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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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逆転した王女姉妹の復讐

「ふふふ。ご覧になって? ユリーシャ様よ」

「よくも堂々と歩けるわね」


 美しい王宮。手入れの行き届いた庭に綺麗な噴水が湧き上がる。緑が多く、香る空気は清々しい。そんな王宮に似つかわしくない嘲笑。くすくすという笑い声に、俯いて歩く一人の少女がいた。ユリーシャ・デ・アルカニア。美しい金髪は手入れされずくすんでいる。アルカニア国の第四王女だ。王女なのにメイド達に笑われている。


「お姉様! どちらにお行きになるの!?」


 たたた、とユリーシャに駆け寄り、その腕に抱きつく。ふわふわと巻き毛の銀髪を揺らし、神に愛されたように美しく、愛らしい少女の登場に、メイド達もきゃあと湧き立つ。少女は、そんなメイドに向かって優しく手を振る。第五王女エリカニア・デ・アルカニア。王女らしくない天真爛漫さ。使用人にも優しい。それに、()()第四王女にも優しい第五王女。それが王宮での評判だ。


 二人は腕を組んで、王宮に併設された図書館へと向かう。


「貴女、一体どういうつもりよ!」


 図書館の人気のない、王族だけの入れる閉架の奥。古い本の香りと埃っぽい空気。そんな場で、ユリーシャは、エリカニアにそう怒鳴りつける。


「えー。お姉様、こっわーい」


 クスクスと笑ったエリカニア。ユリーシャの横にある本に手を伸ばし、一冊手に取る。閉架書庫にあるのにふさわしくない『怒りの炎の消し方』というタイトル。それを開いて視線を落としながら、エリカニアは愛らしい所作で小首を傾げ、ゾッとする、感情のない表情でユリーシャを見た。


「王女として完璧でいるためには、お姉様にも優しくしないといけないの」


 手に取った一冊をぱらりと閉じて、笑顔に戻ったエリカニアは、本を抱きしめたまま、後ろを向いて閉架から出ようとする。そして、笑顔を浮かべてユリーシャに笑いかけた。


「では、お姉様。ごきげんよう」





 ユリーシャは悔しさから手をかたく握りしめた。自分はエリカニアの評判を上げるための道具でしかないのだ、と。











「ユリーシャ姫。その、贈り物を持ってきたよ」


 優しい婚約者。国内の子爵令息だ。王女の婚約者には相応しくないし、向こうもそれをわかっているからユリーシャにとても優しい。ユリーシャを逃したら、他の王女なんて娶れない。ユリーシャを妻とするしかないのだ。ユリーシャはそう思いながら、笑顔を作り直し、嬉しそうにする。


「まぁ! フリンザ。ありがとう」


 笑って受け取るユリーシャが開いた小箱には、先日エリカニアが身につけていたものととてもよく似た————まるでそのイミテーション(偽物)のような————髪飾りが入っていた。エリカニアが婚約者に贈られた髪飾り。

 あれは、イエローダイヤモンドをふんだんに使い、遠くの東の小国で取れたという真珠(パール)であしらわれた、金細工のものだった。

 あれを一介の子爵令息フリンザに用意できるはずもない。黄水晶に、近海で撮れた真珠(パール)を加工した、金メッキのものだろう。


 優しく、この国の中では豊かな商会を経営する子爵令息。顔立ちは整っていて、ユリーシャにもとても優しい。

 そんな大好きだったフリンザを物足りなく思うようになったのは、エリカニアの婚約者が発表されたときだ。それ以降、エリカニアは今まで隠していたかのように美しく、優しく、そして優秀な王女として振る舞うようになった。……たまに、ユリーシャに夢中のはずのフリンザが見惚れてしまうほどに。

