女に転生した親友が可愛く見えてきた誰か俺を止めてくれ(6)
ラザラスの決死の(全裸)プロポーズの行方は…………ひとまず「保留」とされてしまった。
「何故だマリカ。不満があるのなら何でも言ってくれ。今すぐに直そう」
「いやいや、そもそも私はここに仕事を探しに来たんだし」
「俺に永久就職してくれ」
「だからそういうことじゃなくってさぁ」
結局、マリカはラザラスの過ちを許した。
だったら全力で責任を取らせていただくしかない。しかしマリカはまだふんぎりがつかないようだ。
「言ったじゃん。なんか別のことがしてみたいって。お前と結婚するのも……まぁ、悪くない気はするけどさ、もうちょっと、いろいろ考えてみたいんだ」
そう言って振り返ったマリカは、朝日を浴びてまるで女神のようだった。
欲を言えばいますぐに結婚に持ち込みたいが、ここは彼女の意志を尊重すべきだろう。
……ラザラスとの結婚も悪くはない、と言っていたし、望みがないわけではなさそうだ。
「俺の隣はいつでも空いている。君の意志が固まったらすぐにでも結婚しよう」
「……お前、変わったな。なんか百年前はもっと冷静な奴だった気がするけど」
「百年、経ったんだ。いろいろ変わりもするさ……」
そう言うと、マリカは呆れたように笑った。
「ていうかお前仕事は?」
「……今日は欠勤する」
「駄目だって! ちゃんと行けよ!!」
この状況で仕事などできるはずがないと思っていたが、マリカは慌てたようにラザラスを追い立てた。
「そんな状況の君を放っては置けないだろう!」
「別に大丈夫だって!! いいから早く行け!」
「だが……」
なおも渋るラザラスに、マリカは二人の思い出の剣を差し出した。
「私は……ちゃんと仕事しない奴、きらい」
「ぐっ……」
そう言われてしまうと、どうしようもない。悪い所があれば言ってくれと伝えたばかりなのだ。
仕方なく準備を整えていると、背後から声を掛けられた。
「……今日、この家にいてもいい?」
振り返ると、マリカはどこか不安そうな顔をしていた。
まさか、ラザラスが彼女を追いだすとでも思っているのだろうか。
「永遠にいてくれて構わないぞ。むしろ今すぐ結婚し──」
「あーはいはい! 早く行け!!」
結局はそんな風に家を追い出され、仕事に行かざるを得なくなってしまった。
……マリカはどうするのだろうか。
冷静に考えれば、いきなり襲い掛かってくるような危ない男の家に居ようとするはずがない。
ラザラスが逆上した時のことも考えて、あえて優しい言葉を掛けただけなのかもしれない。
疲労が取れたら、すぐにでも逃げ出すはずだ。
……その為に、ラザラスを家から追いやったのだろう。
「…………当然だな」
彼女が昨夜のことを公にすれば、すぐにでも自分は逮捕されるだろう。
だが、そんなのは当然の報いだ。
どこかすがすがしい気分で、ラザラスは歩き出した。
◇◇◇
何事もなく、その日の務めは終わった。
てっきりすぐにでも治安局が自分を逮捕しに来ると予想していたが、まったくそんな気配はなかった。
マリカは親友の情けで、ラザラスを罪人にすることだけは勘弁してくれたのかもしれない。
だが、きっと彼女はもう逃げだしているだろう。
どこか重い足取りで家路を歩み、自宅が視界に入った所でふと足を止めた。
……ほのかに灯りが漏れている。
その光に引き寄せられるようにふらふらと近づくと、食欲をくすぐる匂いが漂ってきた。
まさかと思いつつ鍵を開け扉を開くと、中から声が聞こえてくる。
「あっ、おかえり。結構遅いんだな」
ぱたぱたと奥からマリカが走ってくる。
その光景が信じられずに、ラザラスは目を見開いた。
「家賃替わり……にはならないかもしれないけど、一応夕食作っといたから」
どこか気まずそうにそう口にしたマリカを、思わず抱きしめていた。
「やっぱり結婚しよう」
