百七十話 聖女様、荒れる②
前回までのあらすじ……ナタリアがやる気満々。
居並ぶ一同とリディリアを前にして、ナタリアはふんっと鼻を鳴らす。
いつも自信に溢れた幼女ではあるものの、髪をかき上げる仕草ひとつ取っても世界を救った勇者のような絶対の自負に満ちていた。
その姿を見て、グローが目を丸くする。
「おお、女神様の妹さんか。なかなか優秀なんだってなあ」
「ふん。当然でしょう、何しろわたしはねえさまの妹なのですから」
「っつーことは、このちびっ子も聖女様の縁者ってことか」
「どっちかっていうと、こっちの方が似てるよなあ……」
他の面々もひそひそと言葉を交わす。
そんなナタリアを横目に、リディリアは先ほどマイアが使った人形を転がし、そこにどすんと腰を落とす。片肘ついてため息をこぼすその様は、見るからにピリピリしていた。
「で、次は汝か。もうこれで終いにしてよいかのう? そろそろわらわも疲れてきたわ」
「かまいません。わたしのターンで試合終了確実ですから」
「ほう……そこまで自信があるか」
「もちろんです。同じ子供目線から繰り出されるイケナイことで、聖女様だろうとイチコロのはずです!」
ナタリアとリディリアは真っ向から睨み合い火花を散らす。
広場に冷たい風が吹き、波乱の予感が増していく。
そこに、メーガスがアレンにひそひそと声を掛けてきた。
「なあ、大魔王どの。あのお嬢ちゃんへの情操教育、あんた一回見直した方がいいんじゃないのか?」
「……検討しよう」
大抵のことは笑い飛ばすが、さすがにこれはちょっとダメな気がした。
大人たちが神妙な面持ちで顔を背ける中、シャーロットはハラハラしたように拳を握る。
『ナタリア、すごい自信ですね……いったい何をするつもりなんでしょう』
「あいつが出すならあれしかないだろう」
アレンは肩をすくめる。
家庭環境のせいで荒んでしまった幼女ではあるものの、子供らしい感性も有している。
そんなナタリアが自信満々に出してくる物といえば、自分にとっても大切な思い出だろう。
大きな荷物をごそごそと漁り――ナタリアはその品々を差し出した。
「どうぞ、好きな絵本をお選びください! 特別にこのわたしが、読み聞かせてさしあげましょう!」
「……絵本、じゃと?」
リディリアは目を白黒させる。
ナタリアが取り出したのは、様々なジャンルの絵本だった。文字を学ぶためのシンプルなものだったり、かわいらしい動物たちが描かれたもの、オーソドックスな童話を書いたものなど、ラインナップは多岐にわたっている。
「あー……なかなか鋭いかもね。たしかに子供には絵本だわ」
「ミアハも実家に、昔読んでた絵本がまだ置いておりますにゃ~」
「私も昔パパに読んでもらった」
エルーカたちもわいわいと盛り上がる。
みな意外と盲点だったのか、ナタリアのチョイスに感心しているようだった。
しかし、リディリアの反応は芳しくなかった。顔をめいっぱいにしかめ、ナタリアが差し出した絵本をぐいぐいと押し返す。
「わらわはそんな幼子が読むようなもの興味はない。下げろ」
「ふふん、片意地を張らなくてもいいのですよ。童心に返るのも立派な息抜きのうちですからね」
七歳の幼女が『童心』を語る。なかなかシュールな光景だが、本人はいたって大真面目だ。
突っ返されてもめげることなく絵本を差し出し、ナタリアはどこか誇らしげに続ける。
「私の小さいころの思い出は、ねえさまに絵本を読んでもらったことなんです。ねえさまの中にいたあなたは、すでにご存じかもしれませんが……」
頬をかき、リディリアをまっすぐ見つめて――。
「あなたは幼くして命を落とした。その人生は、人から言わせれば非業と呼べるものでしょう。ですが、そんなあなたにも……家族に絵本を読んでもらったようなあたたかな記憶が、ひとつくらいあるのではないですか?」
