表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第二章 砂漠の下に眠る街
55/340

7 不思議な木の実

「ほらっ、今日の夕食はヘビだよ~」

「…………え?」


 食材を探しに行くと言って、シーリンが今日の寝どこであるこの洞窟を出て行ったのが少し前。

 彼女は愛用のレイピアに長いヘビの体をぶっ刺して、大喜びで帰ってきた。


 樹林に足を踏み入れて数日。俺たちはまだ目的のチュリムの実を見つけられていなかった。

 樹林の奥へと進むほどに、道は更に険しくなっていった。どう考えても人が立ち入る領域じゃない。それなのに、目の前のネコとゴリラはまったく意に介していないようにすいすいと進んでここまで来てしまったのだ。おかしい、どう考えてもおかしい。


「シーリン、俺たちはヘビなんて食べられない」

「えぇ~、すっごい栄養あるんだよ! くーちゃんは食わず嫌いをしてるんだにゃ」


 シーリンはレイピアからヘビの体を引き抜くと、えいやっ! と真っ二つに引き割いた。


「うぎゃあ! 何やってんだよ!!」

「これをこうして……ほら! このまま焼くと食べられるんだにゃ!」


 シーリンは外で拾ってきた木の枝に引き裂いたヘビの体を突き刺した。


「リルリルー、火つけてもらっていい?」

「は、はいっ!」


 おろおろと成り行きを見守っていたリルカは、シーリンにそう頼まれると弾かれたように立ち上がった。


「リ、リルカ……無理しなくていいんだぞ……?」

「うん。でも……精霊さんも、食べてやるのが……礼儀、だって……」


 リルカは何もいない(ように俺には見える)空中を指差して、ぽそりとそう呟いた。

 リルカは賢いからあまり自分から口に出すことはないが、時折こうやって精霊が見えたり声が聞こえたりするらしい。それは別にいいのだが、精霊さんよ、ヘビを食べるように言うのはやめていただきたい。俺にだって越えられないラインはあるんだよ。


「炎よ、宿れ……“発火(イグニッション)”」

「やったー! どんどん焼くよー!!」


 リルカが呪文で火をおこすと、シーリンは嬉々としてヘビを焼き始めた。やばい、もう後戻りできない所まで事態は進行しているようだ。

 嫌だ、ヘビなんて食べれるわけがない!!


「戻ったぞー」


 気の抜けるような声と共に、あたりを見回りに行っていたテオとヴォルフが帰ってきた。

 この樹林に入ってから、テオはいつのまにか常に上半身を裸で過ごすようになっていた。どんどん野生に近づいているようだ。でも、今だけは人間に戻ってくれ!


「テオ! シーリンを止めてくれよ!!」

「ん?」


 テオはヘビを焼き続けるシーリンへと目をやった。そうだ、今こそ人間としての威厳を見せてやれ!


「おお、おまえもヘビを取ってきたのか! 奇遇だな!」

「……え?」

「安心してください。ちゃんとクリスさんの分もありますよ」


 テオの後ろからやって来たヴォルフの手には、何匹ものヘビが握られていた。しかも生きたまま。



「うわああぁぁぁぁ!!!」



 俺は一目散に洞窟を飛び出した。

 やばい、何なんだあいつら! 絶対におかしい、ヘビを食うとかないだろ! 

 この樹林に入ってからみんなおかしくなってるような気がする。このままではみんな野生に戻ってしまうかもしれない!! 

 俺はそんな現実に耐え切れずに逃げ出すことにした。


 必死に走り続けていると、いつの間にか知らない場所へとやって来ていた。切り立った岩の間から、滝が流れ落ちている。

 混乱していた俺は、とりあえず物理的に頭を冷やそうとその滝に近づいてみることにした。

 そっと触れてみると、水が冷たくて気持ちいい。思い切って体ごと突っ込むと、冷たい水が全身を冷やしてくれた。岩に手を突こうと前方に向かって手を伸ばしたが、何故か滝の向こうには手を突くべき岩が見当たらなかった。


「ん?」


 一旦滝から出て、もう一度手を突っ込んでみる。やはりそこにはあるはずの岩はなく、滝の裏には不思議と空洞ができているようだった。


「何だ……?」


 手で探ってみてもわからないので、もう一度体ごと滝に突っ込んでみた。そしてすぐに、納得がいった。

 その滝は通り抜けることができたのである。ちょうど滝の裏側の場所に、人ひとり通れそうなほどの穴が開いていた。しかも、奥へと続いているように見える。

 洞窟の入り口……というわけではなく、そう遠くない場所に向こう側の出口の光が見えていた。小さなトンネルのような形になっているようだ。

 これは外から見ただけでは発見できなかっただろう。まあ、別にこんな穴を見つけたところでどうにかなるわけでもないのだが、向こうを探検すれば暇つぶしぐらいにはなりそうだ。


