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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第二章 砂漠の下に眠る街
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15 嘘と秘密と探り合い

「もう気は済んだか?」

「……うん」


 俺は地面に倒れ込みながら、何とかそう言葉を絞り出した。全身が痛い。主に腕と腰が。

 すぐ隣ではシーリンも同じように地面に伸びていた。


「うにゃぁ~、何であんなに耕したかったんだろ……」


 まったく、その一言に尽きる。畑を耕し始めてから一時間ほどすると、急に俺の中での耕作への情熱が引いて行った。自分でも何であんなに耕す耕す言ってたのか不思議に思えてくる。

 ……やっぱり、あの呪文は本物だったんだろうか。おかしい、あれは夢のはずなのに。いや、もしかしたら夢じゃなかったんだろうか。というか俺は頭の上に岩が落ちてきたはずなのに何で生きてるんだ。

 そう疑問がわいたので素直に口にすると、テオが経緯を教えてくれた。


「その件だが……オレ達にもよくわからん。確かにあの時、おまえの上に岩が落ちてきておまえは潰された……と思ったんだが、何故かおまえは少し離れた安全な所に倒れていたんだ。その後とりあえずは全員で地上に脱出して、長老たちに地下で起きたことを説明していた所だった」


 なんとなく事情は分かった。俺が何で助かったのかは謎だが、とりあえずはみんな無事なようで安心した。

 ふとひらめいた。俺が助かったのはもしかしたら……レーテの言ってた謎の力が働いたからなのかもしれない。あの時だってめちゃくちゃ高い塔から落ちても助かったんだ。今回も似たような力が働いて奇跡的に助かったのかもしれない。

 そういえば、レーテは記憶を読むとか視るとか言っていた。そうすると俺が見たあの女の人と農民の光景も、謎の力の影響だったのかもしれないと思えてくる。何て言ってたっけ、確か人や物の記憶を読んだりできるとかレーテは言ってた気がする。そうすると、あの場にあった何かの記憶があの女の人で……


「あー、もうわけわかんねぇ……」


 考えると頭が痛くなってきた。どうせいくら考えてもわからないんだ。なんだかんだ言って助かったし新しい魔法もわかったしラッキー! くらいに思っておこう。できればもうちょっと実用的な魔法がよかったんだけどな。

 これ以上ここにいても仕方がないので、何とか全身の力を振り絞って起き上がると、俺たちは元いた長老の家へと戻ることにした。



 ◇◇◇



 その晩は、長老が事態を収めてくれたお礼に、と豪華な晩餐を振る舞ってくれた。

 ドワーフの方でも今後は護岩が変な奴に傷つけられないようにと警備をつけることにするらしい。よかったよかった、これで精霊イルマリネンも安心だろう。

 肉が多めの料理を食べながらそんなことを考えていると、ヴォルフを伴ったテオが近づいてきた。


「少し話したいことがある。いいか?」


 背後を気にしながら、テオはそう問いかけてきた。その視線の先にはリルカがいた。リルカはどうやらシーリンに絡まれているようで、俺たちの動向は気にしていないようだ。


「……わかった」


 何となく、今の動きでテオの言いたいことは分かった。これは絶対にリルカに聞かれてはいけない話題だ。



 ◇◇◇



 俺が寝ていた部屋が無人だったので、少しの間だけその部屋を使わせてもらう事にした。

 ゆっくりと音をたてないように扉を閉めると、みんなの騒ぐ声が遠くなる。こっちの会話も聞かれることはないだろう。

 扉を閉めるとすぐにテオは話を切り出した。


「護岩の傍で戦った二人の子供、何かを思い出さないか?」

「……邪教徒の言いなりになってた時のリルカ、だろ?」


 俺がそう答えるとテオは真剣な顔で頷いた。

 あの二人の子供は、喋り方といい片方の子供の背中の羽といい、大鴉と呼ばれていた頃のリルカに似ていた。どうやらテオもそれは感じていたようだ。


「それにあの男、邪教徒の男が言っていた長いローブのエルフじゃないでしょうか」


 そう言われると思い出してきた。確か邪教徒の男は長いローブのエルフがリルカを連れてきて、ゲートの精製方法を伝授したとかなんとか言ってた気がする。

 本当にそいつと同一人物なのかはわからないが、もしそうだとしたらリルカを連れ戻しに来たか、俺たちを始末しに来たのだろうか。

 そう口にすると、テオは首を横に振った。


「いや、奴はリルカに向かって『なぜお前がここに』と言っていた。奴にとっても俺たちがここにいたのは予想外だったはずだ。まずは護岩を傷つけてイルマリネンを暴走させるという目的があったんだろう」

