百七十九話 白銀バカンス③
アレンは軽い足取りでリディのそばに歩み寄る。しゃがみこんで目線を合わせ、今しがたシャーロットたちが出かけたゲートを指し示した。
「いいのか、おまえは遊びに行かなくても?」
「ふん。かまわぬ」
リディはぷいっとそっぽを向く。
「旅というのはゆったり過ごすものと相場が決まっておる。わらわはここでみなの帰りを待つだけじゃ」
「ほうほう、なるほど?」
アレンはにやにやと笑うだけだ。
リディの横顔――その頬を人差し指でつつき、小声で囁きかける。
「本当のことを当ててやろうか? おまえ……どうやって旅を楽しめばいいのか分からないんだろ」
「……!」
その瞬間、リディの顔がこわばった。
強がりを保とうと試みたらしいが、うまく表情を作れずに終わる。
しばしの逡巡ののち、リディは小さくため息をこぼしてみせた。
「だって、仕方ないじゃろ……わらわにとって、遠出というのは聖女の任務のみだったし」
人々に請われ、聖女としての力を奮う。
もしくはどこぞの地位ある大人と会って、味のよく分からない料理を食べて、愛想笑いをする。
リディがこれまで経験してきた旅とはそれだけだ。
「自由な旅と言われても、何をしたらいいのか分からぬ。雪で遊んだこともないし……」
「ふん、そんなことだろうと思っていた」
アレンはうつむいたリディの頭をがしがしと撫でる。
「分からないなら俺たちに聞け。何のためにそばにいると思っているんだ」
「じゃが……怖いのじゃ」
「怖い?」
リディは小さくうなずく。
「旅やら雪遊びやら……ふつうの子供なら、まず間違いなく楽しいと思うはずなのじゃろう。もしそれを楽しいと思えなかったら? わらわは聖女としてだけでなく……ふつうの子供としても失格じゃないか」
「なるほどなあ」
アレンはあごに手を当ててうなる。
自由気ままな旅も、子供らしい遊びも、何一つとして経験がない。
だから臆してしまうのだろう。
それはアレンにも理解できるのだが――リディに向けるのは冷ややかな半眼だ。
「おまえはバカか?」
「なっ……何をぉ!?」
リディは最初ぽかんとしていたが、すぐに目をつり上げて掴みかかってくる。
「悩みを吐露した娘に言うのがそれか!? おぬし、人の心はないのか!?」
「バカにバカと言って何が悪い。おまえはあれこれ難しく考えすぎなんだ」
「うわわっ、何をする!?」
リディの首根っこを押さえ、抱え上げる。
ぶすっとした娘にアレンは鷹揚に言ってのけた。
「いいか、何に心揺さぶられるかは本人にしか分からん。九十九の退屈を繰り返して、ようやくひとつだけ見つかるものかもしれない。それならそれが見つかるまで、諦めず貪欲に、とにかく何でもチャレンジすればいいだけだ」
「なん、でも……」
「うむ。これもまたいい機会だ!」
考え込むリディに、アレンは目の前にそびえる雪山をびしっと指し示す。
「おまえにもイケナイことを教えてやろう。偉大なる父の教え、しかと胸に刻むがいい!」
◇
それから十分後のことである。
竜宮郷のスキー場――その平坦な一角には、小さな子供が遊ぶための広場があった。子供らが雪合戦をしたり、ならだかな坂をソリで滑ったり、ほのぼのとした空気が満ちている。
シャーロットとナタリアも、そこで雪だるまを作っていたのだが――。
「あら?」
「おや……?」
ふたりして足元に目を向け、きょとんとする。
そこには小さな雪だるまがいた。
頭と胴のバランスが悪く、石と枝で作った顔も不恰好だ。
そんな雪だるまが左右にゆっくり体を揺らしながら、ふたりの足元を通り過ぎていく。
それを見送れば、また別の雪だるまが歩いてきた。他の者たちもその不思議なパレードに気付いて声を上げる。
ナタリアは首をかしげるしかない。
「なんでしょうか、あれ」
「あっ、あそこにアレンさんたちがいますよ」
シャーロットが指差す先。
そこではリディが一生懸命に雪だるまを作っていた。それもまた他と同じく不恰好な仕上がりだが、横で見ていたアレンはぐっと親指を立てて鼓舞してみせた。
