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第1話: トラブルマーカー

ちょっと短めですが、とりあえず二話(一話)




 リリアンナにとって、それは天災でしかなかった。

「……案外遠かったな。三回もしちまった」

 そんなことを言う男は、白髪の青年。風体からして人間のようには見えないが、だからといって魔族の特徴らしい特徴も見受けられない。もっとも妙な髪型をしているため、そこに魔族の証である“魔角(クリスタルホーン)”がある可能性とて、なきにしもあらずだが。

 いや、そんなことはどうだっていい。

 彼に抱えられている、ボロボロドレスっぽい姿の魔族の女性が、口元を押さえて「ごめん、ウチもう無理……」と限界を示しているのも、それを受けて青年が地面を一蹴り(!)して穴を掘り、そこに吐き出すよう指示を出しているのも、まあ良いといっていいかもしれない。

 重要なのは、この二人が彼女の認識外から現れたことだ。

 門番の本分は、当たり前だが外敵の侵入を阻む事。それすなわち、周囲の空間察知能力が重要視される。少なくともリリアンナは、それで己を売り込み“岩石の魔王”に頼み、現在の立場にいるわけだ。実際問題、大きな口を叩いたそれに違わず、彼女の空間察知能力は高い。はずだ。

 だというのに、彼女が何一つ感知できずに現れた男女二名。

 しかもうち一人からは――何だろう、説明できない薄ら寒い何かを感じる。まるでカエルが蛇に射すくめられるかのような。かつて自分が仕えた「王」が、自分を弄ぶ時に向ける視線のような、そんな本能的な恐怖心が湧く。

 だが、それでも己の職務を放棄しないリリアンナは真面目といえば真面目だった。

「貴様等、一体どこか――っ!?」

 だが、台詞は最後まで喋らさせてもらえなかった。

 処理後を埋めた次の瞬間、白い青年は残像を残して消え、彼女の背後に回り足を絡めて、腕を引き軽く投げた。動作その物は軽かったが、しかし速度はとんでもない。血流が末端に無理やり押しやられる感覚を覚えたリリアンナである。

 青年が掴んでいた左手を引き、背中から地面に激突するのは避けたものの、あまりにも勢いが良かったため体に衝撃が残った。

 一瞬の出来事に動けなくなっていると、彼は面倒そうに「何か」をつぶやいた。

「あー、パワー調整ちょっとピーキーすぎねぇかレコーちゃん……。ん――嗚呼、頼む」

 意味がわからなかった。が、相手が油断していると判断して、即座に反撃の姿勢に移る。体をねじり足を持ち上げ、青年の頭に蹴りを叩き込もうと――。

 しかし、これもさらりと受け止められる。まるで「あらかじめ」攻撃の来るタイミングを、わかっているかのような反撃だった。

「くっ、この――ひゃん!

 あ、は、や、やめ……っ、あはははははははははははははっ!」

 どころか、腕を掴んでいた方をはなして、さらっと靴をぬがせて足裏をくすぐる始末。完全に弄ばれていた。

 しばらく強制的に笑わせられた後、転がりぜーぜーと肩をゆらすリリアンナ。そんな彼女を見て、青年は肩を竦める。

「どこから、という質問に対してはついさっき、この場所にと答える他ないな。……何ぞ、悪い。ちょっとやりすぎた」

 何を今更。リリアンナは息も絶え絶え、赤ら顔で青年を睨む。

 半眼の赤目。片方は眼帯に覆われている。只これだけ特徴的な容姿であるにもかかわらず、不思議と印象に薄い。のっぺりとした感じだが、見ていて何か不安になってくる。

 そんな青年は、彼女の首根っこをつかみ、ひょい、と持ち上げた。

「アンタのところの王様、“第三の魔王”オレズイハカハに用があるんだが、伝令してもらえないか?」

「……この状況でよく言うな、貴様」

「逆に俺がてめぇより強い、てめぇが簡単に勝てない相手だと示さなかった場合は、どう動いたかというのを自分の胸に手を当ててから発言しろよ?」

 彼に言われて、確かに、と不覚にもリリアンナは思ってしまった。確かに、不審者が現れたら即殲滅が基本だ。人間を近づけさせず、不特定の魔族を近づけさせず。そもそも本来なら、門に来る前に関所を回る必要があるわけだが、その位置でさえリリアンナの耳には探知できるはずだ。それすら出来なかった段階で充分殲滅要因なわけである。

 だが事実上、リリアンナでは対処できない。こうなると応援を呼ぶ必要が出てくるわけだが、何故だろう、どうもその程度ではこの青年を倒すことなどままならない気がする。

 断固として交戦して、命を賭してこの場を守ったとしても、守りきれる気がしない。

 だからといって青年の要求通りのことをするつもりもさらさらなかったわけだが――その部分の問題は、彼女の預かり知らないうちに解決してしまった。

「ん――あん? そうか、まだ帰ってきてねぇのか」

 特に何をするでもなく、何故か彼はその事実をこの場で察した。理屈ではない、リリアンナは彼がそれを何らかの手段で知った事を理解する。口ぶりや態度が、完全に今知った、というのを理解したニュアンスだ。

 そしてリリアンナの顔を見て、半笑いを浮かべた。

「そして、アンタはアンタで城の門番してるわけか……。誰も入れない、というのは魔王が出だしてる、という事実を秘匿するように、もっと偉いのに言われているか」

「な、な、な、」

「慌てたら相手の思う坪だぞ? ま、俺は思うところもないから別に構いやしねぇが」

 どさり、と彼は彼女をその場に置き、ぐったりと木に背を預けた連れの女性を、荷物でも持つように肩にかついだ。

「何ぞ、関所の方に案内してくれるか? 正直こっちまでぶっ飛ぶとは、想定してなかったし」

 何言ってんだ、コイツ?