「何でそんな事……」


 イルマリネンが暴走すれば、きっとあの地下の町はきっと崩壊していただろう。そんな事をして何が楽しいんだろうか、俺にはわからないよ。


「敵は邪教徒。世の中が乱れれば人々の神々への信仰も薄れます。そうすれば神々がこの世界へ干渉する力も弱くなる。そうなれば喜ぶのは四女神と敵対する邪神です。おそらく奴らの狙いは四女神からこの世界の守護神の座を奪うことに思われます」

「過去にもこうした事態は幾度もあったんだ。おまえの大好きな勇者アウグストが戦った時のようにな。今回はオレ達が何とかしなければならない、それだけだ」

「へー……」


 もう駄目だ、話が壮大すぎてよくわからない。

 ミランダさんも女神の信仰を深め、大地の守護を厚くすることが敵に対抗する策だって言ってたけど、同じような事なんだろうか。要は邪神が侵攻してくるから敵を排除しつつ、人々の信仰を薄れさせないように守れっていう事か。それはいいんだけど……


「何でおまえら、そんな詳しいこと知ってんの?」


 自慢じゃないけど、俺は小さいころから教会学校に出入りして先生にいろんな話を聞いたりしていたんだ。それでも先生は女神様の加護を信じなさい、とふわっと言うだけで詳しい事は教えてくれなかった。俺が子供だったからかもしれないけど、そんな邪神と女神がどうとかいう話は俺の父さん母さんだって知らないはずだ。おそらく、この大地に平和に暮らしているほとんどの人が知らないだろう。

 俺がじっと見つめると、二人は気まずげに目をそらした。何だよ、感じ悪いな……。


「オレは…………昔、教会の奴に聞いたんだ……」

「僕は……前に知り合い、に聞いたんです……」

「ふーん……」


 詳しい事は話したくないってことか、別にいいけど。

 俺は大きくため息をつくと、話を元に戻すことにした。


「もう邪神とかはいいよ。それよりリルカだリルカ! リルカがあの二人と似てたって事は、リルカは……」


 その先は言葉にできなかった。あの白い砂と濁った液体が地面に広がるさまを思い出した。違う、リルカは普通の人間のはずだ。だって、そうじゃないと……。


「クリス、おまえはリルカの中身があの子供たちと同じだったらどうする?」


 それでもテオは痛い所を突いてくる。そうだ、俺だって考えなかったわけじゃない。あの二人はリルカによく似ていた。ということはリルカだってあの謎の物体で構成されている可能性があるわけだ。でも、頭がそれ以上考えることを拒否していた。


「わかんないよ……俺は、リルカはリルカでいて欲しいと思う」


 我ながら答えになってないひどい回答だったと思う。それでも、テオは俺の言葉を聞くと満足そうに笑った。


「そうだ、それでいい。正体が何であろうと、体が何でできていようがリルカはリルカだ。おまえはおまえの知るリルカを信じてやれ。それが本物のリルカだ」

「うん……」


 テオの言う事もよくわからなかったが、きっと今までどおりでいいという事なんだろう。

 でも、リルカは自分が何者なのか知りたがっている。俺たちと同じ普通の人間ならいいんだが、もしかしたら、リルカはこの先知りたくもない真実を知ってしまうかもしれない。


「リルカは自分の事とか、家族とかを探してるんだ。止めた方がいいのかな……」

「いや、それはリルカの意志だ。好きなようにさせてやれ。それでリルカが傷つくようなことがあれば、その時は俺たちが受け止めてやればいい」


 テオはどん、と自分の胸を叩くと、大きく頷いた。何となく、テオにそう言われると大丈夫な気がしてくるから不思議だ。

 そうだ、リルカはリルカ! リルカの中身があの謎の物体でも、そんな事は関係ない! 普通の人間だって骨と肉と血で構成されているんだ!! ちょっと中身が違うだけでそれと同じはずだ!!


