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百七十三話 少女へ与えるもの③

「か、家族……家族、じゃと……!?」


 リディリアは呆然とした様子で何度もその単語を口にした。

 それにつれて顔色に血の気が増していく。最終的に、彼女はテーブルをだんっと殴りつけ、アレンのことを怒鳴り飛ばした。


「ふざけるな! そんなもの……そんなもの、わらわには必要ない!」

「本当にそうか?」


 それにアレンは平然と肩をすくめてみせた。

 ついでに懐から紙の束を取り出す。アテナ魔法学院の資料室で調べ上げた、聖女リディリアに関する情報の山だ。

 短い人生、輝かしい功績、絵に描いたように立派な家族たち……そういったことが事細かに書かれている。


「いやはや、おまえの上げた手柄もそうだが、生家の功績も素晴らしいものだ。輝かしい逸話の数々がいくつも残っていた」

「ああ、それならわたしも聞いたことがありますね」


 ナタリアが食事の手を止め、腕を組んでむすっとした顔をする。生家の話をするのは不本意らしい。どこか他人事のように続ける。


「リディリアの両親はたいへん立派な人々で、後を継いだ弟も世のため人のため努めたとか。今も屋敷には家族が揃った、仲睦まじい肖像画が飾られていますよ」

「ふむ。仲睦まじい、か。本当にそう見えたのか?」

「? ええ、少なくとも……うちの一家よりは。ああ、でも」


 ナタリアはふと考え込むように顎に手を当てる。


「聖女リディリアの肖像だけは、家族とは別に描かれていましたね。あれは、彼女が亡くなった後に描かれたものだったのかもしれません」

「……いいや、おそらく違う。一家の肖像画に、リディリアは最初から加えられなかったはずだ」

「なぜです? 彼女はエヴァンズ家の第一子のはずでしょう」

「そのとおり。だが、正式なものではなかった」


 アレンは新たに懐から新たな紙の束を取り出す。

 今にも粉々になって朽ち果ててしまいそうなほどに古びた紙だ。だがしかし、そこには決定的なことが書かれている。


「おまえもシャーロットと同じなんだろう、リディリア。本来ならば存在することを許されなかった、私生児だ」

「なっ……!? 聖女リディリアが!?」

『私と、同じ……』


 ナタリアとシャーロットは、ハッと大きく息を呑んだ。

 一方で、リディリアの反応は薄いものだった。どこか呆れたように目をすがめ、大きなため息をこぼしてみせる。


「……よくそれを調べたな。もはや、そのことを示す資料は全て破棄されたはずだというに」

「たしかに、魔法学院の図書館だけでは手詰まりだっただろうな。何しろ他国の情報だ。そうそう裏のものまで収蔵されるはずもない」


 リディリアの死因だって、あまりに後ろ暗いところのない資料から無理やり推察しただけに過ぎない。そこから先を調べるには……正攻法以外の方法を採るしかなかった。


「すこしズルをさせてもらった。長命種の知り合いを当たって、当時のゴシップを聞いたんだ」

「おにいの人脈もたいがいチートだよねえ。ダークエルフの次は黒竜とかさあ」


 エルーカがエビフライをもぐもぐしつつ、肩をすくめてみせた。


「しかもよくよく聞けば、どっちもあのエルダーズ・アライアンス所属だっていうし。意味不明すぎるんだけど」

『おや。エルーカどのは、あの会合をご存知なのですかな?』

「有名も有名だよ、ゴウセツさん。長命種の中でも随一の実力者たちが集う秘密結社でしょ」

『いやあ、その通りではありますが……あそこはただの暇潰しサークルですぞ? 儂も誘われて、何度か活動に参加しました』

「その暇潰しの規模が問題なんだってば」


 エルダーズ・アライアンス。

 文字通り、長命種のみが所属する同盟である。


 エルフやドラゴン、精霊に吸血鬼……ありとあらゆる種族が集まって何をやるかといえば、長過ぎて退屈しがちな人生を充実させよう、という平和な活動だ。


 とはいえ、やることがどこまでもダイナミックになるのが常だった。

 一晩で巨大な島を作ったり、財政破綻した国をたった一年で商業大国に生まれ変わらせたり、異世界人を召喚したり……その伝説にはまるで見境がなく、お騒がせ集団とも呼べる。

