百六十三話 誕生日前夜
前回までのあらすじ・誕生日プレゼントがまだ決まらない。
前夜祭はつつがなく進み、夜が更けた。
リビングのソファーにて、アレンはどんよりとうなだれる。
目の前のテーブルにはシャーロットが誕生日祝いにもらった品々が、山のように積み上げられていた。
「本当にすまない……誕生日プレゼントとして財産分与を提案するなど、さすがにどうかしていたと思う……」
「い、いえ、私の方こそ、受け取る勇気が出ずにすみません」
隣に座るシャーロットがおろおろと慰めてくれるのだが、その優しさが心にグサッと刺さった。
結局、あのあともまともな品が思いつかず、今日集まったメンバーの中で唯一アレンだけがシャーロットへのプレゼントが渡せずにいた。
奇をてらわず、花や日用品などの無難なものを贈ってもよろこんでくれるだろう。
それが分かるからこそ、アレンにだけ贈れるような唯一無二のプレゼントを渡したかった。
ただし、その意地が完全に自分の首を絞める形になっているのも理解していた。
ため息をこぼし、ふとアレンは部屋を見回す。
あれだけ賑やかだったリビングは、いつの間にかほかの人影が消えていて、しんと静まりかえっていた。
「そういえば、他の奴らはどうしたんだ?」
「ナタリアとルゥちゃんはもう休みました。エルーカさん達は二次会だーって街に行かれましたよ」
「元気だなあ、あいつら……そろそろ日付が変わる頃合いだというのに」
義妹とダークエルフと地獄カピバラの飲み会。なかなか濃いメンツである。
今にも深夜零時を指そうとしている時計を見やって嘆息するアレンだが、しかしそこでふと気付く。
(さては……ふたりきりになれるよう、気を遣われているのでは?)
全員から『なんとかしろ』という無言の圧力を感じ、胃がキリキリと痛んだ。
そんな折、シャーロットが隣で改まった様子で口を開いた。
「いろいろ考えてくださってありがとうございます。でも、プレゼントなんて今さらいいですよ。アレンさんからは、もうたくさんの物をいただきましたし」
「そういうわけにはいかん。そもそもこれまでだって、たいした物は渡せていないんだからな」
街のケーキやお菓子、服や髪飾り、本や魔法の杖……込めた想いは山より大きいが、それほど高価なものはない。
そう言うと、シャーロットは首を横に振ってみせた。
「それだけじゃありません。もっと素晴らしいものをたくさんいただきました」
「そうだったか……? まるで覚えがないんだが」
「物じゃないから、ピンとこないのかもしれませんね」
首をひねるアレンの顔をのぞきこみ、シャーロットはすこしはにかんで告げる。
「アレンさんは私に……家族をくれたじゃないですか」
「家族……?」
思ってもみなかった単語に、アレンは目を瞬かせる。
「今日みたいにたくさんの人と食卓を囲むなんて、昔は考えもしませんでした。あったかくて、やさしくて……すっごく美味しいご飯でしたよ。他にも、アレンさんからいただいたものは他にもあります」
勉強の楽しさに、昼寝の心地よさ。
出かけるワクワクや、何気ない会話を重ねるよろこび。
全部アレンにもらったものだと、シャーロットは楽しそうに指折りゆっくり数えていった。
「アレンさん、前に言ってくださったじゃないですか。『世界一幸せだと、胸を張って言えるようにしてやる』って」
それは彼女を拾ってすぐのころ、ありとあらゆる幸福を味わわせると誓った言葉。
シャーロットは幸せを数えたばかりの指先で、アレンの手をそっと握る。
「私はもう、世界で一番幸せです。だからこれ以上何もいりません。十分なんです」
「シャーロット……」
その笑顔に、アレンは言葉を詰まらせた。
