女に転生した親友が可愛く見えてきた誰か俺を止めてくれ(7)
「いや……それはないわ。人としてどうかと思う」
久しぶりに会ったアンジェリカの生まれ変わり──クリスは、ラザラスに向かってゴミを見るような目つきを隠そうともしなかった。
元々最初に彼女の家を訪れた時はどこか戸惑いつつも嬉しそうな顔をしていたが、ラザラスの話を聞くうちにどんどん彼女の表情は険しくなっていったのだ。
まあそれも無理はない。
ラザラスは自分とマリカの間にあった事について包み隠さずクリスに話した。かつての仲間に、隠し事はしたくなかったのだ。
その結果がこれである。
「……まあ確かに、あまり好ましいことではないでしょうけど」
「よくないって! 絶対おかしいよ!!」
憤るクリスとは対照的に、クリスの傍らの少年──ヴォルフはどこか複雑そうな顔をしていた。
ラザラスはそれを意外に思った。てっきり彼ならば「即刻この場から消えて二度とクリスさんの視界に入らないでください外道が」とでも言うかと思ったが、彼はむしろクリスを諌めるような側に回っている。
「少し順番を間違えただけかもしれませんよ。きっと前世から結ばれる運命だったんです」
「はぁ!? お前本気で言ってんの!? こいつらの前世って英雄アウグストと俺のご先祖様だぞ!!」
クリスがラザラスを非難するのも当然だ。
部屋に招いた女性を酔わせて襲い掛かるなど、人としてどうかと思うと言われても仕方のないことだ。
てっきりヴォルフの方もクリスと同じような反応をするかと思っていたが、ぎゃんぎゃんとわめくクリスに対して、彼はどこか嬉しそうにすら見える。
何故だろう、と考えて、ラザラスはすぐその答えに行き当たった。
「お似合いの二人じゃないですか。ラザラスさんは立派な方ですし、きっともうマリカさんを傷つけるような真似はしませんよ」
……確かに彼の中には自分たちを祝福する気持ちも、小指の爪の先ほどはあるのだろう。
だが、何よりもその表情が雄弁に物語っている。
誰よりもクリスを愛する彼からすれば「ライバル候補が二人まとめて片付いてラッキー☆」とでも言いたい状況なのだろう……。
「でもさぁ、やっぱラザラスのやったことはどうかと思うし、そもそもこの二人がくっつくって事が信じられない!」
クリスはいまだにうんうんと唸っている。
なるほど、アンジェリカからすればかつての仲間(アンジェリカから見れば男二人)が今世で再会してくっつくなどというのは理解不能な状況なのかもしれない。
……かつて、クリストフはアンジェリカのことを好いていたように思う。
そしてアンジェリカも、なんだかんだ言いつつクリストフに対して少なからず好意は持っていたのだろう。
生まれ変わって……今はお互い女同士だ。だが、ふとしたきっかけでその時の思いが蘇り、ラザラスにマリカを取られまいとクリスは反対してるのでは……。
ふとそんな考えが浮かんで、ラザラスは思わず隣のマリカを確認した。
マリカは、珍しく押し黙ってじっとクリスの方を見つめていた。
「マリカ……」
もしやマリカの方も、かつてのクリストフの情熱が蘇ったとでも言うのだろうか……!
