百話 告白②
夕暮れに沈む花畑。
そのただ中で、シャーロットは座り込んでいた。膝を抱えて顔を伏せたまま、微動だにしない。
すぐそばにはルゥがそっと控えている。
気遣わしげな鳴き声は『いいの?』と尋ねているようだった。
それでもシャーロットは顔を上げない。石像になったかのようにじっとしている。そんな背中に、アレンは軽く声をかけた。
「おい、そろそろいいか?」
「っ……!」
シャーロットの肩がびくりと震える。
アレンがゆっくり近付いていっても、顔を上げる気配はなかった。
ルゥが困ったようにふたりを交互に見比べてから……そっと離れていく。すれ違いざまにちらりとアレンに目線を投げて、低く唸る。
『ママを泣かせたら、かじってやるからな』
「わかっている」
その脅し文句に、アレンは鷹揚にうなずいてみせた。
かくしてふたりは向かい合う。シャーロットは顔を伏せたままだが、アレンはおかまいなしだ。やれやれと肩をすくめて言葉を投げかける。
「フったばかりの相手に顔を見せるのは、さすがの俺でも少々堪えるんだがな。言わなきゃいけないことがあって来た」
「……」
「俺は他人の嘘を見抜くことができる……というのは以前言ったな?」
他人にこっぴどく裏切られた末に学んだ処世術。
それがまさかこんな場面で生かされるなんて思いもしなかった。
「だから俺には分かるんだ。さっきの『ごめんなさい』は嘘だとな。違うか?」
シャーロットは何も言わない。
だがかすかに息を飲む気配が伝わり、肯定だと読み取れた。
アレンはため息をこぼすしかない。
「……どうして嘘なんかついたんだ」
「っ……だって、だって……!」
シャーロットが弾かれたように顔を上げる。
その顔は涙でぐしゃぐしゃで、悲痛なまでに歪んでいた。
「私は、国を追われた身です……だから、いつかはアレンさんから、離れなきゃ、いけないって思って、いたのに……!」
涙と同じくらい、溢れ出る言葉は止まらない。
「あんなこと言われたら、もう戻れなくなっちゃうじゃないですか……! 私は言わないようにって、決めてたのに……これ以上、アレンさんの重荷にだけは、なりたく、ないのに! なんで、どうして……!」
そのままシャーロットは顔を覆って泣き崩れてしまう。
アレンはそれをじっと見つめるしかない。
「まったく……そんなところじゃないかと思ったんだ」
こんなパターンも想定しなかったわけではない。
シャーロットは己を低く評し、他人のことを一番に考えすぎる。
アレンのことを考えた結果……自分の気持ちを封じることだって十分にありえた。それこそ、アレンがそうしようと一度は決意したように。
だからアレンは彼女の前にしゃがみこみ、目を合わせて告げる。
「いいか、おまえは自分のことを重荷だと言うが……それは違う」
「えっ……」
「おまえは俺にとって光そのものだ。俺の人生を変えてくれた」
ただ無為に日々を送るだけだった退屈な人生。
それがシャーロットに出会ってから激変した。さまざまな人々に出会い、体験をして、毎日に彩りが生まれた。
たとえ学園で教師を続けていたとしても、ここまで実りの多い人生は決して得られなかったことだろう。
それはすべて、シャーロットが隣にいてくれたからだ。
「俺は、おまえが幸せならそれでいい。でも……我が儘を言わせてもらえるのなら」
震えるその手をそっと握ると、気恥ずかしさと愛おしさがないまぜになって言葉が詰まりそうになる。それでもアレンは噛みしめるようにして伝えた。
「できれば俺のそばで、幸せになってほしい。俺の人生をこの先もずっと照らしてくれ」
「ほんとうに……私なんかで、いいんですか?」
「いいも何も、それだけが俺の望みなんだ」
不安そうに声を震わせるシャーロットに、アレンは苦笑する。
その言葉に嘘はない。彼女以外には何もいらなかった。
だから告白をやり直す。今度もまた目を見つめてまっすぐに。
「もう一度聞かせてくれ。好きだ。俺と付き合ってほしい」
「…………私も」
今度の逡巡は短かった。
シャーロットは顔をくしゃっとさせて、掠れた声で告げる。
「アレンさんが……好き、です」
「……ありがとう」
アレンは彼女をそっと抱きしめた。肩口に顔を埋めたままシャーロットはすすり泣く。その体温と涙を、アレンはいつまでも受け止めた。これからもずっと、彼女がここで泣けるように。
『いやはや、儂も昔のころを思い出しますなあ。かつては幾多のオスをはべらせて、逆はぁれむな日々を送ったものでございますよ』
『いや、はんせいしろよ、じじ…………あんたメスだったの!?』
いつの間にかやって来て静かに笑うゴウセツに、ルゥはギョッと目を丸くするのだった。





