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俺が男爵令嬢で、あの子は悪役令嬢で!?【前】

完結2周年記念小話です!

この話はクリス(「俺が聖女で、奴が勇者で!?」)とジュリア(「悪役令嬢に選ばれたなら、優雅に演じてみせましょう!」)の精神が一日入れ替わったら?…というトンデモ設定の話になります。

どちらか片方しか読んでない方もたぶん読めるかと思います。

読んでやってもいいよ、という方は↓↓↓へどうぞ!!





 ふと、目が覚めた。

 あれ、いつの間に寝てたんだっけ。

 とりあえず目を開けたら、まったく知らない場所だった。


「……あれ?」


 いやいやどこだよここは。どこかの貴族の屋敷の庭……っぽい感じはするけど、ヴァイセンベルク家のじゃない。

 俺が混乱している間に、目の前をどんどんと人が通り過ぎていく。

 みんな10代後半くらいの年で、同じタイプの制服を身につけている。……ということは、ここは学校か?

 辺りを見渡せば、やたらとでかくて豪華な建物が目に入った。


 …………ほんとに、どこだよここは。


 記憶を反芻してみたが、こんな場所に見覚えはない。

 だが、ここでじっとしていても事態は好転しないだろう。

 どうやら俺はベンチに座っていたようなので、とりあえずここを出ようと慌てて立ち上がる。

 すると、突然背後から声をかけられた。


「ご機嫌よう、ジュリア」


 反射的に振り向いて、まず目に入ったのは……血のように紅い髪だった。

 その色を認識した途端、俺の脳裏にある人物の姿が蘇る。

 まさか、彼女は……


「アンジェ――」

「なにぼさっとしてるの。通行の邪魔よ」

「え?」


 あれ、冷たい。

 不快そうに眉をしかめた彼女の顔をよく見ると……残念、普通に別人だった。


「あ、すいません……」

「ちょっと、ほんとにどうしたの?」


 反射的に謝ると、彼女は心配そうにこちらに近づいてきた。

 なんだ、いきなり通行の邪魔とか言われてビビったけど、意外といい人なのか?


「熱は……ないわね。頭でも打った? それとも変な物でも食べたの?」


 紅い髪の少女が、ぺたぺたと俺の頭や顔を触っている。

 通り過ぎていく人たちと同じタイプの制服を身に纏うその少女は、なんていうか……ゴージャスな美人だ。いい匂いがするし。

 しかし、最大の問題点が。

 やたらと距離が近いこの人は、いったい誰なんだ……!


