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ミルターナ小紀行(4)

 再び大陸に戻り、また村や町を巡る。


 だが、地図を確認していたヴォルフが少し困ったような表情を浮かべているのに俺は気が付いた。


「どうかしたの?」

「いえ……このままいくと……」


 ヴォルフが地図上の一点を指差す。

 そこには、とある街の名前が記されていた。


「フォルミオーネ……って、アニエスと会ったとこか!」


 フォルミオーネ──別名、冒険者の街

 ここで俺たちは、とある性悪冒険者の悪事をぶち壊したことがあったっけ。

 そこで出会ったアニエスには、解放軍でもよくお世話になった。解放軍を出るときは慌てていたのでろくにお礼も言えなかったな。なんとか会いたいものだ。


「フォルミオーネに何か問題でもあるのか?」

「街に問題というよりも……ここって冒険者がたくさんいるじゃないですか。きっと解放軍に参加していた者もたくさんいるはずです」

「あ…………」


 そこで、俺はやっとヴォルフが何を懸念しているのか気が付いた。


「見つかれば、良くない結果になるのは火を見るよりも明らかです」

「じゃあ、ここはやめとく?」

「できればそうしたいんですが……ばっちり調べて来いって書いてあるんですよね」


 ヴォルフはため息をつくとメモを取り出した。


「フォルミオーネはミルターナでも有数の大都市です。ここを無視するわけにはいかない」


 うーん、ヴォルフは元解放軍の人たちに見つかるとまずい。

 さすがにユグランスまで追ってきて殺しにかかるようなことは今のところないが、ヴォルフは吸血鬼だと疑われたままなのだ。いきなり襲われたりする可能性だってある。

 ……そうだ!


「じゃあ、俺が調査するよ!」


 名案を思い付いたとばかりにそう主張すると、ヴォルフはぽかん、とした顔で俺を凝視してきた。


「お前は目立たない所で隠れてればいいからさ。俺がちゃちゃっと調べてきてやるよ」

「え、でも……」

「大丈夫だって! 今の状況を確認するんだろ? そのくらい俺にもできるって!!」


 ヴォルフは心配そうな顔をしていたが、現状他に方法はないのだ。

 なんとか説得を続けて、やっと首を縦に振ってくれた。


「絶対に無理はしないでください。何かあったらすぐに逃げてくださいよ」

「そんな心配しなくても大丈夫だって! 任せろよ!!」


 ここにきて、少しは役に立てるかもしれない。

 そう考えると、とにかく嬉しかった。



 ◇◇◇



 《ミルターナ聖王国中央部・フォルミオーネの街》



 久方ぶりに訪れた冒険者の街は、相変わらず活気に満ちていた。

 街について早々街はずれの宿に部屋を取る。とりあえずヴォルフにはここに待機してもらっていて、俺は調査にくりだすというわけだ!


「いいですか。くれぐれも無理はしないように。あと目立つ行動は避けて……」

「あーもう! わかってるって! ちょっと話聞いてくるだけだから何にもないって!!」

「でも……」

「大丈夫だって! とりあえず腹ごしらえしようぜ!!」


 確か階下は酒場になっていたはずだ。外に出る前に腹を満たしておこう。

 細心の注意を払いつつ店内を見回したが、見知った顔はなかった。

 とりあえず一安心、と席に着く。

 やっと注文した料理がやって来て、さっそく食べ始めようとしたその時だった。


「や、やめてください……!」


 店の中心から、おびえたような女の声が聞こえた。

 見れば、給仕の女性がガラの悪そうな男に絡まれていたのだ。


「あぁん? この店は客にお酌もできねぇのか!」


 男が力強くとテーブルをたたくと、給仕はおびえたように身を竦ませる。

 カウンターの中から別の店員がやってきたが、男はますます大声で何かまくし立てていた。

 顔が赤いし、たぶんあれは酔っぱらっているんだろう。

 周囲の客も、関わり合いになりたくないのか皆視線をそらしていた。


「……クリスさん」

「ん、わかってるよ……」


 一瞬立ち上がりかけた俺の手を、ヴォルフがそっとつかんだ。

 仕方なく俺は浮かせかけた腰を下ろした。

 ……うん。俺だってわかってる。この状況で、目立つ行動は避けなくてはいけないってこと。

 そのままはらはらと見守っていると、店員が給仕をカウンターの中に引っ込めていた。

 だが、男の方は引っ込みがつかないのか何か怒鳴り散らしながら店内を見回している。

 そして、その様子を見ていた俺とばっちり目が合ってしまった。


「……なんだ。いるじゃねーか美人がよぉ」


 うわ……と思ってももう遅い。

 男はふらつきながらもこちらへと向かってきたではないか!

