女に転生した親友が可愛く見えてきた誰か俺を止めてくれ(3)
「えっなに? いきなりどうしたの……?」
突然立ち上がったラザラスに対し、マリカは驚いたようにぱちくりと目を瞬かせている。
とても後ろめたそうな様子などはない。
「いや……いきなり済まなかった」
ラザラスもその時点でやっと他の客から注目を浴びている事に気が付いて、そっと席に座りなおした。
マリカが色街で働く。まだはっきりと聞いたわけではないが、きっとそういう店なのだろう。
ラザラスとてそういった産業の必要性は理解しているし、そこで働く者達を蔑視するつもりは毛頭ない。実際に世話になったこともある。
……だが、それが前世の親友となれば話は別だ。
いくら女に生まれ変わったとはいえ、前世の親友が夜の蝶となり脂ぎった中年オヤジに馴れ馴れしく体を撫でまわされ…………駄目だ、少し想像しただけで相手を斬りたくなってきた。
「……お前は、それでいいのか?」
いくら百年前に親友だったとはいえ、今の自分に彼女を止める権利などはない。
ただ、率直な思いを聞いてみたかった。
「うーん?……まあやっと見つけた仕事だし」
「我慢できるのか?」
「結構楽しそうだったよ?」
マリカは本当に嬉しそうな笑みを浮かべている。
あぁクリストフ……百年の間にお前は随分と変わってしまったんだな……。
そう思考が飛びかけたラザラスを置いて、マリカは楽しそうに話を続けている。
「でも都会の店ってすごいな。そんな夜遅くまでやってるなんて。しかもお客さんと話すのが仕事ってびっくりだよ」
「…………ん?」
マリカは再びパフェをつつきながら、目をキラキラと輝かせていた。
「うちの近所のおばちゃんたちに紹介したいくらいだよ! いつも無給でべらべらしゃべりっぱなしだし」
「……ちょっと待て」
ラザラスは再びマリカの手からスプーンをひったくった。
そして、抗議しようとしたマリカを問いただす。
「お前の新しい職場の、仕事内容は?」
「……え? 飲食店だから注文取ったり、あとお客さんと話したりすればいいって聞いたけど……」
お客さんと話す。……それだけでは済まないだろう。
だがマリカは純粋に人と話す仕事だと思い込んでいるようだ。
そこまで聞いてラザラスはある噂を思い出した。
いくら色街とはいえ、一定のルールという物がある。
だが最近は何も知らない女性を騙し、同意もなしにいかがわしい仕事をさせ、脅し、借金漬けにして最後には……という悪質な店が存在するというものだ。
そういった者の取り締まりはラザラスの直接の管轄ではないので話半分に聞いていたが、もしやマリカはそんな奴らに騙されているのではないだろうか。
――大切な親友が、心無い者達に傷つけられようとしている。
ぱりんと音を立てて、ラザラスが握りしめていたグラスが砕け散った。
「うわぁ!?」
「済まない、力を入れ過ぎたようだ」
慌てたように飛んできた店員に謝罪しながらも、ラザラスの心の中は燃えたぎっていた。
……今日ここでマリカに会えたのは僥倖だ。
手遅れになる前に、親友を救えるのだから。
「行くぞ」
「まだパフェ食べ終わってない! ていうかどこに?」
マリカの腕を掴んで席を立たせ、ラザラスはそのまま店を出る。
「行き先は……お前の職場だ」
◇◇◇
よく考えればマリカは騙されていたわけではなく、本当に客と話すだけのバーだったのかもしれない。
数は少ないが、そういった店もあるはずだ。
アザレア通りに向かう途中でそんな考えも湧いてきて、少し早計だったか……と後悔し始めたが、マリカに案内された店を見てラザラスのそんな思考は吹っ飛んだ。
「ここだよ、ここ」
目に痛いピンクの壁。露出の多い服を着た女性の姿絵が店先にこれでもかと並べてある。
……マリカはどうしてこの状態を見て、この店で働きたいと思ったのだろうか。
どう考えても、危惧していた通りの場所だろう。
「都会のお店ってすごいんだな。ちょっとドキドキしちゃうよ」