「よし、出来たな。次はおまえが魔法をかけてみろ」
「う、うむ! えーっと……《目覚めよ》!」
リディは出来上がった雪だるまに右手をかざして呪文を唱える。
すると雪だるまはほのかな光に包まれて、他と同様にぴょこぴょこと動き回るようになった。
リディはそれを見てぱあっと顔を輝かせる。
「おお、動いた! 動いたのじゃ!」
「当然だろう。俺直伝の魔法だからな」
アレンはその頭を撫でて笑う。
雪だるまたちは飛んだり跳ねたり転んだり自由に動き回っている。他の子供たちからも歓声がいくつも上がった。
リディは顔を輝かせてそれに見入っていたものの、すぐに肩を落として小さくため息をこぼす。
「じゃが魔法は問題なくとも……雪だるまの方はなかなか上手く作れぬのう。こんなに難しいものとは思わなんだ」
「何を言う。初めてであれなら上出来だ」
「そ、そうか? ふふふ……そっか、上出来で……む?」
リディは口元をほころばせて小さく笑う。しかし、ふと袖を引かれて振り返った。
そこには他の子供たちが集まっていた。全員がリディにキラキラとした眼差しを向けており、口々に頼み込む。
「ねえねえ、おねーちゃん! あたしのつくった雪だるまさんも動かしてよ!」
「僕も僕も! お願いします!」
「ふぇっ!? ま、待て待て、順番! 順番じゃぞ!?」
他の子供たちに囲まれて、リディはあたふたするばかり。それでもひとりいじけていた時よりもずいぶん表情は明るくなっていた。
「ふっ、まずは前進だな」
アレンがうなずいていると、そこにシャーロットがやってくる。
子供たちに囲まれたリディを見て、彼女もほっと顔をほころばせた。
「リディさんったらすっかり人気者ですね。アレンさんにお任せしてよかったです」
「何、たいしたことはしていない。それよりルゥとゴウセツはどこに行ったんだ、姿が見当たらないが……」
「この山のふもとで開催されている、魔物レースに参加しに行きましたよ。なんでも一位には美味しいお肉が進呈されるとかで」
「なるほど、今日の晩飯はステーキだな」
希少種フェンリルと、一部で有名な地獄カピバラだ。
おそらく他の魔物をすべてぶっちぎって、ふたりで一位争いを繰り広げていることだろう。
「ふむ、ちょっと見てみたい気も……って、ナタリア。どうした」
ナタリアは歩き回る雪だるまをジーッと見つめていた。
ややあってからハッとして、アレンのマントをぐいぐいと引っ張ってくる。その顔はいつも以上に真剣だった。
「大魔王! あの魔法、わたしにも伝授してください! わたしも大きいのを作って動かしたいです!」
「それならリディに教えてもらえ。ふたりで作れば、山ほど大きな雪だるまだろうと余裕で作れるはずだ」
「なるほど……! リディさん、ここは共同戦線といきましょう!」
「おう! ナタリアがいれば百人力なのじゃ!」
コートを翻し、ナタリアもリディの元へと意気揚々と向かっていった。
子供らの集団はますます賑やかになる。動く雪だるまが増える度、大きな歓声がいくつも上がった。
足下でちょこまか歩く雪だるまを見下ろして、シャーロットもふんわりと笑う。
「アレンさんは本当になんでもできるんですね。雪だるまを動かせるなんて」
「ああ、幼少期の頃に編み出したオリジナルでな」
リディの作った雪だるまを拾い上げ、しげしげと見つめる。
見た目はたしかに整っているとは言いがたいが、足をばたつかせる動き自体は活発だ。
聖女として生きたころに比べれば魔力は十分の一にも満たない。だがしかし、魔法の腕はかなりのものである。
アレンも自分の幼少期を思い出して目を細める。
「俺も昔はよくこうやって雪だるまを動かしたものだ。雪山の主に挑む戦力にしたり、掘り出した鉱石を運ぶのに使ったりな」
「存じ上げていましたけど、わんぱくなお子さんだったんですね……てっきり、エルーカさんと一緒に遊んでいたのかと」
「ああ、遊びにも使ったな。互いに百ずつ作って大規模機動戦を行ったり」
「やっぱりおふたりともわんぱくです……」
