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迷子の心(6)

 

「ひゃっ!?」


 体全体を衝撃が襲ったが、頭だけは抱えられるようにして押し倒されたので大したダメージはない。

 こんな時でも俺を気遣ってくれてるんだ……とかぼやっとしてる場合じゃない!

 今の状況を思い出せ!!


「ヴォルフ、待っ……ひゃあ!!」


 言葉の途中で、中途半端にミゲルにボタンを外されていたブラウスを引き下げられる。

 一気に首筋と肩が露出して俺は焦った。

 こいつは、何をしようとしてる!?

 だって、ここは野外で、まだ昼間で、いつ誰に見られるかもわからないのに……!!?


「あ、あの……っぅ!!」


 スカートの中に手が差し込まれ、足を撫でられた。

 ……おいおいちょっと待て。まさかほんとに、ここで!?

 初めてが外とか……とかそういう問題じゃない!

 さすがに今ここではまずいだろー!!


 慌てて起き上がろうとしたが、体全体でがっちりと地面に縫いとめられる。


「ヴォルフ、ほんとに……!?」


 さっきミゲルたちに押さえつけられた感覚が蘇り体が震えたが、上に乗ってる相手を確認しようととっさに視線を上げて、俺は気が付いた。

 ヴォルフの目は、理性を失ったかのように金色に染まっていたのだ。

 その変化に息を飲んだ次の瞬間、何の前触れもなく首筋に噛みつかれた。そのまま、牙を刺しこまれて血を吸われる。


「うっ、ぐっ……!」


 久しぶりだからなのか、体が固まっていたのかなのかはわからないが、いつもよりも滅茶苦茶痛い。

 無意識に体が逃げを打つと、まるで肉食獣に捕食される草食獣のように押さえつけられる。


「んっ、うぁ……!」


 苦痛に呻くと、なだめるように足を撫でられた。

 太もものあたりをするりと撫でられ、足がびくんと跳ねる。

 痛くてたまらないのに、どこかゾクゾクとした痺れが走った。


「ぁ……ん、はぁ……!」


 痛い、痛い、痛いはずなのに……その痛みすらも別の感覚にすり替わっていくような気がする。

 体中が沸騰したように熱い。

 自分が自分じゃなくなるような気がして、必死に覆いかぶさる体にしがみついた。


 ……いつもより吸血の時間が長い。

 なんとか自分の指を噛んで、襲いくる衝撃の波に耐えるしかなかった。

 たっぷりと吸われて名残を惜しむようにゆっくりと牙が抜かれると、とたんに全身から力が抜ける。

 ぐたりと身を投げ出すと、ヴォルフが驚いたような声を出した。


「っ……! クリスさん! 大丈夫ですか!?」


 慌てたように抱き起こされると、くらりとめまいがした。

 いつもより長時間だったし、たぶん血を吸われすぎて貧血状態になってるんだろう。


「ちょっと……だるい」

「その、すみません……随分と久しぶりだったので、つい吸い過ぎたかも……」


 ヴォルフが申し訳なさそうにそう告げる。

 ぼぉっとした頭でその言葉を聞き流そうとして、俺ははっと覚醒した。


「え? 久しぶり……?」

「…………? だって、前にここを出てから今まで結構期間があったじゃないですか」


 確かにそうだ。

 でも、まさかその間一度も吸血してないなんてことは……ないよな?


「ユグランスに帰ってた間、誰かの血を吸ってたりとかは……」


 そう呟くと、ヴォルフはまた大きくため息をついた。

 そして、不満げに髪の毛を引っ張られる。


「『俺以外の血は吸うな』って、クリスさんが言ったんじゃないですか」

「そ、それはそうだけど……でも、もうだいぶコントロールできるようになったし、お前だって俺以外の血を吸いたくなったり――」

「全然そんなことないですけど」


 真剣な顔でそう言われ、胸が熱くなる。

 だって、俺にはまだよくわからないけど……きっと長い期間吸血できないって、相当辛いはずだ。

 それなのに、ヴォルフは俺が言った事をちゃんと覚えてて、今まで守っていてくれたんだ……。


 なんかぎゅっと胸が詰まるような、じぃんと暖かなものが溢れだすような気分になって、身を摺り寄せるように目の前の体に抱き着く。

 そのまま二人して、しばらく草むらの中に横たわった状態で抱き合っていた。


「……一度、家に戻りましょう」


 しばらくして、ヴォルフがそっとそう口にする。


「…………うん」


 小さく頷くと、そっと体を抱き起こされる。

 まだちょっとふらふらしたが、ヴォルフの助けを借りて何とか立ち上がることができた。

 家に戻るもはいいけど、村に入るとなるとちょっと心配なことがある。


「また、ミゲルが来たら……」

「二度とあなたに近づくなって言いましたし、次目の前に現れたら消えてもらうだけです」


 ヴォルフは何でもないことのようにそう言った。


「えっ!? 消えてもらうって……」

「大丈夫、証拠は残しませんから」

「待て待て待て……」


 冗談だと思いたいが、なんか冗談じゃないような気がする。

 以前ヴォルフのお兄さんであるジークベルトさんは屋敷を襲撃しに来た暴徒を何十人も実際に消してたし、こいつも同じことをやってのけそうだ……!


「別にそこまでしなくても……」

「売られた喧嘩は買うだけですよ。僕は誰よりも大切な人を穢そうとした奴を許せるほど聖人ではないので」


 ヴォルフはわずかな迷いもない口調でそう告げる。


 その瞬間、俺の中からミゲルの存在は吹っ飛んだ。

 だ、誰よりも大切な人……!?

 駄目だ、破壊力が強すぎる。

 俺の事なんてもうどうでもいいんじゃないかって、今までうじうじと悩んでいた黒い感情が霧散していく。

 思わずぎゅっとヴォルフの腕にしがみついていた。


 悪いなミゲル。次俺の前に現れた時は潔く消えてくれ。

 もうヴォルフを止めるのは諦めた!


 そのまま、腕を絡めるような形で歩き出す。

 もし村の人に見られたら……ということも一瞬頭をよぎったが、すぐに思い直した。

 まあ…………いいか。

 少なくとも、ミゲルとデートなんてとんでもない勘違いをされるよりは、ずっといい。


 そんな事を考えながら歩いていたが、ほとんど人とすれ違う事はなかったし、誰にも声を掛けられることはなかった。

 だが遠くに俺の家が見え始めた時、家の前に誰かが待ち構えるように立っているのが見えた。

 一瞬ミゲルかと思って体が固まる。

 ヴォルフにも緊張が走ったのがわかったが、俺はすぐにそこにいるのがミゲルじゃないことに気が付いた。


「え…………?」


 俺達の存在に気が付いたのか、その男がこちらを振り返る。

 そして、ゆっくりと近づいてきた。


「……お久しぶりです。お二人とも、お元気そうで」


 そう言って小さく笑ったのは、俺も知っている奴だった。


「あんたは……ラザラス…………?」


 そこにいたのはいつもの神殿騎士の鎧ではなく、どこにでもいそうな若者の装いをしたラザラスだったのだ。


前世からずっと気にかけていたアンジェリカの生まれ変わりが、よく知らない男と腕を組んで現れた時のラザラスの心境を考えるとちょっと複雑かもしれません。

次回はまた来週投稿予定です!

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