百三十七話 問題児へのアプローチ②
そして次の日だ。
アレンとシャーロットは大講堂へともぐりこんだ。
「よう、ナタリア。今日は授業に出ているんだな」
「ちっ……昨日の今日でもう来ましたか」
後方の席に座って講義を聴いていたナタリアに話しかけると、心底嫌そうなしかめっ面が返ってきた。
アレンはおかまいなしでその隣に座る。シャーロットもおずおずと腰掛けた。
周囲にはもちろんあの舎弟達の姿もある。
しかし彼らはこちらを一瞥するだけで、明確な敵意を向けてくる者は誰もいない。むしろ意識して無視しようと努めているようにも見えた。
アレンは顎を撫でてうなる。
「ふむ、手出し無用と命令したな?」
「当然でしょう。あなたの目的はわたしのようですから」
ナタリアは目をすがめて、疲れたようなため息をこぼす。
「あなたのことは調べましたよ、クロフォード家の大魔王。相当な逸話をいくつも残しているようですね。そんなものに喧嘩を売っても百害あって一理なし。ここは大人しく、敵の出方を静観あるのみと説いたのです。それに、火の粉を被るのはわたし一人で十分ですから」
「おまえ本当に七歳か……?」
上に立つ者としての貫禄がすごい。
そんな話をしている間にも、講堂の授業は粛々と進んでいた。
教卓に立つのは、腰の曲がった老教授だ。
黒板に複雑な数式をこれでもかと書き殴り、専門用語を連発しながら解説していく。
講堂はかなり埋まっているものの、誰も彼もがノートを取るだけでやっとらしく、きちんと内容を理解できている者はそう多くなさそうだった。
黒板の内容をざっと見て、アレンは懐かしさを覚える。
大昔、自分も学んだ内容だったからだ。
「五大魔元素応用学か。理解できるのか?」
「むしろ退屈で仕方がありません。この程度なら本を読めば済む話です」
ナタリアは肩をすくめて、黒板をざっと見る。
そうしてがたっと立ち上がったかと思えば、朗々とよく通る声を上げた。
「教授、今お書きの数式は間違いです。その条件下で雷撃魔法を使ったとすると、もっと威力が上がるはずです」
「……おっと、たしかにそうじゃな。すまんのう、年を取ると注意力が散漫になるもので……」
教授は苦笑しながらも、ナタリアに指摘されたとおりに数式を直していった。
おかげであちこちから感嘆の声が上がる。
神童といった単語もちらほら聞こえるが、ナタリアは意にも介さず腰を落とした。
アレンはひゅうと口笛を吹いてみせる。
「ほう。なかなかやるじゃないか」
「あなたに褒められたところで、嬉しくもなんともありません」
ぷいっとそっぽを向くナタリアだ。
隣り合って座ってはいるものの、その心理的な断絶は計り知れない。
(ふむ。優秀なのはなによりだが、道のりは遠そうだなあ……)
ナタリアを更生させるのがアレンの任務だが、最終的な目標はシャーロットを引き合わせることだ。
そのためにも、まずは話をすることが大事なのだが……今のこの調子では、いつになったら第一段階をクリアできるかもわからない。
(うーむ……何かきっかけがあればいいんだが……)
現役教師時代、生意気な生徒がいた場合には力の差を示してから話をした。
そうすると相手はひどく素直に口を開いてくれたものだが……今回、その手は使えない。後々の禍根になるようなことは避けたかった。
ゆえに、地道に距離を詰めていくしかないのだが、具体的な隙が今のところまったく見当たらなかった。
さて、どうするか……と悩んでいた、そんな折だ。
「す、すごいです……私には何が何だかちんぷんかんぷんです……」
それまで静かに見守っていたシャーロットがぽつりとこぼした。
妹に注ぐのは素直な尊敬の眼差しである。
だがしかし、ナタリアは怪訝そうに眉を寄せた。
「はあ? 大魔王の助手ともあろう者が、この程度のこともわからないのですか」
「あ、あうっ……」
シャーロットは口ごもる。
妹から辛辣な言葉をもらったからではなく『話しかけられて感極まっている』のだとアレンは瞬時に見抜いた。
しかしシャーロットはそれをぐっと堪えて、ぎこちない笑みを浮かべてみせる。
「す、すみません……私、最近魔法を勉強し始めたばっかりで……」
「そうなんですか?」
ナタリアは意外そうに目を丸くした。
そこでほんの少しだけ、彼女がその身にまとう刺々しいオーラがなりを潜めたのを、アレンは見逃さなかった。
続きは明日更新します。
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