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ミルターナ小紀行(11)

 なんとかヴォルフも動けるようになり、俺たちはフォルミオーネの街を後にすることにした。

 ミラージュに頼んで、アニエスたちにはお礼の手紙を届けてもらった。

 いつか、またここに来たいな。


「それじゃあ、二人とも元気でな」

「ふふ、おねーさんの力が必要ならいつでも呼んでちょうだい」


 街を出たところで、西へ向かうというテオとミラージュとも別れる。

 二人と一緒にエヴァルドが歩いていくのが見えたが、見なかったことにした。

 ……まあ本人がいいならいいや。



 次に向かうのは……いよいよ王都だ。


「もう怪我は大丈夫なのか?」

「まだ万全とはいきませんが……大丈夫ですよ」


 ヴォルフは涼しげな顔をしているが、その衣服の下にはまだ包帯が巻かれていることを俺は知っている。

 ……あの時、ヴォルフが痛めつけられる場面を俺はよく覚えていない。

 ただ、ヴォルフに黙れって言われて、頭がぼぉっとして、気が付いたらヴォルフが血まみれで倒れていた。

 その前から何とか柱の尖った部分を使って縄を切ろうとしていて、なんとか手遅れになる前にエヴァルドを止められた……という感じだ。

 そういえば、エヴァルドはヴォルフに向かって魔族を滅ぼす聖水を掛けようとしていた。

 確かヴォルフにもかかっていたはずだけど、それは大丈夫だったようだ。


「まぁ、当然か」

「え?」


 ぼそりと呟くと、ヴォルフが不思議そうな顔をした。


「何がですか?」

「えっと……エヴァルドが聖水みたいなのお前にかけたじゃん」

「あぁ、なんだったんでしょうね。……彼は、あれでも対魔族の戦い方は心得ていたと思います。実際、あの教会に張ってあった結界は効いてましたし」

「うん……」


 俺も、あいつが焚いた香炉にほいほいつられたんだっけ。

 エヴァルドがもっと卑劣な手を使うような奴だったら、俺もヴォルフも危なかったかもしれない。


「でも、だったらあの聖水はなんだったんでしょう。彼が持っていた以上、何の効果もない偽物だとも思えない」

「……俺には、よくわかんないけどさ。その、魔族って、本当にひどい奴もいるみたいじゃん」


 最初に出会った吸血鬼もとんでもない奴だった。

 ミラージュやヴォルフのおじいさんおばあさんみたいにいい人もいるけど、やっぱり嫌な奴だって多いんだろう。


「だから……そういう悪い奴にだけ効く聖水だったんじゃない?」


 思い付いたままにそう言うと、ヴォルフは困ったように笑った。


「光の聖女様に言われると説得力ありますね」

「……ほんとにそう思ってるか?」


 どこか馬鹿にするような言い方に憤慨すると、ヴォルフはまた笑った。

 ちょっとむかついたけど、まぁ元気が出たならいいや。


 でも、俺はそんなに間違ったことを言ってるとは思わない。

 きっと、女神さまはちゃんとお前のこと、わかってくれてるはずだから。



 ◇◇◇



 《ミルターナ聖王国南東部・王都ラミルタ》



 やはり王都はいつもながら人で溢れていた。

 思えばここから俺の旅は本格的に始まったんだ。

 レーテに騙され、テオに出会い、そしてここでルディスと対峙した。

 なんかそう思うと、感慨深くなってしまう。


「それにしても、どこから確認しましょうか……」

「前にアルベルトにあんま聖堂に近づくなって言われたしな」


 フォルミオーネほどじゃないが、ここにも解放軍で戦っていた人たちがいるはずだ。

 ここでも目立った行動は避けるべきだろう。

 うーん、なんとか目立たずに今の王都の状況を探る方法は……


「そうだ!」


 そう声に出すと、ヴォルフがきょとんとした表情で俺の方を振り返った。


「行こう。お菓子屋さんに!!」

「…………は?」


 あれ、伝わってなかったかな?