 今までフリンザのことをそんな目で見たことなかったじゃない。今まではわたくしのことをずっと見ていたのに。ユリーシャにとって、ままならない。





 愛らしい王女。それはわたくしの肩書きだ。ユリーシャの不満は爆発した。宮廷晩餐会。エリカニアの婚約者で隣国の第一王子ジュリディアンを招いた場で。

 いつものように、エリカニアは心優しい王女として、()()ユリーシャ第四王女にも優しく声をかけた。


「まぁ、お姉様。相変わらず、私のことが大好きでいらっしゃるのね? ふふふ、その髪飾り。とてもそっくり」


 エリカニアは、婚約者の腕に抱きついたまま、ユリーシャにそう言った。そして、ユリーシャをエスコートするフリンザを見て、にっこりと笑った。


「よかったですね。お姉様に、私とお揃いの髪飾りを贈れて。悩んでいらしたものね」


 優しい王女。その仮面の下でエリカニアはユリーシャに悪意を混ぜた。エリカニアの表情が歪んだのに気がついたのは、ユリーシャだけだった。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう判断したユリーシャは、エリカニアを思いっきり突き飛ばし、ジュリディアンの両腕を取って主張した。


「王子殿下! 騙されていらっしゃいます! エリカニアは、エリカニアは、あなたが想うような素敵な王女ではございません。マナーも教養もなく、底意地の悪い、その性格だけで完璧な王女の座に座りましたわ! 悪評だって! つい先日まで散々流れておりました! ……それに、きっと、わたくしの婚約者とも内通していますわ!」


 ユリーシャのセリフに、ユリーシャの横であわあわとしていたフリンザが目を剥いて反論した。


「そ、そんなわけないじゃないか! 私はユリーシャ姫だけです!」


 突き飛ばされたが、まるで突き飛ばされることに慣れているかのような平然と戻ってきたエリカニアを、ジュリディアンは振り返り、エリカニアよりも毒を含んだ笑みを浮かべた。ユリーシャの手はいつの間にか振り払われ、そんなユリーシャをフリンザが抱き止めていた。


「エリカ。君の実姉が面白いことを言っているぞ」


「あら、ジュー。あなた、こういうのお好きでしょう?」


 笑ったエリカニアが、ユリーシャに向き直って、唇を綺麗な弓に描いて言った。


「いやだわ、お姉様。私がマナーも教養もなく、今必死にそれを詰め込んだり、散々な悪評を払拭したり……忙しくしているのは、誰のせいだとお思い? 貴女と貴女の母で、今は亡き私の産みの親。セザンヌ様のせいでしょう?」


 その言葉を受けて、ユリーシャはエリカニアに向かって魔力を暴走させた。優しく、美しく、ユリーシャを可愛がってくれたお母様、元側妃。彼女を引き合いに出されたユリーシャは身体中の血が煮えたぎったような感じた。そして、思うがままに魔力を暴走させ、エリカニアを殺そうとした。横にいるジュリディアンを怪我させることなど恐れずに。

 宮中晩餐会での王女の不祥事。ユリーシャは幽閉され、牢に繋がれた。


「何もかも、エリカニアのせいよ! エリカニアのくせに!」


 王女らしからぬ言動で悪態をつく、ユリーシャ。ユリーシャを止められなかったと連帯責任を取らされ、フリンザも共に捕えられている。


「で、でも、ユリーシャ姫。貴女はもう十分、彼女から奪ったではありませんか。祖母の遺品、婚約者()。そして、婚約者からの贈り物の数々」


 顔を上げ、フリンザを睨みつけるユリーシャに、フリンザは子供に語って聞かせるかのように続ける。


「ユリーシャ姫。私が貴女に惹かれたのは、貴女が魅力的だったから。それは貴女の罪ではない。私の罪だ。しかし、彼女を嘲笑うかのように、本来彼女の味方であるべきだった私を誘惑し、彼女の悪評を流した。もう十分ではありませんか。ユリーシャ姫。私は貴女をお慕いしています。こんなことになったも、私は貴女に惹かれている。命を共にかける覚悟だって、ある。それだけでは、いけませんか? これ以上、彼女と関わることなく、私と穏やかな時間を過ごす。それでは……いけませんか? 謝罪して、反省の意を示して————たとえ平民になっても————私と一緒に生きていってくださいませんか?」