「っ……そんな、もの……!」
リディリアが拳を握りしめ、声を荒らげる。
わなわな震えて目をつり上げ、しかとナタリアを睨め付けて――爆ぜるようにして叫ぶ。
「わらわは何の興味もない!」
「へ?」
ナタリアが目を丸くした次の瞬間、突如として広場一帯に爆風が吹き荒れた。
熱気だけで肺を焼くような凄まじい灼熱だ。直撃すれば、いかに頑丈な種族だろうと原形も残らず塵芥と化すだろう。しかし、その爆風はふっと収まった。
「やれやれ。まったく手のかかる弟子だな」
「あわわ……だ、大魔王……」
アレンの腕の中で、ナタリアは目を瞬かせる。
咄嗟に飛び出して守ったので、火傷ひとつ負っていない。
他の面々もエルーカやゴウセツの唱えた魔法障壁で、なんとか無事にやり過ごせていた。
かわりに、マイアが使った人形たちは真っ黒焦げになってあたりに転がっている。被害は甚大かつ広範囲だ。
(さすがは歴史に名を残す聖女といったところだな……だが!)
こっそり感心しつつも、アレンはギンッとリディリアを睨め付ける。
「おいこら、リディリア!」
「ひっ」
「今のはおまえが悪い! ナタリアがケガをしたらどうするんだ! ちゃんと謝れ!」
誰がどう見てもリディリアに非がある。
しかし、当人は駄々をこねるようにかぶりを振る。余裕ぶった厭世の空気は取り払われ、地団駄まで踏んで叫ぶ始末だ。
「っ、うるさいうるさいうるさい……! わらわは、わらわはなんにも……悪くないもん!」
「こら待て!」
リディリアの身体から光が溢れる。
しかし、それはすぐに収まって――あとには目を瞬かせるリディリア……いや、シャーロットの姿があった。
「あ、あれ……? どうなっているんですか……?」
「リディリアがおまえの中に引っ込んだんだ。身体に違和感はないか?」
「はい……なんともありません、けど……きゃっ」
「ねえさまあ!」
物憂げに顔を伏せるシャーロットに、ナタリアが勢いよく飛びついた。
ぐすぐすと鼻をすすりながら目元を拭う。
「ううう……怖かったです……でも、あんなに怒ることないじゃないですか……」
「ナタリア……大丈夫ですよ。アレンさんもありがとうございます」
「いや、気にするな。師匠として当然のことをしたまでだ」
泣きじゃくるナタリアの頭をぐりぐり撫でて、アレンは苦笑する。
「しかしおまえも俺の弟子だなあ。相手の嫌がることをピンポイントで突くとは」
「……あのひと、絵本がそんなに嫌いだったんです?」
「何、あとで説明してやろう。シャーロットはなんとなく分かったようだがな」
「はい。それで、あの……アレンさん」
シャーロットはすこしだけ言いよどんだものの、ぐっと拳を握りしめてアレンのことをまっすぐ見据えた。
「リディリアさんのこと……ちょっと相談してもいいですか?」
「うむ。もちろん俺もそのつもりだった」
アレンはうなずき、その場に居合わせた面々をぐるりと見回す。
「集まってもらって悪いが、ここからはうちの問題だ」
「まあ……そうなるだろうねえ」
肩をすくめるエルーカだ。他の者たちも目配せし合う。
なんとなく察した者とぴんと来ない者、だいたい半々の反応だった。
その中で、ルゥがアレンの袖を引いてぐるると唸る。
『よくわかんないけど、なにをするつもりなの? それもやっぱりイケナイこと?』
「もちろん。この世の理に反するような悪行だ」
アレンは口の端を持ち上げてニヤリと笑う。
「よし、帰るぞ、おまえたち。そろそろいい頃合いだし……手早く準備を始めよう」
続きは来週木曜更新予定です。
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