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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第三章 魔法使いの島
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7 少女イリス

 

 俯いていて顔が隠れているが、それでもすぐにわかった。年頃の女の子らしく高い位置でツインテールにしている髪は俺と同じ淡い金色だし、澄んだアイスブルーの瞳もちらりとのぞく鼻や口もまるで鏡でも見ているのかと錯覚するほどに俺とそっくりだ。いや……似ているのは俺じゃなくてこの体の元の持ち主、レーテにだ。でも、初めて会った時のレーテよりもかなり幼く見える。まだせいぜい11、2才だろう。


「ちょっと、何なの? ……ん?」


 立ち止まった俺を気にしてか、フィオナさんが怪訝そうな声を上げた。その声に気が付いたのか、少女がちらりと顔をあげた。

 少女の視線と俺の視線が交錯する。その途端に少女の瞳が驚いたように見開かれ、次の瞬間には勢いよく俺の方へと突進してきた。


「レ、レーテ!!!!」

「ぐはぁっ!!」


 腹に頭突きでもかますように思いっきり突進を受けて、俺はそのまま後ろへと倒れ込んだ。

 それでも少女は仰向けに倒れ込んだ俺の腹のあたりにぐりぐりと頭を押し付けている。


「お、おい……大丈夫か?」


 おそるおそるそう声を掛けると、彼女はぱっと顔をあげ、必死な目で俺を見つめ返してきた。


「レーテ、レーテだよね!!? どうしてここにいるの!?」


 少女は俺に乗っかったままぶんぶんと俺の肩を揺さぶってきた。意外と強い力だ。でも、そんな事よりこの子は何て言った?


「もしかして、私の事探しに来てくれたの!?」


 少女の顔がぱっと明るくなる。その顔を見て、俺はなんとなく申し訳なくなった。

 たぶん……この子は俺と入れ替わったあの女、レーテの知り合いなんだろう。顔がそっくりな所からすると、もしかしたら家族なのかもしれない。だとしたら、俺は何て言えばいいんだろう。

 

――残念。俺はレーテじゃなくて、レーテの体に入った君のまったく知らない男なんだよ!!――

 

 …………なんて言えるわけがない。こんなに嬉しそうな顔をしている女の子がその事実を知ったらどれだけショックを受けるんだろうか……。

 一瞬でそう考えた俺は、とにかくすっとぼけることにした。


「えっと……人違い、じゃないかな……」

「え…………」


 少女の顔が信じられないといった表情に変わる。うぅ……心が痛むけど仕方がない。発端はレーテなんだから、恨むならあいつを恨んでくれ……!


「嘘! だって、レーテじゃん! 私にはわかるよ!!」


 少女は必死な表情でぺたぺたと俺の顔を触っている。俺がなおもすっとぼけると、彼女の顔がだんだんと泣き出しそうにゆがんでいく。あぁ、かわいそうに……。でも、どうしようもないんだ。わかってくれ……!

 そう心の中で謝りながら、俺は必死にレーテなんて知らない、人違いだと言う風を装った。


「でも……」

「ちょっとあなた。そろそろ何とかならない? クリスは人違いだって言ってるのよ」

「クリス……?」


 フィオナさんの言葉を受けて、少女は絶望したように一歩俺から距離を置いた。


「うそ、レーテだよね……?」

「ごめん、嘘じゃないんだ」


 そう、姿は変わっても俺はクリス・ビアンキだ。それだけは嘘じゃない。

 俺が必死に心の中でそう唱えながらレーテとは別人だという事を告げると、ついに少女の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ出した。


「そんな……うぅ……、うわぁぁん!!」


 そのまま少女は大声で泣き出してしまった。

 これには俺たちも、フィオナさんも焦った。

 大声で泣く幼い少女に、それを取り囲む面々(しかも約1名はゴリラ男)。どうみても俺たちが悪い。周囲を歩く人たちは何事かと訝しげな目でじろじろと見てくる。

 やばい、どうしよう……。大学内の風紀を乱した罪! とかで捕まったら……。

 そんな事を考えた時に、ふんわりとした声が俺の耳に届いた。


「あらあらイリス。どうしたのですか?」


 穏やかな声と共に現れたのは三十代くらいの女性だった。腰まで伸びるさらさらとした若葉色の髪を持つ、ゆったりとした裾の長いスカートがよく似合う全体的に優しげな雰囲気の女性だ。