 フリンザのそんな言葉に、ユリーシャは暴れた。手当たり次第、寝るためのボロボロの布や、枕、少ない備品を隣の牢にいるフリンザに向かって、姿の見えないフリンザに向かって投げつけた。


「何言ってるのよ! あなたなんかが、わたくしを妻とできること、名誉と思いなさい!? このわたくしに、王女たるわたくしに、平民? そんなものになるくらいなら、死んだ方がマシよ!」


 ユリーシャは思い返す。









————


 幼い頃、側妃であった母セザンヌは、ユリーシャを大変可愛がってくれた。

 父王に似た美しい金髪。顔立ちはセザンヌにそっくりで、そんなユリーシャを母は大変可愛がった。

 王妃と関わることは少なかったが、前王妃とは、関わることがあった。孫の教育具合を確認したい、そう言う前王妃は厳しく、優しいセザンヌと比べて、ユリーシャはあまり好きになれなかった。


「お母様!?」


 ユリーシャがまだ五歳になったばかりの頃、セザンヌの体調が悪くなった。そして、医師の診察を受け、ご懐妊と告げられていた。


「おめでとうございます」


 そう言われると、セザンヌは不安げに瞳を揺らしていた。ユリーシャは母を守ろうと、不安げなセザンヌを心配した。


「お母様、大丈夫ですか?」


「ユリーシャ。わたくしのかわいいユリーシャ。大丈夫。大丈夫よ。……どちらの子か。きっと大丈夫」


 そう言って、力強い強さでお腹を撫でていたセザンヌは、憔悴していた。母セザンヌをこんな顔にさせたお腹にいるという赤ちゃんが憎い。そう思って、ユリーシャは生まれる前のエリカニアをすでに恨み始めていた。


「おめでとうございます!」


 生まれたエリカニアを見て、セザンヌが倒れた。そう聞いたユリーシャが、次にセザンヌを見たのは父王に説明している姿だった。


「ですから、わたくしの親戚に銀髪の者がいるでしょう?」


「……先祖返りか」


 父王が険しい表情をして、セザンヌを責める。初めて見る光景に、ユリーシャはさらにエリカニアへの怒りを膨らませた。


 セザンヌは、エリカニアをいかにして合法的に亡き者にするかを、いつも考えているかのようだった。エリカニアを産んでから、それまで頻繁に訪れていた父王もあまり来なくなった。セザンヌを悲しませる存在と成り果てた父王に会えなくとも、ユリーシャは寂しくなどなかった。優しい母セザンヌと侍女たちに、幸せな生活は保障されていたから。


「エリカニア、早く出ていって!」


 セザンヌは、エリカニアにヒステリックに怒る。その後、ユリーシャを抱きしめて、言う。


「かわいいかわいいユリーシャ。わたくしの宝物」


 こんなにも優しいセザンヌを、化け物のように怖くしてしまうエリカニアは、なんと恐ろしいのだろう。

 そう思ったユリーシャも、母セザンヌ同様、近寄るエリカニアを追い払うことにした。まだ話せない。床を這うことしかできないエリカニア。まるで怪物のように見えた。



「おねえたま……」


 とてとて、と歩いてくるエリカニアは、母にも父にも似ず、大変美しかった。


「こないで!」


 ユリーシャが思わず、そう言ってエリカニアを突き飛ばすと、目を丸くしたエリカニアはうわぁぁ、と泣き始めた。侍女たちが、ユリーシャに優しかったはずの侍女たちが、エリカニアを庇ってユリーシャを責める。