 おまけに様々な事業を暇潰しがてらに手掛けていることでも有名だった。

 そのため、この世界の裏事情についてはかなり詳しい。


 最初はゴウセツから話を聞いてみたものの、当時は別の大陸にいたらしく、ろくな情報を持っていなかった。

 そういうわけで、アレンはドロテアを当たってみたのだ。ダメ元で。

 しかしそれがまさかの大当たりだったことを、すぐに知ることになる。


『庶子……?』

『ええ、有名な噂話でしたよ』


 ナタリア同様、いつの間にやら姿を消していたドロテアだったが、探せば通りに面した喫茶店にいた。

 優雅に紅茶をすすりつつ、彼女はこめかみを押さえて記憶を辿る。


『えーっと……たしか聖女リディリアは、当時のエヴァンズ家当主と娼婦との間にできた子だったはずっす。視察に訪れた田舎町で、ついつい遊んでしまった結果だとかなんとか』

『またお手本のようなダメ貴族だな……』

『まー、当時は貴族と言っても落ち目だったようですし? ただ、最初は知らぬ存ぜぬでいたようっすが』


 リディリアは七歳になるまで、母のいる娼館で下働きなどをして暮らしていた。

 それが奇跡の力ともいうべき魔力に目覚めるや否や、当時のエヴァンズ家当主が多額の金を出して彼女を引き取ったのだという。


 口止め料を含んだ金額であったようだが、人の口には戸を立てられない。

 まことしやかな噂はひっそりと流れていたが、聖女がたった三年で命を落としたせいで、それ以降誰も語ることがなかった。


『なるほどなあ……家族の話が地雷なのは分かっていたが、そうした事情か』


 自分を金蔓としか見ていない父。そして義母と弟にも、いい感情はないのだろう。

 実母も金を受け取ってリディリアを喜んで差し出したというし――。


【そんなあなたにも……家族に絵本を読んでもらったようなあたたかな記憶が、ひとつくらいあるのではないですか?】


 これならナタリアの台詞で爆発したのも頷ける。

 アレンはにこやかに片手を上げてみせた。


『礼を言うぞ、ドロテア。おまえでも少しは役に立つことがあるんだな』

『いやいや、とんでもないっすよー。それよりどうっすか、アレンさん。これからボクと一緒にお茶など。このお店のメニューはどれも絶品っすよ!』

『断る。とっとと帰るに決まってるだろ。仕事の邪魔をしては悪いしな』

『そ、そんなこと言わずにもっとここにいて欲しいっす! じゃないとボク、また亜空間でのカンヅメ原稿地獄に戻さ――』

『はい、五分経ちました。面会終了になります』

『嘘ぉ! まだ三分も経ってないっすよ!? ボクにだって人権ならぬエルフ権ってものがあって――って、ぎゃあああああああ!?』


 後ろで控えていた黒スーツの男がぱちんと指を鳴らすと同時、虚空にぽっかりと穴が開き、ドロテアはその中へ吸い込まれていった。

 穴はすぐに消え、アレンは男――ドロテアの担当編集、ヨルにも礼を言う。


『すまないな、取り込み中に無理を言って』

『たしかにスケジュールには一ミリの余裕もございません。ですが、アレン様の頼みとあれば面会時間を捻出することも厭いませんので』


 ヨルは表情筋をぴくりともさせずに、恭しく頭を下げた。

 どうやらドロテア、仕事が終わったというのは嘘で、隙をついて逃げ出してきただけだったらしい。

 捕縛に来たというヨルは、胸に手を当て真顔で続ける。


『アレン様をモデルに描いた新作恋愛小説、飛ぶように売れているんです。改めてきちんとお礼をせねばならないなと、かねがね思っておりました。本当にありがとうございます』

