星を探して(2)
結果として、今夜の衝突は解放軍の完勝と言っても良かった。
いくつかの家屋はルディス教団に焼かれてしまったが、人的被害は微々たるものだと村長は涙ながらに解放軍へと感謝の意を示した。
そして、勝利の宴である。
ダリオは上機嫌で人々の間を練り歩いていた。
酒と勝利に酔う解放軍の仲間、無事を喜び合う村人。
義憤に駆られて解放軍に参加した身としては、こうした時間が一番の褒美だ。
その中で、ふと友人の姿がないことに気づく。
今宵の勝利の立役者の一人である彼は、この宴の場にはいないようだった。
ダリオは彼の姿を探してふらふらと歩き回った。
こういう時は大抵……
「おっ、いたいた!」
にぎやかな宴の場から少し離れた木陰に、その友人は一人で座り込んでいた。
どうやら彼はああいった宴席があまり好きではないらしい。しかしちゃっかり酒瓶を確保しているのはさすがというべきだろうか。
「よぉ、飲んでるかヴォルフリート!」
「……それなりに」
よいしょ、と彼の隣に座り込む。
鬱陶しがられるかと思ったが、ヴォルフは何か考え込んでるのか珍しく何も言わなかった。
これは幸い、と話を切り出す。
「さっきのあの子だけどさー、めっちゃお前の話聞かれて参ったぜ!」
「あの子……?」
てっきりとぼけているのかと思ったが、ヴォルフは本当に思い当たる節がないとでも言いたげにダリオを見返してきた。
慌てて説明してやる。
「ほら! お前が教団の奴から助けた子だよ! 金髪で蒼い目の……」
「あぁ……」
やっと思い出したようだが、それっきり意気消沈したようにヴォルフは黙り込んでしまった。
ダリオは少し呆れてしまった。
普通女の子に気にされてるとわかったら、もう少し何か反応するもんじゃないのか……!?
彼は何もかもがダリオと正反対だと言っても良かった。
解放軍に手伝いに来てくれる少女たちは「あのクールな瞳が素敵!!」などと騒いでいるが、ダリオからすれば少し冷たいとすら感じられる。
まぁ、それでも自分はまだ彼に心を許されている方だろう。
ダリオは教団との戦いの最中、絶体絶命の危機に陥った所を彼に救われた。
最初は素っ気なく立ち去ろうとした彼を引き留め、ある条件を付けて何とか彼を解放軍に入れることに成功したのだ。
──金髪で蒼い目の18才ほどの女性を探している。
他者のことなどほとんど気に留めていなさそうなこの友人は、見た事も無いほど真剣な顔でそう告げた。
それ以来、ダリオも暇さえあればその女性を探すのを手伝っている。しかしいかんせん手がかりが少なすぎる。
似たような特徴の女性は山ほど見てきたが、その中に友人の探し人はいなかった。
今日の彼女も、残念ながら別人だったようだ。ヴォルフが落ち込むのも無理はないのかもしれない。
「……同じだったな」
「何が?」
「あの子……金髪に、蒼い目だった」
そう呟くと、ヴォルフの体がぴくりと跳ねた。
いつも冷静な彼がこんな風に動揺を露わにするのも珍しい。
それだけ……彼にとって心を揺さぶる存在なのだろう。その探し人は。
「まぁそんなに気落ちすんなよ! 絶対見つかるって!!」
励ますようにそう言って肩を叩くと、ヴォルフがゆっくりと振り返る。
てっきり何か文句を言われるかと思ったが、彼はやけに真剣な顔でダリオを見返してきた。
「本当に、そう思うか」
……もしかしたら、ヴォルフは落ち込んでいるのかもしれない。
彼が人探しをしているということを知っている者は多いが、中には「そんな女は忘れて他で我慢しろ」だとか「こんな世の中では死んだに決まっている」などと心無い言葉を口にする者もいる。
その場ではまったく堪えていないように見えたヴォルフも、そういった言葉やいまだに彼女の手がかりすら見つからないという事実が蓄積して、少し参っているのかもしれない。
これはいかん。なんとか友人である自分が元気づけてやらねば!!
ダリオはわざと明るい声を出して、ヴォルフの喜びそうな話題を探した。
「そうだって! お前がそんなに必死で探してるんだからさ、絶対見つかる! その子だってお前に会えたら嬉しいだろうよ!!」
ヴォルフはモテる。羨ましいを通り越して妬ましいほどにモテる。
そんな彼にそこまで情熱的に求められていることを知れば、その探し人だってきっと悪い気はしないだろう。
ヴォルフは何も言わなかったが、少しだけ彼の纏う空気が和らいだのを感じた。
……これは、普段聞けないことも聞けたりするかもしれない。
「なぁ、お前の探してる子ってどんな感じなんだ?」
身体的特徴についてはもちろん聞いていた。
だが、詳細を聞くとヴォルフはいつも話を濁していた。何か話せない事情があるのかもしれないが、気になるものは気になるのである。
「どんなって何だ」
「年齢と髪と目の色は聞いたけどさ、他の特徴だよ! 例えば身長とか」
「……別に、そんなに小さくも大きくもない。年相応だと思う」
ヴォルフはどこか遠くを見つめながらそう呟いた。
なるほど、年相応ね……とダリオは今聞いたばかりの情報を頭の中へと仕舞う。
今日は珍しく答える気があるようだ。見た目にはわからないが、案外酔いが回っているのかもしれない。
「よし、次だ。じゃあ顔は?」
「顔って……何だ」
「だいたいどんな感じとかあるだろ? 美人系とかクール系とか」
ダリオがそう口にするとヴォルフは黙り込み、そして数秒後そっと口を開いた。
「顔は…………かなり、かわいい……と、思う」
ダリオは驚いてそう呟いた友人を凝視してしまった。
こいつにも、女の子をかわいいと思う心があったのか……!