「ユリーシャ姫様。妹君はまだ小さいのです。意地悪してはいけませんよ?」


 そんな侍女の言葉に、ユリーシャが泣き始めると、セザンヌが急いで駆けてきた。


「何をしているの!?」


 ユリーシャを抱きしめ、エリカニアと侍女を睨む。侍女たちは困惑した。いくらセザンヌに疎まれていようと、エリカニアは王の娘と認められた王女だ。無事に育て上げる必要がある。……それも、こんなにも美しく人の心を離さない、エリカニアは王女としてユリーシャよりも価値が高い。王がそう判断しているのを侍女たちは気がついていたのだ。


「あぁ。かわいいユリーシャ。可哀想なユリーシャ。エリカニアの()()で、ユリーシャは外国の王子様とでなく、国内の、格下の、貴族と結婚しなくてはならない」


「……でも、お母様の近くにいられるわ」


「なんてかわいいの! なんで健気なの! ユリーシャ。あなたとわたくしはエリカニアのせいでこんな目にあっているの。ユリーシャ。かわいいユリーシャ。お母様が守ってあげるわ」


 そう言ってユリーシャの額にキスを落としたセザンヌは、ユリーシャの大好きないつもの優しい母だった。





「ねぇ、お母様。エリカニアだけ、優秀だったからといって、お祖母様からあのネックレスをもらったの。ずるいわ」


「そうねユリーシャ。エリカニア! 早くユリーシャに渡しなさい!」


「でも、お母様……これは、お祖母様が……」


「全く。聞き分けのない子ね!」



 セザンヌはエリカニアを突き飛ばし、その手からネックレスを取り上げ、ユリーシャの首につけてくれた。


「あら。とても似合うわ。エリカニアなんかよりずっとね」


「嬉しい! お母様! ありがとう」


 ユリーシャがセザンヌに抱きつくのを、絶望した目でエリカニアは見つめる。セザンヌが何度も何度もエリカニアの食事に毒を混ぜようとしているのに、エリカニアは気がついているのか。エリカニア付きの侍女によって全て防がれているが。


 そうして、ユリーシャとセザンヌは、エリカニアから全てを奪い、虐げ続けた。


「ねぇ、お母様。エリカニアの悪評を流して、外国の王子様に嫁げないようにしてやりましょう?」


「あら、それはいいわね。さすがユリーシャ。頭がいいわ。わたくしのかわいい娘」


 ユリーシャとセザンヌは、少しずつ悪評を流した。エリカニアと関わっている者たちは信じなかったが、基本的にセザンヌのいる離宮に閉じ込められているエリカニアと交流のある者は少ない。エリカニアは、母であるセザンヌの手によって、他人とあまり交流しないようにされているからだ。


「セザンヌ。最近、エリカニアの悪評を聞くわ。あの子はいい子よ。母であるお前がなんとかなさい」


 前王妃が、セザンヌの元を訪れてそう言った。イライラとしたセザンヌは爪を噛み外を睨みつけた後、笑顔を浮かべて言った。


「ええ。エリカニアはいい子ですわ。ただ、年齢がまだ幼いから、困っていることもありますの。……だから、噂の全部が全部、嘘ではありませんの。わたくし、どうしたらいいのかしら」


 わぁっと泣き出したセザンヌに、前王妃は慰めの言葉をかける。お礼の意を込めて、セザンヌはお菓子を贈った。エリカニアに食べさせようとしていた、遅効性の毒の入った、そのお菓子を。








