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迷子の心(1)

番外編始まります!

時系列は最終章とエピローグの間、クリスが故郷に戻って来てからの話になります。

「ヴァイセンベルクに戻ろうと思うんです」


 始まりは、その一言だった。


 王都でルディスを(一応)倒した俺たちは、俺の故郷のリグリアへと戻って来ていた。

 みんなと過ごす、騒がしくも楽しい日々。

 ……俺だって、いつまでもこうしていられると思ってたわけじゃない。

 でも、その唐突なヴォルフの一言は、否応なく俺に現実を突きつけたのだった。


 ……そっか、お前はヴァイセンベルク家に戻るんだな。

 それも当然か。もともと実家に帰りたくないからミルターナに来て、成り行きで俺たちと一緒に旅をしていたわけで、家族との確執が解消されたら戻るのが当然だ。

 頭ではそうわかっていた。

 でも、心は思った以上にショックを受けていた。あまりに衝撃すぎて、その前後の記憶が飛んでるくらいだ。


 何とか普段通りに振る舞わなければいけない。

 ……間違っても、泣いて離れたくないなんて言ってはいけないんだ。

 あいつは偉い貴族の一員で、俺達と出会ったのだって偶然の産物だ。

 初めて会った時はまだ14才で、まだまだ発展途上の子供だった。


 ……だから、あいつの気が変わって当然だ。


 ヴォルフは俺がぎりぎりの時に傍にいてくれた。

 でも今の俺は、故郷に戻ってきて家族と一緒にいる。

 いつまでも、そんな扱いを期待してちゃいけないだろう。



 …………そうだ。

 あいつがどこかに飛び立とうとするのなら、俺の存在が枷になるなんてことはあっちゃいけないんだ。



 笑って送り出したつもりだった。でも、本当にうまく送り出せたかどうかはわからない。

 その直後はみんなが気を遣ってくれたし……たぶん、酷い顔をしてたんだろう。

 そうして、驚くほど呆気なくヴォルフは俺の前から去って行った。



 ◇◇◇



 次にここを発ったのは、リルカたちアムラント島に戻る4人だった。

 あまり遅くなるとディオール教授に心配をかけるから、とレーテがイリスを説得して、リルカとイリス、それにレーテとティレーネちゃんはアムラント島へと旅立っていった。

 リルカとイリスは、何度も何度もまた俺に会いに来ると言ってくれた。

 ヴォルフとの別れで覚悟を決めることができた俺は、前よりかは幾分か穏やかな気持ちで見送ることができたと思う。

「フィオナさんによろしく」という俺の言葉に、リルカとイリスは何度も何度も振り返って手を振ってくれた。

 ティレーネちゃんはティエラ教会から見たら教団についた裏切り者だ。

 でも、きっとティエラ教会の影響が少ないフリジア王国でなら穏やかに過ごすことができるだろう。

「ちゃんとティレーネちゃんを守れるのか」と生意気にも口を出した俺に、レーテは何があっても守ると誓ってくれた。

 ……別に俺が言われたわけじゃないのにちょっとドキッとしたのは秘密だ。

 まああいつがあそこまで言うのなら、レーテとティレーネちゃんはきっと大丈夫だろう。


 一気に4人がいなくなって、俺の周りは随分と静かになった。



 ◇◇◇



「あら、随分と辛気臭い顔してるわね」


 特にする事も無くぼけっと草原に寝そべっていると、真上から声を掛けられる。

 視線だけ動かすと、じっと俺の顔を覗き込んでいたミラージュと目が合う。


「何考えるかあててみましょうか」

「……別にいいよ」

「あの吸血鬼の坊やのことでしょ」


 図星を突かれて思わず顔をしかめてしまった。

 それを見たのか、ミラージュがにやりと笑う。


「そんなに寂しいなら会いに行けばいいじゃない。居場所はわかってるんでしょ」

「……別に寂しくないし」

「またそんな事言っちゃって!」


 ミラージュがくすくすと笑う。なんだか馬鹿にされたような気がして、俺は勢いよく体を起こした。


「ほんとに平気だって! 旅に出る前はこうやって暮らしてたんだから。その時に戻っただけだよ」

「でもあなたの心はもう変わってしまった。……そうでしょ?」


 つん、と額をつつかれて、ぎゅっと拳を握りしめる。

 ……たぶんミラージュには、何もかもお見通しなんだろう。


「なんて言うか、ちゃんとお別れできた自信がないから」

「そうね」

「ちょっと気になってるんだ」


 最後になんて会話したっけ、いろいろ気を張りすぎてもうそれすらよく思い出せなかった。

 リルカたちと別れたのも寂しいけど、すぐにまた会えるような気がする。だから、大丈夫だ。

 でもヴォルフは……なんていうか、もう二度と会えないような気がしてしょうがなかった。


「……だったらこっちから会いに行けばいいのよ。なんだったら私とダーリンも一緒に行くわよ?」


 ミラージュの提案に、俺は無言で首を振る。


「……あいつの、邪魔したくない」

「邪魔って、何言ってるのよ」

「だって、あいつは貴族で……帰る場所があるんだよ。だから、いつまでも俺のわがままに付き合わせてちゃいけないなって……」


 あいつは偉い貴族の一員で、性格もしっかりしてるし、顔も……いい方だと思う。

 ……実際解放軍ではモテまくってたし。

