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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第三章 魔法使いの島
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2 エルフの少女

 たっぷりと腹ごしらえをした後、俺たちは特に目的もなくぶらぶらとうろついていた。

 久々の陸地での食事でテオは見てるこっちが心配になるくらいにがつがつと料理にくらいついていた。急にそんなに食べて大丈夫なのかとちょっと心配になったが、今の所問題はなさそうだ。恐ろしい胃袋だな……。

 まあかくいう俺も今回の食事には大満足だ。特にジャガイモの載ったミートパイは美味かった……、つい食べ過ぎてしまったくらいだ。前にレーテにちょっと太ったんじゃないか、なんて言われたこともあるが、もともと痩せ気味だったんだ。ちょっと太った方がちょうどいい気がする。まあどれだけ太っても元の体に戻れば関係ないしな!

 適当に店を冷やかしつつ歩いていると、向こうの方に随分と立派なお屋敷が建っているのが見えた。それだけなら別にいいのだが、何故か屋敷の門の前に道をふさぐほど多くの人が集っている。


「何だろ、お祭り?」


 怪訝に思い近づくと、そこに集まっていたのはほとんどが男……しかも帯剣していたり、ごっつい鎧を身につけている奴もいる。思わず辺りを見回したが、ごく普通の町の通りだった。特に魔物が出てきている、という様子もない。

 何だろ、普段から鎧を身につけて生活するのが流行ってるんだろうか。

 何となく遠巻きに眺めていると、門越しに屋敷の方から一人の男性が歩いてきたのが見えた。

 落ち着いた礼装を身につけた壮年の男性だ。門の前にこんなに人が集まっているのに動揺した様子もない。男性は門のすぐ近くまでやって来ると、集まった人たちにゆっくりと一礼した。


「皆様、本日はお集まりいただきまして誠に……」

「ちょっとっ!!」


 男性は厳かに話し始めたが、すぐにその声は後ろから聞こえてきた咎めるような声にかき消された。見れば、屋敷の方から一人の少女がこっちの方へと走ってくるではないか。

 無造作に流された栗色の長い髪に若葉色の瞳、若干とがり気味な耳はエルフの血筋だろうか。でも、それにしてはそんなに身長が大きくない気がする。その少女は門の近くまで走り寄ると、集まった男たちを鋭く睨み付けた。


「だから護衛騎士なんていらないって言ってるでしょ! 何勝手に話進めてんのよ!」

「ですが姫様、姫様の御身にもしものことがあれば……」

「誰も私なんか狙わないわよ! そんなに心配なら傭兵でも雇うから、それでいいでしょ!」

「どこの者ともわからぬ輩に姫様を任せることなど……」

「ここに集まってる奴らの方がよっぽど信用ならないのよっ!!」


 少女は何やらキーキーとわめいているが、男性の方もまったく引く様子はない。その場に集まった男達もだんだんざわざわとし始めた。すると、さすがにそれ以上はまずいと思ったのか少女はぴたりとわめくのをやめた。それを見計ったように男性はこほん、と咳払いをすると口を開いた。


「皆様、誠に申し訳ありませんが明日、また同じ時間にお集まりいただけますでしょうか」


 いやいやここまで待たせてそれはないだろ、絶対文句言う奴出てくるぞ……と俺は思ったのだが、意外にも集まった男達はそれを聞くと蜘蛛の子を散らすようにさっと引いて行った。

 残された俺たちはぼけっと人のいなくなったその場所を眺めていた。俺がなんとなく屋敷の方へと視線を向けると、さっきまでわめいていた少女と目があった。それが気に入らなかったのか、少女は鋭い目つきで俺の方を睨み付けてきた。


「ちょっとあんた達、聞こえなかったの? さっさと散りなさい」


 うわ、きっつ! でも散るも何も俺たちは別にここに集まったわけじゃなくて、単にこの道を通りたかっただけなんだが。

 テオもその言い方にちょっとカチンと来たのか、いつもより何割増しかいやみったらしく少女に声を掛けた。


「いや、俺たちも特にここに用があったわけではないのだが、君の所に集まった奴らのせいで道をふさがれていてな。仕方なくここで通れるのを待っていたんだ」

「え…………?」


 それを聞くと、少女は目を丸くした。どうやら俺たちの事を集まった男達と同じだと思っていたようだ。


「大変失礼いたしました! お詫びと言っては何ですが、ぜひとも屋敷にお越しください。ささやかですがおもてなしをさせていただきましょう」


 壮年の男性は俺たちに向かって恐縮したように何度も頭を下げると、立派な門を開いて俺たちに中へ入るようにと促した。

 ……これは予想外の展開だ。どうしようかと思ってテオの方へと振り向くと、奴はいつになくわくわくしたような顔をしていた。


「どうした? 行くぞ」


 そう言うと、テオは俺たちの返事など聞かずにさっさと中に入って行ってしまった。

 ……あいつには気後れとか警戒心とかはないんだろうか。まあしょうがない、ここで俺たちだけ帰るわけにもいかないので、俺は恐る恐るでかすぎる屋敷の中へと足を踏み入れた。