「お祖母様! お祖母様!」


 前王妃は突然に死んだ。エリカニアは酷く悲しみ、悪評通りに、感情を露わにして幼い様子で前王妃の遺体に縋り付いた。多くの人の目がある場所で。


「ほら、あれがあの第五王女よ」


「手を焼いているとお噂の」


「でもご覧になって。ユリーシャ様は、セザンヌ様の隣できちんと過ごしておいでだわ」


「セザンヌ様もユリーシャ様も大変ね……」


 そんな声を聞いた、セザンヌとユリーシャは笑みを浮かべた。エリカニアを貶めると、自分たちの株が上がると。






「ユリーシャ! エリカニアの婚約者が決まったわ!」


 嬉しそうに報告に来たセザンヌの様子に、笑みを深めたユリーシャは問うた。


「あら、どなたかしら?」


「ふふふ、王女なのに、子爵令息ですって。ふふ」


 嬉しそうに笑う、二人の顔が笑顔であったのは、子爵令息フリンザが離宮に、エリカニアへ挨拶をしに来る前までだった。


「エリカニア姫とのこの栄誉ある出会いに感謝を」


 そう決まり文句を述べるフリンザは、整った顔立ちをしていた。エリカニアと並ぶと劣って見えたが、他の高位貴族の令息たちとは違う美しさだ。エリカニアを思い、さまざまな贈り物を持参したフリンザの物腰の柔らかさ、経済力。全て、エリカニアには勿体無い。ユリーシャとセザンヌはそう判断した。


「ねぇ、エリカニア。フリンザ様からいただいたもの、お母様に見せなさい」


「で、でもこれは、」


「いいから!」


 エリカニアの手から奪い取る。美しい宝石でできたブローチ。それを、セザンヌはユリーシャの胸元に当てた。


「あら、ユリーシャ。すごく似合うわ!」


「そうかしら? お母様」


「えぇ、エリカニアなんかよりもユリーシャにつけられたいってこのブローチも言っているわ」


 クスクスと笑いながら、二人はエリカニアから奪った。贈り物、花、全てを奪ったユリーシャは、まだ物足りない感じがしたのだ。



「……そうだわ。フリンザ様を奪ってしまえばいい。あくまで、エリカニアが悪いように、わたくしたちは悪くないように」


 エリカニアが婚約者からの贈り物を全て捨てたと噂を流した。そんな婚約者をユリーシャが慰めている、と。実際に、フリンザと()()会うようにしたし、フリンザの好みの女性を装うようにした。フリンザもそんなユリーシャに心を開き、二人の仲は少しずつ深まっていった。


 しかし、悪評が流れるといえども、相手は王女。エリカニアとの婚約を破棄し、ユリーシャとの再婚約など、単なる子爵令息であるフリンザには到底できないことだった。フリンザは、素直にエリカニアに謝罪して、エリカニアから婚約を解消してもらえるように頼んだ。その頃には、エリカニアはユリーシャとフリンザの愛を邪魔する悪女として、王宮で囁かれるようになっていた。


「承知しました、フリンザ様」


 そう言って諦めたように笑うエリカニアに、フリンザは罪悪感を覚えながら、人の集まる宮廷晩餐会でユリーシャに婚約を申し込んだのだった。



「ユリーシャ。子爵令息なんかでいいの?」


「でも、お母様。フリンザはエリカニアには勿体無いでしょう?」


「それもそうね」


 フリンザの見目の良さは、セザンヌもお気に召していた。そうして、フリンザはエリカニアの婚約者からユリーシャの婚約者へと変わったのだった。



 それから数ヶ月後、いつのまにか隣国の第一王子ジュリディアンと距離を詰めていたエリカニアが、ジュリディアンとの婚約を公表し、生母であるセザンヌの罪を告発した。前王妃の暗殺。エリカニアへの暗殺未遂、虐待。

 まだ幼いからと許されたユリーシャも、悪評に飲まれたし、誰よりも大切だった母を失って絶望した。


 大切な母。エリカニアを必死に産んだ母。そんな母セザンヌを亡き者にし、笑顔で笑っているエリカニア。その存在が許せなかった。






————


「あんな、あんなエリカニアに謝るくらいなら、死んだ方がましよ!」


「あら。お姉様。でしたら、絞首刑はいかがかしら?」


 突然牢獄に入り込んできたエリカニア。汚い牢に不釣り合いな愛らしいドレス姿のエリカニアは、その愛らしい顔をさらに輝かせて言った。


「貴女の大好きな、お母様。セザンヌ様と一緒の絞首刑よ? ……ここで、貴女が反省の意を見せれば、せめて貴女の婚約者フリンザ様は救って差し上げましょう」


 エリカニアに視線を向けられたフリンザは首を振った。自分は愛する女性と共にいたい。彼女をこんな風にしてしまった責任を、とりたい。そんなフリンザの否定など見えないユリーシャは吠えた。