 だから、俺みたいな男か女かよくわからないような奴よりも、あいつにふさわしい素敵な女の子がきっとすぐに現れるだろう。

 俺達はしばらくの間、ぎりぎりの状態で二人で身を寄せ合うように過ごしていた時期があった。


 ……まだ若いあいつが、その状況を勘違いしても無理はない。


 たぶんあいつは俺を守らなくちゃいけないという義務感を、恋心と錯覚してしまったんだ。

 でもリルカたちと再会して、テオが戻ってきて、世界はとりあえず平和になって俺は家族の元へ戻ることができた。

 だから、もう大丈夫だと思って、魔法が解けてしまったんだろう。


 驚くほど呆気なく、ヴォルフは去って行った。俺も引き止めなかった。

 ……それが、答えだったんだ。


「……はぁ、意外と面倒なのね、あなた」

「何とでも言えばいいよ」

「馬鹿ね。錯覚とか思い込みだって言うなら、その間に既成事実を作って押し切るくらいしなさいよ」

「き、既成事実ってっ……!」

「……本気で好きなら、解ける暇もないくらい魔法をかけ続けなさい。偽りの愛情も、本物にしてしまえばいいのよ」


 そう言って、ミラージュは妖艶に笑う。

 ……ちょっとだけ、心が動いた。

 でも、やっぱり駄目なんだ。


「……やっぱ、あいつの邪魔したくない」

「もう! 魔族なら欲しいものは力づくで手に入れてみなさいよ!!」

「俺は人間だもん!」

「どうせそのうち吸血鬼になるんでしょ。もう私の仲間みたいなものよ」


 そう言うと、ミラージュは優しく俺の頭を撫でた。

 その手つきは優しかったけど、ミラージュの言葉はまた俺の胸の奥底を突き刺した。


「……これ以上血を吸われなかったら、吸血鬼にはならないと思う」

「あら、今更吸血されるのが嫌になったの?」

「そうじゃなくて……あいつがここを発ってから、結構経ったじゃん」


 その間、一度も吸血をしていないとは思えない。

 そもそも、ここを……俺の傍を離れた時点でもう決めていたんだろう。

 俺以外の血は吸わないでほしい。ヴォルフが吸血鬼の血を引くってわかった時にそう頼んで、あいつは今までずっとその約束を守り続けてくれた。

 でも、最近はだいぶ吸血衝動も落ち着いたみたいだし、きっともう大丈夫だと思ったんだろう。

 ……俺以外の、血を吸っても。


 俺みたいにわがままでめんどくさくて男か女かよくわからないような奴よりも、もっと優しくて女の子らしい性格と体型のお嬢さんの血を吸う方があいつだって嬉しいだろう。


 俺にしたみたいに、優しく体を撫でて、舌で舐めて、そして首筋に牙を刺しこんで……


「ううぅぅぅ……」

「ほらほら、泣かないの!」


 想像して後悔した。

 心の奥から、醜い嫉妬心が渦巻いてくる。顔も名前も知らない女の子への嫉妬が抑えられない。

 大きく息を吸って、溢れそうになる黒い感情を押さえつける。

 いつまでもこんなことをしてちゃダメなんだ。

 みんながそうしたように、俺だって新しい一歩を踏み出さないとな!


「もう大丈夫だよ。だから、ミラージュたちもどこへも好きな所へ行っていいんだよ。テオなんて結構暇そうにしてるじゃん」

「あら、私たちが邪魔なの?」

「そうじゃないけど……」


 決してテオとミラージュが邪魔だとかそんなことはない。

 でも、こんな田舎にミラージュみたいな美人はちょっと目の毒なんだ。

 ミラージュが外を歩くたびに近所のおじさま方の鼻の下が伸びる。それを見た奥様方の目もつりあがる。

 ミラージュは悪くない。悪くないんだけど……そろそろ殺傷沙汰とか起きそうな気もして心配だった。


「確かに、ダーリンは一箇所に留まる男って感じじゃないわね」

「だろ?」


 テオは主に力仕事でリグリア村の復興を手伝ってくれているが、それでもやっぱり暇そうに見えるし、時折何かに思いを馳せるように大空や遠くの山々を眺めているのを目にすることがあった。

 たぶんあいつも、また広い世界へ旅立ちたいんだろう。


「……あなたも一緒に来る?」


 いたずらっぽくそう言ったミラージュの提案に、俺ははっきりと首を横に振った。


「……しばらくは、父さんと母さんと一緒にいたい」

「家族思いなのね、いいことよ」


 そうして、最後にテオとミラージュが旅立つことになった。



「……クリス、本当に大丈夫か?」

「大丈夫だって! こんなちっさい村だとロクに事件も起こんないからな!!」

「それはそうだが……」


 何故かテオはやたらと心配そうな顔をしていた。

 それでも、何度も何度も強く説得して、遂にテオとミラージュはリグリア村を出ることを決めたようだ。


「すぐにまた顔を出す。無理はするなよ」

「変な男に引っかかっちゃだめよ」

「わかってるって! 二人も元気でな!!」


 三回目となれば、だいぶ心も落ち着いてきている。

 大きく手を振って、俺は旅立つ二人を見送った。


 こうして、家には俺と父さんと母さんだけになってしまった。

 旅に出る前と同じ、平穏で退屈な毎日がやってきたんだ。


明るい話にするはずが思いのほかネガネガした感じになってしまいました。

次回は1週間後に投稿予定です! クリスが変な男に絡まれます!!

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