『売れているのか、あのろくでもない本……』

『はい。当社の歴史において、ここ百年で一番のヒットとなっております。我らが同盟の中でもファンが多く、続きはまだかと急かされている次第です』


 ヨルは淡々とうなずいてみせた。

 自分たちの恋模様が勝手に出版されて、バンバン売られて万人に広く読まれている……かなり暴れ出したい状況だったが、アレンはそれをグッと堪えた。

 こめかみに青筋を立てながら、人差し指をぴんと立てる。


『あー……じゃあ、もうひとつ頼みがある。先ほどの話、詳細な資料などが現存していたら見せてもらえるか』

『お安い御用です。取り急ぎ倉庫を探してまいましょう』


 ヨルは懐から名刺を取り出し、平坦な声で名乗った。


『改めまして、エルダーズ・アライアンス出版部門担当、ヨル・ダークホルンと申します。今後とも末長くよろしくお願いいたします』

『こ、黒邪竜の族長一族だったのか、おまえ……』


 ダークエルフに並ぶくらいレアな竜種、しかもその筆頭一族だ。中古の屋敷を買って付いてきたコネにしては破格の代物である。

 まあ、それはともかくとして。


 アレンは預かった冊子の切り抜きを、わざとらしくひらひらと翳してみせる。


「おまえの死因も併せて、こんなことが公になってしまえば当時かなりの醜聞になっただろうなあ。何しろ、あまりに惨い話だ」

「……おぬしはいったい何が言いたいのじゃ」

「なに、簡単な話だ」


 苛立ちを隠そうともせずに睨みつけるリディリア。それに、アレンは平然と言ってのけた。


「いくら強がろうとも……とことん利用されて、使い捨てられた子供。それが聖女様の正体だ」

「だからおぬしらが、代わりにわらわの家族になってやるじゃと……? はっ、哀れみならその辺の野草にでもくれてやれ。はなはだ不愉快じゃ」

「ふん。憐憫やら同情やら、そんな安いものと一緒にするな」


 アレンは一切引かなかった。

 シャーロットを拾ったときと一緒だ。ただ我慢がならなかった。それだけである。


「俺だって、実の両親のことはよく覚えていない。だが、そんな俺でも面白おかしく日々を送るくらいのことはできている。おまえにだってその権利が――」

「うるさいうるさい! それ以上くだらぬ甘言を弄するな……!」


 リディリアは声を荒らげて吠える。

 迸る力がテーブルの皿をカタカタと揺らし、その髪をヘビのように揺らめかせた。

 ナタリアへ攻撃を仕掛けたあのときを遙かにしのぐ魔力量だ。だからアレンはこっそりとほくそ笑む。どうやら仮面が落ちるのも近いらしい。


「あのとき、わらわを迎えに来た父上もそうじゃった……! 家族になろうだの、愛しているだの、聞き心地のいい言葉を並べ立てて……だからわらわは死ぬ気で、死ぬまであの家のために働いた! ようやくできた家族の力になるのだと、愚かにも決意した……!」


 生みの母である娼婦は、リディリアのことを愛さなかった。

 そのうえ娘が聖女として活躍し始めると、エヴァンズ家からさらなる金銭を無心し……その後の行方はようとして知れない。おそらく消されたのだろう。

 だからリディリアは余計に、たったひとつの家族であるエヴァンズ家の役に立とうと努力したのだ。


「それなのに、奴らはわらわが命を落とす間際まで、王家から届いた金子(きんす)の話をしていた! わらわが最期に聞いたのは、わらわの死後その死体を操り、生きているように見せかける算段じゃ……!」

「……それも知っている」


 命を落として、約半年。

 当時、ニールズ王国は聖女リディリアのおかげで国力を強めていた。大国との同盟も決まりかけており……それが完了するまでの短い期間、国のシンボルでもあった聖女には生きていてもらわねばならなかった。

 屍に仮の魂を入れ、最低限の命令を聞かせる。ホムンクルスの運用と原理の近い反魂術だ。


 その細工がバレないように、用が済んだ後リディリアの亡骸は()()に付された。あの国で一般的な埋葬方法は土葬であるにも関わらず。


 すべてヨルのくれた情報だ。彼は表情こそ動かさないなりに、小さくため息をこぼしてみせた。


『だから当時、このネタは封印したんです。公にすること自体、彼女の尊厳を死後も傷付けることになりますから』

 

 リディリアは生きている間も、死んだ後もなお、使い潰された。

 今度こそ安らかに眠りたいと願うのは当然なのかもしれない。


「わらわはたしかにあのころ家族が欲しかった! 愛されてみたかった……! だが、もう何も期待しない! 裏切られるのはたくさんじゃ! だからこんな世界、わらわから願い下げだと言っているのが……貴様は、なぜわからぬ!?」

「っ……!」


 リディリアが吠えると同時に、アレンに魔力の突風が襲い掛かった。素早く障壁を張って防御する。しかし、刹那ののちにすぐ背後で気配が膨れ上がった。


「くたばれバカ者!!」


 ドガァッッッ!!!


