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迷子の心(8)

 

「よし、引っ越すか!」


 取りあえず(いろいろ伏せた上で)簡単に事情を説明した俺たちに、父さんはしばらく考え込むように目を瞑った。

 そして数秒後……やたらと軽くそう言って笑ったのだ。


「え? 引っ越すって……」

「だってここにいるとクーちゃんが危ないかもしれないんでしょう? だったら引っ越した方がいいじゃない」


 母さんまで当たり前のようにそんな事を言っている。

 わあ、これは予想外だ。

 なんかもっとここを離れることに抵抗されると思ってたけど、こんなに二人がノリノリだとは思わなかった。

 でも、ほんとにいいのかな……。


「……いいの? だって父さんも母さんも、今までずっとここに住んでたのに」


 俺のせいで、父さんと母さんに故郷を捨てさせることになるなんて……申し訳なさでいっぱいだ。


「クーちゃんは何も悪くないのよ。私たちにとってはクーちゃんが何よりも大事なんだもの」

「別に二度と戻ってこれないわけじゃないしな。ここで心機一転新生活を始めるのもいんじゃないか?」


 父さんと母さんはにこにこ笑っている。

 本当は……いろいろ言いたいことだってあるはずなのに。


「ごめんなさい……」

「こういう時は、ありがとうっていうのよ」

「っ……ありがとう……!」


 なんとか泣きそうになるのを堪える。

 今は、泣いてる暇なんてないんだ……!


「できるだけ急いだ方がいいでしょう。いつ教会の手の者が来るかわかりませんから。僕もすぐにヴァイセンベルクに連絡を取ります。取りあえずは、一刻も早くここを離れた方がいい」

「ありがとう、ヴォルフ君。あなたがいなかったらどうなっていたことか……」

「君にはいつも世話になってばかりだな」


 二人はヴォルフの提案を呑んでくれるようだ。

 俺は安堵で胸をなでおろした。

 だが、次の瞬間父さんがとんでもないことを言ってのけたのだ。


「そうだ。世話ついでにうちの息子……じゃなかった娘をもらってはくれないか?」

「はあぁぁ!!? なっ、なに馬鹿なこと言ってんだよ!!!」


 も、もらってくれってなんだよ!! 

 それがこの間まで息子だった娘(?)に対しての扱いなのか!!

 慌てて立ち上がった拍子に椅子を倒してしまった。

 頬が熱い。真っ赤になっているであろうことは鏡を見なくてもわかる。

 というか……ヴォルフにその気が無かったらどうするんだよ! 