 ◇◇◇



「うわぁ、高そう……」


 広すぎる応接間のような場所に通されて、俺はなんとなく居心地が悪く身をすくませた。

 なんというか、部屋にあるあらゆる物が尋常じゃなく高価に見える。窓もカーテンも棚も花瓶も、何もかもが俺が今まで目にしたものとは全然違うのだ。俺たちが今座っているソファだってふかふか具合が普通のソファとは段違いだし、大きさだって優に十人くらいは座れそうなほどに大きいのだ。うっかり汚したらどうしよう、俺の頭にはぐるぐるとそんな考えが渦巻いていた。


「ふむ、確かに細工が細かいな」

「ぎゃー! もっと丁寧に扱えよ!!」


 テオは無造作に目の前のテーブルの青と金の装飾が見事なカップをつまみ上げた。その手つきが危うく見えて俺は冷や汗をかいた。おい、うっかり壊したりしたらどうすんだよ! 俺たちに払えるような金はないんだぞ!!


「皆様、どうぞお召し上がりください」


 先ほどの男性がカートを押しながら部屋へと入ってきた。カートの上には、色とりどりの美味しそうなケーキやクッキーといった菓子類が並べてある。どれもこれもやばいくらいに高級そうに見える。

 うーん……お召し上がりください、とか言われても何となく手を出しづらい。

 だが、やっぱりテオはそんな事を気にする奴じゃなかった。


「どれどれ……、ん、うまいな! ほら、お前らも食ってみろ!!」


 かわいらしいケーキを一口で平らげたテオは、俺たちの方へと皿を押し出した。

 ちらり、とお菓子を運んできた男性を確認すると、もぐもぐとケーキを頬張るテオをにこやかに眺めている。よかった、テオの無礼に怒り狂うという事態にはなっていないようだ。

 ……大丈夫かな。正直、俺もこんな機会は滅多にないしできれば食べてみたい。ケーキに手を出す勇気はなかったので、おそるおそるクッキーを一枚手に取ってかじってみる。……おいしい。なんていうか、上品な味がする様な気がする……。

 そのまま、俺たちはむしゃむしゃと菓子を食べ続けた。そのうちに俺もケーキに手を出す勇気が出てきて思い切って食べてみたが、やっぱりめちゃくちゃ美味かった。通行止めのお詫びにこんなにおいしいものが食べれるなんて、毎日が通行止めでもいいくらいだよ。


「……待たせたわね」


 俺たちが無心にお菓子を頬張っていると、また部屋のドアが開いて今度は先ほどの少女が姿を現した。

 着替えたのか、先ほどとは服装が変わっている。膝丈のふんわりとした黒いスカートに、シンプルであるがゆえに上品さが際立つレースの付いたクリーム色のブラウス。わりと落ち着いた服装だ。

 上品にまとめつつも俺たちが気後れしすぎないようにという、彼女の気遣いが見えるようだった。

 少女が俺たちの対面のソファに腰を下ろすと、すかさず控えていた男性が彼女の目の前へとカップを置いて茶を注いだ。


「さっきはその、悪かったわね……。てっきりあそこに集まった奴らと同類かと思ったのよ」


 彼女は気まずげに目をそらしながらそう言った。あれ、意外と素直だ。本心から俺たちに済まないと思っているみたいだった。


「それは構わないが……さっきの奴らは何なんだ?」


 テオがそう問いかけると、控えていた男性がここぞとばかりに進み出た。


「よくぞ聞いてくださいました! 実は先ほど、姫様の騎士となるべき者の選定に……」

「もう、だからそんなのいらないって言ってるじゃない!!」


 男の声を遮って、またもや少女はキーキーとわめきだした。よっぽど触れられたく話題のようだ。というか……


「姫様……?」


 なんかそんな単語が聞こえてきた気がする。なんだろう、自分の娘の事を「うちのお姫様は世界一可愛い!」とか言う奴だろうか。

 そう思ってぽつりとこぼした俺のつぶやきを、男性はすかさず拾い上げた。


「ええ! こちらにおわす方こそ……」

「もう! 自己紹介くらい自分でできるわよ! ……私はフィオナ・アルスター。こっちは執事のケリーよ。よろしく」

「よ、よろしく……」


 自分と執事の名前だけを名乗ると、少女――フィオナはぶすっと頬杖をついて黙り込んでしまった。なんか自己紹介にしては短くないか?


「あの、姫様って言うのは……」

「アルスター家はフリジア王家の血筋を汲む由緒正しい家なのです。フィオナ様も、王位継承権を持つれっきとした王族の一員なのですよ!」


 執事――ケリーさんは誇らしげにそう言った。フィオナは恥ずかしそうに紅茶をすすっている。特にケリーさんの言葉を否定する様子もない。

 俺たちを騙そうと嘘をついています! ……という空気でもない。

 …………ちょっと待て、今なんて言った? 王族? 王位継承権……?


「姫様って、本物かよぉぉ!!!」


 思わずそう叫んでしまった俺の声に、フィオナ姫は不快そうに眉をしかめた。


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