 ◇◇◇



「いらっしゃ……ってクリスとヴォルフじゃん! 久しぶり!!」


 一度名前を聞いただけの店だったが、なんとかたどり着くことができた。

 俺のご先祖様であり、前世では仲間だったクリストフ……の生まれ変わりであるマリカの働く店だ。

 思った通り、そこではマリカが働いていた。彼女は俺たちに気づくと、ぱっと表情を輝かせる。


「どったの? 旅行?」

「えっと、まあそんな感じ」


 王都の今の状況といえば、ラザラスに聞くのが一番だろう。

 しかし聖堂にあいつを探しに行くのはちょっと怖い。俺たちはあいつの家を知らないし、そこで思い出したのがこのマリカの働く店だった。

 仕事が終わったら話したいことがある、というと、マリカは快く頷いてくれた。




「それにしてもよく覚えてましたね。マリカさんの店の名前」


 とりあえずマリカの仕事が終わるのを待つために、俺たちは近くのカフェで休憩中だ。

 ヴォルフは紅茶をすすりながら、珍しく感心したようにそう言った。


「マリカが色々話してたから、気になってたんだ。パンナコッタが美味いとかティラミスが美味いとか」

「あぁ……」


 ヴォルフは納得したように頷いた。

 そして、俺の手元にある戦利品へと視線を向けている。

 さっき、マリカの店で買ったお菓子たちだ。


「それ、どうするんですか」

「寝る前に食べる」

「太りますよ」

「うっ……」


 痛いところを突かれてしまった。

 だが、ヴォルフは優しく笑っている。


「まぁ、あなたはもう少し太った方がいいかもしれませんが」

「なんで?」

「その方が抱き心地が……痛っ!」


 思わずスプーンで小突くと、思ったよりも痛かったのかヴォルフは頭を押さえていた。

 まったく……調子に乗りすぎだ!