シャーロットの言葉に嘘はなかった。心の底から、自分は幸せだと思ってくれている。
うつむいてばかりいた少女が、わずか半年という短い期間で、まさかここまで変わるとは。
胸がいっぱいになるものの――アレンはシャーロットの手を強く握り返し、真顔で告げた。
「まあそれはそれとして、なんと言われようが誕生日プレゼントはきっちりと渡すからな」
「は、はい。アレンさんならそうおっしゃると思ってました……」
シャーロットはやや引き気味の笑顔で、こくこくとうなずいてみせた。
アレンの頑固さは重々承知しているようで何よりだ。
「おまえは世界で一番幸せだと言うが、俺に言わせればまだ序の口だ。今後もみっちりイケナイことを教え込んでさらなる堕落を味わわせてやるから覚悟しろよ」
「ふふ、これ以上のことを教えてもらえるんですか? ドキドキします」
「もちろんやるとも。残りの人生すべて費やす覚悟だ」
アレンはニヤリと笑うのだが――途端に現実を思い出して肩を落としてしまう。
「まあ、まずは誕生日プレゼントで悩むところだがな……さて、本当にどうしたものか……」
「な、なんでもいいんですよ? アレンさんからいただけるものなら何でも嬉しいです」
「だからこそ考えこむんだ。なにしろここで下手を打てば、俺はあの社会不適合エルフ以下になってしまうからな……!」
エルフが人間社会に適合しすぎるのも、それはそれで変な話だが。
ドロテアまでもがしっかりシャーロットの誕生日を祝って喜んでもらえていたので、なんとしてでも負けるわけにはいかなかった。恋人としての矜持はもちろんのこと、人間の尊厳がかかった戦いである。
「たしかにドロテアさんからもお祝いしていただけるなんて驚きました。いただいたご本、まだ全然読めていませんけど」
「俺たちをモデルにして書いた、とか言っていた本か……」
「はい。えーっと……ありました。こちらですね」
机に積み上がったプレゼントの山から、シャーロットは目当てのものを探し出す。
しっかりした装丁の分厚い本だ。裏表紙には『厭世家の魔法使いと純粋な少女が出会い、恋に落ちる物語』などというあらすじが書かれている。
シャーロットは目をキラキラさせて言う。
「私たちのことが書かれた本なんて面白そうです。せっかくですし、一緒にちょっと読んでみませんか?」
「まあ、チェックする必要はあるだろうな……」
アレンはげんなりとうなずいてシャーロットが膝に載せた本をのぞき込む。
いったいどんな内容が書かれているのか確かめて、最悪の場合は訴訟も辞さない覚悟だった。
(だってあのドロテアだぞ……どうせろくでもない内容に決まってる。むしろちゃんと本の体裁を取れているのか)
そんな決めつけをする横で、シャーロットがわくわくと本を開く。
そして――ふたりともページを開いたまま、ぴしっと固まることになった。
「…………」
「…………」
重い沈黙が部屋を支配する。
あまりに乱雑な文章に呆れかえったからだとか、本を開けた瞬間に催眠魔法が発動したからだとか……そんなお粗末な理由ではない。
なんと一ページ目の挿絵から、男女のキスシーンがでーんと大きく載っていたのだ。
ムード満点で、周囲には花が散っている。キラキラが目に痛い。
(あ、あのクソエルフううううう!? なんてものを誕生日プレゼントによこすんだ!? あと……なんで挿絵の男女を俺たちに寄せた!?)
片やローブを来た白黒髪の男で、片や金髪の可憐な少女。
どこからどう見てもアレンとシャーロットだった。知り合いが見れば「あいつらじゃん」と一発で気付くくらいにはそっくりだ。たぶん、訴えたら勝てる。
(き、気まずすぎる……! こういうことは未経験だというのに……!)
