二百話 式場探し②
前回までのあらすじ・気になる教会を発見。
その教会までの道のりは、ひどく分かりづらかった。大通りから外れた裏路地を右に左に折れ曲がり、そこから荒れ果てた小径が続いていた。小径は雑草が生え伸びて、左右から木々が大きく枝を広げていた。通る者など滅多にいないのだろう。
アレンはシャーロットの手を引いて小径を進み、言い知れぬ不安を覚えていた。
そしてその不安は小径を抜けて核心へと変わった。
「うーむ……これは廃墟だな、どう見ても」
遠目に見ると、素朴ながらに威厳のある教会だった。
だがしかしいざ目の前にすると、その印象ががらりと変わった。
蝶番が壊れているのか大きな玄関扉は立てかけられているだけだし、壁には蜘蛛の巣のようなひび割れがびっしりと広がっている。屋根があちこち穴が空いているようで、隙間風の鳴く音が外まで響いていた。窓のガラスもほとんど残っていないようだ。
かろうじて原型が残っているせいで、かつての堂々とした佇まいが容易に想像できる。その落差がさらなる寂寥感を生んでいた。裏に広がる庭も荒れ放題だ。
シャーロットもその惨状を前にして、ほうっとため息をこぼす。
「こんなに素敵な教会なのに、勿体ないですね」
「まったくだな」
これでは結婚式以前の問題だ。
アレンは鷹揚にうなずきつつも、教会の中を指し示す。
「だがまあ、せっかく来たんだ。見学させてもらおうじゃないか」
「いいんでしょうか……怒られませんか?」
「そのときはそのときで正式に見学を申し込めばいい」
人の気配はないし、管理人がいるとしても今は不在なのだろう。
廃墟探索には危険が付きものだが、自分がいるし心配はない。
怖じ気付くシャーロットに、アレンはニヤリと笑いかける。
「それに、これはこれでイケナイことだろう?」
「もう、アレンさんったら。私がそう言われると弱いことを知ってますね?」
シャーロットは苦笑しつつも控えめにうなずいた。中が気になっていたのは確からしい。
はたして教会の中に一歩足を踏み入れると、予想通りの荒れっぷりだった。長椅子はほとんど朽ちており、空気もひどく埃っぽい。しかし、その最奥には――。
「わあっ、素敵です!」
「これは見事なステンドグラスだな」
大きなステンドグラスが飾られていた。幾何学模様の中央にはひとりの女性が描かれている。太陽の光が差し込んで、色とりどりの影が床に落ちていた。
祭壇にも埃ひとつない。ガラス同様に、よく掃除されているようだった。
アレンはあごに手を当てて唸る。
「ほう、モチーフは天翼族か」
「天翼族?」
「ここに描かれているとおり、翼を有する種族だ」
ステンドグラス――その中央に描かれた女性を指し示す。
人間と変わらない容姿だが、背中に大きな翼が生えていた。
「地方によっては神の使いだとか、幸福の象徴だとか言われる種族でな。彼らに祝福されると生涯の幸運が約束されるとかで、慶事には人気のモチーフなんだ」
「さすがはアレンさんですね。お詳しいです」
「かなりレアな種族だから、実際に会ったことはないがな」
一般的なレア度で言えば、あのダークエルフと肩を並べるほどだ。
(まあ、ダークエルフがレア存在かと聞かれれば微妙な線だがな……)
例のお騒がせダークエルフことドロテアは、依然として屋敷の庭に住み着いたままだ。
どうも先日出した暴露本が好評とかで、しばらくは締め切りから解放された悠々引きこもりライフを満喫するつもりらしい。たまーに地上に出てきては、ゴウセツと酒盛りをしているのを見かけることがある。
それはともかくとして。
「このステンドグラスには防護魔法がかけられている。管理人がここだけ辛うじて残してあるようだな」
「お気持ちは分かります。だってこんなに綺麗ですから」
シャーロットは顔を綻ばせながらステンドグラスの真下へと向かう。
じっと見上げるその横顔は、光に照らされてきらきらと輝いていた。
アレンもなんとはなしに隣に立ってステンドグラスを見上げてみる。しばしふたりの間に会話はなく、すぐ裏に広がる海の音だけが響いていた。
なんとなく気恥ずかしくなって、アレンは頬をかいて苦笑する。
「こうしていると……本当に結婚式をするんだと実感するな」
「そ、そうですね。照れちゃいますね」
シャーロットも同じ思いだったらしく、ぽっと頬を染めてみせる。
しかし小さく息を吐いてから浮かべる苦笑には、どこか陰が落ちていた。
「こんなふうに結婚式が楽しみになるなんて、少し前までは思いもしませんでした」
「まあ……そうだろうな」
アレンは無難な相槌に努めたが、顔はどうしてもムスッと歪んでしまった。
あのくだらない陰謀劇がなければ、シャーロットは以前から決められていたとおりバカ王子と結婚していたはずだ。
仮にも第二王子の結婚式。それはもう国を挙げた大々的なものになっていただろう。
その光景を脳裏に思い浮かべてしまって、アレンは胃の辺りがムカムカした。
しかしその苛立ちをごほんと咳払いして振り払う。
真正面からシャーロットに告げるのは、ひとつしかない。
「結婚式でおまえの隣に立つのは世界で唯一、俺だけだ。それでいいんだよな?」
「もちろんです」
シャーロットはにこやかにうなずいた。
それから少しだけ面持ちを硬くして尋ねてくることには――。
「アレンさんこそ、私でいいんですか? アレンさんくらい素敵なひとなら、選び放題なはずなのに」