「あっ、あの……」

「ジュリア、調子が悪いのなら――」

「ジュリア?」


 それって誰だろう、と首をかしげると、目の前の女性は信じられないとでもいうように目を見開いた。


「ちょっと……ほんとにどうしちゃったのよ! 自分の名前もわからないの!?」

「いや、たぶん人違いじゃ――」

「もう! ふざけるのもいい加減にしなさい!」


 少女がいきなり声を荒げたので、俺は不覚にもびくついてしまった。

 彼女は懐から小さな鏡を取り出すと、ずい、と俺の目の前にかざす。


「ほら、よく見なさい! あなた、まさか自分の顔も忘れたなんて言うんじゃないでしょうね」


 目の前の鏡には、見慣れた俺の顔が映っている。

 …………いや、違う。

 ぱっと見はよく似ている。そっくりだと言ってもいいくらいだ。

 けど、よくよく見てみると……目の色や髪型、他にも細かい部分が微妙に異なっている。

 これは……俺じゃない。


「…………まじかよ」


 目が覚めたらいきなり他人になっていた。

 そんな経験人生に一度で十分……いや、できれば一度も経験したくはなかったけど。


 なんの因果か俺の魂は、またしても別人の体に入り込んでしまったらしい。



 ◇◇◇



「ジュリア、何か嫌なことがあったのね……。教科書を破かれたり、制服に紅茶をかけられたり、鞄に虫が入れられてたり、階段から突き落とされたり……」

「悪役令嬢物にありがちなやつですね。メリアローズさんを出し抜いて、そんなことをしでかす輩がいるとも思えませんが……」


 そして現在、俺は非常に困った状況に置かれていた。

 目の前では、あの紅い髪の女の子が、深刻そうな表情で何やらぶつぶつと呟いている。

 そんな彼女の横では、金髪の男が気遣わしげに彼女を宥めていた。


 気がつかない間に俺は、どうやらこの学園に通う「ジュリア」という名前の女の子の体に入ってしまったらしい。

 衝撃の事実に気がついた後、俺はとりあえず目の前の紅い髪の女の子に伝えてみた。

「すみませんが、私はたぶんジュリアさんだけどあなたの知ってるジュリアさんじゃないんです」……と。


 ……もちろん、通じるわけがなかった。


「はぁ!? どういうことよ! ちゃんと説明なさい!!」と大声で騒ぎ始めた彼女に、周囲の視線が痛くなってきた頃……俺たちの元に慌てた様子の金髪の男がやって来た。

 彼は「とりあえず場所を変えましょう」と紅い髪の女の子を説得し、俺は二人に連行されるようにして、でかい建物の一室に連れて来られてしまった。

 そして、今に至る。


「許せないわ……。この私を差し置いて、悪役令嬢のヒロインいじめイベントを実行しようだなんて!」

「あの……たぶんいじめられてないっぽいんで大丈夫だと思う」


 ちょっと怖くなって確認してみたけど、持っていた鞄の中に虫は入っていなかった。

 中に入っていた教科書らしき本は破かれてなかったし、着ていた制服には紅茶をかけられた形跡もない。

 特に体で痛む箇所もないので、階段から落とされたってこともないだろう。


「いいのよ、ジュリア。このメリアローズ・マクスウェルの名に懸けて、恥知らずな偽悪役令嬢を血祭りにあげてやるわ……!」

「だからそうじゃなくて……」


 駄目だ、話が通じない。

 どうやら紅い髪の女の子は、俺……というか俺が入り込んでしまったジュリアという女の子が、いじめのストレスのあまりおかしくなってしまったと思い込んでいるらしい。

 謎の闘志を燃やす少女に、思わずため息が出てしまう。

 すると、金髪の男が口を開いた。


「……まさか、別人がジュリアの体を乗っ取ったなんて荒唐無稽な話を信じろと?」


 金髪の男が冷たい目で俺を睨む。こえーな、おい。

 やっぱり、この二人は俺の話を信じていないようだ。

 まぁ、いきなりこんなとんでもない話をされて、信じろって言う方が難しいとは思うけどさ。


「乗っ取ったっていうか、気がついたらこうなってたっていうか……」

「もし君の話が本当だとして、ジュリアはどこに行ったんだ」

「うーん……」


 レーテとの時は、二人の精神と体が入れ替わった感じになっていた。

 今回も同じだとしたら、ジュリアという子の精神は、俺の体に入り込んでしまったのかもしれない。

 やばい、それはそれで色々問題がある気がする。


「たぶんそのジュリアって子は、逆に俺の体に入ってるんじゃないかと思う」

「それなら、あなたの体は今どこにあるの?」

「シュヴァンハイムのヴァイセンベルク家の屋敷」


 昨夜は普通に屋敷で寝たはずなので、たぶん今もそこにいるはずだ。

 そう告げると、紅い髪の女の子と金髪の男は、眉をひそめて顔を見合わせていた。

 あれ、なんか変なこと言っちゃったか?


「シュヴァンハイム、ヴァイセンベルク家……。聞いたことがないわ。ウィレム、あなたは?」

「いえ、少なくとも国内の著名貴族ではないでしょうね」

「えっ? めっちゃ有名だと思うんだけど」


 まさかと思って聞いてみると、ここはユグランスではなく、クロディール王国という国らしい。……どこだよ。

 なんか俺、思ったよりも遠い所に来ちゃったのかもしれない。

 ……なんて焦っていると、勢いよく部屋の扉が開いた。


「ジュリア、大丈夫か!」

「いったい何が……」


 入って来たのは、これはまた同じタイプの制服を身に着けた、イケメンと美少女の二人だった。

 わぁ、なんかまたややこしくなりそうだ。


「ジュリア、お前の苦しみに気づかなかった俺を許してくれ……」

「ドッキリならさっさと白状した方がいいわよ」

「虚言にしては詳細まで設定が作り込まれている……。あのジュリアにそんな芸当ができるとは思えませんが」


 わあわあとやかましい声に囲まれて、俺はげんなりしてしまった。

 まったく、こいつらはなんなんだよ!


「あの……」


 その時涼やかな声が聞こえて、やかましく喚いていた三人はぴたりと喋るのをやめた。

 その背後からおずおずと声を掛けてきたのは、先ほどやって来た茶髪の美少女だ。


「そろそろ授業が始まってしまいます。私たちが揃って授業をさぼったら、それこそ騒ぎになるのでは……」

「それもそうね……」

「今の時点であまり大事にはしたくないな」


 彼らは俺を置いてきぼりにして、何やら話し合っている。

 これはチャンス!……と隙をついて逃げようとしたら、あっという間に捕まってしまった。

 それどころか、俺に監視がつくことになってしまったのである。


「えっと……クリスとか言ったかしら。これから一時間ごとに一人、私たちがあなたを見張るわ。いい、絶対に逃げようとなんて考えないことね!」


 紅い髪の少女にびしっと指を突きつけられた俺は、こくこくと頷くことしかできなかった。

 ……後ろで睨んでる金髪の男が怖いし。

 まったく、俺は(たぶん)被害者なのに、なんでこんな罪人みたいな扱いなんだよ!


中編と後編は明日投稿予定です。

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[一言] クリス短編では何をやらかすのか……( ˘ω˘ )
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