百十話 イケナイデートへ②
アレンが掲げた作戦は、ひどくシンプルなものだった。
まずシャーロットを連れて街をうろつく。
この際、わざと人通りの少ない場所に行ったり、シャーロットから目を離すようなフリをする。
そこを賊が狙ってくれば返り討ちにし、そのままデートを続行。これを何度も繰り返す。
いわば、魚釣りのようなものである。
これで賊が仕掛けてくる保証はどこにもなく、ルゥやゴウセツという保険もある。
ゆえにアレンは、まずは全力でデートに専念することを決めたのだが――目論見は早々に外れることとなる。
街は今日も大賑わいだ。
親子連れに家族連れ、冒険者一行……それに、アレンたちのようなカップル。多くの人でごった返す中、あらためてアレンは切り出すのだが――。
「よし。それじゃあ行くか……って、どうした?」
「うう……」
シャーロットは帽子を目深にかぶり、落ち着かない様子であたりをキョロキョロと見回している。
先日、花畑へピクニックに行ったときと同じ、つば広帽子に白いワンピースという出で立ちだ。
そしてその髪は……いつも通りの金色だった。
シャーロットは不安そうな上目遣いを投げかける。
「ほんとに私……髪を染めなくてもいいんですか……?」
「うむ。問題はないだろう」
それにアレンは平然と告げる。
彼女が出かける際に髪を染めていたのは変装のためだ。
だが、もうその必要はないというのが、アレンの判断だった。
「おまえの手配書はもうこの街に残っていないからな。あれからずいぶん日数が経ったし、問題はないだろう」
「で、でもぉ……」
「おや?」
シャーロットは納得がいかないようで縮こまるばかり。
そんな折、声をかけてくる人物がいた。大きなリュックを背負った、行商人風の女性だ。さばさばしたその出で立ちには覚えがある。
「おお、いつぞやの店主どのか」
「久方ぶりだね、大魔王さん」
アレンが片手を上げてみせると、女性は軽くうなずいてみせた。
以前街に出たとき、シャーロットの髪留めを露店で買い求めたことがある。そのときの店主だ。
「そっちのお嬢ちゃんも久し……おや」
「っ……!」
彼女はシャーロットにも目を向けて、すこしばかり首をひねる。
その反応にシャーロットはびくりと体をすくめるのだが――店主はにっこりと笑った。
「髪を染めたんだね。気分転換かい?」
「えっ」
「うん。そっちの方がお嬢ちゃんには似合ってるよ。あたしが売った髪留めも喜んでいるようだ」
シャーロットの金の髪。それを彩る髪飾りを目にして、店主は目を細めてみせた。
ぽかんとするシャーロットを他所に、彼女は頭を下げる。
「それじゃあたしはもう行くね。あの場所にだいたいいるから、またご贔屓に頼むよ」
「もちろん。よければ後ほど寄らせてもらう」
店主と別れてから、アレンはにやりと笑いかける。
「ほらな、この通り。この街の者たちは黒髪のおまえを知っているからな。今更もとの髪色でうろついても、単にイメチェンしたとしか思われないだろうと踏んでいたんだ」
「な、なるほど……」
シャーロットはこくこくとうなずく。
そんな素直な彼女に、アレンは苦笑し、そっと頭を撫でてみせた。
「そもそも、おまえには何も後ろ暗いところがない。大手を振って外を歩けない今までがおかしかったんだ」
「……そう、ですか?」
「もちろん。俺は」
「ふふ……ありがとうございます」
シャーロットは薄く微笑んで、そっと帽子のつばを上げた。
どうやら吹っ切れることができたらしい。
おかげでアレンもほっと胸を撫で下ろした。
「よし。それじゃあ行くんだが……その前に」
「な、なんですか?」
アレンが右手を差し出すと、シャーロットは目を丸くする。
……やはり言葉が足りなかったらしい。
あらためて、アレンはぐっと唾を飲み込んでから、つっかえながらも言葉をつむぐ。
「その……はぐれないように、手を繋ごう」
「は……はい」
これまで何度も訪れた街だ。一度もはぐれたことはないし、仮にはぐれたところで家に帰れば済む話。
だからこれが単なる言い訳にすぎないのだと、シャーロットも分かっただろう。
それでもシャーロットは何も言わなかった。
おずおずとアレンの手を取り、はにかんでみせる。
「えへへ……はぐれちゃいけませんものね」
「そう。はぐれないようにな」
アレンもぎこちない笑みを返した。
そうしてふたりは互いの手をにぎったまま、ゆっくりと歩き出す。
(はあ……俺の恋人が健気で可愛くて、手も小さいし緊張で汗ばんでいるところも最高に可愛いし……殺気がウザったらしいことこの上ないなあ!?)
内心でブチギレるアレンだった。
異変は、街に入ってすぐ起こっていた。
四方八方から突き刺さるのは、微小なトゲのような殺気の数々。
カップルをやっかむ者たちのものとはまた違う。戦場でのみ味わうことのできる、肌がひりつくタイプのそれである。
おまけにあまりに希薄で数が多く、その全容はうかがい知れない。
おそらくこれが……リカルドが率いる一団なのだろう。
(はっ……いいだろう。仕掛けてくるのなら容赦はせん。全身全霊を持って叩き潰させてもらおう!)
アレンは不敵な笑みを浮かべようとして――。
「えへへ、楽しいですね。アレンさん」
「そうだなあ、楽しいな」
頰を染めたシャーロットにそう言われ、ずいぶんデレッとした笑顔になってしまった。
女店主は二十八話以来の登場です。
次回はちょっと空いて10月29日(火)を予定しております。本当にすまない……。
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