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第5話:野ざらしヘイト釈明

全然仕事終わらないのぜ・・・ とりあえずイライラたまったんで、久々に無理して打ちます。



 ありえなかった。

 その日、パシフ・ガッキこと亥柿太平は、いつものように仕事に励んでいた。

 道行く年若い婦人や少女に声をかけ、自分の職場でお話しないかと誘っていた。

 物干しそうな子供には食事を、いらいらのたまっていそうな婦人には婦人の集りと偽りつつ。

 やってきた女は、いつも通りに薬をかがせて、力を抜かせ、押して、倒して、放って。

 正気を取り戻した後に事実をつきつけ、繰り返す。

 倫理観が麻痺するまでそれを繰り返すことで、どんな女もすぐ彼の配下となり、文句の一つもいわずに稼いでくれた。

 いや、むしろ楽しんで金を提供してくれるくらいだった。

 男は、娼館の運営者。

 それも、おそらくとびきり性質が悪い。

 表向きは綺麗な店を標榜する。

 悪魔は、天使のような笑顔でやってくるのと同じだ。

 裏側など、見るものが見なければ誰として判断できるものではない。

 今までの人生、そうやって生きてきた。

 間違いなく、その生き方を完成させたのは、十代中頃にあったある出来事と、その時に出来たトモダチや、良い商売相手たちのお陰だが。

 だからこそ、今日もいつも通り仕事をしていた。

 道行く、新婚だという婦人に声をかけ。

 「奥様方の先輩の会」と偽り、誘導しようとした。


――だがその時、男はありえないものを目にしてしまった。


 三十後半にもなろうという男は、その目に入った少年の姿に、えもいわれぬ不吉さを思い抱いた。

 黒髪、黒目。右には眼帯がされており、表情はどこかのっぺりとしている。

 現代的なジャケットとズボンの格好。色は黒。

 印象としては特徴に残り難く、強いて言っても黒っぽかった、という程度か。

 だが、だからこそ男はその姿を見た時、セールストークの顔が固まった。

 彼がこちらを見て。

 そして、わずかに口が動いた。


――お前は駄目だ(ギルティ)


 聞きなれた、男の故郷の言葉。

 それを言ったのが、見覚えのない少年。肌が青白すぎて、まるで「死人のような」印象を受けるその少年。

 彼の口の動きを見た瞬間、男はなりふり構わず走り出した。

 だが、必ず男の視界の端に少年は居た。


――お前は駄目だ。


 角を曲がり、路地裏を走る。

 行き止まりの方に行きかけ、踵を返す。

 その瞬間、家の窓に少年の姿が映っている。


――贖罪に足ることもしていない。


 来た道とは別方向へと向かい走る。

 反対側の道に出ると、人通りは少ない。

 その背後から、カツカツと、少年が向かってくる。


――精神を壊されて、強迫観念を植え付けられたわけでもない。


「ひぃッ!」

 只の少年のはずだ。自分を追ってきている彼は。

 だというのに、男の全身の細胞は、全力で警鐘を鳴らしていた。


――何一つ変わらず、業を重ね続けている。


 後少し。後少し走れば、大通りに出られる。

 男は、少年のことを「自分に嵌められた人間の縁者」だと思っていた。

 格好が明らかに「異世界人めいている」ことにすら、気が回らない。

 それほど動転してた。なにせ少年からは――その全身からは、尋常じゃないプレッシャーが放たれていた。


 言い換えるならば、それは――殺気。


 だがいくら恨みをかてに生きている人間でも、目立つ場所で殺しはしないだろう。

 そうタカをくくりながら、ようやく出た大通り。

「た、助かった……」

 少年が負ってきて居ないことを確認して、男はその場にあった屋台に入る。ともかく一息つきたかったのだ。

「ん? ……おでん屋台か。こっちにもこんなものがあるとは。

 店主、まず酒を――ッ!」


 だがその場に居たのは――タオルを頭に巻き、白い格好をした、明らかに屋台の親父然とした、自分をついさっきまで追って来ていた「少年」だった。ちなみに案外似あっていた。