シャーロットは神妙な面持ちで考え込み、覚悟を決めるようにグッと拳を握ってみせる。
「リディさんも、アレンさんみたくヤンチャになりそうですし……私もお母さんとして頑張らなきゃですね」
「なあに、そこまで気負う必要はないぞ。あいつがヤンチャしたら俺が教育するからな」
「やっぱり私がしっかりしなきゃ……」
「何故、より一層沈痛な面持ちになる?」
アレンは首を捻りつつ、シャーロットの肩をぽんっと叩く。
「ま、そこまで気負う必要はない。おまえが何よりも優先して考えるべきなのは、俺の繰り出すイケナイことに全力で翻弄されることだ」
「ひょっとして……冬ならではのイケナイこと、ですか?」
「その通り! 頼めるか、コンシェルジュどの!」
「はーい、お待たせいたしました!」
高らかに指を鳴らせば、仕込み通りに人魚の彼女がやってくる。
ガラガラと引いてくるのは、雪でも走行可能なように作り替えたソリ付きワゴンだ。
コンシェルジュは手早く準備を整えて、シャーロットにマグカップを手渡す。
「はい、どうぞ。お熱くなっておりますのでお気を付けて」
「わあ! ココアですね!」
カップを満たしていたのは茶色い液体だ。
ほかほかと湯気を立てており、甘い香りがあたりに広がった。
目を輝かせるシャーロットにアレンはニヤリと笑いかける。
「しかもただのココアじゃないぞ。仕上げに……《永久焦熱》」
マグカップがほのかな光に包まれて、沸き立つ湯気の勢いが増した。
即席の魔法は成功である。
「これで保温も完璧だ! 最後まで温かいまま飲むことができるぞ!」
「温泉でのアイスと同じですね……! さすがはアレンさんです!」
ますますはしゃぐシャーロットだった。
それに気付いた周囲の者たちが、大人も子供もそろってごくりと喉を鳴らす。雪遊びで体はぽかぽかしているだろうが、寒い屋外で飲むココアは格別だ。
そこで人魚のコンシェルジュが勢いよく挙手をする。
「クロフォード様! 今回もまた、その魔法を教えていただいてもよろしいですか!?」
「ああ、もちろんかまわん! ついでにこの場の客たち全員に、ココアを奢ってやろう!」
「なっ……いいのかい、お兄さん!」
「ありがとー、魔法使いのおにいちゃん!」
あたりの者たちは満面の笑みでワゴンに集まり始めた。
それを遠巻きに見つめながら、ナタリアとリディは顔を見合わせるのだ。
「個々人ごとの適温を推定し、絶えずそれを持続させ、嚥下がスイッチとなって魔法が解除される……言うは易いですが複雑な技術が要求されます。それをあんなシンプルな魔法に組み立てるとは、さすが大魔王ですね」
「雪だるまの魔法も相当最適化されておったし……あんなのでも天才なのじゃなあ……あんなのでも」
「そうですね、釈然とはしませんが……」
「聞こえているぞ、おまえたち」
陰口を叩くふたりをじろりと睨み、アレンは両手に持ったマグカップをこれ見よがしにかざしてみせる。
「そんな悪い子供らにはココアはおあずけだな。クリームもたっぷり入れてもらったんだがなあ」
「なっ、いらないとは言っていません! リディさん、早く行きましょう!」
「う、うむ! 待って…………む?」
駆け足のナタリアを追うようにして、リディも走り出す。
しかし数歩と進まないうちに、ぴたりと足を止めてしまった。
そのまま怪訝な顔であたりを見回す。とはいえ周囲には動き回る雪だるましかいない。四方を囲むのは高い雪山ばかりだ。アレンの目からも、おかしなものは見当たらなかった。
「どうかしたか、リディ」
「ううむ……何でもないのじゃ」
アレンが声をかけると、リディは首をひねりつつもこちらに向かってきた。
その後もみなでココアを楽しんで、雪遊びを満喫したものの――リディは度々あたりを気にかけ続けた。
続きはまた来週木曜日。
第一部完の夏頃まで、毎週更新予定!
本日はコミカライズの方も更新されております。
今回は本編お休みでおまけの四コマ。嬉し恥ずかしいラッキースケベフラグだ!