 一瞬みんなを呼びに行こうかと思ったが、やめておいた。どうせあいつらは今頃ヘビをバクバク貪り食っているに違いない。今戻れば俺も無理やりヘビを食わされかねない。

 ……やっぱり戻るのはやめておこう。向こう側も見えてるし、慎重に行動すればそんな危険な事はないだろう。


「照らせ、“小さな光(ピコライト)”」


 杖なしでの詠唱だったが、すぐに俺の手のひらの上にふわっとした小さな光の球が現れた。俺も成長して、簡単な呪文なら杖なしでも使えるようになっているみたいだ。


「よし、行ってみるか」


 どうせなら、ちゃんと俺でも食べれそうな食料が見つかりますように。

 鶏肉に食感が似てるとか言われてるが、やっぱりヘビを食べるのは怖いんだよ。



 ◇◇◇



 慎重に周囲を確かめながらゆっくりと進んだが、あっという間に向こう側の出口へとたどり着くことができた。


「うわー!!」


 目の前には青く光る海が広がっている。樹林の中を進むうちに、いつのまにかこんなにも海の近くへと来ていたようだ。

 しかし、今俺が立っている場所はまさに断崖絶壁。近くには下から登ってこれそうな場所はないし、あの滝の裏を通らなければここにたどり着くことはできないだろう。

 おそるおそる下をのぞくと、思わずめまいがした。

 高い、めちゃくちゃ高い。樹林の入り口ではあんなに大きく見えた木々がおもちゃのように小さく見える。知らないうちにこんなに高い所まで来ていたようだ。これは落ちたら痛いとか言う暇もなく即死だろう。おお怖い。

 景色は素晴らしいが、他には特にこれといって面白そうなものはなかった。落ちないうちに戻るか……と踵を返しかけた俺の視界に、鮮やかな色が入りこんできた。


「桃……?」


 巨大な桃のような果物が地面に落ちていた。手に取ってみると、思ったよりは固い。でもうまそうだ。思わずごくりと喉が鳴る。

 思えばこの数日間まともな物を食べていなかった。挙句の果てにはあのヘビだ。よけいに目の前の桃らしき物体がおいしそうに見えてくるじゃないか。


「いや……待て待て」


 意外とこういううまそうなものにほど毒があったりするかもしれない。ここはこのあたりの食材事情に詳しいシーリンに聞いてみた方がいいだろう。

 辺りを見回すと、近くにヤシの木に似た植物が生えていた。そこにこの桃らしき果物と同じものがいくつかなっている。

 シーリンに聞いて食べれそうなものだったら、後でみんなで取りに来よう。



 ◇◇◇



「ただいまー」

「あっ、くーちゃんおかえり!!」


 元いた洞窟へと戻ると、満面の笑みを浮かべたシーリンに出迎えられた。

 その手にはヘビの丸焼きと思しき物体が握られている。うわぁ……。


「ほら、くーちゃんの分も取ってあるよ~」

「いらねーよ! それよりこれ、食べれるかどうかわかるか?」


 持っていた桃に似た実を差し出すと、シーリンの動きがぴたりと止まった。目を見開いて謎の実を凝視している。やっぱり毒があったりしたのだろうが。


「おお、うまそうだな!」

「でも大丈夫なんですか? こんなの見たことありませんよ」

「桃、みたいで……甘そう、だね……」


 三人からは中々好評のようだ。後はシーリンのお許しが出れば今すぐにでもかぶりついてやるのだが、未だシーリンは何か恐ろしいものでも見るような目で謎の実を見ている。


「なんだよ、シーリン。別に食べれない奴なら無理に食べようとないって」

「こ……こここここれ……」

「ん?」


 シーリンは俺の手から謎の実をひったくるように奪い取ると、頭上に高々と掲げた。


「これ、チュリムの実だよ!!!」

「…………えぇぇ!?」



 ◇◇◇



「ふふふーん!」


 上機嫌のシーリンは、ぴょんぴょん跳ねまわりながらジャングルを進んでいく。ちゃんと足元見てないと転ぶぞ、と声を掛けたが、獣人はバランス感覚もいいのかシーリンはまったくもって余裕そうだ。俺なんて慎重に歩いていてももう何回も転んでるのに、理不尽だ。


 あの後みんなをあの身を見つけた場所へと連れて行って、持ってこれるだけチュリムの実を持ってきた。チュリムの実は結構でかい。ほとんどをテオに持たせているが、俺に割り当てられた分だけでもかなり重いのだ。嫌になってくる。

 来た道(といっても道らしき道はないのだが)を引き返すだけなので行きよりは気が楽だが、やっぱり木々の多い茂ったジャングルは歩きにくい。重い荷物があるのでなおさらだ。


「はぁ……」

「まあ、よかったじゃないですか。正直もっと探すのに時間かかるかと思ってましたよ。これでも早く済んだ方じゃないですか?」


 ヴォルフはそう言って俺を慰めた。確かに、皆の野生化が取り返しのつかない所にまで進行するよりも前に帰れたのは良かったと言えるかもしれない。

 何はともあれこれで人間の生活に戻れるのだ。俺は街に帰ったら食べたい食事を思い浮かべながら、必死に鬱蒼としたジャングルを歩き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