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百二十四話 人気者の優雅な休日⑥

 天に誓って後ろめたいことは何一つないが、どう考えてもアウトな状況だった。

詰め所の中からは「ほら、言わんこっちゃないですにゃ」というミアハの呆れた声が聞こえてくる。


 気まずすぎる沈黙の中、ゴウセツが艶然とした笑みを浮かべ、アレンとその後ろに控えるジゼルたちをねっとりとした目で見やる。

 

「ほう……? シャーロットどのというものがありながら他の女性と密会ですか。貴殿は意外と豪胆な一面もおありのようですなあ。ところで一応聞いておきますが、どんな死に方がお望みですか?」

『なにやってんの、おまえ……ママを悲しませるならかじるよ?』

「ご、誤解だ!」

 

 ルゥまでもが汚物でも見るような目で唸る始末。

 浮気を疑われた父親とはこんな心地なのだろうと知れた。

 慌てるアレンに反し、ジゼルは何を思ったかニコニコと表通りに出てくる。

 

「ひょっとして、あなたがシャーロットさんでしょうか」

「は、はい。あの、どちら様でしょうか……?」

「初めまして。私はこの街の近衛兵団団長、ジゼルと申します」

 

 ジゼルは頭を下げて恭しく名乗る。鎧を脱いでいるものの、その立ち居振る舞いは折り目正しく洗練されている。

 どこからどう見ても後ろ暗いところの何もないその態度のせいか、シャーロットの表情もいくぶん和らいだ。

 このまま無事に誤解を解いてくれると思いきや――ジゼルは胸に手を当てて、堂々と言い放つ。

 

「アレンどのに師事し、イケナイことを教わっている者です!」

「えっ……」

「よし、おまえはもう喋るな! 下がっていろ!」

 

 思わずぴしゃっと叱りつけてしまった。

ジゼルは大人しく従ったものの、不思議そうに首をひねる。

 

「むう、師匠はいったいどうしたのだろう」

「いやー。今のはダメっすよ、団長……誤解させちゃいますよ」

「なぜだ? 私もシャーロットさんと同じ師事する立場ではないか。だからきちんと挨拶しようと思ったのだが……」

「あー……そういう話に疎いもんなあ、この人」

「団長はいい子ですから、先にラーメン食べに行きましょうねー」

 

 ジゼルを生あたたかい目で可愛がり、団員たちはぺこりと頭を下げてラーメン屋に向けて出かけていった。近衛兵団というより、単なる子守集団のようである。


 ともかくそんな彼女らを見送って、アレンは大慌てでシャーロットの手を握ってすがる。

 

「違うんだ、シャーロット。これには深いわけがあってだな」

 

 それからざっくりと、今日一日の事件を説明した。

 シャーロットが気に病むことのないように虐待やら誘拐の容疑は伏せて、濡れ衣でしょっ引かれたものの、イケナイことを教え込んで無事に疑いはうやむやになった……という主旨のことをしどろもどろに語り上げる。

 

「そういうわけで、単にうまい物を食わせたりしていただけだ。これは断じて浮気などではない。頼むから信じて……うっ!?」

 

 そこでアレンは言葉を飲み込んだ。

 氷水を頭から被ったようにさあっと全身から血の気が引いて、心臓ももちろん完全に止まってしまう。

 

「そ、そんな……」

 

 シャーロットは真っ青な顔でわなわなと震えていた。

 大きく見開かれた目には涙の膜が張りはじめ、今にも溢れ出そうなほど。


 ゴウセツとルゥがすっと殺気をまとう。アレンは潔く死を覚悟した。

 永劫にも思える数秒ののち――シャーロットはきゅっと唇を噛み締めてから、悲痛な声で叫んだ。

 

「だ……ダメです!」

「へっ、えええ!?」

 