「エリカニア! 貴女、やっぱりわたくしの婚約者に懸想していたのね!? 第一王子という婚約者がいながら、穢らわしい! いいわ。それなら、フリンザを道連れで死んでやる! フリンザがエリカニアと結ばれる未来なんて、許さないんだから! その代わり、ジュリディアン様をよこしなさいよ!」


 そう叫ぶユリーシャは、もう手をつけられないほど暴れていた。

 顔を出したジュリディアンを見つけ、ユリーシャはエリカニアを散々に罵倒する。

 ジュリディアンは、ユリーシャを無視し、エリカニアの頭を撫でた。その手に、エリカニアは嬉しそうに微笑んだ。

 看守がエリカニアの耳元で囁き、牢の外から吹き矢を吹いた。それはユリーシャに刺さり、ユリーシャは音を立てて倒れた。


「ユリーシャ姫!? ユリーシャ姫は無事ですか!?」


 フリンザが慌てたように、エリカニアに食いかかる。エリカニアは疲れたように笑って、フリンザに答えた。


「お姉様には、眠ってもらっただけよ。……フリンザ様。あなたは婚約者であった私を裏切った。でも、あの頃の私の救いでもあった。ただの婚約者であるあなたには、お姉様と連座になる理由はないわ。あったとしても、消せる。……お姉様を見捨てるつもりはない?」


 エリカニアの言葉に困ったように笑って、フリンザは首を振った。


「ユリーシャ姫は、私にとって光であり、唯一であり、大切な人です。貴女様に何をしたか知っています。それでも尚、愛してしまう。これからの王国にそんな人間は不要でしょう。……それに、ユリーシャ姫のいない人生など無意味です。私にユリーシャ姫を止められなかった責任を取らせてください」


「……フリンザ様。あなたの愛が少しでもお姉様の心に響いていたら、こんな茶番を繰り広げてたのは私なのに、そう思うわ」


 そう言ったエリカニアを抱きしめ、ジュリディアンが応えた。


「エリカ。君の罪は共に背負おう。僕も、復讐に燃える君を愛しく思ってしまったからね」


 エリカニアの髪に口付けを落としたジュリディアンに、エスコートされ、エリカニアは牢獄を出た。そして、ジュリディアンが在国中に違う部屋に戻る道中、エリカニアは問うた。


「私、お姉様のことも、セザンヌ様のことも、フリンザ様のことも許せず、全員を死に追いやったわ。やりすぎだとわかっているの。でも、許せなかった。私が不貞の相手との子供だからと、虐げ続けたセザンヌ様。そのセザンヌ様に愛されることを当然として、実の妹である私を一緒に虐げたお姉様。そして、私がそんな状況であることを知りながら、同情したように、優しくしてくれた、唯一の人であったのに、あっさりとお姉様に陥落したフリンザ様。全員を殺してやりたかった。だから、全員を何重にも罠にかけた。私は、そんな悪女なの。……悪女で、本当は国王の実子ではない価値のない私。そんな私でも、横に置いてくれる?」


 あれだけ完璧な王女と振る舞うエリカニアのそんな弱い姿に、ジュリディアンは優しく笑って応えた。


「さっきも言っただろう? 僕は、君のそんな過激なところも全て愛おしいと思っているよ」




 数日後、隣国王子を危険に晒したとして、第四王女とその婚約者は処刑された。二人は罪人として、前側妃と同じ犯罪者の墓で眠っている。



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