百一話 大魔王の苦悩①
その日。
メーガスとグローは冒険者ギルドの扉をくぐり、目を丸くした。
「わはは、それでよぉ……あれ?」
「お? どうし……」
「親分たち、何かあったんす……か」
あとに続いた子分たちも、中へと足を踏み入れて口をつぐむ。
全員の注目は冒険者ギルドの酒場――その片隅に注がれていた。
「…………」
そこでは小さな一人がけのテーブルで、アレンがひとり酒を呷っていた。
たったそれだけなら普通の光景だが、問題は彼の顔色だ。
暗い。あまりにも暗すぎた。
目は落ち窪み、何を見ているかもわからない。
ただただ壊れたカラクリ仕掛けのように、度数の強い酒を口へと運び続けている。それでいて一切酩酊している様子がない。
まるで死者へと手向ける酒席だ。
その一画だけ張り詰めた緊迫感が漂うせいで、ほかの客が寄り付かずぽっかりと席が空いている。
メーガスたちは顔を寄せ、ひそひそと言葉を交わし合う。
(お、おい、ありゃなんだよ……! 大魔王さん、お嬢ちゃんに告白したはずだろ!? なんであんな死にそうになってやがるんだ!?)
(俺が知るかよ……! あれから一回も会ってなかったんだからよぉ!)
告白の相談に乗ったのが、一週間ほど前のこと。
あれから彼らは一度もアレンたちと顔を合わせていなかった。
全員、特に話題に上げもしなかったが『付き合いだして浮かれてるんだろうなー』という共通意識を有していた。
しかし、現実にはこの通り。
アレンの顔には死相が色濃く浮き上がっている。
「そうなると、まさか……」
「ああ……その『まさか』かもな」
メーガスとグローは顔を見合わせ、深くうなずきあう。
そうしてふたりは意を決したようにアレンのもとへと近付いていった。部下たちも無言でそれに倣う。彼らの心はひとつだった。
「よう。大魔王さん」
「飲んでるなら俺たちも混ぜてくれよ」
「…………なんだ、おまえらか」
明るく声をかけるメーガスたちに、アレンはちらりと視線を投げるだけだった。
彼らはおかまいなしで椅子やテーブルを移動させ、アレンを囲む酒盛りを始める。わいわいと明るく騒ぐものの……その盛り上がりはどこかぎこちないものだった。
全員がグラスを持ったのを見計らい、メーガスがぽんっとアレンの肩を叩く。
「まあ、その。なんだ、大魔王さん。元気出せよ」
「そうそう。女はこの世に星の数ほどいるんだからな」
グローもそれにうんうん頷く。手下たちもみな神妙な面持ちだ。
しかしアレンはおもいっきり眉をひそめてみせた。
「……藪から棒になんの話だ?」
「えっ、だってあんた、お嬢ちゃんにフラれたんでしょ」
「俺らはそれを慰めてやってるんじゃねーか」
「…………おまえらは何を言っているんだ」
アレンは手酌で一杯やりつつ、ぶっきらぼうに続ける。
「告白は成功した。俺とシャーロットは、今や恋人同士だ」
「は」
「へ」
全員が一斉に凍りつく。
アレンはおかまいなしで、同じペースで酒を呷るのだが――。
「「はあああああああああああああ!?」」
「うわっ」
一同が示し合わせたように同時に絶叫したせいで、酒がわずかにこぼれてしまった。
テーブルをざっと拭きながら、アレンはその場の面々を睨みつける。
「なんだ貴様ら。静かに酒も飲めんのか」
「いやいやいや!? 逆にあんたはなんでこんなところで暗い顔して飲んでんだよ!?」
「そうだそうだ! 告白が成功したんなら、今が幸せ絶頂のはずだろ!?」
「……俺だって最初はそう思っていたさ」
アレンはふっ……と自嘲気味な笑みをうかべてみせる。
言葉の通りだ。シャーロットと結ばれたならば、バラ色の未来が待っているに違いない。アレンはそんな確信を抱いていたのだが――。
「だが、とある重大な問題が発生してな……その対応に悩まされている次第なんだ」
「も、問題……?」
「ああ……さすがの俺もこれには対処しきれなくてな」
ゴクリと喉を鳴らす一同だ。
アレンの口ぶりから、その深刻さを理解したらしい。
固唾を呑んで見守る彼らを前にして、アレンは震える両手で顔を覆い――叫ぶ。
「付き合うって……いったい何をどうしたらいいんだ!?」
どんがらがっしゃあーーーーーーん!!
テーブルが砕け、酒瓶が宙を舞い、巨体のメーガスがすっ転んだせいで床に大きな穴が空いた。
周囲はにわかにギョッとするのだが、騒ぎの元となったメンツの顔を確認してすぐに興味を失ってしまう。
またあいつらか、という空気だった。
続きは10月9日(水)更新予定です。
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