「てめぇは、丁度良いくらいにクズだ。自分で稼ぎもせずに、人を貶めていやがる。

 俺も自分を善人だと思いはしねぇが、少なくとも吐き気を催すぜ?」

「な――、な、何が望みだ!?」


 気が動転してるのだろう、男は一歩後ずさる。だがその背後から、少年同様の格好をした、赤と水色の髪色をした少女らに、左右を拘束され動けなくなる。

 次第に、屋台は段々と上昇していく。

 男の座っていた場所を含めて、それはまるで、突然この場所だけが別な空間に溶接されたかのような――。


「てめぇ相手なら、矜持の上でもとことんやれる。

 何より、これ以上二次被害を増やさないで済むしな」


 に、と笑う少年の顔。三白眼にこちらを睨む、幽霊のような顔色の少年。

 男は、唐突に訪れた今日の不運を呪った。





 気が付くと、藤堂太朗は「道場」に居た。

「……あん?」

 道場、と形容する他ない。木材で構築されたこの場所。奥には掛け軸があったりするこの場所は、誰がどう見ても道場と形容する他ない。

 ただし、かなり巨大であることに違いはない。

 視界を遠く遠くへフォーカスしないと、向かい側の壁が見えないくらいには、拾い道場である。

「……あん?」

 もう一度唸る太朗。「確か、座禅を組んでいたと思ったんだが」

 その独り言の通り、ついさっきまで藤堂太朗は、座禅を組んで滝に打たれていたはずだ。いつもの様に周囲へと感覚を広げ、瞑想をして意識を集中していた。

 だというのに、気が付けばこの場所だ。

 まるで意味がわからない。

 呼びかけてはみるが、レコーもシックも、両者共に返事がない。

「……ひょっとして、夢か?」

「近いな。だが、少々異なる。お前は何度か体験しているはずだ」

 突如響いた声に、太朗はその方向へと頭を振る。頭上だ。頭上から声が降ってきた。

 果たしてそこには、誰一人としてヒトの姿は見当たらない。

「おっと、いかんいかん。少し『グレード』を下げねば」

 そんな言葉と共に、太朗の頭上に一人の女が現れた。

 チャーコグレーの袴を履いた、上半身裸の女。否、裸ではない。最低限チューブトップのように、包帯が捲かれていた。

 表情は窺い知れず。三つ目の仮面を被っており、顔は全く見えない。

 首にはマフラーを二つ捲いており、それぞれの先端に拳のようなものがついている。

 そして、その拳は、複数台の「スマホ」と「タブレット」を有していた。

「……何ぞ、てめぇは誰だ?」

「誰だと聞くからにはまず自分が名乗るものだろう」

「藤堂太朗だ」

「話が早いな。反抗一つなしか」

 まあ良いか、と女は太朗の手前に降り立つ。

「ふむ。面構えは堂々としているな。あとは内側についてか」

「あん?」

 レコーたちが居なくなっている分、いつもより生意気な聞き返しが多い。

 かかか、と笑うと、女は太朗に言った。

「“創生期(バン)”すらまたいでいないような小童にしては、なかなか肝が据わって居る。己のような存在を前に、態度を崩さないのも好印象か」

「だからてめぇ誰ぞ」

 そう言われて、ようやく彼女は名乗った。


「我が名は羅神(らしん)。戦と解放の神ぞ!」


「……裸神?」

「羅神ぞ、羅神。何だ裸の神とは。確かに解放はされてるだろうが、色々違うぞい」

 太朗は別にボケたつもりもなかったが、羅神は不愉快そうに言葉を重ねた。

 重ねながらも、スマホの3Dグラフィクスがモンスターを倒したり、問題を解いて正解したりしているのを、太朗はじっと見逃さなかった。

「羅神とは、修羅の神だ。闘争の神と言って間違いないかもしれぬ。お主が今いる大陸より、ちぃとばかし東側の方で、軍神まがいのことをしておるのぉ」

「闘争の……? で、それが何ぞスマホとつながるんだ」

「それは置いておけ。……今度、あの『黒いの』と共闘する際、正答率とか上げとかんといいかんのだぞぃ」

「ソシャゲ流行ってるのか、神様の間で」

 呆れたようにため息をつく太朗。と、羅神は彼の反応に違和感を示す。

「何じゃ、意外と冷静じゃのぉ。驚かんのか? その大陸に――」

「運命の女神、以外の神がいるってことにか? まあ、居るんだなくらいだな」

「か、軽いな……」

「んー、そっちは異世界人って概念あんのか? なら言うが、ぶっちゃけ俺の故郷は、神様ごまんといるんだ。今更一つ二つ増えたところで、どうということはない」

 日本には八百万の神々がいる、というやつだ。また委員長の牧島香枝から、延々とその手の話題や、神様として祭りあげられたりしている武将の名前を聞いたりしているので、むしろ神様に対する印象は辟易気味な太朗である。