「だからまだ早いって……たしかに私たち、百年前からの親友だけどさ、『ラザラス』と『マリカ』としては昨日初めて会ったばっかりなんだよ?」
マリカは苦笑している。
あんなことがあったのに変わらずに接してくれる親友に、思わず胸が熱くなった。
「とりあえず、ご飯食べようよ」
誰かと食事をすることを、こんなに嬉しく思ったのは初めてかもしれない。
今まで食べた料理の中で一番美味しいと伝えると、マリカはおおげさだと笑った。
「それで、さ。これからのことなんだけど……」
食事が一段落すると、マリカが重々しく口を開いた。
ラザラスもごくりと唾を飲みこんで、次の言葉を待つ。
「私……やっぱりまだ王都にいたい。自分の可能性を、いろいろ試してみたいんだ」
マリカはきゅっと唇を引き結んで、ラザラスと視線を合わせた。
ラザラスは、その澄んだ瞳から目が離せなかった。
……あぁ、百年前から何も変わらない。その、強い意志だけは。
「……マリカ、俺は君の力になりたい。昨日の贖罪という意味もあるが、少しでも君の役に立ちたいんだ。この家なら好きに使ってくれ。俺は宿舎の方に移ろう」
「えっ?」
マリカが王都に滞在を続ける以上、やはり宿代のねん出という問題が付きまとってくるはずだ。
ならばこの家を好きに使えばいい。そう思って提案したのだが、何故かマリカは驚いたように目を見開いた。
「家主を追い出すなんてできないよ」
「だが……俺と同じ家に暮らすのは嫌だろう?」
欲を言えば、これからもずっとマリカの傍に居たい。だが、何よりもマリカを傷つけたくはない。
ラザラスが傍にいれば、きっとマリカは心休まらないだろう。
マリカも昨夜のことを思い出したのか、心なしか身を固くしている。
だが、彼女は毅然と顔を上げた。
「お前の申し出は有難い。でも……やっぱりお前を追い出すことなんてできないよ」
マリカはそこでふっと表情を緩めると、少しだけはにかんだように笑った。
「お前のことは……正直まだよくわからないんだ。でも、私はお前を信じてる。だから、その……一緒に、住んでもいい……?」
思わず身を乗り出していた。驚いて身を引いたマリカの手を握りしめる。
「そうだ、今すぐ結婚しよう」
「だから待てって言ってんだろ! その……まだそういうの禁止!! 昨日みたいなのはやめろよ!」
興奮するラザラスを宥めるかのように、マリカは必死に言い募った。
「その……勝手なこと言ってるってわかってるけど……ごめん、私もまだ混乱してて、その……」
ラザラスは固唾をのんで次の言葉を待った。
百年前の自分だったら、こんなにクリストフの一挙一動に振り回される時が来るなんて予想もしなかっただろう。
「私は、もっとよく知りたいんだ。ラザラスのこと」
自分は、少し急ぎ過ぎていたのかもしれない。
百年前の親友と、やっとの思いで再会できた。
もう離れたくない。その思いだけが先走り、マリカを傷つけてしまった。
もう二度と、そんな過ちを侵す訳にはいかない。
「あぁ、その通りだ。俺たちは、もっとよくお互いを知る必要がある」
そして、この日からラザラスの家に同居人が一人できた。
百年前からよく知る、初対面の親友が。
◇◇◇
やがてマリカは、そこそこの菓子屋に雇ってもらう事が出来たようだ。
……仕事が決まったならば、マリカはこの家を出ていくのかもしれない。
そう考えも浮かんできたが、ラザラスの方からその事を言いだすことはなかった。マリカも何も言わない。
ただ二人の同居生活は、特に問題も起こらずに続いていた。
そんな折、ふとラザラスは思いついた。
「……なぁ、マリカ」
「んー?」
マリカは熱心に王都の観光ガイドを読んでいる。
次の休日には彼女と共にどこか名所を回ろうかとも思っていた。
だが、それよりもどうしてもやりたいことができた。
「アンジェリカの生まれ変わりに、会ってみるか?」