付き合い始めて、ようやく二ヶ月。
互いに初心すぎるため、まだそうした行為には踏み切れていない。ゆくゆくは……とは思っていたが、まさかこんな形で意識させられるとは思わなかった。
ごくりと喉を鳴らし、ちらりとシャーロットの顔をうかがってみる。
案の定、シャーロットも顔を真っ赤にして挿絵を見つめていた。
しかし、ゆっくりとその目線がこちらに向けられる。唇をかすかに震わせて、シャーロットは小声でアレンにこう問いかけた。
「こ、こういうのも、やっぱり……イケナイこと……です……か?」
「は……?」
嫁入り前の令嬢(元・婚約者持ち)とキスをする――どう考えても不道徳かつ破廉恥な行為だ。
日ごろアレンが言っているような『イケナイこと』とは一線を画するジャンルである。
「そ、そりゃ……イケナイこと、だな……大人がするタイプの……」
「そ、そう、ですか……」
つっかえながらも返答を絞り出すと、シャーロットは噛みしめるようにうなずいた。
また再び挿絵に目を落とし、しばし沈黙。そうしてまたアレンを見やる。その頬はほんのり桃色に染まっていて――彼女は口を開く。
「わ、私、明日で十八歳になるんです……大人に、なります……」
「だ、だな……」
「だから……こういう、大人のイケナイことも……アレンさんが、教えて……く、くださるん、です、か……?」
「…………」
そのときの心境を後に振り返り、アレンは「悟りとはああいうことを指すのだろうな……」と独りごちた。胸に去来したのは『完全なる無』であり、一切何も考えることができなくなった。心臓どころか、あらゆる臓器が活動を停止した。
石像のように凍りつくアレンを前にして、シャーロットの顔がぽふっと音を立てて真っ赤に染まる。
「あっ、その、い、今のは忘れてください! 私ったらなんてはしたないことを――」
「シャーロット」
「はっ、はい……!」
しどろもどろで弁明するシャーロットの肩に両手を乗せる。
真正面から見る彼女の顔は茹でダコのように真っ赤だが――自分の顔も同じくらい真っ赤に染まっているだろうと確信していた。それでもアレンは喉を震わせて言葉を紡ぐ。
「今、教えても……かまわないか?」
あまりに突発的すぎるし、もっとムードのある場所で申し出るのがスマートだし、そもそもお前だって初めてなのに『教える』とはどういう了見だなどと、冷静な自分がやいやいとツッコミを入れる。
それでも、アレンはここで逃げるわけにはいかなかった。
シャーロットはしばしぽかんと目を丸くして固まっていた。しかしアレンの覚悟が通じたのだろう。やがてか細い声で――。
「は…………い」
たったそれだけ返事をして、目をぎゅうっとつむってくれた。
その素直な反応にアレンはこっそりと笑う。
(誕生日プレゼントにファーストキス……我ながらキザったらしいにもほどがあるな……)
それでも、アレンにしか贈れない誕生日プレゼントには違いないだろう。
時計をちらりと確認すると、もうあと一分もしないうちに次の日――シャーロットの誕生日だ。
アレンもとうとう覚悟を決める。
シャーロットと同じように目をつむり、そっと顔を寄せた。
互いの吐息が頬を撫で、その距離がゆっくりとゼロに近付いていくのが肌で分かる。痛いほどの緊張が伝わる。心臓の音がうるさい。それでもあと数ミリで唇と唇が触れる。
そこでついに時計の針が零時を指して鐘が鳴った。
その、瞬間――。
「頭が高いわあああああ!」
「へっ!? うっ、ぎゃあ!?」
アレンは首根っこを掴まれて、綺麗な投げ技を決められた。
あまりに咄嗟のことで受け身をとることもできず、背中から床に落ちる。衝撃で息が詰まりつつも、頭の中は疑問でいっぱいだった。
(えっ、なんだ!? 俺は今、何かまずいことでもしたか!?)
キスの作法など知るわけがない。それで何か粗相をしてしまったのかと思ったが……すぐに違うと分かった。
苦悶に呻くアレンのことを、シャーロットが目をつり上げて睨みつけていたのだ。
腕を組んで立つその姿は、威厳と自信に満ちあふれている。
(こいつは……いったい誰だ!?)
シャーロットにしか見えないが、シャーロットであるはずがない。アレンはそう直感する。
目を白黒させるアレンに向けて、その謎の存在はびしっと人差し指を突きつけた。
「この無礼者め! わらわを誰と心得て…………おや?」
そこで言葉を切って、何かに気付いたようにしてあたりを見回す。
そうしてシャーロット(?)は合点がいったとばかりに顎を撫でるのだ。
「おっと、まずい。表に出てきてしもうたか。この娘が歳を重ねた弾みかのう」
「お、表……!? な、なんだ一体!? 突然どうしたんだシャーロット!」
「悪いが、わらわはシャーロットではない」
シャーロット(?)は胸に手を当て、やたらとハキハキした声でこう名乗った。
「わらわの名はリディリア・エヴァンズ。五百年前を生きた聖女にして……この娘の前世的なアレじゃ!」
「前世的なアレ!?」
これが考えうる限り最悪のタイミングでの、聖女リディリアとのファーストコンタクトとなった。
本日コミカライズ更新されています!
ぜひぜひご覧くださいませ。ミアハ再登場回!書籍もよろしくお願いいたします。
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そしてさめが引越し準備などをするため、次週は休載とさせていただきます。
次は6/18(木)更新予定。リディリア編本格スタートです。





