百八十一話 前を向くために②
そんなシャーロットを前にして、ドロテアももらったココアを啜りながら片手で器用にメモを取っていた。
「なるほど、薄幸ヒロインが自らの足で歩み始める……いい展開じゃないっすか! ネタいただきっす!」
「ココアにアイスを入れただけですよ、大袈裟です」
「だが、自分で考えて行動するのはいいことだぞ」
苦笑するシャーロットに、アレンはにやっと笑いかける。
「最初のころに比べたらずいぶんな成長だ。そうなってくると、俺も負けてはいられないな……もっと見聞を広めて、おまえに教え込むイケナイことを探さねば」
「ほ、本気の顔で考え込まないでください」
アレンの気迫に、シャーロットはたじたじだ。
そんな中、ドロテアはココアをぐいっと飲み干して、にんまりと笑みを深めてみせた。
「ねえねえ、アレン氏。シャーロット氏にイケナイことを教えたいのなら……抜群のネタがあるっすよ。ここらで一発いかがっすか?」
「貴様なんぞが出す案など、耳を傾けるに値せん。結構だ」
「まあまあそんなこと言わずに。ヒロインが成長した次の展開といえば、そんなのひとつしかないっすしー?」
ドロテアは書き物に使っていたペンを人差し指のようにぴんっと立てる。
「ずばり、根本的な問題にケリを付ける。ニールズ王国に乗り込んでみては?」
「……」
そこで、アレンを含めた一同はハッと口をつぐんでドロテアを見つめた。
薪が爆ぜる音、風が窓枠を揺らす音、そんなものを遠くで聴きながら、アレンは盛大にため息をこぼした。
「まさかおまえも気付いていたとは……世捨てエルフが世相に詳しいとは意外だな」
「だってこの前、エヴァンズ家の話をしたじゃないっすか。ちょっと調べりゃ、すぐタネは分かるっすよ」
ドロテアは平然と言ってから、シャーロットにペンを向ける。
「で、どうなんすか。シャーロット氏の気持ち的には」
「……私は」
シャーロットはごくりと喉を鳴らす。
それでもその顔に悲壮な色はなかった。
霧深い山道を慎重に歩くような面持ちで、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「その、怒る気持ちも、酷いと思う気持ちもあるにはあるんです。ちゃんと無実を証明したいとも思います。でも……」
「でも?」
「追放されたおかげでアレンさんと出会えたのなら……それも悪くなかったかな、とも思うんですよね」
シャーロットは頬を染めて、うつむき加減で言う。
しかしすぐにハッとして顔を上げ、ぐっと拳を握ってみせた。
「あっ、でもちゃんと怒っていますよ! 王子様に会ったら、今ならその……『こら!』って言えると思います!」
「『こら』って……もっとこーなんかないんすか、謀殺されかかったんすよ」
ドロテアは苦笑しつつ頬をかく。
「まあでも、それはそれでシャーロット氏らしいっていうか……ん? アレン氏?」
「シャーロット……」
そこでアレンはゆらりと動いた。
ゆっくりとシャーロットの前まで歩き――その肩をがしっと掴んで叫ぶ。
「ちゃんと怒ることができるなんて……素晴らしい成長だ! よくぞここまで変わったものだなあ……!」
「あ、あの、大丈夫ですか、アレンさん」
号泣するアレンを支え、シャーロットはハンカチを差し出す。
ドロテアはそれを見て「恋人っつーより親バカっす……」と呆れたような反応だった。
はたから見れば大袈裟かもしれない。しかし、自分の気持ちと向き合えなかった頃のシャーロットを知っているからこそ、この変化がたまらなく胸に突き刺さった。
アレンは目元を乱暴に拭ってから、小さく息をついて言う。
「実を言うとな……ずっとエルーカに調査を頼んでいたんだ」
「調査ってまさか、王子様のこととか……? 何か分かったんですか?」
「それがまだ詳しくは聞いていない。小出しにされると我慢がならん性格だからな」
不安そうなシャーロットにアレンはかぶりを振る。
どうせ胸くそ悪い話なら、一気に全部聞かされた方がまだマシだ。
だからこれまでエルーカをせっつくような真似はしなかったのだが……ようやく、当人の口から語られることとなるらしい。
「あいつはここですべてを説明すると言っていた。調査を詰めてくる気なんだろう。後のことはその話を聞いてから考えよう。前も話したと思うが……」
アレンはそこで言葉を切って、シャーロットの目をまっすぐに見つめる。
「俺はおまえの気持ちを尊重する。おまえがやると決めたなら……どんなことでも手を貸そう」
「はい! お願いします!」
シャーロットは満面の笑みでうなずいた。
そこには前に進むことへの恐れも、アレンを巻き込む気後れも何もない。
