13 運命の人
「……ごめん」
開口一番そう言って、レーテは今まで見た事も無いほど深く頭を下げてきた。
…………???
特に謝られるようなことは思いつかない。
こいつ、一体何をやらかしたんだ……!?
◇◇◇
ひとまず、世界は平和になった……と思いたい。
あの日、俺がイリスの力を借りて作り出した虹で、大地を包んでいた瘴気は消えうせ、魔物の勢いも平常時に戻ったようだ。
ルディスはこの世界から撤退し、教団を束ねていたニコラウスも死んだ。
しつこいルディスの狂信者はあちこちに潜伏しているようだけど、教団は自然に瓦解したし、日に日に力を失っていくだろう。
解放軍やティエラ教会の生き残りが近づいてきているという話を聞いて、あの後俺たちはすぐさま王都を脱出した。
やってきたのは、俺の故郷――リグリア村だ。
大人数でやって来たぼろぼろの俺達を、父さんと母さんは快く迎え入れてくれた。
無事に二人と再会できて、みんなの前でまた泣いてしまったのはちょっと恥ずかしかったかもしれない……。
そして数日たった今日、俺は唐突にレーテに呼び出された。
こんな狭い村でわざわざ宿屋まで俺を呼び出したレーテは、何故か扉を開けた瞬間からこうして深く頭を下げっぱなしだ。
取りあえず扉を閉めて、頭を下げたままのレーテに近づく。
「……言ってみろ、なにやらかしたんだ」
「…………元に、戻れなくなった」
真っ青な顔をして、顔を上げたレーテはそう告げた。
…………???
元に戻れないって…………何が?
頭をひねる俺に、レーテは少し呆れたように告げる。
「だから……ボクと、君の体のことだよ!!」
「え……? あぁ、そのことか…………ってええぇぇぇぇ!!?」
普通に流そうとして、俺はやっとレーテの言葉を理解した。
俺とレーテ、男と女。
俺達は、お互いの体を入れ替えたなんてとんでもない状況だったんだ!!
……いろいろありすぎて半分忘れかけてたけど!!
世界が平和になったら体を元に戻す。
これは、前にレーテと約束したことだ。
それを信じて、俺は今日まで頑張ってきた。……うっかり忘れてたけど。
それなのに、元に戻れないって何だ!!?
「ま、待てよ……! 戻れないって、何で……!?」
かつてないほど焦りながらそう聞くと、レーテはぐっと唇を噛んだ。
「ボクが持ってた変な力……無くなったんだ。ティレーネが、闇を祓ってボク達を助けた時から……」
「ティレーネちゃん……? あっ……」
俺も、思い出した。
『あなた方の力…………いただきますね』
ティレーネちゃんは確かにそう言った。
あの時、彼女は俺と、レーテの手を握っていた。
俺が大地の中心で手に入れた力は、きっとティレーネちゃんが持って行ったんだろう。
……それと同じように、レーテの力も、彼女が持って行ったのかもしれない。
「……本当に悪いと思ってる。一時的なものならいいけど、もし二度と元に戻らないとしたら……」
「別にいいよ」
はっきりとそう告げると、驚いたような顔をしたレーテと目が合う。
なんだかそれがおかしく思えて、俺はくすりと笑ってしまった。
「だってお前、その力のせいでずっと苦労してたんだろ、だったら、なくなってよかったじゃん。たぶん……ティレーネちゃんがお前がこれ以上その力に振り回されないようにどこかにやってくれたんじゃないかな……」
そう告げると、レーテは座り込んで俯いた。
どうした、と思って俺もしゃがみこむと、すすり泣きのような声が聞こえてきたのでぎょっとしてしまう。
焦ってレーテの肩に触れると、レーテは聞いた事も無いほど大声で泣きだした。
俺は慌てた。とりあえずレーテの頭を撫でると、レーテはすごい力でしがみついてきた。
そのまま俺の肩のあたりに顔をうずめて、レーテはずっと泣いていた。
俺はひたすらレーテの頭や背中を撫で続けた。
強くしがみつかれすぎて苦しいくらいだったけど……今くらいは文句を言わないでおこう。
きっとこいつも、今までいろんなものを耐えてたんだろうな……。
しばらくたつと、やっと嗚咽が収まったレーテが顔を上げた。
目が真っ赤になっている。そんな顔を見るのは初めてだ。
「……みっともないとこ見せてごめん」
「別にいいって」
これがみっともないと言うなら、俺は何回醜態をさらしたことになるんだろう。
もう数えるのも嫌になるくらいだ。
「それで……本当にいいの。体、そのままで」
「って言っても元に戻れないならどうしようもないだろ……」
口ではそう言いつつ、俺はまあ元に戻れないなら仕方ないよな!……と意外と前向きな思考を持っていた。
俺達が体を入れ替えてから……もう結構な時間が経っている。
さすがに年単位でこの状態だと、もうすっかり慣れてしまったと言ってもいいくらいだ。
なんかもう諦めの境地で、元に戻れないならしょうがない!……と思えるまでになってしまった。
「でも、そんなので君はボクを許せるのか。ボクは君から全てを奪ったんだ。名前も、地位も、何もかも……。謝って許されることじゃないってわかってるけど……本当に、済まないことをした」
そう言って、レーテは床に頭をこすりつける勢いで俺に向かって頭を下げてきた。
こいつのそんな殊勝な態度を見るのは初めてだったので、俺の方が慌ててしまった。
慌てて肩を掴んで顔を上げさせると、ぎゅっと唇を噛みしめたレーテと目が合う。
「入れ替わるのに君を選んだのだって、ただ君が幸せそうで、それがむかついたってだけなんだよ……」
「うーん……」
