43話 不自然な襲撃
荷馬車が王都に近づいたところで。
「――ま、魔物にゃんねっ!」
ネココさんが緊迫した叫び声を上げた。
丘の陰になっていたせいで、今まで見えなかったが。
前方に広がる草原に――黒いシミのような巨大な影の群れが動いていた。
王都近くにある丘は、農業用水を流し込めないため放牧地にされているようだが……おそらくは、そこで放し飼いされていた家畜を狙っていたのだろう。
(あれは……合成魔獣か)
遠目からでもわかる特徴的なシルエットだ。
火炎を吐く獅子の頭、空を駆ける鷲の翼、猛毒を宿した蛇の尾……。
あらゆる生き物の強いパーツを寄せ集めたような人工的な魔物。
1週間前、アルマナの地下迷宮で、魔術士たちが使役していたやつらだろうか。
迷宮崩落後に地上にあふれたものについては、俺がひそかに倒していたが……まだ討ち漏らしがいたのかもしれない。
「な、なんでこんなとこに、あんなやばい魔物がいるにゃんね!? と、とにかく逃げるにゃんね!」
「……ダメです。もう間に合いません」
すでに、合成魔獣はこちらに狙いをすませて、駆け寄ってきている。
本来、巨体の肉食魔物というのは、獲物の配分の都合上、群れを作らないのだが――統率もよくとれているな。
(……接敵まで、あと10秒ってところか)
まあ、それだけ時間があれば――問題ない。
「せっかくだ。エル、訓練の成果を見せてくれ」
「え? あ……う、うんっ! わかったっ!」
エルが頷くとともに――。
その魔力が光の羽根となって、周囲にひらりと舞った。
そして、手の中から、すらりと壮麗な光の弓矢が現れる。
「いっくよ~っ! ――“閃光弾Ⅲ”!」
ひゅん――ッ! と。
空へと放たれた光の矢が、流星となって幾筋もきらめいた。矢は合成魔獣たちの眼前で――かッ! と閃光となって弾ける。
「――ッ!」
ひるんで立ち止まる合成魔獣たち。
その隙に、エルが新たな魔法陣を構築する。
「からのぉ~っ! ――“守護聖域Ⅳ”!」
今度は、馬車の足元に現れた巨大魔法陣が光を放った。
光は障壁となり、飛びかかってきた合成魔獣たちを弾き返す。
「やった! 発動体なしでも魔術使えたよ!」
「ナイスだ、エル。さっそく訓練の成果が出たな」
「えへへー」
頭をなでると顔をほころばせるエル。
「これで、クロムくんの役にも立てるかな?」
「ああ」
「って、いちゃいちゃしてる状況じゃないにゃんね!? 結界を張っても逃げ場がないのは同じにゃんね! やられるのは時間の問題にゃんね!」
慌てるネココさんを前に、エルがにこにこと笑う。
「大丈夫だよ、ネココちゃん」
「にゃ、にゃんね……?」
「だって――クロムくんがいるもん」
エルがそう言ったときには、俺は荷台から飛び降りていた。
「く、クロムにゃん!? なにしてるにゃんね!?」
ネココさんの叫び声を背中に受けながら。
俺は剣を静かに抜いて、結界の外に足を踏み出した。
合成魔獣たちは、結界からむざむざ出てきた俺を、バカな獲物だとでも思ったのだろう。舌なめずりしながら、食欲に満ちた目で俺をじっと見てくる。
(……やっぱり、結界があると後ろを気にしなくていいな)
ただ、エルが専門としているのは光魔術だ。
光魔術がつかさどるのは、閃光・守護・再生など。
つまり、攻撃には向いていない。
だから、ここから先は――俺の魔術の出番だ。
「――“時間加速・Ⅶ倍速”」
俺がそう唱えるとともに――ぴたり、と世界が停止した。
荷台から散った花びらたちが、飛びかかってきた合成魔獣たちが――空中にゆっくりと浮遊している。
そんな世界の中を、俺だけがいつも通りの速度で動く。
――圧倒的な早さ。
それこそが、時魔術の強みの1つだ。
早くなれたところで、攻撃力や防御力が上がることはないが。
しかし、今の俺の速度について来れる者はいない。
俺はとんっと地面を蹴り、そして――。
「――“倍速解除”」
ちん……と、剣を鞘に収めた。
同時に、世界が元の速度で動きだす。
「な、なにしてるにゃんね!? 危ないにゃんね! 戻るにゃんね――!」
背後からネココさんの必死そうな声が飛んでくるが。
しかし、俺はそれに笑って応えた。
「いや、大丈夫ですよ」
俺はくるりと合成魔獣たちに背を向ける。
