「まあでも、その特等も今じゃ行方不明やし、本当に出たかどうか怪しいし……保証はないっていうか、望みは薄いっていうか、出んかったらうちが責任持って砕け散るしか……」

「あああっ!? マリオンさん! そんなところに入っちゃダメですよ!?」

「ここまで来て不安になるなよ」


 ずーんと落ち込んで涸れ井戸に身投げしようとするマリオンを、シャーロットが慌てて引き留める。発案者がこれでは世話がない。


 ともかくアレンは真正面にそびえる高峰を見上げる。雄大な自然を見下ろすその姿は堂々としていて神秘性を感じさせた。ここになら特別な宝石が見つかる……そんな予感がする。


「ここのマナダイヤは品質が高いことで有名だからな。特等が無理でもそこそこ上等なものは採れるだろう。なあ、メーガス」

「そっすね。俺も微力ながらお手伝いしますよ」


 メーガスが腕っ節を示してニカッと笑う。

 そんななか、ナタリアも手を挙げてぴょんぴょん跳ねる。


「はい! わたしたちも採掘を手伝います。ねえさまの指を彩る宝石ですもの、わたしの手で堀り出します!」

「いいや、採掘は俺たちの担当だ」


 坑道は落盤やガスなど危険が多い。

 いくら魔法を扱えるといっても、お子様に任せられない。

 そう説明するとナタリアはぶーっと口を尖らせる。


「それじゃあついてきた意味がないじゃないですか」

「安心しろ、採掘のかわりと言ってはなんだが、おまえたちにはもっと別の仕事がある」

「別の仕事……ですか?」

「うむ、この拠点の防衛だ」


 アレンはあたりをぐるりと見回す。

 倒木が転がっていたり野草が伸び放題だったりする一帯だが、起伏は少なく、少し向こうには川も見える。空から拠点に相応しい場所を選んだのだ。


 そう説明すると、リディがぎょっとして叫ぶ。


「まさかこんな場所で寝泊まりする気なのではなかろうな?」

「うむ。今回はここでキャンプをするぞ!」

「キャンプ……!? 初めてです!」


 シャーロットが歓声を上げて腕をぶんぶん振って迫ってくる。


「あれですよね、みんなで火を囲んだり、ご飯を作ったり、星空を眺めたり……そういうやつですよね! キャンプって!」

「う、うむ。思ったより食いつきがいいな」

「以前ミアハさんからお話を伺ったんです。職場の方々と一緒に行って楽しかったって」


 シャーロットは指を組んでうっとりする。

 どうやらいたく気に入ってもらえたらしい。

 アレンは表向きは苦笑しつつも密かにガッツポーズをする。


(ウケてよかった……!)


 仮にも公爵家ご令嬢なので、そういう屋外系のイベントは難色を示すかも……と少しだけ気を揉んでいたのだ。ほっと一安心である。


「ちょっとお洒落に言い換えただけで、結局野営じゃないですか」

「まったくパパ上は詭弁が得意なのじゃ」


 お子様コンビは渋い顔を見合わせるも、ごほんと咳払いをしてソワソワと。


「じゃ、じゃが、キャンプか……わらわもこのあいだ絵本で読んだが未経験じゃ。ナタリアはどうじゃ?」

「わたしもです……大自然の中で食べるごはん……どんな味がするのでしょう」

『あーれーんー!』

「うおっ」


 もうひとりのお子様、ルゥがアレンに体当たりしてきた。

 アレンの袖を甘噛みしながらがうがうと吼える。


『キャンプってなにー? おいしいものが食べられなかったら、アレンをかわりに食べちゃうんだからね!』

「そこはおまえたち次第だな。獲物を捕れないと飯抜きだぞ」

『それなら簡単じゃん! えっとねー、うーん』


 ルゥは四方へ鼻を向け、くんくんと匂いを嗅ぐ。

 すると東の方角で目がキラキラと輝き出した。


『うん! あっちのほうに、おいしいのがいっぱいいそう!』

「それならいいが、食べきれる程度にしろよ」

『ご安心くだされ、ルゥ殿。余った分は儂が平らげてご覧に入れましょう』

『ええー! ルゥだってたくさん食べるもん! おばーちゃんは自分でとりなよね!』


 がうがう笑いながらゴウセツを鼻でつつき、ルゥも高揚した様子だった。

 一同はすっかりやる気のようだ。

 アレンはそんな面々を見回して音頭を取ろうとするのだが。


「よし、それじゃあまずは――っ」


 ガサガサッ。


 突然、近くの藪が大きく揺れた。風ではない。藪漕ぎして近付いてくるその気配は複数あり、野生動物にしてはやけに背丈があるようだった。足音も地に響くように重い。


 浮ついた空気は霧散した。一同は黙りこみ、じっと藪を見つめる。

 そんななか、アレンが声を張り上げた。


「何者だ!」

「それはこちらの台詞だ」


 低い、ひどく無機質な声。

 それが響くと同時、藪の中から巨大な石の手がぬっと現れた。

 ゴーレムめいた岩の巨人――岩人族だ。続々と出てくるそれは計五体。

 アレンは小さく舌打ちする。


(ふむ……やはり出てきたか)

しばらく毎週水曜日更新予定です。本エピソードはすべて書き上がっています。

本日はアニメ第二話が放送!サンドバッグ回です。ミアハが初登場するので、abemaやAT-X、BSフジなどでチェックしてください!

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コミカライズ十巻発売!
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― 新着の感想 ―
[一言] なんと、毎週読めるのですか?それは楽しみです♡
[一言] キャンプなんてイケナイこと教えると生涯野営の可能性が(ない)
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