 轟音が屋敷を揺らした。リビングにもうもうとした煙が立ち昇り、庭に面した壁には大穴が開いている。そこから吹き込む冷えた風を受け、リディリアは肩で息をするものの――その肩を、アレンは背後からガシッと掴んだ。


「フェイントをかけるのは悪くない。だが所詮は子供の浅知恵だな」

「なっ……お、おぬしいつの間に!?」

「いいか、リディリア。貴様が聖女と持て(はや)されたのは五百年も前のことだ。当然それだけ、この世界の魔法技術は発展している。そんな現代において……!」


 リディリアは目をみはりつつも次の魔法を発動させようとしていた。

 しかしそれよりもアレンが動く方が早かった。目をギラつかせてリディリアに飛びかかる。


「時代遅れの聖女なんぞが、この大魔王様に敵うはずないだろうがぁ!」

「ひっ……!?」


 リディリアがびくりと身を竦めて小さくなる。しかし、やがて恐々と顔を上げた。アレンが魔法を一切使わなかったからだろう。


「いったい何を……って、何じゃこれは!?」


 かわりにすぐ目を丸くする。その首元に、大ぶりな首輪が装着されていたからだ。革のベルトには仰々しい錠前が施されており、見た目に反してなかなか軽い優れ物である。


「ふっ、おまえの時代にはなかった代物だ。これぞ現代における技術進歩の賜物と言えような」


 アレンは鼻を鳴らし、リディリアにびしっと人差し指を突きつける。


「そいつは特殊な魔法道具でな。なんと対象者の魔力を九十九パーセント吸収し……魔法の行使を不可能にしてしまう呪いのアイテムなんだ!」

「そっ、そんなバカな! えいっ、えいっ……えええいっ!!」


 リディリアはアレンに向けて懸命に指を振るう。通常ならば突風なり爆炎なり氷塊なりが撃ち出されたであろうその指先からは、ほのかな風しか生まれなかった。

 監獄などで用いられる魔法拘束具の一種だ。

 この話し合いが始まる前に、パパッと作って調整しておいた。大魔王なのでこの程度のことは朝飯前まだ。


「魔力を封じられてしまえば、聖女など赤子同然! ほれほれ、この大魔王様に手も足も出まい!」

「ぐぬぬっ……ま、魔法が使えなくとも、おぬしなんぞ素手で十分じゃ! この、この……っ!」

「ふはははは! どうした! そんなヘボいパンチで俺を倒そうというのか! 痛くも痒くもないぞ!!」

「ふぐううううう……!!」


 ぽかぽか叩いてくるものの、元の肉体が非力なシャーロットのものなので一切ダメージは与えられない。

 それが心底悔しいのか、どんどんリディリアの目の端に涙が溜まってへろへろになっていく。


 外見はそのままシャーロットのため胸は痛んだが、アレンは心を鬼にして相手を煽り続けた。傍目から見れば、さぞかしまずい絵面に写ったことだろう。

 現に、野次馬たちはしっかり白い目を向けてくる。


「うわー……おにいも大人気(おとなげ)ないなあ」

『ほんとにあれはどうかと思うよねー』

「まあ、ねえさまの体に傷を付けず彼女を無力化する配慮は買いますが……あまりにも性格が悪いとしか言えませんね」

『魔物の儂でも若干引きますぞ』

「やかましい! これが俺流の教育的指導だ!」


 二人と二匹分の冷たい眼差しへアレンは思いっきり怒鳴り付ける。

 しかし、ナタリアが抱えた鏡の中からシャーロットが眉を寄せてみせた。


『あんまりいじめちゃダメですよ、アレンさん。しっかりしていても、リディリアさんは小さな女の子なんですから』

「うっ……いやその、これは虐めているわけではなくて躾の一環でだな……」

『それでもダメです。めっ、です』

「……わかった」

「よ、弱すぎじゃろ、おぬし……」


 しゅんっと項垂れるアレンに、リディリアはしゃくり上げながらもジト目を向ける。

 気を取り直し、アレンはごほんと咳払いをした。


「だが、これで分かっただろう、リディリア。この時代において、おまえはただの非力な子供でしかない」

「っ……」

「そして、俺はシャーロットには弱いが……おまえなんぞよりは遙かに強い!」


 ぐっと親指で己を示し、アレンは高らかに告げる。


「だから、俺は五百年前の人間と違って絶対におまえを利用しない。なぜなら、自分で動いた方が早くて効率的だからだ!」

「む、無茶苦茶じゃ……」

「だが真理だろう。前世のおまえは聖女だった故に利用されたが、普通の子供であるならば利用価値はない。現に俺はおまえの力なぞ必要としないしな」

「…………」


 リディリアは呆然と、アレンの顔を凝視する。


「わらわが、普通の子供じゃと……? おぬしは本気でそう言っておるのか?」

「当たり前だ。俺にとっては大抵の者が凡人だ」


 アレンは彼女の前にしゃがみ込み、しょぼくれた顔を覗き込んで笑う。


「おまえが嫌うのは『聖女としての自分』だろう? だったらそれを捨てて、普通の子供として生きてみる気はないか?」

「そ、そんなことを急に言われても……」

 

