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女に転生した親友が可愛く見えてきた誰か俺を止めてくれ(1)

タイトルで内容が丸わかりですね!

エピローグ後のラザラスの話になります。

 


 ──神殿騎士の朝は早い



 ラザラスは早朝から起床し、市井の自主的な見回りを始めた。

 邪神ルディスの脅威が去った今となっても、どこに邪な考えを持つ者が潜んでいるとも知れないのだ。

 せっかく救われ、光を取り戻した世界だ。またみすみす闇の手の者に渡す訳にはいかない。


 歩きながらぐるりと周囲を見渡したが、特に変わった様子はないようだ。

 王都ラミルタの大通りは今日も人々の活気にあふれている。とても、少し前までルディス教団に占拠されていた街だとは思えないほどに。


 ……これが、人の持つ強さという物なのかもしれない。


 そう静かに微笑んだ、その時だった。



「ぁ……アウグスト!!」



 背後から聞こえてきた声に、瞬間的に振り返ってしまう。

 だが、次の瞬間その行動を後悔した。

 今の自分は「英雄アウグスト」ではない。新たに生を受けた「神殿騎士ラザラス」なのだ。

 そもそも百年ほど前の「英雄アウグスト」の活躍以来、「アウグスト」という名前はミルターナにおける新生児(男)名前ランキングにおいて百年間ぶっちぎりの一位を守り続ける超人気ネームになっている。

 この王都だけでも、一体何人、何十人、もしかしたら何百人ものアウグストさんが暮らしている事だろう。

 きっとさっきの呼び声も、どこかのアウグストさんを呼んだ声だったんだろう。

 瞬時にそう考えて、ラザラスは軽く頭を振って視線を前へと戻した。


 だが、その直後ラザラスのすぐ後ろで再び声がした。


「待ってよ……! アウグスト、アウグストだよね!?」


 ……これは、何かを勘違いされているんだろうか。

 さすがにこの状況で無視はまずい。人道的にも、自分が今神殿騎士の恰好をしていることから考えても、だ。


 意を決して振り返ると、そこには見た事のない女性がいた。

 年は……先日会ったばかりのクリス・ビアンキと同じか、少し年上くらいだろうか。

 赤みがかった髪に、元気そうな愛らしい顔立ちをしている。だが王都の流行の服ではなく。片田舎のお嬢さんとでも形容する方が正しい恰好をしていた。

 きっと元々王都に住んでいるわけではなく、最近ここにやって来たか、何かの所用で一時的にここに滞在しているのだろう。


 ……ラザラスの記憶では、このような人物と会ったことはない。

 きっと彼女はどこかのアウグストさんと自分を間違えているのだろう。

 ラザラスは即座にそう結論付けた。


「……申し訳ありませんが、人違いでは?」


 相手を威圧しないように気を付け、優しく笑みを浮かべてそう告げると、目の前の女性は困惑したような表情を浮かべた。


「え……? でも、アウグストでしょ……!?」


 その必死な様子に、ラザラスの胸がちくりと痛む。

 どうせ今日は非番だ。それまでは、彼女の尋ね人を探してやるのも良いだろう。


「おそらく人違いでしょう。よろしければあなたの言う「アウグスト」を探すのをお手伝いさせていただきますが」

「そ、そうじゃなくて……私が探してるのはあなたなんだって!!」


 これは困った。いくらそう言われても、ラザラスには目の前の女性との面識はない。

 そもそも、彼女は誰だ……?


「自分はティエラ教会所属、神殿騎士のラザラスと申します。失礼ですがあなたは?」

「私? マリカだよ」


 女性はきょとんとした顔でそう告げた。

 思い空けしてみたが、やはりラザラスの記憶に「マリカ」という女性は思い当たらない。


「申し訳ありません。以前どこかでお会いしたことが……?」

「え、覚えてないの!? えぇっと……なんだっけ……」


 女性は困ったようにくるくると指で髪をいじっている。

 そして、急に何かを思い出したように声を出した。



「そうだ! クリストフだ!!」


「!!?」



 その時耳に届いた名前に、ラザラスの心臓が大きく跳ねた。

 彼女は今、何と言った……!?


「君はっ……! クリストフのことを知っているのか!!?」


 思わず細い肩を掴んでそう問い詰めると、マリカと名乗った女性は明らかに怯えたような顔をした。

 はっとして慌てて肩を離すと、マリカは少し躊躇しながら口を開く。



「えっと、その、知ってるって言うか……私が、クリストフ……だと、思うんだけど…………」


「…………は?」


 その言葉に、ラザラスの思考は停止した。


 クリストフは百年前の仲間で親友だ。あいつは普通の人間で、百年も経っているのだからもう生きてはいないだろう。

 そう、百年……経ったのだ。

 その百年で、ラザラスのアンジェリカもこの時代に転生を果たした。

 だったら、自分やアンジェリカのように転生している可能性はあるのか?

