百三十六話 問題児へのアプローチ①
どうやらナタリアたちはあの庭園をたまり場にしているようだった。
たった三ヶ月あまりでめざましい成長を遂げた天才の名は学内でも有名で、積極的に関わろうとするのは舎弟たちか、彼女の活躍を快く思わないその他の派閥たち……それくらいのものだ。
「よう、邪魔するぞ」
「っ……!?」
だから突然現れたアレンを見て、一同はハッと口をつぐんでみせた。
先ほどまでナタリアを囲んで和やかに談笑していたが、全員が全員鋭い目をしてこちらを睨む。大勢の殺気が向けられて、背後のシャーロットは小さく息を呑んだ。
だがしかしアレンは飄々と笑うだけである。
噴水の縁に腰掛けたナタリアを見やって、横柄な調子でたずねてみる。
「そこの幼女。おまえがナタリアで間違いないな?」
「……何者ですか」
フランクフルトをかじりつつ、ナタリアは低い声で唸った。
警戒心を隠そうともしない。アレンのことをじっと値踏みするような目で見つめてくる。
目の前にいるのが果たして敵であるのかどうか、冷静に判断しようとしているようだった。
そればかりではなく、迎撃の準備も万全だ。
さりげなく周囲の味方の位置を確認し、いつでも飛び出せるように重心をほんのわずか前に移してみせる。
(これで魔法を学び始めてまだ三ヶ月か……末恐ろしい才能だなあ)
公爵家の令嬢として普通に暮らしていたら、おそらく一生開花することはなかっただろう。
それが幸か不幸かは置いておくとして。アレンはわざとらしい笑みを浮かべて名乗る。
「ひとまず自己紹介といこう。俺の名はアレン・クロフォード。臨時の雇われ講師だ」
「クロフォード……? まさか、学長の縁者ですか」
「あっ! 親分、こいつあれですよ! 魔法学院の大魔王!」
舎弟のひとりがアレンに人差し指を向けて叫び、ほかの面々に動揺が走る。
「大魔王って……第四実験棟を木っ端みじんに爆破したっていう、あの大魔王か!?」
「首席卒業者でも踏破に三時間はかかる学院ダンジョンを、五分程度でクリアするって聞いたぞ……」
「楯突く生徒百人を一度にボコして、さらに教授会の三割をボコボコにして、学長も半殺しにして高飛びしたって聞いたのに……そんな化け物が帰ってきたっていうのかよ……」
「ふっ……そう褒めるな。照れるじゃないか」
慣れ親しんだ異名を畏怖を込めて呼ばれ、アレンはその響きに酔いしれる。ミアハが親しみを込めて呼ぶような『魔王さん』とはやはり別物だ。
「みなさん、褒めていらっしゃるわけではないと思います……」
背後のシャーロットがこそこそとツッコミを入れた。
それにナタリアが目をすがめる。
「大魔王はわかりましたが……そちらの人は?」
「ああ、俺の助手で……ほら、名乗るといい」
「あっ……は、はい」
シャーロットはぎこちない様子でアレンの前に出てくる。
いつもの服装にいつもの髪型。違うところといえば……野暮ったいフレームの眼鏡をかけているだけだ。変装とも呼べない変装のまま、シャーロットは緊張でガチガチになりながらも、妹にぺこりと頭を下げて名乗ってみせた。
「しゃ、シャロ……と申します。よろしくお願いいたします」
「シャロ、ですか……」
ナタリアは何か引っかかりを覚えたようにその名前を口にする。しかし、反応といえばそれだけだった。
すぐにまたアレンへと鋭い視線を向けてみせる。
「それで、その大魔王と助手がわたしに何のようですか」
「簡単な話だ。学院長よりじきじきに、問題児の指導を依頼された。ま、専属の教師だと思ってくれればいい。よろしく頼むぞ」
「ちっ……余計なことを。知ったことではありませんね」
アレンが左手を差し伸べるものの、ナタリアは舌打ちするだけだった。
手早くフランクフルトを食べきって腰を上げる。
「専属教師など不必要です。わたしに構わないでください。行きますよ、おまえたち」