今までヴォルフは女性の好みや容姿について言及することはなかったし、話を振っても「くだらない」と一蹴されるのが関の山だった。
だから、てっきりそういう事には興味ないのではと思っていたのだが、彼はその探し人に対して「かなりかわいい」などと甘ったるい認識を持っているというのだ。
これは、そういうことなのだろうか……。
「じゃあ性格は?」
「……お人よしで危機感がない。すぐ怒る割に弱虫。さっぱりしてるところもあるけど、困っている人がいれば自分を顧みずに助けようとする。イラつくぐらい情に弱い」
「お、おう……」
急に饒舌に話し出した友人に、ダリオは言葉に詰まってしまった。
やはり、そういう事なのだろう。ダリオは確信した。
他人になんて興味ありません、みたいな顔をしているヴォルフがそこまで思い入れがあって入れ込んでいる相手。
それはつまり……
「まぁ、そんな恋人がいたら他に目移りしないのもわかるけどさぁ」
「…………は?」
前々から思っていたが、やはり彼が探している相手は恋人なのだろう。
そう思ったのだが、何故かヴォルフは不快そうにダリオの方を睨んできた。
「え? だって恋人だろ、その子」
「そんなわけあるか」
「はあ!?」
あれだけ細かく熱く語っておいて、必死に探してる相手は恋人ではないだと!?
ということは……
「あれか、片思いか!」
「……そんなんじゃない」
「いいや、気持ちはよくわかるぜ!」
どれだけ好意を寄せられても全く顧みず、何を考えているかわからないこの友人も、恋に悩む一人の人間だったという事だ。
少しだけ彼のことがわかった気がして、ダリオは嬉しくなった。
「うるさい、何勘違いして──」
「はは、ヴォルフ君も普通の男の子だったって訳だな! 安心したぜ!!」
これ以上おちょくれば本気で彼の怒りを買うかもしれない。
ダリオは立ち上がり、上機嫌でその場を後にした。
しかし、少し歩いてダリオは不思議に思った。
あそこまでヴォルフを夢中にさせる相手。
顔はかなりかわいくてお人よしで困っている人がいれば迷わず助けるような子が……
「ほんとに実在すんのか?」
「……何の話だ」
「うわああぁぁ!!」
誰もいないと思っていた所を背後から声を掛けられ、ダリオは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
とっさに振り返ると、同じく解放軍に所属する少女──アニエスが耳を抑えてダリオを睨んでいた。
「やかましい! もう少し静かにできないのかお前は!」
「いやいや、今のはお前にも責任が……すんませんでしたぁ!!」
アニエスが背負った弓に手をかけたのに気が付いて、ダリオは慌てて謝罪した。
「今のは冗談だ……で、何が実在しないんだ?」
「それは……」
ダリオは少し迷った。ヴォルフが話してくれた相手のことをアニエスに話してもいいのだろうか。
だが、ダリオにはよくわからないがアニエスとヴォルフは解放軍に所属する前からの知り合いのようだった。そこまで親しい関係ではないようだが。
まぁたぶん大丈夫だろう、と酔いのまわった頭で判断し、ダリオは口を開く。
「ヴォルフの探してる相手。本当にそんな子がいんのか?」
「……いるぞ。私も知ってる奴だ」
「え、マジで!? てっきりあいつの空想彼女かなんかだと思ったぜ!」
目の前のアニエスが呆れたようにため息をついた。
ダリオは苦笑しながら口を開く。
「だってあいつ……すごいかわいいとかお人よしで危機感ないから放っておけないとかうるさかったし、てっきりヴォルフの妄想上の彼女かと」
「……まぁ、ヴォルフが過大評価しすぎな点はあるが、おおむねそんな感じだ。彼女かどうかは知らんが」
「ひゃー」
そりゃあ必死に探す訳だ、とダリオは驚きつつも一人で納得した。
アニエスはどこか悲しげな顔をすると、ぽつりと呟く。
「まぁ、それ以外にも色々抜けてたり欠点もある奴だが…………すごく、いい奴だよ。それだけは確かだ」
まっすぐにダリオを見つめて、アニエスははっきりとそう告げたのだ。
「…………そっか」
その言葉は、ダリオの胸にすとんと落ちてきた。
なんとなく、その探し人がどんな人なのか少しだけ分かったような気がした。
「俺も会ってみたいね、その子にさ」
「会えるさ。ヴォルフがあんなに必死に探してるんだ。あいつだってすぐ見つかるに決まってる」
自分自身に言い聞かせるように、アニエスはそう口にした。
「そうだな……」
ダリオがそっと息を吐くと、アニエスがそっと背を押してきた。
「ほら、そろそろお開きだろ。お前はヴォルフを呼んで来い」
そう言って背を向けたアニエスを見送りつつ、ダリオは空を見上げた。
──どうか、友人の努力が報われますようにと祈りながら。