 それが、目の前の女性だとしたら……!?


 ラザラスはとっさにマリカの胸に手を当てた。

 そのまま目を閉じ意識を集中させ彼女の「魂」を探る。


 ――暖かく、優しい光だ。

 レーテのように体と魂がずれているという事も無い。間違いなく、この体の主の魂だ。

 その暖かさは、かつて……百年前、アウグストとして生きていた頃に感じていた光によく似ている気がした。

 あの頃のアウグストは今のように他者の魂を視ることはできなかった。だが、クリストフの傍にいて感じていた彼の「心」とマリカの「魂」は確かによく似ている。

 自分やアンジェリカがこの時代に生まれたように、クリストフも転生を果たしたのだろう。


 そう確信した途端、心の奥底から歓喜が湧きあがってくる。

 アンジェリカの生まれ変わりを見つけた時から、ずっとクリストフの生まれ変わりもどこかにいるのではないか、という思いはあった。

 ……ずっと、会いたかったのだ。


 彼女の魂も、細かく震えている。

 マリカ――クリストフも、かつての親友との再会を喜んでくれているのだろうか。

 だがこれは喜ぶというよりも、どこか動揺しているような……


 そう考えた時点でラザラスは目を開け、マリカの様子を確認した。

 マリカは、何故か顔を真っ赤にしてぶるぶると震えている。その目には、少し涙が滲んでいる。

 そこまで再会を喜んでくれているのかと思ったが、どうにも違うような気がした。


「クリストフ、一体どうし……」

「む、胸…………」


 マリカが震えながらそう呟く。

 胸? 胸がどうかしたのだろうか。

 彼女の胸を確認しようと視線を下げ、即座にラザラスは己の失態を悟った。


 ラザラスの手は――マリカ(女性)の胸を鷲掴みにしていたのだ。


 そう気づいた瞬間、意図せず手に力が入ってしまう。

 そして、手のひらに感じる柔らかな感触。

 意外と着やせするタイプなのか……などと考えている場合ではない!!



「……うわあぁぁっ! す、済まない、わざとじゃないんだ!!」


 慌てて手を引くと、マリカはどこか警戒したように身を引いた。


「うっ、ううぅぅぅぅぅ……!」

「今のは魂を視るためであって、決して! やましい動機はなかった! 本当だ!!」


 かつてないほど必死に、ラザラスは言い訳になっていない言い訳を繰り返した。

 あぁ、5分前までの自分なら、こんな現場を見たら即座に男の方を連行していただろう。

 女性の胸を掴んでおきながら、何が「やましい動機はなかった」だ。

 犯罪だ。どう考えても犯罪だ。


 神殿騎士の自分がこのような行いをしたと知られたら世間は何と思うだろう。

「また教会関係者の不祥事か!」「これだから性騎士は」などというバッシングが耳元で聞こえるようだ。

 いや……違う。今大事なのは教会の立場や自分の保身ではない。

 クリストフ――マリカの気持ちじゃないか……!


 こうなったら、命で償うしかない……!


「本当に済まないことをした。君が望むなら、今ここで俺の命を断とう!」


 高らかに宣言し剣を抜こうとすると、あからさまにマリカは慌てだした。


「うわあぁぁぁ!! いいから! もう許した! 許したからぁ!! その物騒な物を仕舞え!!」


 マリカは涙目になって、ぶんぶんと首を振っている。

 これは……許しを得られたと思っても良いのだろうか。


「もういい。許すって……。だって、親友だった……じゃん?」


 そう言って微笑んだマリカは、今のラザラスにとっては女神のように見えた。

 あの能天気なクリストフに対してこんな思いを抱くとは、百年前の自分は知る由もないだろう。


「済まなかった、クリストフ。それで……よければどこかでじっくり話をしないか?」


 百年前のこと、現在のこと。

 ラザラスの事、クリストフの事……そして、アンジェリカの事。

 クリストフには話したいことがたくさんある。

 立ち話ではもったいないし、さっき思いっきり往来で胸を揉んでしまったのもあって周囲の視線が痛い。

 出来れば早急に場所を変えたかった。


「いいよ。もちろんお前のおごりね!」


 あぁ、そういうしたたかな所は変わってないんだな……と懐かしく思いつつ、ラザラスは旧友との再会の喜びを噛みしめていた。


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