「は、はい! 親分!」
そうしてナタリアは舎弟達を率いて庭園を後にした。
残されたアレンは肩をすくめるだけである。
「ファーストコンタクトならまずまずの成果だろうな。おまえはどう思う、シャーロット……って、シャーロット!?」
「あ、あうう……」
シャーロットは立ち尽くしたまま、ぼろぼろと涙を流していた。
ぎょっとするアレンの服に縋り付いて、しゃくり上げながらこぼすことには――。
「ほ、ほんとにナタリアとお話しできちゃいました……! 私、私……勇気を出して、よかったですぅ……!」
「今のを会話に数えていいのか!?」
アレンはそこそこ言葉を交わしたが、シャーロットは偽名を名乗っただけだ。あれで号泣されても、こちらとしては反応に困るしかない。
そこで万が一に備えて隠れていたゴウセツとルゥが茂みの中から顔を出し、ジト目を向けてくる。
『あー、アレンがママのこと泣かしてるー。いけないんだー』
『これは制裁が必要でございますかなあ』
「お前たちは経緯を見ていたはずだろう!? 煽るな!」
そちらに一喝しつつ、アレンはシャーロットをおろおろとなだめる。
「落ち着け、シャーロット。その調子でこれからどうするんだ」
「こ、これから……!? これ以上にすごいことが起こるって言うんですか……!?」
「そりゃあるだろ……むしろこれで終わるつもりだったのか、おまえ」
「で、では、たとえばどのようなことが、これからあるんでしょうか……」
「そうだなあ、おまえたちは姉妹なんだし……」
今後ナタリアとの関係が無事に修復され、仲良し姉妹になれたふたりの姿を想像する。
そうしてアレンは思い浮かぶままの展開を口にするのだが――。
「単に会話するだけじゃなく、一緒に食卓を囲んだり、同じベッドで寝たり、あちこち遊びに行ったりしても……って、シャーロット!? こんな場所で意識を手放すんじゃないシャーロット!!」
「きゅうう……」
『今日のママ、いつもよりテンションへんだねー』
『妹君に再会されて感極まっていらっしゃるようですなあ』
微笑ましそうに見守るゴウセツをよそに、アレンは倒れたシャーロットを必死になって介抱するはめになった。
やがて落ち着いたシャーロットは、泣きはらした目をこすりながら眼鏡を外す。
「でも、ほんとに気付かれませんでしたね……魔法の眼鏡、すごいです」
「まあ、急ごしらえにしては上手くいったな」
どこからどう見てもありふれた眼鏡だが、アレンの魔法がかかっているため、シャーロットの姿を別人のものに見せかける効果がある。声も当然違ったふうに聞こえるはずだ。
前回の初デートのときに、ルゥやゴウセツの姿を隠した魔法の応用である。
そんなふうにざっくり説明すると、シャーロットは感慨深げにため息をこぼす。
「魔法ってやっぱりすごいんですねえ……私もたくさん練習したら、こんな魔法が使えるようになるんでしょうか」
「なに、この程度ならじきにマスターできるだろう。ちょうどいい機会だし、この島にいる間に基礎から学べばいいだろう」
「はい! お勉強したいです!」
シャーロットはにこにこと意気込みを語る。その隣で、ゴウセツは苦々しげなため息をこぼすのだ。
『ですが、問題はナタリアどのですぞ。あの警戒心を解くのは難しいでしょうな』
『ぴりぴりしてたもんねー。ほんとに話なんかできるの?』
「まずはじっくり距離を詰めるしかあるまい。気長にやっていこうじゃないか、なあ。シャーロット」
「は、はい。私も次は泣かないよう、頑張ります!」
「失神も無しだからな」
「……善処します!」
シャーロットはぐっと胸の前でこぶしを作ってみせた。
こうして学院潜入任務の一日目は、こうして顔見せだけで終了した。
続きは明日更新します。
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