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湖上アイドル誕生!(1)

エピローグ後の話になります!

 いつも通りたっぷりと睡眠をとって、俺は目覚めた。

 特に予定のない俺の毎日は自由気ままだ。今日も、もう朝というには遅い時間なのか、外からは鳥の声と共に人々の喧騒が聞こえてくる。

 ……こんな自堕落な生活を送っていてもいいんだろうか。たまに、ごくたまにそう思う事もある。


「おはよー、母さん」


 取りあえず身だしなみを整えて、もうとっくに起きている母さんにそう挨拶すると、母さんはにっこり笑って振り返った。


「おはようクリスちゃん。リルカちゃんからお手紙来てたわよ」

「リルカから!?」


 その一言で一気に眠気が吹き飛んだ。

 母さんが手渡してくれたのは上品でかわいらしい便箋だった。さすがはリルカ、センスが光ってるな!


 はやる気持ちを抑え丁寧に中の手紙を取り出す。

 そこには、リルカの性格を現すような美しい文字が綴られていた。


『拝啓 クリス・ビアンキ様


 お久しぶりです。そちらはお変わりありませんか?

 こっちではルカ先生がうっかり実験に失敗して山火事を起こしたり、クロムさんが怪しい魔法道具を売りさばいて治安局が動く騒ぎになったりしたけど、それなりに平和です』


 ……平和ってなんだろう。

 いやいや、今はそれは置いとこう。



『そうだ! 今度レーテさんとティレーネさんの所に赤ちゃんが生まれるみたいです!』



「…………はああぁぁぁぁ!!?」



 なんだレーテの奴! スカした顔してやることはやってんのかよ!! 

 許せん! 盛大に爆発しろ!!!

 思わず便箋を破きそうになったが、何とか思いとどまり震える手を抑えて、続きに目を通す。




『………………実は嘘です! 驚いたかな?

 これを書いているのが一年に一回の嘘をついていい日なので、つい嘘をついてしまいました。

 お二人はいつも通りです。逆にイリスちゃんの方が進展がないっていつも怒ってます。

 でもリルカは、ああいう関係も素敵だと思うな』


 ……なんだ嘘かよ! 焦ったああぁぁぁ!!

 まったく、リルカにしてやられてしまった。

 これがテオだったらぶん殴りたい気分だが、リルカならかわいい嘘だ。余裕で許してしまう。


『あの戦いの中でいろいろあったけど、島の人たちもだいぶ落ち着きを取り戻してきたみたいです。

 そこで、フィオナさんが記念イベントを開催することにしたんです。

 リルカも、フィオナさんとイリスちゃんと一緒にアイドルをすることになりました!

 是非ヴォルフさんと一緒に見に来てね!!  

 愛をこめて リルカ』


 手紙と共に、そこにはチケットらしき紙が二枚同封されていた。

 ……なるほど、アイドルか。アイドル…………。



「フィオナさん、頭でも打ったのかな……」



 ◇◇◇



「なるほど、アイドルですか。さすがは魔導の最高学府と名高いアムラント島。最先端を行ってますね」

「うーん、最先端かぁ……」


 アイドルというのはよくわからないが、リルカの誘いを断るわけにはいかない。

 ということで、俺はのんびりアムラント島への旅路の途中だ。


 一緒に、と誘われたヴォルフは残念ながら外せない用事があるという事で来れなかった。

 だったら俺一人で行くと言ったのだが、危ないからやめろと止められてしまった。

 そこで、ヴォルフは自分の代わりに代理を立てたのだ。


「しかしさすがはヴォルフリート様ですね。アイドルのご友人がいらっしゃるとは」

「ユグランスにもアイドルっているの?」

「旅芸人や舞台俳優はいますが……アイドル、というのはどうでしょうね……」


 俺の目の前では、二十代中盤ほどの綺麗な女性がうーん、と唸っている。

 彼女の名はアストリッド。ヴォルフの代理として、俺と一緒にアムラント島に来てくれる女性だ。

 彼女はヴァイセンベルク家の擁する私設騎士団に所属するれっきとした騎士なのだ!

 ただ騎士と言っても見た目は綺麗なお姉さんだし、話していても性格がきついという事も無い。絶体絶命の危機に陥っても「くっ、殺せ……!」よりも「その剣で私を好きにして……」とか言いそうなタイプだ。