「え、あ……ぼ、僕はちょっと外見てきます!!」


 ヴォルフは珍しくうろたえたように外へと飛び出して行った。

 ……これは、どういう反応なんだろう。


「あらあら、まだ早かったかしら」

「二人ともまだ若いからなぁ。ちょっと背中を押してやろうと思ったんだが」


「余計なお世話だクソ親父ぃぃぃ!!!」



 ◇◇◇



 取りあえずは必要最低限の物だけ持っていけばいいという事で荷造りをしていた俺は、とある一冊の本を探り当てた。


「それって……クリストフ・ビアンキの日記ですか?」


 背後からヴォルフが覗き込んでくる。

 あの父さんの問題発言のしばらく後ここに戻ってきたヴォルフは、平常通りだった。というか、無理に平常通りを装っているようだった。

 なので、俺もあの父さんの発言には触れずにできるだけ普段通りの態度を心掛けている。

 なんとなく……答えを聞くのが怖いというのもある。


「うん。懐かしいな……」


 俺のご先祖様が、俺の前世との思い出を記した日記。

 なんだか、不思議な気分だ。


「残していくのは危険ですね。教会にアンジェリカやクリストフのことを探られるかもしれない」

「やっぱそうだよな。だったら持ってく方が……あっ……」


 その時、俺の脳裏に一人の男の姿が浮かんだ。

 さっき会ったばかりのあの神殿騎士の男――ラザラスだ。


 はっきりと、あいつが自分の正体を告げたわけじゃない。

 でも、あいつに会うと感じる不思議な懐かしさは……、それに、あいつは最後に俺のああ呼んだって事は……


「これは、残しとく」

「えっ!? 危険じゃないですか!」

「あの、納屋の地下室に置いとくんだ。そうすれば……きっとラザラスが見つけてくれる」


 そう告げると、ヴォルフはわけがわからない、といった表情を浮かべた。


「……何なんですか、あの人は。クリスさん、どこであの男と親しくなったんですか……!」


 ヴォルフは不満げに腕を組んで俺を見ている。

 なんだかその様子がおかしく思えて、くすりと笑ってしまった。



「昔の友達……かな」



 ◇◇◇



 その後はあれよあれよという間に事が進んで……気が付いたら俺たち一家の新居まで用意されていた。

 リグリア村の家よりもかなり豪華で立派だ。こんな展開は予想してなかったよ。

 一時的にでも村の外へ避難できればいいと思っていたが、これは本当に引っ越しだな……。

 生まれ育った村を離れるのは少し寂しかったが、でもこれでミゲルと顔を合わせずに済む。

 それだけは安心だ。


 バルコニーへ出ると、冷たい風が吹き付ける。

 アトラ大陸の最北端付近に位置するヴァイセンベルク領は、リグリア村に比べると随分と寒く感じられた。


 見下ろせば、綺麗に整備された村の景色が目に入る。

 なんというかリグリア村みたいないかにもな田舎って感じじゃなく、別荘地のような綺麗な村だ。

 ここが、俺たちの新しい居場所になる。


「大丈夫? 風邪ひくよ」


 不意に背後から声を掛けられて、慌てて振り返る。

 そこには、ヴォルフの兄でヴァイセンベルク家の次期当主――ジークベルトさんがいた。


「ジークベルトさん! その、いきなり押しかけてすみません……!」


 今の俺たち家族の待遇は、目の前の彼の厚意によるものだ。

 たった数度会っただけなのに、俺はいつも彼に迷惑をかけてばかりな気がする。

 必死に頭を下げると、ジークベルトさんはゆったりと笑った。


「そう気にしなくてもいいよ。むしろ君がここに来たことでヴォルフも戻って来たし感謝したいくらいだよ」

「え……?」


 思わず顔を上げると、意外と真剣な顔をしたジークベルトさんと目が合う。

 端正な顔に見つめられて、思わずどきっとしてしまう。


「たぶん君がいなかったら、あいつまたここを出てっただろうから」

「そんなこと……」

「まあ仕方ないことではあるんだけどね。あいつはあまりヴァイセンベルクが好きじゃないみたいだから」


 世間話でもするような口調でジークベルトさんはそう口にした。

 その話し方からは、残念ながら彼の真意は読み取れない。

 表情も、口調も優しいのに、彼と話すといつもどこか緊張してしまう。

 まるで、何か真意を隠しているような気がして……


「……あんまりクリスさんの事困らせないでくださいよ」


 その時聞こえてきた声に、ほっと緊張が解けるのが分かった。


「困らせるなんて人聞きの悪い。未来の妹と親交を深めていただけだよ!!」

「いいから帰れ!! どうせまた勝手に仕事抜け出してきたんだろ!」


 どこか焦った様子のヴォルフにくすりと笑うと、ジークベルトさんは再び俺の方へと視線を向けた。


「それじゃあね、クリスちゃん。君とは、末永いお付き合いになることを期待してるよ」


 それだけ言うと、ジークベルトさんは優雅な足取りで部屋を出て行った。


「……何か、変なこと言われませんでしたか」


 ヴォルフが探るような目を向けてきた。

 うーん、思い返してみたけどそこまで変な話はしてないよな……


「ううん、いろいろ便宜を図ってくれたからお礼言ったくらいかな」

「ならいいんですけど……今後もあの人の話は本気にしないでください。真面目に受け取ると病みます」

「えっ」


 ヴォルフはどこか苦虫を噛み潰したような顔をしていた。もしかして、病みかけた経験でもあるんだろうか……。

 俺にとってジークベルトさんは頼りになるけど……たまにちょっと怖い人だ。

 あとよくわからない事を言う事が多い。

 ……あんまり、気にしない方がいいって事なのかな。


「お前もいろいろありがとう。なんか借りばっかりで情けないけど……あっ、もし俺にして欲しいこととかあったら何でも遠慮なく言えよ!」


 リグリア村からの引っ越しのこともそうだし、前の旅の間だって俺はいつもヴォルフに頼ってばっかりだ。

 少しでも、恩返しがしたい。

 そう思って口にすると、ヴォルフは何故か顔を赤くして怒りはじめた。


「な、なんでも!? あなたは……すぐそういうこと言うから勘違いされたり付け入られたりするんですよ!!」

「えぇ……?」


 まさか怒られるとは思わなかった。

 ちょっと悲しくなって俯くと、ヴォルフが大きくため息をついたのが聞こえる。

 そのまま、一歩こちらへと近づいてくる気配がした。


「僕にとっては……あなたが傍にいてくれるだけでいいんです」

「でも……」

「あと血を吸わせてくれたら有難いんですけど」

「それはいいけど……」


 なんかもっと、もっとないのかよ……!

 そう口にしようとしたが、部屋の外から母さんの呼ぶ声が聞こえて遮られてしまった。


「ほら、行きましょう」


 ヴォルフは俺に背を向けて部屋の外へと出ていく。

 その後を追いかけながら、俺は決意した。


 新しい場所、新しい生活、なんかいろいろとすっきりした気分になって、心機一転やってやるか!って気になってくる。


 未来のことはわからない。

 まだまだ心配なこと、不安なことだってたくさんある。

 でも、少しずつ良い方向に変えていくことだってできるはずだ。


 ……傍にいてくれるだけでいいって言うけど、やっぱりそれだけじゃ駄目なんだ。

 ずっと胸の中で育っていた想いが、きっともうすぐ表に出てきそうな気がする。

 俺も、いつまでもお前に甘えてるだけじゃないんだからな……!

 そうだ! まずはヴォルフに甘えてもらうのを目標にしよう!!

 一応、俺の方が年上なんだしな!!


「ヴォルフ、よしよしして欲しかったらいつでも言えよ!」

「……頭でも打ったんですか」


 そう言ったヴォルフの視線は、このヴァイセンベルクの地を駆ける風と同じくらいに冷たかった。

 最初の挑戦失敗。これは先が長そうだな……!

そしてエピローグへ続く……みたいな感じで終わりです!

これにて「迷子の心」は完結ですが、番外編はまだまだ続きます。

次回は本編中のヤンデレポエムみたいなのを投稿予定です!

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