百三十二話 ナタリア・エヴァンズ①
さっと顔色を変えたシャーロットを見て、ハーヴェイはまた大きなため息をこぼしてみせた。
「アレン、そしてシャーロットさん。きみたちを呼んだのは他でもありません。ナタリアさんの抱える問題を解決して……この学院を救ってもらいたいのです」
「また急にスケールが大きくなったな……まさかとは思うが、シャーロットの妹がその抗争に巻き込まれているとでも?」
「実際に見てもらった方が早いでしょうね。エルーカ、頼みます」
「はいはーい」
軽く応え、エルーカは持ってきた物から布を取り払う。
そうして現れたのは、金の枠に収められた大きな姿見だった。
しかしその鏡面はただ白いもやのようなものを映し出すばかりで、アレンたちの姿はない。
「これは望郷の鏡と言って、ほかの場所を映し出す魔法具なんですが……」
ハーヴェイがパチンとひとつ指を鳴らす。
すると鏡面のもやが一瞬にして晴れて、屋外の景色を映し出した。
それを見て、シャーロットがハッと息を飲む。
「ナタリア……!」
そこは開けた庭園の一角だった。
ささやかな風が木々を揺らし、花々があちこちで咲き乱れる。居心地の良さそうな場所だが、人影はたったひとつだけだった。
『……』
噴水の縁に腰掛けて、つまらなさそうに足をぶらつかるのはひとりの幼い少女。
肩まで伸ばした髪は金。
鋭く細められた双眸から覗くのは真紅の瞳。
アテナ魔法学院の制服と黒ローブをまとったその姿は、アレンが以前シャーロットの夢に潜り込んだときに見たナタリアそのものだった。たしか、齢は七つ。
シャーロットも久々に見るその姿に、言葉も忘れてぽかんとしている。
しばし沈黙が部屋の中を支配するが――不意にアレンはハッとした。
「ちょ、ちょっと待て……こいつらはいったい何だ?」
鏡が映し出す映像。
その端から、何人もの生徒たちが現れはじめる。
岩人族や竜人族、亜人にエルフ。人間の姿はひとつもないが、どれもこれもがそれなりに鍛えていることが一目でわかる体格と足運びをしていた。
その数およそ三十名。
それらが例外なくみな俯き加減で、ゆっくりとナタリアのもとまで近付いていくのだ。
これにはさすがのアレンも肝を冷やす。
シャーロットもまた、青い顔でうろたえるばかりだ。
「な、ナタリアが……! 大丈夫でしょうか……!?」
「いやいや、これはまずいだろ! 早く助けに行かないと……!」
そうこうする間に物々しい集団がナタリアを取り囲んでしまう。
その中からひとりの竜人族――人型の種族だが、人よりかなり大柄で全身が鱗で覆われており、鋭い爪と牙を持つ――が前に出て、小さな少女にゆっくりと右手を伸ばす。
明らかに緊迫の現場だ。
だが、焦るアレンたちをよそに、ハーヴェイは呑気に片手をパタパタさせる。
「別に大丈夫でしょう。なんだかんだで手加減してあげる優しい子ですし、下手に私たちが手を出しても取り巻きたちの反感を買うだけで……ここは静観あるのみですよ」
「何を悠長なことを……! もういい! これは第三研究棟のあたりだな!? 今から俺が――」
止めてくると言って、部屋を飛び出そうとしたそのときだ。
鏡面の中で驚くべき光景が繰り広げられた。
ドゴォッッッッ!!
「………………は?」
耳を聾するほどの爆音が響いて鏡を見れば、ナタリアに近付いた竜人族が宙を舞っていた。
身の丈二メートルを下らない巨体が軽々と吹っ飛び、べちっと地面に叩きつけられる様はかなりシュールなものだった。
他の者たちがざわざわとどよめいて道を開ける。
そこからゆっくりと歩み出てくるのはナタリアだ。
まるで鬼神がごとき形相で、その身に纏うのはひりつくほどの殺気。
『ふざけないでいただけますか……』
彼女はその手に惣菜パンを握りしめ、声の限りに怒声を上げる。
曰く――。
『わたしが買ってこいと命令したのは……コロッケパンではなくて、焼きそばパンのはずです!!』
鏡を見守る部屋の中に、再び沈黙が訪れた。
「……うん?」
「……えっ?」
続きは明日更新します。
そして実は本日、さめの誕生日です。ハッピーバースデーさめ!お祝いください!