マリカはそんなラザラスの内心の動揺には気づいていない様子で、クリスから目線を外し、ちらりと自らの胸元に目をやった。
そしてまた、視線をクリスに戻す。
……正確には、クリスの胸元に。
「……気持ちはわかるぞ。俺も初めて見た時は驚いた」
「えっ!? あ、いやそういうやらしい感情じゃなくてね! なんというかあるはずのものがそこにない空虚感って言うか……」
二人の会話と目線で、クリスもやっと何について話しているのか理解したのだろう。
ぷるぷると真っ赤になって震えている。
ラザラスは慌てて弁解しようとした。
「……安心してくれ、俺たちは固い絆で結ばれた友だ。たとえ君の胸のサイズがどれだ──」
「うっせーんだよお前らはぁ!!!」
遂にぶちぎれたクリスがテーブルをひっくり返した。
あの細い体のどこにそんな力があったのかというくらいに、派手な音を立ててテーブルは逆さにひっくりかえってしまった。
「馬鹿馬鹿! 何が英雄だ! 何がご先祖様だ!! 俺の長年の憧れとか感動を返せよぉぉ!!」
そこまで言うと、クリスは手で顔を覆ってわんわん泣き始めてしまった。
ヴォルフが慌てたように立ち上がろうとしたが、そんな彼に声を掛けたのはマリカだった。
「待って」
驚いたようにヴォルフが動きを止める。
その間にマリカはすっと立ち上がり、クリスの目の前へと進み出る。
「アンジェリカ……クリス」
優しく呼びかけられ、クリスがしゃくりあげながら顔を上げる。
そんなクリスを、マリカはそっと抱きしめた。
「ラザラスに聞いたよ。いろいろ……大変だったね」
「…………うん」
意外にも、クリスはおとなしくマリカの腕の中におさまっている。
「私、最近まで前世の記憶とか思い出せなくて……クリスが頑張ってる時、何もできなかった」
「……別に、あんたのせいじゃないだろ。それに──」
クリスは涙をぬぐうと、まっすぐにマリカを見つめる。
「クリストフの日記のおかげで、俺も……アンジェリカも前に進むことができたんだ」
その言葉を聞いて、マリカが驚いたように目を見開く。
「だから…………ありがとう」
そう言ったのは、クリスだったのか、それともアンジェリカだったのか……。
いや……とラザラスは思い直す。
今は、クリスがアンジェリカであり、アンジェリカがクリスであるのだ。クリスの言葉はアンジェリカの言葉で、アンジェリカの言葉はクリスの言葉だ。
どちらが、なんて愚問だろう。
重要なのは、その言葉がマリカの──クリストフの魂を揺さぶったという事だけだ。
「っ……! ……ぁあ……!!」
感極まったようにマリカが泣きだし、強くクリスにしがみつく。
それにつられるようにして、クリスもまた大声で泣きだしてしまった。
その光景を見て、ラザラスは思わず目頭が熱くなった。
──クリストフとアンジェリカ
残酷な運命によって引き裂かれた二人は、こうして百年の時を経て……再び巡り遭い、再会できたのだ。
「……なんかいいですね、こういうの」
その光景を見ていたヴォルフが、少し熱っぽく呟く。
「そうだな……」
同意を返しながらも、ラザラスはその言葉の真意を測りかねていた。
彼がアンジェリカとクリストフの再会を祝福しているのか、それとも女性同士の絡みに興奮しているのかラザラスには判別がつかなかった。
……まぁ、どちらにしても同意できるのは確かだ。
「微笑ましい光景だ。混ざりたくなるな」
「…………は?」
軽い気持ちでそう口に出すと、ヴォルフは何故か目を吊り上げラザラスを睨み付けてきた。
「……やっぱりあなたも、クリスさんのことを」
「ん?」
彼は何を怒っているのだろう、と考えて、ラザラスは先ほどの失言に気が付いた。
彼はとんでもない勘違いをしている。
混ざりたい、というのは決してそういうやましい意味ではないのだ……!
「ち、違う! あれは別にそう言う意味ではなく……」
「英雄色を好むとか言いますしね。やっぱりもっと早く排除しておくべきだった」
ヴォルフが据わった目でぶつぶつと何かつぶやいている。
ラザラスは慌ててクリスに助けを求めようとしたが、クリスは相変わらずマリカと抱き合ってわんわん泣いていた。
……駄目だ、助けは期待できそうにない。
「誤解だ! 俺はクリスに対してそういった感情はない!! マリカ一筋だ!!」
「は? クリスさんに魅力がないって言いたいんですか」
「そういう事じゃない!!」
「じゃあやっぱりクリスさんのことを……。胸の大きい彼女を確保しつつクリスさんにも手を出そうとするとは、とんだ腐れ外道野郎ですね」
「くっ……やはり戦うしかないのか!」
こうして、ラザラスとヴォルフの戦いの火ぶたが切られた。
