百十六話 これから②
「さて。おまえには今現在、ふたつの選択肢が存在する」
アレンは人差し指と中指を立て、シャーロットに示す。
指折り数え、ゆっくりと告げることには――。
「まずひとつ。このまま全てを忘れて、静かに暮らすこと」
「すべてを、忘れて……」
シャーロットはその言葉を、ゆっくりと噛みしめる。それにアレンは力強くうなずいた。
「その通り。今日でわかっただろうが、変装なしでもおまえは街を堂々と歩けるんだ。掛けられた懸賞金はおそらくまだ有効だろうが……万が一懸賞稼ぎがやってきても、俺がどうとでも排除する」
ちょうど、今のように。
(さて、本命のおでましか)
シャーロットが考え込んでいる隙に、アレンはさりげなく店内の様子をうかがう。
少し離れたテーブルには五人の男たちがついていた。
全員が獣人で、一見すると和やかに談笑しながら食事を楽しんでいる。殺気も一切感じられない。だがしかし、その身のこなしは紛れもなく幾多の戦場を経験した者独特のものだった。
魔法道具屋で仕掛けてきた連中は、アレンたちが相手取ったとはいえ、そこまで実力を有するものでもなかった。おそらくあれが初動部隊。それとは一線を画す実力者が……この場にいる彼らなのだろう。
(まあ、だからと言って負ける気はしないが。今相手をする気分でもないしな)
優先すべきは決まっていた。
だからアレンはこっそりと、テーブルを三度軽く叩いた。
あらかじめ決めていた合図である。その瞬間、アレンたちのテーブルのすぐそばを、白い影が走り抜けた。
「がうう! がうがう!」
「なっ……なんだ、この犬っころ」
ふさふさの白い毛を持つ子犬だ。それが亜人たちの足元に飛び出して、無邪気に吠えてはしゃぎまくる。
おかげで男たちは困惑気味だ。彼らからすれば子犬の一匹程度仕留めるくらい容易いはずだが、目立つことは避けたいのだろう。どう手出ししていいものか考えあぐねている様子だった。
「あら、ごめんあそばせ」
「へ」
そこへ話しかける人物がいた。
漆黒のドレスをまとった絶世の美女である。
ボリュームのある亜麻色の髪をかきあげて、目尻を下げて嫣然と彼らに微笑んでみせる。
「その子、うちの子なんですの。元気いっぱいで困っておりまして……ご迷惑をおかけして申し訳ございませんわ」
「へ? ああ、いや、別に……なあ?」
「お、おう。俺らのこと仲間と思ったんだろうなあ」
男たちは美女の出現に、わかりやすく鼻の下を伸ばす。
彼女の美しさには種族の違いも関係ないらしい。見惚れる全員の顔を見回して、美女はさらに笑みを深めてみせた。
「ふふ……そうでございますか。では――おやすみくだされ」
「は……っ!?」
その刹那、男たちがいっせいに崩れ落ちる。
美女が目にも留まらぬ速度で手刀をお見舞いしたのだ。同時に結界を展開したため、店員はおろか他の客たち、シャーロットでさえも、その事件に気付かない。
そのまま美女――ゴウセツは意識を失った全員を軽々と担ぎ上げ、ぐっと親指を立ててみせた。
アレンはそれに、目線だけで礼を言う。
(……絶対に、あいつらを敵に回さないようにしよう)
そんな決意を固めている間に、ゴウセツとルゥは意気揚々と店を後にした。これでこの場の敵は一掃だ。
安心して、アレンはシャーロットとの話を続けることにする。
「そして、もうひとつの選択肢だ」
すべてを忘れて静かに暮らす。
それとは異なる、彼女のもうひとつの未来とは――。
「すべてのケリをつける。これに尽きるだろうな」
「っ……」
シャーロットはかすかに息を飲んでみせた。
先ほどよりも顔をこわばらせる彼女に、アレンは軽く笑う。
「とはいえ復讐が目的ではない。まず目指すべきなのは、おまえの名誉回復だ。着せられた濡れ衣を晴らし、身の潔白を証明する」
いくらほとぼりが冷めつつあるとはいえ、このままでは未来永劫にわたってシャーロットの名が罪人として記録され続けることになるだろう。