 適当に時間をつぶし、仕事終わりのマリカと合流する。

 そして、彼女とラザラスが暮らす家へと案内された。


「……ほんとに同棲してんだ」

「同居、ね」


 マリカがごちそうしてくれるというので、俺とヴォルフも支度を手伝う。

 マリカはヴォルフが手際よく野菜を切っていく驚いたように凝視していた。


「すごいね。ラザラスなんて何でもできるのに料理だけは壊滅的なんだよ!」

「え、なにそれ」


 そんな弱点があるとは初耳だ。

 なんだかおかしくなってしまう。


 料理が出来上がりかけた頃、玄関の方からばたばたとせわしない足音が聞こえてきた。


「ただいま、マリカ! 今日こそ俺と結婚を……」


 そんなことをほざきながらやってきたラザラスは、俺とヴォルフの姿を目にしてぽかんと口を開けていた。


「あ、お邪魔してます……」


 そう言ったヴォルフの言葉に、ラザラスはやっと正気に戻ったかのようにわざとらしい咳払いをしていた。


「いらっしゃい、驚いたよ」

「今日たまたま会ったんだ。そんでうちに連れてきた」


 助け舟を出すようにマリカが言う。

 ラザラスはなんとなく俺たちに事情があることを察したのだろう。

 何かを見通すような笑みを浮かべていた。


「そうか。積もる話はあるだろうが、まずは夕食にしようか」



 互いに近況を話し、和やかな雰囲気で夕食は進んだ。

 ヴォルフが簡単に事情を説明すると、ちょうど明日休みだったらしいラザラスが詳しく現況を説明してくれることになったようだ。


「ねね、ラザラスとヴォルフは一緒にまわるんだよね? その間クリス借りてもいい?」

「……マリカ。何を企んでいるんだ」

「別になんでもないって! ただこっちはこっちで色々行きたいとことかあるし」


 マリカは俺に向かって片目をつぶって見せた。

 俺としては問題ない。ヴォルフの方はラザラスが一緒にいれば大丈夫だろうし、俺がいても逆に迷惑かもしれない。


「俺は大丈夫だけど……」

「よしっ、じゃあ決まりね!!」


 マリカが嬉しそうに笑う。

 なんかその笑顔を見ていると、俺まで嬉しくなってしまうから不思議だ。


 ラザラスもマリカも泊っていけと言ったが、なんか悪いしその日は二人の家を後にした。

 ヴォルフと二人、昼間と違い人気のない道を歩く。


「……ラザラスもマリカも、うまくやってるみたいだな」

「そうですね。まああそこまで近くにいて恋人でないというのも不思議ですが」


 ラザラスは今でもマリカに猛アタックを続けているようだが、いまだに決定的に関係が変わったりはしていないようだ。

 ……もうちょっと、ラザラスがやり方とか言い方とか変えればうまくいくような気がするんだけどな。



 ◇◇◇



 今夜泊まるのは、前にここに来た時も泊まった……ちょっと高そうなホテルだ。

 その時にあったことを思い出すと、途端に顔から火が出そうになる。


「明日も早いですし、もう寝ましょうか」

「う、うん! そうだな!!」


 ぎこちない動きでベッドに転がる。

 その様子をじっと見ていたヴォルフが、小さく声を出した。


「……今日は一緒に寝なくていいんですか」

「え!? いやあの、明日遅刻したら困るし……」


 もごもごと枕に顔を押し付けてそう言うと、くすりと笑われてしまう。

 そして、ヴォルフはそのまま俺のベッドに入ってきた。


「ふぁ!?」

「寝るだけ、ですよ」


 そのまま、背後からぎゅっと抱きしめられる。

 腹のあたりに回された手が変な動きをしたらつねってやろうと思ったが、意外とヴォルフは何もしようとしなかった。

 ……ほんとに、寝るだけのつもりなのか。

 次第にうとうととし始めた時、ヴォルフがふいに口を開いた。


「……初めて、あなたを抱いた時」


 いきなり何を言い出すんだこいつは……と、不覚にもドキドキしてしまう。


「朝が来たら神罰か何かで死ぬかもしれないと少し思ったんです」

「え?」


 思わず振り返ると、ヴォルフはどこか悲しげな顔をして俺の方を見ていた。


「なんだよ、それ……」

「あなたは女神に愛された清い存在で、『聖女』なんて呼ばれてる」

「そんなの……」

「僕みたいな卑しい吸血鬼の手が届く相手じゃないと思ってたんです」


 ヴォルフがそっと俺の髪を撫でる。

 その手つきは、泣きたくなるほど優しかった。


「でも……それでもよかった、例え一度だけでもあなたが手に入るなら……消えてもよかった」

「……ばか!」


 顔を見られたくなくて、ぎゅうと抱き着く。


「お前がいなくなったら、俺が困るだろ!」

「そうでしょうか……」

「そうなの!」


 まったく、こいつは本物の馬鹿だ。

 ……手の届く存在じゃないと思ってるのは、俺の方なのに。


「その……好きな人同士が一緒にいて、それが悪いことなわけないだろ」


 俺の知ってる女神さまは、そんなことを怒ったりはしない。

 確かに、エヴァルドのように俺たちのことをとやかく言うやつはいるだろう。

 でも、そんなのに負けたくはない。


「……もう一回言ってください」

「恥ずかしいからやだ」

「いいじゃないですか」


 いつのまにか、背中を撫でる手が不埒な動きをしているのに気が付いた。

 ヴォルフはさっきまでの殊勝な態度が嘘のようににやにやと笑っている。

 くそっ、調子に乗りやがって……!

 まだ包帯が巻かれてるところをつねると、ヴォルフは痛みに呻いていた。


「まだ怪我治りきってないだろ! 安静!!」

「別に平気ですよ」

「ダメって言ったらダメ! ほら、早く寝ろ」


 ぽんぽんと背中をたたくと、意外とすぐにヴォルフはおとなしくなった。

 ……こういうところは年下らしくて可愛く思えるかもしれない。

 傍らのぬくもりを感じながら、やがて俺も眠くなってきた。

 襲い来る睡魔に抗わず目を閉じる。


 ……ずっと、こんな時間が続きますように、と祈りながら。





よく忘れそうになりますがクリスの方が年上です!

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