いかに自分がマリカを愛しているかを主張するラザラスと、クリスの魅力を語りつくそうとするヴォルフとの戦いは、やっとその場の状況に気づいて羞恥心で爆発しかけたクリスとマリカが必死で止めるまで続いたのだった。
◇◇◇
帰りの馬車に揺られながら、マリカは機嫌良さそうに外の風景を眺めている。
「うーん、帰ったらクビになってないと良いなぁ」
「大丈夫じゃないか。あの店主、君のことを気に入ってるようだし」
さすがにミルターナからユグランスへの行き帰りとなると一日や二日の休みでは済まなかった。
マリカは現在の職場では随分と気に入られているようだ。遠く離れた友人に会いに行く、と告げるとあっさりと休暇を許された。
ラザラス自身は神殿騎士の中でも割と自由な動きが許されている。
かつて仕えた「勇者クリス」の目撃情報があったので確かめに行くと嘘をつくと、あっさりと送り出された。案外ちょろいものである。
「それで、どうだった? クリスは」
何気なくそう聞くと、マリカは黙り込んだ。
どうしたのかと視線を向けると、彼女が声も出さずに涙を流しているのに気が付いて、ラザラスは愕然とした。
「……かった…………」
「えっ?」
おそるおそる顔を覗き込むと、マリカがぐすっと鼻をすする。
「よかったっ……! あいつ、幸せそうで……あんなこと、あったのにっ……」
「お前、まさか記憶が……!?」
ラザラスの知る限り、マリカはアンジェリカの最期については思い出せていないようだった。
だが、マリカはまっすぐにラザラスを見つめると、深く頷いて見せた。
「……お前と一緒に居るうちに、だんだん思い出してきたんだ。今は、結構思い出せてる、百年前のこと」
「そうか……」
きっと彼女は、ラザラスに心配をかけまいと思い出したことを黙っていたのだろう。
だが、そうだとしたら少し気になることがあった。
「……よかったのか、クリスをあそこに置いてきて」
「え?」
「…………好きだったんだろ、アンジェリカのこと」
そう零すと、マリカの頬がぱっと赤く染まった。
「あの少年は強敵だが、お前が諦めないというなら俺は……」
「別に、そういうんじゃないよ」
協力は惜しまない、と伝えようとしたが、マリカに遮られてしまった。
「確かに……百年前は、好きだったよ。ルディスを追っ払って、世界が平和になったら伝えようと思ってた。……あんなことになっちゃけどさ」
「……まだ間に合うぞ」
「今でもあいつのことは好きだよ。だからこそ、幸せでいて欲しい。今のあいつは、あそこでああやって暮らすのが幸せなんだよ。それくらい私にもわかる」
マリカは珍しく真剣な顔で、会ったばかりのクリスを思い出しているようだった。
「今のあいつに対する感情って、なんか家族に向けるのと似てるんだよね。一応あいつ、『クリストフ』と同じ家の出身だし。なんか身内って感じ」
「まぁ、わかる気もするな」
ラザラスにとっても、クリストフの(遠い)子孫でアンジェリカの生まれ変わりであるクリスは、かわいい孫のような存在だった。
きっとマリカにとっても、今のクリスはそういった相手であるのだろう。
「まぁ、あいつが独り身だったらちょっと考えたかもしれないけどな! それに……」
マリカは少し言いよどむと、ちらりとラザラスに視線を向ける。
「今は私も……ちょっと気になる相手できたし」
「なにっ!? 誰だ!?」
ラザラスは思わず身を乗り出した。
そんな話は初耳だ。いったいいつ、どこで、誰にマリカは心惹かれたというのか……!
焦るラザラスに対して、マリカは呆れたような顔を隠そうともしなかった。
「……うん、お前はそう言う奴だよな。安心したよ」
「おい、どういう意味だ。というかお前をたぶらかしたのはどこのどいつだ」
「教えてやんない。自分で考えれば!」
何故かマリカは少し怒っているようだった。
まったく、怒りたいのはこっちだというのに。結婚を前提に同居している大切な親友が、他の誰かに盗られようとしているなんて信じたくはなかった。
「待て、まだ話は終わってないぞ!」
「うっさい! 鏡でも見てろよ!!」
口げんかを繰り返す二人を乗せて、馬車は進んでいく。
ラザラスがマリカの言葉の真意に気づくのは、もう少し先になりそうだった。
これにて「女に転生した親友が可愛く見えてきた誰か俺を止めてくれ」完結です!
残念ながら誰にも止められませんでした!!
クリストフの出し方はいろいろ考えていたのですが、本編の最後でラザラスがちょっと不憫な感じで終わったのでこんな形になりました。
次回はホワイトデー(っぽい)話を更新予定です!