「――もう、終わりましたから」
その次の瞬間。
ぶっしゃぁあぁあ――ッ! と。
合成魔獣たちが一斉に血飛沫を上げて、その場に崩れ落ちた。
「にゃんね!?」
唖然としたように目を白黒させるネココさん。
時魔術の存在はあまり知られたくはないが……まあ、倍速術式なら身体強化の魔術としてごまかしが効くだろう。
俺が荷馬車へと戻っていくと、エルが駆け寄ってきた。
「クロムくん! 大丈夫、怪我はない?」
「ああ。あのぐらいの敵じゃなんともないから」
「あの魔物が……あのぐらいの敵、にゃんね……?」
ネココさんが口をぱくぱくさせる。
なにか問いたげだったが、なにから言葉にしていいのかわからないという様子だった。
「く、クロムにゃんはいったい……何者にゃんね……?」
「え? ただのエルの幼馴染ですが」
「わたしの自慢の幼馴染だよ?」
「なにかおかしいにゃんね、この2人……」
まあ、嘘はついていない。
本来ならば俺は、ただの勇者の幼馴染だ。
勇者エルルーナの物語があるとすれば――その脇役でしかない。
「ふふんっ、ネココちゃんもクロムくんのすごさがわかった?」
「にゃー……ここまで匂いと中身が違う人は、初めて見たにゃんね」
ネココさんが肩をすくめてから。
「と、ところで……この魔物の死骸、どうするにゃんね? なんかすごい良質な素材の匂いがするにゃんね」
「まあ、魔術士協会に品種改良された魔物ですしね」
前回の人生では、俺も魔術士協会にいたから合成魔獣を使うことがあったが。
こいつらは戦闘力だけじゃなくて、実験素材としての有用性も考えられていた。なんなら、食用にも適していたはずだ。
「欲しかったら、もらってください」
「む、無料でいいにゃんね?」
「まあ、放置するのも不衛生ですし、他の人が困りますしね。道を綺麗にしていただけるなら、それで」
「神様にゃんね!」
ネココさんが尻尾をふりふりさせる。
それから、みんなで協力して、ひとまず持っていける素材を荷台にくくりつけていった。
「――“浄化Ⅲ!”」
エルも魔術の訓練もかねて、浄化魔術で臭いや汚れなどを消し去る。
持っていけない合成魔獣たちの肉については、ネココさんの巨大猫にがつがつと食されていた。
「にゃんねにゃんね~♪ これでお金がっぽがっぽにゃんね~♪ クロムにゃんには感謝にゃんね~♪」
やがて、綺麗さっぱりした道を見ながら、ネココさんが満足げに額の汗をぬぐう。
こんなことで喜んでもらえたのなら、なによりだ。
しかし――。
「…………」
「どうしたの、クロムくん?」
「ああ、いや」
俺ははぐらかしてから、合成魔獣の死骸に視線を落とした。
(……不自然な襲撃だったな)
解体してみてわかったが……。
この合成魔獣たちの胃袋は空だった。
つまり、放牧地にいたのに家畜を襲っていなかったのだ。
それなのに、俺たちを見るとまっしぐらに襲ってきた。
まるで、誰かに指示されていたかのように。
それに――。
(こいつら……迷宮にいた合成魔獣じゃないな)
それもそのはずだ。
迷宮にいた合成魔獣たちは、地下の狭い通路を警備していたのだ。こんな巨体では小回りがきかないし、空を飛ぶための翼も邪魔にしかならない。
(なら、どこから来た……?)
いや、そんなのは――決まってるか。
俺は前方を睨みつける。
そこに見えるのは、王都エンデの町並み。
そして、その中にひときわ高くそびえ立っているのは――。
――魔術士協会の塔だ。
遠視魔術でも使えば、塔からここの様子も見えていることだろう。
だとしたら……。
(狙いは――俺か)
俺は過去に戻ってから、魔術士協会の企みをことごとく潰してきたのだ。
そのうえ、地下拠点を潰したときに、けっこう目立ってしまった。
(今回の襲撃は……俺が“魔術士たちを倒した人間”だと確認するためのものか)
そして、確認されてしまった。
だとすると――本格的な攻撃が、ここから始まるだろう。
「もふもふ~」
「あっ、尻尾のつけ根はダメにゃんね! 有料にゃんね! あっ……あぁあっ!」
平和にたわむれているエルとネココさんを、ちらりと見る。
彼女たちの笑顔をくもらせないためにも――。
(……気を引きしめないとな)
王都エンデを前にして、俺はひそかに拳を握りしめるのだった。