 そのままシャーロットはぎゅうっとアレンの腕に抱きついた。


 手を繋いだり、寄り添ったり、そんな身体的接触にはもうかなり慣れた。しかしこうした接触面の大きい触れ合いはまだまだ修行が足りていない。

 おまけに今回はシャーロットの方からの不意打ちときた。もう完全にキャパオーバーで、アレンはガッチガチに固まってしまう。


 シャーロットの方もいっぱいいっぱいなのか、真っ赤な顔で叫ぶ言葉にまとまりはない。


「イケナイことは私だけで……あ、アレンさんの恋人は私だけだから……ともかく、イケナイことは、私じゃないと、ダメなんです!」

「えっ、あ、うん」

 

 つまり要約すると『アレンがイケナイことを教えていいのは自分だけ』だと言いたいのだろう。

 

(これはつまり嫉妬というやつか……? えっ、か……かわいいな……?)

 

 しかも、ぎゅうぎゅうと押し当てられるものが柔らかい。

 いろんな感情がないまぜになって、アレンは頬を緩ませてニヤニヤしてしまう。

 それにゴウセツやルゥが白い目を向ける。

 

「修羅場は回避のようですが……何だか腹立たしいですな」

『やっぱりかじるべき?』

「ええい、外野は黙って……うげっ」

 

 顔を上げ、アレンは息を詰まらせる。

 ここは街の大通り。

 当然人通りも多く、様々な通行人が足を止めて好奇の目をアレンたちに送っていた。「やっぱり……」だの「通報……」だのといった言葉がそこかしこから聞こえてくる。

 

(ま、まずい……! このままだとまた通報コースだ……!)

 

 せっかく疑いがうやむやになったばかりなのに、それは出来るだけ避けたかった。

 慌ててシャーロットをなだめようとするのだが――。

 

「う、うん。すまないシャーロット。ひとまず落ち着いてくれ。次からは気をつける。そのかわりと言ってはなんだが、埋め合わせをさせてくれ」

「……ほんとですか?」

 

 シャーロットがぴたりと叫ぶのをやめて、おそるおそるうかがうようにアレンの顔を見上げてきた。

 それにアレンはなるべく柔らかな声と笑顔を心がけてうなずいた。

 

「もちろん。俺がおまえに嘘をついたことがあるか?」

「じゃ、じゃあ……お願いがあるんですけど」

「なんでも言ってくれ。かならず叶えてみせようじゃないか」

 

 アレンは覚悟を持って告げる。恋人を悲しませたのだから、身を粉にして償のは当然のことだ。

 覚悟が伝わったのか、シャーロットはホッとしたような顔をしてみせた。

 そのまま少しもじもじしてから、意を決したように可愛いお願いごとを叫ぶ。

 

「それじゃあ私に……さっきのジゼルさんたち以上のイケナイことを、教えてください!」

「そう来るかー……」


 その瞬間、遠巻きに見ていた野次馬たちがざわっと揺れた。

 アレンは天を仰ぐしかない。

 今日はずいぶんと我が身を振り返る機会の多い一日だ。ただし、これが一番堪えた。

 

(うん、これからはもう少し真っ当に生きよう……)

 

 柄にもないことを考えて現実逃避していると、シャーロットがくしゃりと顔を歪める。

 

「だ、ダメなんですか……? 私にはもう、イケナイことを教えてくれないんですか?」

「いや!? 教える! 教えるから! だからうん、とりあえず家に帰ろうか!?」

「ほんとですか……? でもでも……ジゼルさんたちに教えたのより、すごいことじゃないと……ダメ、ですからね?」

「うん、全力ですごいことを教えてやるから! だから帰ろう!? な!?」

「むー……アレンさん、なんだか怪しいです。本当に教えてくれるんですか? 具体的にここで教えてください」

「うっ、それは……!」

 

 むーっとむくれるシャーロットに、アレンはたじろぐしかない。

 ジゼルたちに教えたことといえば、パンケーキにマッサージ、それにネイルアートだ。

 

(あれ以上にすごいことって……なんだ!?)

 

 そもそもネイルなどはミアハの入れ知恵だ。そうしたことに疎いアレンでは上位互換など知る由もない。

 

(そうだ、ミアハ……! ミアハならなんとかしてくれる……!)