 目の前にいるのだから、そういった態度は不敬だ、という部分は、残念ながら出て来ない。

 羅神も一応気にしていたらしく、口に出して聞いた。

「闘争の神を前にその態度というのは……」

「何ぞ、興味ねーだけだ。悪いな」

「断言しおった! なるほどアレが気に入りそうじゃ」

 カカカ、と再び笑う彼女。気分を悪くすることなく、胴体を大きく前後に上下させて大笑いをした。なお、羅神のバストは実際豊満である。

 太朗は、再び周囲を見回して確認をとった。

「……ここは、何処ぞ?」

「どこ、と問われると難しいのぉ。お主の知ってる概念で言えば、ダンジョン、というのがわかりやすいぞぃ? あるいは精神世界でも構わんが」

「精神世界……。アンタの?」

「そうぞぃ。我にとって、魂とは鍛えるもの! 必然心や魂に干渉すれば、投影されるのはこうなるものじゃろう」

「はぁん」

 本当に心底興味なさそうに周囲を見回す太朗。羅神はちょっと悲しそうな表情になった。

「……で、今日は何の要件だよ」

「うむ。大した話ではないぞぃ。ちょっとお主のことを『知り合い』に聞いたものでのぉ。

 お主が『復讐』を糧に生き返った、と聞いたから、加護の一つや二つでも与えてやろうと思ったのだが……。どうも、条件解放されていないようぞぃ」

「あん?」

 すごむように見える太朗に、羅神はひるまず答える。

「我の庇護に入るだけの、条件解放がされていないということぞぃ」

「その、解放条件ってのは何ぞ?」

「決まっておるわ。

 ――不条理に怒りの鉄槌を! 頭のストッパー外して、感情のままに暴れ回れぃ! さすれば決して押しつぶされない、圧倒的な力を加護として与えられるぞぃ!」

 んなーっはははは、と大笑いをかます羅神に、太朗は珍しく引きつった笑みを浮かべた。

「……その条件だと無理だぞ、たぶん」

「なんぞぃ?」

 実際、どこかの鎌の勇者のごとく変な応答であった。

「そもそも復讐だとか思ってはいないし、俺には、俺の矜持がある。

 そいつを守ると、んな無条件に皆殺しとかできねぇ」

「ふむ、矜持とは?」

「辞書引け」

「そういう意味ではなくてのぉ……。

 ふむ、ぱっと見たところ、お主の過去もなかなかにアレのようじゃが……。何故その復讐度合いが中途半端に収まっておるぞぃ? 見ていてフラストレーションが溜まるぞぃ」

「勘違いすんなよ? その時の状況次第だ。

 俺は、畜生だった相手に復讐するために、自分まで鬼畜になってやる必要なんぞ、ないと思ってる。相手が二度と畜生として振舞えないように拘束されているのなら、それ以上を望むのは、バランスを欠くと思わんか?」

「なんか、考えすぎぞぃ……。もっとぱーっと、さっくりコロコロしてしまえば、みんな鬱憤が晴れてハッピーエンドぞぃ?」

 バッドエンドは見飽きているぞぃ、と羅神は愚痴る。

 だが、太朗はそれにも調子を崩さず断言する。

「だから、状況次第だ。

 ……枝蔵は、やったこと、その時の心境、結果失ったもの、自分の生き方がもうわからなくなってしまったこと、その上で充分贖罪をしたと俺が思えるくらいに、生活できていた。しかも責任を持って他者を守る立場に立っていた。なら、俺がどうこう言える話でもないだろ、アレ以上は」

「本命は、どうだったんじゃ?」

「ああ、ありゃ典型だな」

 はん、と太朗は鼻で笑う。

「阿賀志摩は……。偉くはなりたかったんだろうが、面倒にはなりたくなかったんだろうと俺は思う。なにせ自分が原因の揉め事の仲裁に、自分が大好きだと言い張っていた弥生を連れ出すような輩だろうからな。充分今の嫁さんに『調教』されていたみたいだし、人格矯正もされて、丁度良い具合に『以前のアイツ』を『別人のような今のアイツ』で押し固めて、無理をしてる状態みたいだったからな。立場的には枝蔵に近いようなもんだが、一生自分の本性に逆らい続けて、それを幸せだって断言するように仕向けられて、逃げ場もなく精神的なより所もなく。反省しているわけじゃないからこそってところか」

「そう聞くと、案外生き地獄のようぞぃ……」

「ま、ブラック企業に中途半端に洗脳されて、自殺もこころみれない環境で過ごしてるってのが正解か? だったら『以前のアイツ』をちょっと引っ張りだしてやるショック療法をして、『今の自分』に更に絶望させてやれば、まあ、充分とは思えないが、充分だろ。あの後、クラウドルの復興もそんな精神状態でしないといけねぇわけだし」

「それでは、元の木阿弥ではないか? 喉元過ぎれば何とやら」

「だから、たまーに枕に立って思い出させてやる。爪剥がすくらいは良いと思ってる」

「案外粘着質じゃのぉ……」

「人間、ドライな粘着質が一番怖いって親が言ってたよ。そーいうのは義務で粘着するから、完全に納得するまで際限ないって」

 予想していた答えと結構違ったようだが、羅神的には一応充分な返答を得られたには、得られたようだった。


「うむ、ならば藤堂太朗や。お主に一つ、クエストを出してやろう」

「クエスト?」


 訳知り顔で何度か頷きながら、羅神は太朗にある提案を持ち欠けた。

 そしてその提案の結果、その日の昼間にとある国の娼館が一つ蒸発した。

 

 

今回は別名、言い訳回。まあ後の展開にも繋がっては来ますので、ご容赦を・・・

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