百二十一話 人気者の優雅な休日③
思わずあらん限りの大声でツッコミを入れてしまった。
しかし相手――ジゼルは『なにか問題でも?』と澄ました顔である。
それがあまりに強い意志にあふれていたものだから、アレンは少しだけ不安になってしまった。ごほんと咳払いをしてから、再び口を開く。
「えっと……ひょっとすると先ほどの話で何か齟齬があったのかもしれないな。改めて言うが、俺はただ単に、シャーロットを保護しているだけに過ぎないんだぞ」
「ええ、それは伺いました。行く宛のない彼女を拾い、衣食住の世話をする……そのこと自体は紛れもなく善行と呼んで差し支えのないものでしょう」
「だ、だよな? そしてこれは……未成年者の誘拐には当たらない。そうだろう?」
一応、アレンも国の法律を調べていた。未成年者を誘拐することは当然ながらに犯罪だ。
だがしかしなんらかの事情があったり当人の合意があると認められれば、見逃されることが多い。
ここは比較的平和な国ではあるものの、複雑な事情を抱えた子供というのはごまんといる。しかるべき保護施設、もしくは社会的地位を有する者であればなおのことそうした児童の保護が認められる。
そして、アレンが切ることができるカードは他にもあった。
「俺はこう見えてもアテナ魔法学院の元教員だ。学園に問い合わせてもらえれば、身元は十分に保証されるはずだ」
アレンの古巣、アテナ魔法学院はこの国随一の教育機関だ。身分を証明するものとして、これほど強力なものはない。虎の威を借るようで気分はよくないが、シャーロットのためだ。背に腹は変えられない。
そしてアレンのその主張に、ジゼルは鷹揚にうなずいてみせる。
「ええ、ええ。それも存じ上げております。ですが、話を聞いてみてわかりました。誘拐はたしかに冤罪のようですが……虐待の疑いが強まりました」
「嘘だろう!? 自分で言うのもなんだが、俺なりにシャーロットを大事にしてきたぞ!? いったい何をもってそう言えるんだ!」
「そんなもの、決まっておりましょう」
ジゼルはすっと目を細める。
剣のかわりに人差し指を突きつけて、アレンにビシッと告げることには――。
「夜中に無理やりラーメンなどという高カロリーのものを食べさせるなんて……健康を害します! これが虐待ではなく、なんだというのですか!」
「……は?」
アレンは目を瞬かせる。むしろそれしかできなかった。
夜中にラーメン。たしかにシャーロットに食べさせてやったことがある。実家で日頃ひもじい思いをしていた彼女に、間食の楽しみを教えてやりたかったのだ。
たしかに健康には多少悪いだろうが……虐待、か?
わけもわからず戸惑うアレンをよそに、ジゼルはなおも苦し罪状を語りあげる。
「そればかりではありません。貴殿の話によると暴虐の限りは他にも行われているようではないですか。ケーキやアイスなどの甘味の暴食、強制的な夜更かし、衣服などの過剰な買い与えなどなど……こうしたイケナイこともまた、心身を害す虐待と言っても過言ではないでしょう」
「えええ……ふ、ふつうに過言では……?」
たくさん食べさせたあとはちゃんと運動させるし、夜更かしが癖にならないように次の日ちゃんと早めに寝かせるようにしている。
服だって、シャーロットはボロボロのドレス一着しか持っていなかったのだ。たくさん買い与えたといっても、たいした量にはならない。
だから虐待なんて言いがかりも甚だしい。
そう説明するのだが、ジゼルはかぶりを振るだけだ。
「たしかに貴殿が言うように、シャーロットさんは複雑な環境で育ったのでしょう。彼女に楽しみを教えてあげることは、正しい行いと言えます。ですが……!」
ジゼルはキッとアレンを睨みつける。
「貴殿のそれはやりすぎです。暴飲暴食は健康を害し、過度な贅沢は心身の堕落を招く。イケナイことは悪です! きっと何らかの法に触れるに違いありません!」
「そんな法律があってたまるか!!」
アレンは全力でツッコミを入れざるをえなかった。
もう清々しいくらいの言いがかりだ。痛む額を押さえつつ、じろりとジゼルをねめつける。
「というか、『なんらかの法』とはなんだ。そんなざっくりした根拠で人を裁こうとするんじゃない!」
「なっ、なにを言うのです。根拠ならあります」
ムッとしたようにジゼルは顔をしかめる。
そのまま拳を握って言うことには――。
「人に必要なのは質素で規律正しい生活です。我ら近衛兵団もそうした質実剛健な生活を心がけ、正義を執行しております。つまり……模範的な生活こそが正義! 自堕落な行いは悪!」
「その理屈はだいぶおかしい……だいたい夜食や夜更かしくらい誰でもやるだろ!」
「すくなくとも、私や団員たちはそんな不健康な食生活は送っておりません。食事は常に腹八分目。夜勤のない者は夜九時には眠りに着きます」
「修行僧か何かか……?」
平然と言い放つ彼女に、アレンはジト目を向けることしかできなかった。
そのついで、詰め所をざっと見回してみる。
言われてみれば壁には『整理整頓』といったポスターが飾られているし、団員の女性たちは誰もがみな書類仕事や簡単な室内鍛錬に励んでいる。サボったり、無駄話に興ずるものは誰もいない。
(つまりあれか……典型的な真面目集団というわけか)
そんな者からしてみれば、たしかにアレンの所業はさぞかし眉をひそめるものだろう。
続きは来週の水曜日あたりに。今後はなるべく週一で更新したいです。
本章はたぶんあと三話くらい?のんびりお付き合いください。