これからの人生に暗い影を落とさぬよう、名誉を取り戻すことは必要不可欠……そうアレンは考えていた。
しかしそうした話をじっくり語る間にも、シャーロットの顔はこわばったままだった。
まばたきも忘れたように、膝の上で握った手をじっと見つめている。
それを見て、アレンは胸中で唸るのだ。
(まあ、当然の反応だろうな……これまでの恐怖に向き合うことになるのだから)
シャーロットを長年虐げ続けてきた、実家の者たち。
濡れ衣を着せて陥れた、ニールズ王国第二王子。
名誉回復のためには、そうした元凶たちと立ち向かう必要がある。
アレンやゴウセツが手を下すだけでは不十分。
シャーロット自身が乗り越えなければ、何の意味もないのだ。
だからこそ、無理強いはしたくなかった。アレンは大仰に肩をすくめ、冗談めかして言ってのけるのだが――。
「とはいえ、楽しい復讐劇には手間もかかる。気乗りしなければ別に――」
「……私」
アレンの言葉を遮って、シャーロットがついに口を開く。
ゆっくりと上げた顔はまだこわばっていたものの――小さな変化が見てとれた。
「私……これまで、ずっと逃げてきました。耐えてきたんじゃないんです。戦うのが怖くて、逃げてきただけなんです」
淡々と紡ぐ声は震えていた。
それでも彼女はまっすぐアレンを見据える。その瞳に宿るのは、先ほど生み出した魔法の灯のように、あたたかで強い光だ。
「そんな自分を、変えたいんです。だからもう、逃げません。怖くて辛くて、胸が苦しくても……絶対に、逃げたくないんです」
「……じゃあ」
「はい。頑張ってみようと、思います」
シャーロットは深い息とともに、その決意をつむいでみせた。
おかげで、アレンはしばし言葉を忘れてしまう。
(強くなったとは思っていたが……俺の想像以上のようだな)
シャーロットはそのまま、黙り込んでいた反動か、堰を切ったように話し続ける。
「それに、妹……妹にだけは、もう一度会いたいんです」
「ああ、異母妹か。名前はたしか……」
「ナタリアです。家では様付けで呼ぶように言われていましたけどね」
シャーロットは困ったように苦笑する。
実家でただひとり、シャーロットを支えてくれた少女――ナタリア。
彼女のことはたびたび口にはしていたものの『会いたい』という思いを口にしたのは、これが初めてだった。
「私がこんなことになって、妹にはずいぶん迷惑をかけたと思います。だから潔白を証明して……迷惑かけたこと、ちゃんと謝りたいんです。それで、できたら……ふつうの姉妹みたいになりたいな、って……ずっと思っていて……」
「なれるさ」
シャーロットの声が上擦りはじめる。
これまで秘めていた思いを吐き出して、堪えられなくなったのだろう。大きな目からは涙の滴がこぼれ落ちる。
その涙をそっと拭って、アレンは彼女の手をしっかりと握った。
「俺も力を貸す。だから何も心配するな。すべて上手くいくさ」
「アレンさん……」
シャーロットは顔をくしゃっと歪めてみせる。
その拍子にまたさらに涙があふれそうになるのだが……何かに気付いたようにハッとして、不安そうに眉を寄せてみせた。
「あ、あの、そのお気持ちは嬉しいんですけど……どうかやりすぎないでくださいね?」
「ふむ……そのあたりの擦り合わせは必須だろうな。まず、どの程度なら法に触れていい?」
「程度も何もありません! 悪いことは絶対ダメですからね! めっ、ですよ!」
涙も完全に引っ込めて、シャーロットはぴしゃっと叫ぶ。
これではどちらが年上かもわからない。
(ふむ、ひょっとするとそのうち……俺を尻に敷くほど強くなるのでは?)
それはそれで楽しみで、明るい未来に思いを馳せるアレンだった。
続きはまた四日後、11/22(金)に更新します。
シリアスめいた導入ですが、テンションは変わりませんのでご安心ください。イチャイチャしながら明るく楽しく復讐したりする予定です。
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