 ちょっと残念……じゃなくて、俺としても話しやすい相手でよかったと言うべきだろう。アストリッドを派遣してくれたヴォルフに感謝だな。



 ◇◇◇



 久しぶりに訪れたアムラント島は、いつも通り魔術師たちが忙しなく通りを行き交っていた。

 見たところ平和そのものだ。


「本当に魔術師だらけの街なのですね」

「アストリッドはここに来たのは初めて?」

「ええ。見聞を広げる機会を頂き感謝しています」


 アストリッドは珍しそうにあたりを見回している。こうしてみると、本当に女騎士という感じはなく普通のお姉さん、といった雰囲気だ。

 ちょっと微笑ましくなってきた。


 手紙をくれたリルカは大学だろうか。

 店を覗き、たまに買い食いしつつ、俺たちはゆっくりと島の中心部にある大学を目指して歩き出した。




「あら、久しぶりね」


 フィオナさんの研究室を訪れると、ちょうど休憩中だったのか紅茶をお供にマカロンをつまむフィオナさんがそこにはいた。……おいしそう。


「お久しぶりです、フィオナさん」


 この場にいるのはフィオナさんだけだった。リルカは来ていないようだ。

 フィオナさんが俺達にくつろぐように促したので、遠慮なくふかふかのソファに腰掛けマカロンを頂く。

 うーん、さすがお姫様御用達のお菓子。めちゃくちゃ美味い!!


「今日は珍しい相手を連れてるのね」

「お初にお目にかかります。アストリッドと申します」

「へぇ、騎士一人引きつれるなんてクリスも偉くなったじゃない」


 フィオナさんがくすりと笑う。その言葉を聞いて、俺は驚いてしまった。

 いかにも騎士です!……って人を連れてたら悪目立ちするだろうし、今のアストリッドはごく普通の恰好をしていて武器だって見えないように隠しているのに、どうして彼女が騎士だってわかったんだろう。

 俺の疑問に答えるように、フィオナさんは意味深な笑みを浮かべた。


「……所作でわかるのよ。まぁ、普通の人は気づかないだろうから安心なさい。優秀な護衛でよかったじゃない」

「ふぁー……」


 なるほど、そういうものなのか。

 俺が道端ですれ違ってもたぶん、というか絶対アストリッドが騎士だなんてわからないだろうけど、わかる人にはわかるんだな。


「……ねぇ貴女。どうせなら私の騎士にならない?」

「だ、駄目ですよ! 何言ってるんですか!!」


 フィオナさんがとんでもない事を言いだしたので、俺は慌てて立ち上がった。


「いいじゃない。フリジアには女性の騎士って中々いないもの。女同士ならそう気を遣わなくて済むでしょ。どう? 好待遇は約束するわ」


 ななな、なんてことを言いだすんだこのお姫様は!!

 どうしよう、アストリッドがフィオナさんの提案に乗っちゃったら……。

 うっかりアストリッドを取られてしまいました……なんて絶対ヴァイセンベルク家には報告できない!

 そんな風にあわあわする俺とは対照的に、アストリッドは少しも動じることはなかった。

 そして、彼女ははっきりと告げた。


「……誠に申し訳ありませんが、私の剣はヴァイセンベルク家に捧ぐと誓いを立てておりますので」


 アストリッドは凛とした声でそう告げると、フィオナさんに向かって深く頭を下げた。

 意外にもフィオナさんは怒る事も無く、満足そうな笑みを浮かべている。


「ふふ、それでいいわ。誰にでも尻尾を振る犬なんて信用できないもの」

「え、じゃあ今のは……」

「本気の訳ないじゃない。ちょっと試しただけよ。ただ簡単に主人を鞍替えするような奴だったら、あんたの護衛にはふさわしくないと思ってね」


 フィオナさんはそう言ってひらひらと手を振った。

 はぁ……そんな事だったのか。思わず脱力してソファに沈み込んでしまう。


「めっっっちゃくちゃ焦りましたよ!!」

「こんなことで動揺するなんてまだまだね」

「はぁ……」


 幼く見えても、やっぱりフィオナさんは俺より年上なんだろう。うまく手の上で転がされてしまった。


「それで、今回はどうしたの?」

「リルカから手紙を貰ったんです。記念イベントをやるから見に来てほしいって」

「あぁ、そういうこと」


 フィオナさんは軽くそう答えた。

 ……そういえば、彼女もリルカと一緒にアイドルをやるんだっけ。

 アイドルを…………。


「あの、フィオナさん……」

「なによ」

「その、アイドルってどういう……」


 そう聞いた途端、彼女はばっとこちらを振り返った。


「……なによ、悪い!?」

「えっ?」

「べ、別にいいでしょ! 私はただ単にこの島の人たちを励まそうと思っただけで、別に方法はなんでもよかったの!!」


 何故か聞いてもいないのに、フィオナさんはアイドルを始めた理由をべらべらと怒りながら羅列し始めた。

 ……わかったぞ。

 間違ってもここで、「フィオナさん、アイドルになりたかったんですね」などとは聞いてはいけないのだ!


 とりあえずリルカなら錬金術師ルカの所にいるんじゃないかという情報を引き出した所で、俺達はそそくさとフィオナさんの研究室を後にした。


 ……なるほど。

 お姫様でも、アイドルに憧れたりするんだな……。




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