ただ色濃い決意の色が読み取れて――アレンはまたほろりとしつつ、部屋の隅を睨む。
「だから……ナタリア、リディ、ルゥ、ゴウセツ」
そこにはふたりと二匹が円陣を囲んでいた。
中央には一枚の紙が置かれており、『抹殺』だの『鏖殺』だのといった拙い文字から、首を斬られた人型が書かれている。一目見て分かる殺気全開ぶりだった。
アレンはため息をこぼす。
「勝手に殲滅作戦を練るんじゃない。これはシャーロットの喧嘩なんだぞ」
「くっ……ですが大魔王! わたしは今すぐあの王子をボコボコにしたいんです!」
ナタリアはペンを握りしめて殺意を叫ぶ。
「王子だけではありません。ねえさまを虐げた実家の者たちも、全員もれなく生き地獄を見せてやります……!」
「わらわも、ママ上の味方じゃ! びしばし悪を断つぞ!」
『ルゥもやるよ! ママの敵はルゥのおやつだし!』
『雌伏からのべ数ヶ月……くくく、ようやくこのときが来ましたな……』
「うんうん、分かった分かった。シャーロット、頼む。こいつらを鎮めてくれ」
「は、はい。みなさん、一緒にクッキーでも食べませんか? ね?」
どうどう、とお菓子を片手に宥めにかかるシャーロットだった。
見た目は可愛らしい集まりだが、実質狂犬集団である。
アレンは額に手を当てて呻くしかない。
「報復自体より、あいつらの手綱を取るのが厄介そうだな……」
「いやあ、あちらさんも難儀な集団を敵に回したものっすねえ」
ドロテアもけらけらと笑う。
しかしふと眉を寄せ、声をひそめる。
「しっかし、変な話っすよね。シャーロット氏はエヴァンズ家に引き取られてから、ずっと継母に虐げられていたんすよね?」
「よく調べたな……冤罪はともかく、公爵家での扱いはどこから聞いたんだ」
「そりゃ簡単な話っすよ。出入りの行商人とか、辞めちゃった使用人とかを探し出して、魔法でちょこっと素直にしてお話を聞いたんす」
悪びれることもなくあっさりと言うドロテアである。
そこそこ法に触れていそうだ。アレンはスルーすることに決めた。
おかまいなしでドロテアは続ける。
「王子による一方的な婚約破棄は、理由をあれこれ想像できなくもないっすけど……エヴァンズ家の動向が超絶不可解っす。いくら妾腹だからって虐待までするっすかね? 王子と婚約した令嬢っすよ? 後々それが露見したらどうなるか、明白だと思うんすけど」
「そこなんだよなあ……」
アレンは首をひねるばかりだ。
ドロテアの指摘は、ずっと前から気付いていたことだ。
王子が妾腹の娘を疎んで一計を案じた――までは理解できる。
エヴァンズ家がシャーロットを庇うことなく、彼女を虐げ続けていた理由がまるで分からなかった。下手をすれば貴族社会での地位はない。現に次女のナタリアを遠方の学院に預けているような状況だ。
(まるで、家が潰れることこそが目的のような……)
可能性としてはありうる話だ。だが、理由がやはり読めなかった。
アレンはあれこれ考えるものの、すぐにため息交じりにかぶりを振る。
「ま、どうせ後で分かる話だ。少ない材料で推理しても……む?」
そこでコテージのドアが控えめに叩かれた。
扉を開ければ――冷え切った雪風とともにエルーカが転がり込んでくる。
「やっほー、こんばんば。みんな待たせてごめんねー」
「あっ、エルーカさ……!?」
シャーロットがぱっと扉の方を見て、顔を強張らせる。
そのままそばにあったブランケットを引っ掴み、バタバタと駆け寄ってきてエルーカにばさっとかぶせた。エルーカがいつも通りの格好だったので心配したらしい。
「大丈夫ですか、エルーカさん!? 寒かったんじゃないですか!?」
「ああ、これ? 大丈夫。この服、こう見えて魔法道具だから丈夫であったかいんだー」
「そこまでして露出したいのか……?」
雪山でもおかまいなしでヘソ出しミニスカの義妹に、アレンは全力のジト目を向けてしまう。魔法道具なのは分かっていても、冬の雪山で見るには見た目が寒々しすぎた。
それはともかくとして、アレンはごほんと咳払いをしてから切り出す。
「ちょうどいいところに来た。今おまえに任せた調査の話をしていたんだ」
「あっ、そうなの? それじゃ話は早いね」
エルーカは居並ぶ顔をぐるりと見回す。
どんな話が飛び出すのかと、緊迫した空気が満ちるのだが――エルーカは笑顔でこう切り出した。すっかり夜闇に染まった窓の外を指さして。
「そんじゃ行こっか。楽しい楽しいお散歩にね?」
「……は?」
続きはまた来週更新します!
コミカライズも来週更新予定。
GWはずっと原稿してる予定のさめに応援よろしく!!