 さっきは給仕さんを助けようと意気込んでいた俺も、いざその男を前にすると固まってしまう。


「へぇ、かわいい顔してんじゃねぇか」


 男が俺の顔をのぞき込もうとする。酒臭さに思わず身を引くと、男はにやついた笑みを浮かべてこちらへと手を伸ばしてきた。

 だが、突如その手が叩き落とされる。


「……食事の邪魔だ。消えろ」


 ヴォルフが静かに吐き捨てる。

 男は一瞬ひるんだが、すぐに元々赤かった顔を真っ赤にしてヴォルフに食って掛かっていた。


「んだと!? 女連れていきがってんじゃねーぞクソガキがぁ!!!」


 男が勢いよくテーブルを蹴る。

 その拍子に、グラスが倒れいくつかの皿から料理が飛び出してしまう。

 思わず身を竦ませると、ヴォルフはため息をついてフォークを置いた。


「……クリスさんはここにいてください」


 静かにそう告げて、ヴォルフは立ち上がった。

 その顔を見て、俺は思わず息をのんだ。


 やばい、こいつ完全にキレてやがる……!


「ちょ、落ち着けよ……!」

「いいから」


 いやいや、お前目立つ行動は避けろって言ったよね!?

 おろおろする俺の前で、ヴォルフは立ち上がり男を睨みつけている。


「なんだ、やんのか?」


 男は事態のやばさに気づいていないのか、にやにやと余裕の笑みを浮かべていた。

 おいおい、お前最悪殺されるぞ……!


「ここだと邪魔になる。外で話をしよう」

「へぇ、いい度胸じゃねーか」


 どうやらヴォルフは本気でやるようだ。

 やばい、これはやばい……!

 とりあえず止めなければと立ち上がったその時だった。


「おい、いい加減にしろよ!!」


 店の入り口から、呆れたような声が聞こえた。

 俺はその声を聞いて思わず固まった。ヴォルフも、驚いたように目を見開いている。

 だって……俺たちはその声の持ち主をよく知っていたから。


「いい加減さぁ、迷惑なんだよな。お前一人の行動でどんだけ冒険者の評判下がってると思ってんだよ!」

「あぁ!?」


 男は俺たちから視線を外してその声の持ち主の方へと振り返る。

 俺とヴォルフは、ただその場で目を伏せて固まることしかできなかった。


「……お前の行動は報告させてもらう。そろそろ追放処分だろうな」


 もう一人、冷静な女性の声が聞こえた。

 ……やっぱり、間違いない。


「てめぇ……アニエス!」


 俺に絡んでいた男がいら立ったように吐き出す。

 そう、そこにいたのはかつての解放軍の仲間──アニエスだったのだ!


「え、俺は?」

「残念ながら知名度がなかったようだな」

「えぇ~、じゃあ言っとくけどな! 俺はダリオ。覚えとけ迷惑野郎!!」

「んだとぉ!?」


 俺はやっぱり、顔を上げることはできなかった。

 ──アニエスにダリオ

 二人とも、解放軍に所属していた時にたくさん世話になった仲間だ。

 まさか、こんなに早く知人に遭遇するとは……!!


「ごちゃごちゃうっせーんだよ!!」


 男がぶちぎれたようにアニエスたちに向かって突進していく。

 俺は思わず顔を上げてしまった。

 だが、心配はなかった。

 アニエスはひょい、と男をよけ、ダリオが足を引っかける。それだけで、男の巨体はバランスを崩して近くのテーブルをなぎ倒しながら吹っ飛んだ。


「すまない、すぐに応援が到着するはずだ」

「いえ、とんでもありません! どうもありがとうございます!!」


 はらはらと状況を見守っていた店員にアニエスが軽く頭を下げると、彼らも恐縮したようにぺこぺこしていた。

 ……どうかこのまま丸く収まりますよに、と俺は祈った。

 だが、そううまくはいかなかった。


「おーい、君たちも悪かったな」


 なんと、ダリオがこちらへ向かってきたではないか!

 やばい、どうしよう……なんて考えている間に、ダリオは俺たちの目の前までやってきてしまったのだ。


「卑劣なチンピラは俺たちが成敗し、て…………」


 やっぱり、この距離では誤魔化せなかったみたいだ。

 ダリオはまずヴォルフの顔を見て、驚いたように口をあんぐりと開けている。


「お前っ、ヴォル──」


 ダリオが大声でヴォルフの名前を叫ぼうとした瞬間だった。

 ……きっと、ヴォルフにも悪気があったわけじゃない。とっさに思い付いた方法がそれだったのだろう。


 ヴォルフは目にもとまらぬ速さで、ダリオの顔面へとテーブルに残っていた大皿を押し付けたのだ。


「……悪い。こうするしかなかったんだ」


 小さくつぶやいた謝罪の言葉も、ちゃんとダリオの耳に届いたようだ。

 ダリオはソースたっぷりのパスタまみれの顔で、俺たちに向かって大きく頷いてくれた。



食べ物を粗末にしてはいけませんね!

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