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リルカ、ホムンクルスの未来に思いを馳せる(前)

時系列はエピローグの後、島に戻ったリルカの話になります。


「はあぁぁぁ!!」


 気合の入った掛け声とは裏腹に、ぽすりと気の抜けるような音が小さく響いた。


「……駄目ね、全然ダメ」


 目の前では、余った布を詰め込んだ粗末なサンドバックが力なくゆらゆらと揺れている。

 その光景を見て、フィオナは大きくため息をついた。


「諦めなさい。あんたには向いてないわ」

「で、でもっ……テオさんが健全な精神は健全な肉体に宿るって……」

「あんたとあのゴリラじゃ体のつくりが違うのよ!!」

「だったらルカ先生に頼んで肉体改造ボディビルを……」

「絶対にやめて!!」


 フィオナは慌てて立ち上がる。目の前の少女――リルカはいまだ悔しげにゆらゆらとゆれるサンドバックを見つめていた。


「人には向き不向きってものがあるのよ。あんたには魔法があるじゃない」

「むぅ……」


 なんとかリルカを納得させねば。

 この幼い友人がある日突然ムキムキマッチョになってフィオナの目の前に現れる……なんてことは決してあってはいけないのだ。


「あのゴリラは確かに強い。大抵の相手ならひねりつぶせるでしょうね。でも、何らかの策を弄する策士のような相手には弱いわ。そんな時は、あんたが魔法で援護してあげなきゃいけないでしょ。二人して筋肉ダルマになって突っ込んでも相手の思う壷よ」

「そういう、ものなのかな……」

「そうそう! わかったら魔法の練習に切り替えるわよ!!」

「はい……あっ!」


 その時、二人の耳に大学の鐘の音が響いた。いつのまにか正午を迎えていたらしい。


「午後からクロムさんのお手伝いする約束だったんだ!」

「あの錬金術師の弟子? なら早く行った方がいいんじゃないの」

「うん! ありごとうございます、フィオナさん!」


 リルカが特訓に付きあってくれたフィオナにぺこりと頭を下げると、フィオナはベンチに座りなおしてひらひらと手を振った。


「はいはい。もう馬鹿なことは考えちゃだめよ」

「馬鹿な事?」

「筋肉とか肉体改造とか……リルカ、あんたにはあんたの良さがあるわ。それを忘れないで」

「…………はいっ!!」


 リルカはもう一度勢いよく頭を下げると、たたっと走り出した。

 目指すのは大学の向こうの森の中に佇む、錬金術師ルカの家だ。



 ◇◇◇



「……うわあぁぁぁ!!」


 森の中にひっそりとたたずむ錬金術師ルカの家が視界に入った所で、突如リルカに耳に素っ頓狂な悲鳴が届いた。

 慌てて足を速めると、ルカの家の手前の地面に、べしゃりと一人の少年が倒れているのが目に入る。


「ク、クロムさん!?」


 慌てて呼びかけると、クロムはゆっくりと顔を上げる。


「うぅ、リルカぁ……」


 何があったのか、と口にしようとした時、前方からからかうような声が聞こえてきた。


「なっさけねぇな! もう一回来いよ!」

「やめなさい。それ以上やるとクロムが痛んでしまいます」

「はぁ? お前もノリノリだったじゃん!!」


 顔を上げると、リルカと同じ年頃の少年がけらけらと笑っており、もう一人、少女がその少年を諌めているのが見えた。


「……ゼフィ、ボレア」


 二人の姿を見て、リルカは何となくクロムの身に何があったのかを察した。

 おそらく、手加減を知らない少年に手ひどくやられたのだろう。少女の方はそれを止めきれなかった、というところか。

 まったく、彼の悪癖には困ったものだ。

 少しだけクロムに申し訳なく思う。……彼らと同じ、実体を持つ風精霊シルフとして


「ゼフィ、もっと優しく遊ばないと駄目だよ」

「なんだよ! クロムが魔法の特訓しようって言ったのに!!」

「何でそんな無謀な事を……」


 ちらりといまだ地面に這いつくばったままのクロムに目をやると、彼は大きなため息をついた。


「家の中で二人が遊んで……というより暴れててルカ先生がキレそうになってたから、せめて外に出てもらおうと……」

「なるほど……」


 どうやらクロムはこの二人に手を焼いているようだ。

 ここは、同じ精霊であるリルカがビシッと言ってやらねば!!