 

 ジゼル一行はラーメン屋に向かったが、ミアハはまだ背後にいるはず。そう期待して振り返るものの――。

 

「ああ、ミアハ殿から伝言でございます。『次の仕事が入ったのでこのあたりで失礼しますにゃー。今回のバイト代は次の集荷のときにでもお渡しくださいにゃ』だそうで」

「やっぱり人望がないのか、俺は!?」

『あるとおもってたの?』

 

 その場には、もうゴウセツとルゥしか残っていなかった。

 そうこうしている内に、シャーロットが眉をちょっぴりひそめてアレンの袖を引いて催促してくるし。


「ねえねえ、アレンさん。どうなんですか。ほんとに教えてくれるんですか」

「うっ、ぐ……! だ、誰か! 誰か助けてくれ……!」


 とうとうアレンは叫んでしまう。

 本気で助け船が出されるなど、欠片も思っていなかったのだが――。


「はいよー」

「なっ……!?」


 そこで、聞き覚えのある声が応えた。

 ばっと振り返れば……そこに立っていたのは義理の妹、エルーカだ。予期せぬ人物の登場にアレンは目を瞬かせる。


「え、エルーカ……?」

「やっほ、おにい久しぶりー」


 実に二ヶ月ぶりくらいの再会だが、エルーカは気軽な調子で手を振って歩いてくる。

 しかしアレンの腕にしがみついたままのシャーロットを見て、すこしだけ目を丸くした。


「ありゃ、なんか見ないうちにラブラブじゃん。ようやくくっついたの?」

「そのへんの話は後だ! 今はとりあえず助けてくれ!」

「エルーカさん、聞いてください! アレンさんったらひどいんですよ!」

「うんうん。ふたりの惚気話は、あとでちゃーんと聞いてあげるからさ」


 エルーカは至極どうでもよさそうに相槌を打ち、にやりと笑う。

 

「その前に。ちょっと困ったことになったんで……あたしと一緒に来てちょうだい。もちろんシャーロットちゃんもね」

「む……困ったこと、だと?」

「わ、私もですか?」

「うん。むしろシャーロットちゃんがいなきゃ始まらないよ。あたしはふたりを呼びに来たの」


 突然の申し出にアレンとシャーロットは顔を見合わせるしかない。

 だが次いでエルーカの口から出た単語に、ふたりはそろって息を呑むことになる。


 エルーカは右手を差し伸べて、真剣な顔で言い放った。

 

「帰るよ、おにい。古巣のアテナ魔法学院に。ナタリアちゃんが大変なことになってるの!」

「なっ……!?」

「ナタリア、が……?」


 エルーカが口にした名前。

 それは間違いなく――シャーロットの腹違いの妹、ナタリア・エヴァンズの名だった。

次章、ナタリア登場の『アテナ魔法学院動乱編』予定です。シリアスにはなりません。

しばしお休みをいただいてストックを作ることにします。のんびりお待ちいただけますと幸いです。

それとページ下部に、また人気投票アンケートを設置しました。今回は期限なしなので、リクエストなど合わせていつでもポチッとご投票ください。


お気に召しましたらブクマや評価、ご感想などで応援いただけると励みになります。

来月とうとう書籍一巻発売となりますので、次回更新では告知などもできたらいいなと思うさめです。よろしくお願い致します。

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コミカライズ十巻発売!
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― 新着の感想 ―
[良い点] 書籍の方もコミカライズの方もシャーロットちゃんが可愛い
[良い点] アレンが「イケナイコト」を教えるのはシャーロットだけ!!! ヒロインがブレなかった! ストーリーの広がりで妹弟子?を増やしてマンネリを防ぐのかと思ったら! それ(「主人公がイケナイコトを…
[良い点] シャーロットの嫉妬でだだをこねる姿が微笑ましい 昔のシャーロットならあり得なかっただけに成長が嬉しくなりますね [一言] とりあえずアレンは羨ましすぎるのでルゥにかじられなさい
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