「……お前馬鹿だろ」
「えっ!?」
いくら実情を知らない田舎育ちと言っても、この外観を見ただけでどんな店かは想像がつきそうなものだが。
まぁ、悪いのはマリカではない。マリカに虚偽の説明をして雇おうとした、店の中にいる者達だ。
「行くぞ。現実を見せてやる」
まだ営業時間ではないようだが、中には誰かいるだろう。
マリカの腕を掴んだまま、ラザラスは強引に扉を開け店の中へと踏み込んだ。
「いえいえ騙したなんてとんでもない! 私どもとしては少々の行き違いはあったかもしれませんが……ヒィッ!!」
強引に店の中へと押し入ると、丁度いいことにそこには店長らしき人物がいた。
そして、ラザラスが剣をがちゃつかせながら問い詰めるとあっさりと白状したのだ。
……あくまで、騙したわけではなく仕事内容に関しては説明不足な点があった、という言い方で。
「それでは、もう一度正確に彼女に説明してもらえるか。何か行き違いがあったようなので」
「は、はいぃ……!!」
説明を受けたマリカの顔がだんだんと引きつっていくのを見ながら、ラザラスはほっと息をついた。
「……すみません、初出勤の前でなんですけど、辞めます。辞めさせてください」
青褪めたマリカがそう伝えると、店長らしき人物はあっさり了承したようだ。
さすがに神殿騎士と敵対はしたくなかったのだろう。
……まあこの場はこれで引くが、この店の情報は治安隊に流しておこう。きっと近々ガサ入れを行うはずだ。
ラザラスは内心でそう決意した。
「それでは失礼いたします。忙しい所お時間を取らせて申し訳ありませんでした」
「いえいえいえ滅相もない!!」
ラザラスがにっこり笑ってそう告げると、店長らしき人物はあからさまに顔をひきつらせた。
不用意な事を言えば自身の首が飛ぶとわかっているのだろう。
「用は済んだ。帰るぞ」
「う、うん……」
突っ立った状態で固まったマリカをひきつれて、ラザラスは店を出る。
外はラザラスの心を映したかのような快晴だった。
ひとまず、親友を魔の手から救う事が出来た。
これで安心だ。
「よかったじゃないか。これからはもっと気を付けろよ」
「うぅ、都会怖いよぉ……」
マリカはしょんぼりとした様子でとぼとぼとラザラスの後ろをついてきている。
少しその様子が哀れに思えた。
「クリストフ、世の中にはああやって人を騙して甘い蜜を吸う奴もたくさんいるんだ。用心しすぎるに越したことはない」
「わかってるけどさぁ……。あーあ、また仕事探さなきゃ。もうお金もあんまりないのに……」
マリカは随分と不安そうな顔をしている。
事情はよくわからないが、前世では滅多にそんな顔を見せなかったので、ラザラスは少し驚いた。
「仕事なんていくらでもあるさ。ゆっくりと探せばいい」
「あんまり、悠長な事も言ってられないんだよ……」
……調子が狂う。いつも能天気なあのクリストフが、こんなに落ち込んでいるなんて!!
目の前にいるのは前世の親友のはずなのに、今までに感じた事のない不思議な思いが溢れてくるようだった。
「何か心配ごとでもあるのか」
「お金が尽きる前にここでの生活がうまくいかなかったら、村に帰んなきゃいけないんだ……」
マリカは相変わらず暗い顔をしている。
少しでも元気を出してほしくて、ラザラスは努めて明るい声を出した。
「……取りあえずは腹ごしらえだな! もう昼食の時間だ」
「あ、もうそんな時間かぁ」
「景気づけにおごってやるよ。何が食べたい?」
そう尋ねると、マリカは嬉しそうに周囲をきょろきょろと見まわし始めた。
少しは元気が出てきたようだ。
ラザラスはほっと胸をなでおろした。
「ピザがいい! ベーコンがいっぱい乗ってるやつ!!」
「はいはい」
先ほどの様子からして、マリカには何か事情がありそうだった。
だが聞き出すのは、腹を満たしてからでもいいだろう。
待ちきれない様子のマリカに腕を引っ張られながら、ラザラスはそんな事を考えていた。