「それに、まだリルカちゃんが普通の人間だって可能性も十分にあります。その内に優しい家族に会えるかもしれないんですよ」

「そうだな! そうなったら俺たちも挨拶しないとな!!」


 そう思うと元気が出てきた。まだ料理はたくさん残っていたはずだ。ありがたくご馳走になろう!


 そうして晩餐を食べに戻った俺たちは、ほとんどの料理がシーリンに食い尽くされた惨状を見ておおいにショックを受けることになるのであった……。



 ◇◇◇



 翌朝、さっそく俺たちは出発することにした。世界にはまだ怪しい奴らがうろうろしてるんだ。ぼさっとしている暇はない。勇者として早くこの世界に平和を取り戻さなければ!


「てめーらには世話になったな、元気でやれよ! あと……」


 メーラは力強くそう言った後、その視線がリルカの手首へと注がれた。


「前から気になったんだけど、それ見せてもらってもいいか?」

「うん……?」


 リルカは手首からブレスレットを外すと、メーラへと手渡した。あれはバルフランカの街で服を買ったおまけにもらったものだ。俺の手首にも同じものがはまっている。おそろいってやつだな。


「やっぱり、これ……希晶石じゃねえか!」


 メーラは興奮したようにブレスレットを検分している。頬は紅潮し、目はキラキラと輝いていた。そんなに面白いものなんだろうか。


「なにそれ?」

「知らねえのか? 希晶石ってのはな、宝石なんかよりよっぽど珍しいもんなんだよ!」

「えぇ!?」


 俺は慌てて自分のブレスレットに視線を落とした。てっきり宝石のイミテーションかなんかかと思っていたが、そんなに珍しいものだったとは。そんなものをぽんとくれるなんてあの店員は何者だったんだ……。

 メーラは丁寧な手つきでリルカへブレスレットを返すと、大切にしろよ、と言い残した。

 売ったらいくらくらいになるんだろう、と一瞬頭をよぎったが、すぐにその考えを消した。駄目だ、これはリルカがおそろいに、とくれたものなんだ。大切な思い出だ。思い出に値段なんかつけられないもんな。


「みんなはこれからどこに行くの?」

「とりあえずは西を目指そうと思ってる。何かがわかるといいんだがな」


 シーリンの問いに、テオはそう答えていた。古代遺跡が見たい、という個人的欲求は伏せているようだ。このかっこつけ勇者め。


「そっか……。大丈夫、平原の平和はこのシーリンが守るから安心して行ってきなさい!」


 シーリンはびしっと親指を立ててそう言った。あれ、でもシーリンって西の大陸に行きたいとか言ってなかったっけ。


「旅に出るのは諦めたのか?」

「そんなわけないよ! でも……あんな怪しい奴が平原をうろついてるんだもん。パパとかママとかメーラとか……みんなが心配なんだよ」

「シーリン、てめえそんなこと気にしてたのかよ……」


 メーラは驚いたようにそう口に出した。無理もない、シーリンはずっとほかの大陸に行きたくてたまらないって感じだったんだ。いきなりそんなしおらしくされると反応に困るだろう。


「別に……てめえの助けなんていらねえよ!」

「帰る場所を守るのは当然のことだよ。それに、諦めたわけじゃないもん。みんなが世界を平和にしてくれたらすぐにでもラガール大陸に行くんだからね! 大丈夫、メーラが成人するまで待っててあげるから!」

「は……え……?」


 驚いて目を白黒させるメーラをぎゅぎゅっとしながら、シーリンは俺たちに向かって大きく手を振った。


「期待してるよ、勇者さん達!!」

「ああ、まかせておけ!!」


 そのまま、二人に見送られて俺たちはフォルスウォッチを後にした。随分長い寄り道だったような気もするが、新しくわかったこともあるし、決して無駄ではなかったと思いたい。

 目の前には雄大な平原が広がっている。さあ、またここからスタートだ。


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