そんな理由があったのか。まぁ確かにレーテがくぐって来た修羅場から考えれば、俺なんて温室育ちもいい所だろう。
何か思いつめたような顔でそう言われても、不思議と今はあまり悔しくない。
入れ替わった当初は「絶対元に戻ってやる!」って燃えてたけど、なんか今はしょうがないかな……という所までやってきてしまった。
ニコラウスが俺の……アンジェリカの魂を欲していたことを考えると、むしろ入れ替わったことでレーテに救われていた部分もあるだろう。
それに……元の男の体に戻ったらもうリルカは一緒に風呂に入ってくれないかもしれないし、ヴォルフはもう血を吸ったり……いろんなことをしてこなくなるだろう。
そう思うと、この体も悪くないかなー、とか思ってしまうんだ。
「別にいいよ。だから、これからはそれぞれ今の体を自分の物だと思って生きてく、ってことでいいだろ。傷つこうが死のうが自己責任って事で!!」
そう宣言すると、レーテは驚いたように目を丸くした。
「……本当にいいの。もう、一生戻れないかもしれないのに」
「……男でも女でも、俺は……俺だから。お前だってそうだろ、レーテ」
どんな姿でもレーテはイリスの家族で、ティレーネちゃんが憧れた勇者なんだ。
それは……たぶん俺も同じだろう。
別に強がりとかじゃなく、今は心の底からそう思える。
俺が本気でそう言っているのが分かったんだろう。
レーテは大きく息を吐くと、困ったように笑った。
「君がそれでいいなら…………あ、言っとくけど処女だから安心して」
「べ、別にそんなこと気にしてねーよ!! 何言ってんだおまえ!!」
いい感じで締めようと思ったのに、なんで余計なこと言うんだこいつは!!
俺も童貞……なんてことはたぶん言わなくてもバレバレだろう。
レーテはくすくす笑った後、また真剣な顔を作った。
「でも……やっぱり清算はしておくべきだと思うんだ」
「清算?」
「ボクが君にしたのは許されないことだ。君はボクを罰する権利がある。何でも好きなように言ってくれ」
そう言われても……特に思いつかない。
これで男女逆転していたらとんでもない問題発言だろうが、別に今の俺に男のレーテをどうこうするつもりはない。
あっ、でも……せっかくの機会だし……
「じゃあ……」
一歩近づくと、レーテはびくりと肩を竦ませた。
そんなレーテに向かって、俺はそっと手を差し出す。
「俺と……友達に、なってください……」
なんか恥ずかしくて小さな声でそう伝えると、レーテは固まった。
そのまましばらく、俺もレーテも何も言わなかった。
「……何か言えよ、恥ずかしいだろ……!」
「えっ? あぁ……」
レーテははっと目を丸くすると、どうしていいのかわからない、と言った様子で床に視線を落とした。
「友達、なんてできたことないから……よくわかんない……」
「俺だってほとんど友達なんていないから……いいだろ! ここから始めるってことで!!」
ちょっと気恥ずかしくなって大声を出すと、レーテはまた笑った。
そして、しっかりと俺の手を握りしめた。
「そうだね……これからもよろしく、クリス」
そこで俺は気が付いた。
そういえば、ちゃんと名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。
最初にレーテに会った時、俺は彼女が俺の運命の相手だと感じた。
その時に想像したような関係とは違うけど、確かにこいつは……俺の運命を大きく変える相手だったんだ。
◇◇◇
部屋の扉を開けて外に出ると、何故かテオ、ヴォルフ、リルカの三人が待っていた。
「…………クリスか?」
どこか緊張した様子で、テオがそう問いかけてくる。
「……そうだけど」
むっとしつつそう答えると、明らかに三人の顔に喜色が浮かんだ。
……こいつら、俺が元に戻れなかったのを喜んでやがる!!
「いやー残念だな! オレとしては男のおまえとも拳を交えてみたかったのだが」
ばしばしと俺の背中を叩きながら、テオは大声で笑っていた。
たぶんこいつは、俺が男でも女でも変わらないだろう。今の時点でも、女として見られてないからな!!
「よかったぁ、また一緒にお買い物に行って、お洋服とか買おうね!」
リルカがぎゅっと抱き着いてくる。
男に戻れなかったのはちょっと悔しいけど、リルカの嬉しそうな顔を見てるとこれでよかったのかな……って気分になるから不思議だ。
うん、これからはリルカと一緒に女子力磨きをしていこう!!
「……正直言うと安心しました。まぁどんな姿でもクリスさんはクリスさんなんですけど」
そう言うと、ヴォルフは安心したように笑った。
まぁお前は、吸血のこととか考えたら俺が女の方が都合がいいよな……!
他にも……いや、今はやめておこう。
俺は大きくため息をつくと、顔を上げて三人を見つめる。
三人には、いつも支えられてきた。
いきなり体を入れ変えられて、いろいろあったけど、ここまでやってこれたのは三人のおかげだ。
だから、これからも一緒にいたい。
ずっと、ずっと……。
「まぁ……これからもよろしくってことで!!」
きっとここから、俺の新しい人生が始まる。
これにて入れ替わり事件も無事解決(?)して、この作品も完結……ではなくあと少しだけ続きます。
次話からはエピローグに入ります!!
唐突に現れたラザラスは何だったのかとか、そもそも何でクリスは勇者に選ばれたのか等の、今までのネタばらし的な話もありますのでお楽しみください!