 リディリアは視線をさまよわせて、深くうなだれてしまう。

 先ほどまで殺気全開だったのが、まるで憑き物が落ちたように空虚な空気をまとう。

 両手に視線を落として、ぽつぽつと語る。


「普通の子供として生きろ、か……初めて言われた言葉じゃ。じゃがそんなこと、わらわにできるものかのう……」


 魔法を使えても、読み書きすらまともに出来ず。

 大人を言いくるめる話術を知っていても、遊びのひとつも知らない。

 母に抱擁されたこともない。友の一人もいなかった。


「そんな、聖女としての生き方しか知らぬわらわに、今さら普通の子供として生きろと言うのは……少々酷だとは思わぬか?」

『いいえ、思いません』

「む……」


 静かな声で否定したのはアレンではなく、シャーロットだった。

 ゆっくりと顔を上げたリディリアに、シャーロットは柔らかく笑う。


『普通の人生を知らないのなら、これから知っていけばいいんですよ』

「おぬしは簡単に言うが……そう上手くいくかのう」

『大丈夫です。だって私も、こんなふうに当たり前に幸せな毎日があるなんて考えもしませんでしたから。全部アレンさんが教えてくれたんです』


 再びうつむくリディリアを励ますように、シャーロットは明るく続ける。


『たとえばそうですね……朝ごはんを食べて街に行って、一緒に晩ご飯のメニューを考えたりしましょう。それで、たまにはお弁当を持って遠出するんです』

「弁当……エビフライも入れてくれるか?」

『もちろんです。お出かけから帰ったらお風呂に入って、その日の楽しかったことをお話ししましょうね。それから温かいミルクを飲んで、眠るんです』

「それはなんとも……欠伸が出るような毎日じゃな」

『でも、それが幸せなことなんです』


 苦笑するリディリアに、シャーロットは鏡の中から手を伸ばす。かつてアレンが彼女を悪夢から救うべくそうしたように――。


『もう寂しい思いなんてさせません。私たちが、あなたとずっと一緒にいますから』

「シャーロット……」


 リディリアは目をみはるばかりだった。


(……うん?)


 そこでふと、アレンは首をひねる。

 シャーロットの今のセリフに、なぜか聞き覚えがあったのだ。

 自分がこれまで彼女に送ったものとは似て非なる言葉。それを、いつかどこかで、アレンの人生において誰かが口にした。そう感じられてならなかった。


(叔父上、か……? いやしかし、違う気も……って、そんなことは今どうでもいいか)


 記憶はうっすらとぼやけていて、輪郭すらも不確かだ。

 そうこうするうちにその曖昧な既視感も薄れていき、アレンは思考を切り替える。

 リディリアがゆっくりとかぶりを振ったからだ。


「ダメじゃ。それだけはできぬ」

「意固地になるな、リディリア。おまえだって少しは心が揺らいでいるんだろう」

「……仮にそうだったとしても。この身体はシャーロットのものじゃろう」


 リディリアは心臓のあたりを押さえ、ため息をこぼす。


「わらわの意識がこのまま残り続ければ、シャーロットの迷惑になる。生者の権利を侵してまで、わらわは生き長らえたいとは思えぬのじゃ……」

「なに、そのことも心配するな」


 うなだれる肩をぽんっと叩き、アレンはニヤリと笑う。

 そんな危惧は些細なことだった。何しろアレンは――。


「俺は、やると言ったら徹底的にやる男だ。全部俺に任せておけ」

「生き生きと悪い顔しとるのう、おぬし……」

本章ほぼほぼ書き上げました!

次回で聖女編ラスト。来週木曜更新予定です。

おかげさまで先日発売のコミカライズ一巻、重版決定いたしました!皆様の応援のおかげです!ありがとうございます!本日発売の毒舌クーデレ二巻もよろしく!

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コミカライズ十巻発売!
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― 新着の感想 ―
[一言] アレンも転生者なのか…?それとも実親の記憶か? 転生者だとリディリア関係かな?
[良い点] 相変わらずの弱いドSでなんか安心した...ぎゃん泣きの少女より立場弱いじゃん...www [気になる点] 作者の願望が見えた気が... [一言] 猫との修羅場読んだ後だからか...まともに…
[良い点] これは例のホムンクルスちゃんの出番でしょうか。 リディリアにも実体で色々なイケナイお楽しみを教えてあげて欲しいです。 [気になる点] リディリアの両親が立派な人物として言われているのがもや…
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