「せんせぇ……うわぁぁん!」


 彼女の姿を認めると同時に、少女は彼女のスカートにしがみついてわんわんと泣き出した。女性は少女の背中を優しく撫でながら、俺たちに向かって会釈した。


「みなさま、この子が迷惑をかけたようで申し訳ありません」

「いえ……俺が悪いんです。全部」


 仕方がなかったとはいえ、まだ幼い少女をこんなに泣かせてしまったのは俺の不手際だ。そう謝ろうとした俺に、女性は優しく首を振った。


「ここでは落ち着いてお話もできないでしょう。みなさま、私の研究室に来ていただけませんか?」


 いい加減に周囲の目が痛かったので、俺たちは彼女の提案に乗ることにした。研究室、と言ってたし、彼女はここの大学の人なんだろう。


「ほらイリス。あなたも行きますよ」

「……うん」


 女性に優しく促され、少女も涙を拭いて立ち上がった。そのまま女性と少女が手を繋いで歩く後ろに俺たちも続き、共に彼女の研究室へと向かった。



 ◇◇◇



 いくつもの複雑な道を進んで、俺たちは様々な花が咲き乱れる庭園のような場所にたどり着いた。何人かの人たちが花の観察をしているようだ。

 庭園にはいくつか小さな建物が点在しており、その中のドーム型の屋根を持つ小さな白い建物の前で彼女は立ち止まった。


「えっと鍵は……どこに仕舞ったかしら?」


 女性がごそごそと持っていたポーチをあさり始めると、傍らの少女がぽそりと呟いた。


「先生、胸のポケット……」

「あら、ほんとね。ありがとう、イリス」


 女性は少女の頭を撫でると、鍵を開けて建物の中へと足を進めた。俺たちもそれに続く。

 建物の中は意外と普通の落ち着いた空間になっていた。壁際はぐるりと本棚に囲まれ、その本棚の上に採光用の窓があるようだ。部屋の中心には上品なテーブルとソファがセットで備え付けられている。


「……さて、イリス。お客様もいらっしゃったことだしお茶を淹れてもらえますか?」

「……うん。わかったよ」


 女性にそう言われ、少女は部屋の奥の扉へと姿を消した。それを見届けると、女性は俺たちにソファへ座るように促した。

 なんとかソファに腰を落ち着けると、対面に座った女性はふぅ、と息を吐き出した。


「お茶を淹れるのには時間がかかりますから、あの子はしばらく戻らないでしょう」


 女性はそう言って、俺たちを安心させるようににっこりと笑った。


「おっと、自己紹介がまだでしたね。私は……」

「ディオール教授、ですよね? 精神学の権威だとおうかがいしております」


 女性の声にかぶせるようにして、フィオナさんが口を開いた。それを聞いて、女性は恥ずかしそうに笑って見せた。


「権威だなんて、そんな大げさなものじゃありませんよ。ええ、あなたのおっしゃる通り、私はここで精神学の教授を務めておりますコゼット・ディオールと申します」


 この優しそうな女性はなんとこの大学の教授だったらしい! やっぱり人を見かけで判断しちゃいけないな……。


「あの、さっきはすみませんでした……。俺があの子を泣かせてしまって……」


 まず最初に、と俺が謝ると、女性は俺をなだめる様にゆっくりと首を振った。


「あなた……あの子によく似ていますね。もしかして、あの子の姉と間違えられたのでは?」

「姉……かどうかはわからないんですけど、レーテ、と呼んでいました」

「ああ、やっぱり」


 俺が答えると、ディオール教授は悲しげに目を伏せた。


「あの子は、訳あって家族がなく私が面倒を見ているのです。どうやら昔、姉と生き別れたようで……おそらくあなたの姿を見て勘違いしてしまったのでしょう。許してください」


 俺に向かって頭を下げたディオール教授を見て、俺は慌てて立ち上がった。


「そんな、俺が悪いんです! もうちょっと他に言い方とかあったのに……」


 あの子が思った通り、俺の体はあの子が探しているレーテのものなんだ。勘違いでもなんでもなく、それは確かなんだ。

 そう言いたかったけど、言えなかった。ディオール教授は良い人そうだけど、いきなり男と女の体が入れ替わった話なんてしても信じてもらえるかわからないし、俺が話したせいできっと勇者として頑張っているであろうレーテに迷惑をかけてしまうかもしれない。

 そう思ったら何も言えなくなってしまった。


 ぐっと言葉に詰まった俺を見て、ディオール教授はふっと笑った。


「どうかお掛けください。何故でしょう……あなたとは初めて会ったという気がしませんね。イリスに似ているからでしょうか」

「イリス……?」

「あなたに飛びついて泣いていたあの子の名前ですよ」


 レーテの妹かもしれないあの女の子はイリスと言うらしい。かわいい名前だ。俺はあの子の事をほとんど知らないけど、なんとなくあの子に似合ってるような気がした。


「イリスは……まだ戻りませんね。あの子の状況は少し特殊で……本人のいない間にこんな話をするのは気が引けますが、少しあの子の話を聞いていただけますか……?」


 ディオール教授はじっと見極めるような目で俺たちを見ている。きっと俺たちが信用に足る人物かどうか確かめようとしているんだろう。でも準備はできている。もしかしたらレーテの事にも関わる話かもしれないし、俺は聞いておきたい。

 俺たちが黙って頷くと、ディオール教授はゆっくりと話し始めた。


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