 リリアンナの視線が、全身全霊でそんな心境を語っていた。





「……しかし偉く高ぇな、この宿の金額」

 藤堂太朗は、そう言いながら肩をすくめた。場所は、メタリックな宿。他に形容が難しい。鉄製品の廃材をよせあつめて作った建築物というべきか。色合いとかが、あまりにも有害そうにしか見えない。一応「防護魔法かけてあるから、普通のヒトでもこわくないよ?」と貼紙がしてあったが、そんなことが書いて時点で色々とお察しなのは言うまでもない。

 もっともその点は、太朗にとって大した問題でもないのだが。

「門番のに『一番安いところ』って言って案内してもらったが、何ぞ騙されたか?」

『――いえいえ、そもそもどこも旅人料金ぴょん!』

『――お兄様、要するにぼったくりですよぴょん!』

『――そういう意味で、彼女は嘘をついていないぴょん!』

『――そうですよお兄様ぴょん!』

「てめぇら何ぞ、いきなり変なキャラ付けすんじゃねぇ。特にレコーは無表情デフォだろ」

 藤堂太朗は己の白髪をなでつけながら、そんな言葉を天井を見ながら言う。当然そこには、誰も居ない。しかし太朗の言葉を受け、謎の少女の声二人は、そろって返した。

『『――だって、姉妹そろってこれ言うの初めてだし』』

「ますます意味わからん」

 肩を竦めて、太朗はパイプ椅子に腰かけた。パイプ椅子といっても、折りたたみ式だとかクッションがついてるとか、そんな生易しいものではない。文字通りパイプで椅子を作ったような代物だ。アンティークチェアのように肘掛があるが、それとて鉄パイプのごつごつとした違和感を拭えるはずもない。

 そもそも安全対策という言葉とは無縁なのか、パイプの断面も荒いあたり、宿の質が伺えた。小さな窓がついてることでさえ、まだマシと考えるべきかもしれない。ベッドもまあ、布がかかっているだけで押して知るべし。

 そんなベッドで、マリッサ・バームは苦笑いを浮かべた。

 普段ツインテールにしている赤毛をストレートに垂らし、服装は太朗により修復(!?)された白いツーピース。マリッサ的には色々物足りない格好だったが、彼はその姿を見て「ぐっ」とサムズアップをした。どうやら彼の趣味らしい。

 そんな彼女は、現在体調不良にてベッドの上に横になっていた。半眼で「何か」と会話をする彼に、彼女は苦笑いを浮かべる。

「えっと……、さすがは魔王ってところか? あんな風に、一般人相手じゃ歯牙にもかけないってあたり」

「あん、俺は魔王になったつもりはねぇぞ? そもそもの定義からいって、いくら周囲が魔王だ、魔王だって騒ぎ立てても、俺はそうならないし」

「定義自体、ウチよくわかってないんだが……」

「あぁん?」

 そういう物言いや態度は、どう考えても魔王そのものである。本人は半眼でみているだけのつもりだろうが、「竜」すら砕く腕力を遠目とは言え見てしまった身としては、睨んで居るようにも見えるそれに、きゅっと心臓が握り潰されるような錯覚を覚えても、仕方ないだろう。

 太朗もそれを察しているのか、長くは見つめて来ない。肩をすくめて、何処かから取り出した刀を抜き放ち、その刀身にそっとふれる。形は曲刀のように反り返っていたが、片刃であり「つぶす」より「引く」ことに重点が置かれた構造をしている。その全体は妙に派手というか、水色の刀身をはじめとして、金と黒にあしらわれた装飾をしている。

 美しい、とマリッサは息を呑んだ。頭のどこかに「換金したら幾らだろう?」「何と交換できるか?」「そもそも性能はどれほどなのだろう?」と言うような類の、ちょっぴり邪な感想が出てくるが、頭をぶんぶんして邪念を振り払った。

「てめぇ今、盗賊時代だったらこれ盗んで幾らくらいで売れたかとか、そんなこと考えただろ」

「ば、馬鹿言っちゃいけねーだろ、えっと……」

「トードで良い。トード・タオ……、と発音しないと言い辛いらしいからな。言語体系的に」

「?」

 頭をかしげたマリッサ。と、ふと太朗は何かを思いついたように指をならした。


「――な、何で呼んだのよ藤堂太朗! 私、別にアンタと会いたくなんか……っ!」

「――お姉様、ツンキャラやるには色々と空気が読めてなさすぎですよ~! あと、お姉様素で天然だから、迷走する必要ないですよ~!」


 突如、謎の言葉を撒き散らしながら、二人の少女が太朗の横に現れた。どちらも似通った姿をしていた。十三歳くらいの、二人の少女。白いワンピース姿、腰から生えた「コウモリの翼」。赤毛青毛のショートカットに青赤の目。カラーリンクも対象的な二人は、そろって太朗の左右に、膝を抱えて座った。

 太朗はそんな二人の頭を、半笑いでがしがし撫でた。

「とりあえず、そこのベッドが寝難そうだから抱き枕代わりになってやれ」

「……流石に精霊様に対して、ウチそんな扱いはできないから」

 右手で頭を抱えながら、マリッサは何とも名状しがたい困り笑いを浮かべた。



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