「今さら何を言うか」
アレンはかぶりを振ってシャーロットの手を取った。
「おまえに出会うまで、自分が誰かを愛せるなんて思いもしなかった。だから、おまえ以外にありえない」
「アレンさん……」
「世界で一番幸せにすると誓っただろう。今度はもう一度、みなの前で言わせてくれ」
アレンはありったけの思いを言葉に込めた。
シャーロットの手を取ったまま陳腐なセリフを続ける。
「病めるときも、健やかなるときも……おまえを愛すると誓う。おまえはどうだ?」
「ひえっ」
シャーロットの頭から湯気が立つ。
真っ赤な顔で固まった彼女の手を握ったまま、アレンは瞳を見つめて返事を待った。
やがてシャーロットはごくりと喉を鳴らし、蚊の鳴くような声で応えてくれる。
「わ、私も……ち、誓いましゅ!」
「う、うむ。ありがとう」
たったそれだけの簡素な返答。
それがアレンの胸に染み渡り、じんわりとした幸福感が後から後から押し寄せてきた。心臓が止まりそうになったが、幸せを噛みしめるためになんとか耐える。
シャーロットもシャーロットで自分の発した言葉が効いたのか、ますます顔を赤くして黙りこんでしまうし。
まわりはなんとも殺風景だが、自分たちの周りだけ春のようにぽかぽかした空気に包まれていた。
アレンは頬をかいて苦笑するしかない。
「なんともまあ気恥ずかしいものだな。お互いこの調子で、本番は大丈夫だろうか」
「これを皆さんの前で言わなきゃダメなんですよね……うまくできるか不安です」
「死ぬほど練習しよう。そうしたら否が応でも慣れるだろうよ」
「そ、それはそれで過酷そうですけど……」
シャーロットはぎこちなく笑ってから、頬に手を当ててはにかんでみせる。
「ちょっとだけ楽しみです。だって、それなら練習する度……アレンさんから素敵な言葉を贈ってもらえるはずですから」
「うぐはあっ……!?」
「アレンさん!?」
可愛さがダイレクトに心臓へとぶっ刺さり、もんどり打って倒れてしまう。
先ほどの宣言はなんとか耐えたが、不意打ちはダメだった。
土埃だらけの床で呻くアレンのことを、シャーロットがいつも通りに助け起こしてくれた。
「だ、大丈夫ですか? なんだか最近ずっとこんな感じですけど……」
「問題ない……おまえの可愛さに耐えきれない俺がポンコツなだけだからな……」
「そんなことは……」
胸を押さえて苦しむアレンのことを、シャーロットは気遣わしげにのぞき込んでくる。
やがてぐっと決意するように真面目な顔で言うことには――。
「だったらその、不用意なことは言わないようにします。そうしたらアレンさんも倒れたりしませんよね?」
「ダメだ! おまえの可愛さが味わえないくらいなら死んだ方がマシだ!」
「も、もう……アレンさんってば……」
がしっと両肩を掴んで説得すると、シャーロットはもじもじして頬を赤くした。
人のいない場所だから、お互いいつもよりバカップルマシマシだ。
(誰かに見られたら消すしかないな……)
少し冷静さを取り戻して、ふっと脳裏に浮かんだそれがフラグになった。
ガタタッ!
「っ……誰だ!?」
背後で物音が響き、アレンはシャーロットを背に庇って声を張り上げる。
音がしたのは教会の入り口だ。扉が壊れて開け放たれたその場所に、いつの間にやらひとりの人物が立っていた。スーツをまとった若い女性だ。栗色の髪をひとつくくりにまとめており、飾り気こそないものの柔らかな雰囲気をまとっている。
それが目を丸くしてアレンたちを凝視していた。
(まさかここの管理人か?)
そうなると、誹りを受けるのはこちら側だ。消すなんてとんでもない。
アレンは軽く頭を下げて謝罪しようとするのだが――。
「勝手に入ってすまなかった。俺たちは怪しい者では――」
「と……」
「と?」
女性が声を震わせてぽつりとこぼす。
シャーロットと顔を見合わせていると、女性はぶわっと目に涙を溜めてこう続けた。
「と……尊いですわぁ!」
「はあ……?」
戸惑うしかないアレンだが、その間に女性はばたばたと駆け寄ってくる。胸の前で指を組んで、感極まったようなうっとり顔でまくしたてることには――。
「こんな廃墟で結婚式の真似事をする、何やら訳ありらしきカップル……! そんなの滾らない方がおかしいですわ! 本当にいいもの見せていただきました! ぜひともご祝儀を……ああっ、わたくしとしたことが細かい持ち合わせがないなんて不覚……!」
がさごそと懐から財布を取り出すも、ひっくり返して出てきたのは銅貨一枚。
虚しく転がるコインを前にして、女性はがっくりと肩を落とした。
なんだか騒がしい人物である。
シャーロットはそのコインを拾い上げて、女性の顔をおずおずとのぞき込んだ。
「あの、どちら様ですか?」
「申し訳ございません! 幸せカップル様にとんだご無礼を!」
女性はしゅたっと居住まいを正す。
それと同時に彼女の背後でぶわっと何かが広がって陽の光を遮った。
それはステンドグラスに描かれているような立派な翼だ。女性は胸を張って名乗ってみせる。
「この教会の管理人をしております。天翼族のハレルヤと申します!」
「つくづくレア種族に縁があるなあ……」
続きは来月第一木曜日。
書きため中なので、今後はコミカライズ更新日に合わせて更新できるかと……!
本日はコミカライズも更新されております。地獄カピバラVSアレン!お見逃しなく!





