百三十三話 ナタリア・エヴァンズ②
アレンとシャーロットは顔を見合わせて、鏡を見て……そしてまた顔を見合わせた。
近頃は色々とツッコミどころの多い事件に巻き込まれることが多く、それなりにアレンも場慣れしたつもりでいた。
だがしかし、これはさすがに理解が追いつかない。
シャーロットはもちろんのこと、ルゥやゴウセツも目を丸くしてぽかんとしている。
こちらが固まるのもおかまいなしで、鏡の中は一気に騒がしくなった。
ぶっ飛ばされた竜人族がよたよたと起き上がり、その場で地面に額を擦り付けて必死になって謝罪の言葉を口にしたのだ。
『す、すんません、親分……! 購買の焼きそばパンは人気商品なもんだから、いつ行っても売り切れなんです……! だから代わりにと思って……すみませんでしたぁ!』
『そんなことはわたしの知ったことじゃありません! おまえは使い走りも満足にできないのですか! まったくどいつもこいつも……その図体は飾りですか!』
『ま、まあまあ親分、どうか怒りをお収めくださいよ』
『そうっすよ、カリカリしてても仕方ないっす』
『ここのコロッケパンもなかなかいけますよ!』
怒号を飛ばすナタリアに、その他の連中が慌ててフォローを入れる。
全員敬語で腰が低いし、ぶっ飛ばされた竜人族は依然として地面に額をこすりつけたまま、顔を起こそうともしなかった。
完全に、ボスと舎弟たちの光景である。
「…………なんだ、これは」
やっぱりわけがわからない。
もはやアレンは縋るような気持ちで、首をゆっくり回してハーヴェイを見やる。
すると養父はゆるゆるとかぶりを振って口を開いた。
「ナタリアさんがこの学院に留学して来たのは、およそ三ヶ月前。それから彼女はここでのびのびと魔法を学びました。その結果……」
ハーヴェイはそこで言葉を切って大きく息を吸い込んだ。
切羽詰まった表情で、アレンの肩をガシッと掴んで叫ぶことには――。
「史上稀に見るスピードでメキメキと腕を上げ、今では学院内でもトップクラスの派閥のボスとして君臨しているんですよ! もう私たちにも手がつけられなくて……だから、早急になんとかしてください!」
「……帰っていいか?」
いっぱいいっぱいの養父に、アレンはその一言を絞り出すのがやっとだった。
そこで呼び出された本当の理由をようやく把握する。
(これ、単なる問題児の三者面談だな……?)
心配して、かなり損した気がした。
「まったくくだらない……なあ、シャーロット……シャーロット?」
「あ、あわわ……」
シャーロットは真っ青な顔で鏡を凝視していた。
そこでは相変わらず怒声を上げて舎弟どもを叱り飛ばすナタリアが映し出されていて――やがて弾かれたようにアレンにすがりつき、震えた声で叫ぶ。
「ど、どうしましょう、アレンさん……! ナタリアが……ナタリアが、悪い子になっちゃいました!」
「悪い子、かなあ……これは」
アレンはそれに首をかしげることしかできなかった。
悪い子や不良というよりも、どこぞの鬼軍曹と呼んだ方がしっくりくる。
「まあ実際のところ、そこまで悪い子でもないんですが……ほら、見てください」
ハーヴェイがため息まじりに鏡を指し示す。
ちょうど、ぶっ飛ばされた竜人族がよろよろと顔を起こすところだった。
『うう……すみませんでした、親分……次は死ぬ気で確保しますんで……こ、これ、昼飯代の余りです……』
彼は懐から皮袋を取り出して、ナタリアにおずおずと差し出した。
金属がこすれる音がかすかに響き、それなりに中身が入っていることが窺い知れる。
しかしナタリアは鼻を鳴らすだけで一向に手を伸ばそうとはしなかった。
ふんっとそっぽを向いて、ぶっきらぼうな調子で言ってのける。
『それはおまえが取っておきなさい。駄賃です』
『えっ……!? で、でも銀貨三十枚ですよ!? こんな大金いただけませんって!!』
『いいからとっておきなさい!』
慌てふためく竜人族を、ナタリアはぴしゃりと一喝する。
『おまえがアルバイトを多く入れ、家族へ仕送りしていることをわたしが知らないとでも思うのですか。部下を満足に食べさせてやれずして何が親分です。食費を削って家族孝行もいいですが、もっと自分を大事にしなさい』
『お、親分……! ありがとうございます! このご恩、一生かけてお返しします!』
『ふん、こんなのはした金です。その程度で恩を感じてもらっては困りますね』
『親分の作るポーションは購買部でも高く買い取ってもらえますしねえ』
『よかったなあ、おまえ。これで一日一キャベツ生活から解放されるじゃねえか』
泣いて頭を下げる竜人族とナタリアを囲んで、舎弟たちはわいわいと騒ぐ。
絵面はかなり異様だが、流れる空気はどこまでもほのぼのとしていた。
「このとおり彼女、人望はあるんですよねえ……」
「血を感じるなあ……」
圧倒的な求心力と魔法の才能。
どうやら妹もまた、シャーロットと同じポテンシャルに恵まれているらしい。
「ナタリア……」
そんな妹の姿をじっと見つめて、シャーロットは言葉を詰まらせる。
やがて目尻に浮かんだ涙を拭い……柔らかな笑みを浮かべてみせた。
「よかった……優しいところは昔とちっとも変わりません」
「うん、安心してもらえたようで何よりですが。君もずいぶん動じない子ですねえ……」
「ひょっとしておにいの影響じゃない?」
「うちのアレンちゃんがごめんなさいねえ……」
「なぜ俺を責める空気になるんだ」
家族揃って冷ややかな目を見つめてくるので、アレンは渋い顔をするしかない。自分でも否定しきれないのが辛いところだった。
そんななか、ルゥやゴウセツは感慨深げに鳴き声を上げる。
『ママの妹すごいねえ。ママとおなじで、変なのに好かれるんだ!』
『うむうむ。ご実家でもあのような傑物だったのでしょうか?』
「いえ……全然違います」
シャーロットは戸惑い気味に首を横に振る。
「大人しくて物静かで……声を荒げたところなんて、今日初めて見たくらいです。優しいところは一緒ですけど、ほかは全然違います」
「なるほどなあ」
アレンは顎を撫で、鏡の中のナタリアを見つめる。
齢七つにしては、その双眸はずいぶん鋭い。
あまりシャーロットの前では言いたくないが……結論を先送りしても仕方ない。アレンはぼそっと予想を口にする。
「実家で猫をかぶっていたか……もしくはグレたかだな」
「まあ、入学当時は大人しいお嬢さんだったので……十中八九後者でしょうねえ」
ハーヴェイは軽く相槌を打ってみせた。
続きは明日更新します。
昨日はお祝いコメントありがとうございます!いただいたイラストを活動報告にアップさせていただきましたので、ぜひぜひご覧くださいませ。さめは自慢したい。