「ゼフィ、ボレア」


 はっきりとそう呼びかけると、二人はきょとん、とした顔で不思議そうにリルカを見つめてくる。


 ――ゼフィとボレア

 彼らは、リルカと同じくルカが作り出したホムンクルスに宿った風の精霊だ。

 先の戦いで魔術師ベルファスを倒すために、シルフィードの呼びかけで多くの風精霊シルフがホムンクルスの体に宿り、その暴走を防ぎこの地を守った。

 全てが終わった後、多くの風精霊シルフは元の自由な精霊へと戻ったが、中にはリルカと同じく自らの意志でホムンクルスの体に留まった者がいた。

 それがこの二人、ゼフィとボレアだ。


 二人の容姿はホムンクルスらしく、鮮やかな髪と目が特徴的だ。年頃はリルカより少し幼いくらいだろうか。

 髪が長い少女がボレア、髪の短い少年がゼフィ。ちなみに名前を付けたのはクロムだ。


「ルカ先生に迷惑かけちゃダメ、クロムさんで遊んでも駄目だよ!」

「「はーい」」


 クロムの言う事はほとんど聞かないが、二人はリルカの言う事なら(例えその場限りでも)聞いてくれるようだ。

 一応リルカの方がホムンクルスとして先輩にあたるので、少しは敬意を持ってくれているのかもしれない。


「でもさー、なんか力がありあまってんだよなー」

「ゼフィは暴れすぎです。ですが、その意見には同感ですね」

「じゃあこれあげる」


 先ほどまで殴りつけていたサンドバックを手渡す。

 すると、二人は目を輝かせた。


「なにこれなにこれ!!」

「これをばしーんって殴ってね、修行するの。でも魔法は使っちゃだめだよ!」

「「はーい!」」


 二人は元気よく返事をすると、クロムを引っ張り起こして何やら質問攻めにしていた。

 二人にせかされたクロムがサンドバックを手ごろな木に引っかけるのを横目で見ながら、リルカは家の中へと足を進める。


 ……問題はあるが、クロムとあの二人もそれなりに仲良くやれているようだ。

 今のところは。



 ◇◇◇



 リルカが家に足を踏み入れると、家主のルカが窓の外を見ているのが目に入った。


「…………お前か」


 足音に気づいたのかルカが振り返る。

 リルカはなんとなくルカの隣に立ってみた。

 目の前の窓の外には、クロムとゼフィとボレア、はしゃぐ三人の姿があった。


「……すみませんでした、うるさくして」


 クロムは元々ゼフィとボレアの二人が家の中で騒いで追い出されたと言っていたし、彼らのはしゃぐ声が耳障りだったのかもしれない。

 同じ精霊として謝っておいたが、ルカは気にするな、とでも言いたげにリルカの肩を軽く叩いた。


「別にお前のせいじゃねぇだろ。それに、元々クロム一人でも十分やかましかったからな。今更一人二人増えたところでどうということはない」


 ルカは窓の外を見つめたままぼそりと呟いた。

 リルカはじっとその横顔を見つめる。


 ……彼の態度や口調は荒く、時として倫理を捻じ曲げるような行為に及ぶこともある。

 リルカも、最初は彼を恐ろしい人だと思っていた。

 でも……本当は、優しい人なのかもしれない。

 そうでなければ、危険なホムンクルスであるリルカやゼフィやボレアを野放しにはしないだろうし、何よりクロムは彼について行かないだろう。

 希望的観測かもしれないが、リルカはそう思いたかった。


「あの、ルカ先生……」


 だから、どうしても聞いておきたかったのだ。


 リルカの呼びかけに、ルカは緩慢な仕草でこちらを振り返る。


 握りしめた手に汗がにじむ。でも、今を逃したらもう聞けないような気がした。



「ルカ先生はどうして……ホムンクルスを作ったんですか」



意図せずエセシリアス風味になってしまいました……。

後編は今週末あたりに投稿予定です!

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