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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
最終章 祈りの歌が響くから
276/340

12 虹の彼方に

 

 気が付くと、真っ白な砂が見えた。


「…………え?」


 俺は慌てて体を起こす。

 確かルディスを追っ払って、でもルディスが最後にヤバい攻撃をしてきて、イリスを庇って闇に飲まれて……


 辺りを見回して、俺は愕然とした。


 一面の白い砂浜。そんな訳のわからない場所に俺は倒れていたのだ。


 ……どこだよ、ここは。

 思わず空を見上げて、俺はさらに混乱した。


 海の中から水面を見上げたような、ゆらゆらとした青が見える。本来空があるべき場所には、何故か水面があったのだ。

 そういえば俺の寝ていた所にも白い砂が敷き詰めてあるし、もしかしてここは海の中なんだろうか。


 ……でも、普通に息できるよな。


 服に着いた砂を払って立ち上がる。視界には見渡す限り、砂、岩、サンゴらしきもの。

 その光景は、まるで海底のようだった。遥か上から届く淡い光が、ゆらゆらと足元の砂に反射している。

 このわけのわからない状況に、ぞくりと鳥肌がたった。


 ……大丈夫だ。ここがどこなのかは全然わからないけど、きっと歩けばどこかにたどり着くはずだ。

 そう言い聞かせて、俺は不思議な海底を歩き出した。



 ◇◇◇



 あれからどのくらい時間が過ぎたんだろう。

 何分、何時間、何日……

 この場所からは太陽が見えないので、一体どれだけ歩き続けたのかさっぱりわからなかった。

 不思議な事に歩き続けても少しも疲れない。でもあたりの景色は全く変わらないし、どんどん精神の方がやられていくようだった。


 それでも俺は歩き続けた。

 永遠にも感じられるような長い時間、歩き続けた。


 そして、とある考えが浮かんできた。

 ……もしかしたら、今までの記憶は夢で、俺は海に落ちて死んで今もここを彷徨い続けているんじゃないかと。

 

 そんなはずはない。頭で何度も否定したけど、だんだんとその嫌な想像に心が浸食されていく。


 もうずっと前に、枢機卿の魔の手から逃げるために俺は海へ飛び込んだ。

 奇跡的に生きて辺境に島に流れ着いたと思ったけど、そんな都合よく行くわけがなかったんだ。

 海に落ちて俺は死んで、きっと今まで長い夢を見ていたんだ。


 ……いい夢だったな。

 ヴォルフが迎えに来てくれて、リルカとも再会できて、テオも帰って来てくれた。

 でもそんなのは幻だった。

 俺はこの寂しい海底で、ずっと一人なんだ。



「……うっ、ふぅっ…………!」


 その場に座り込んで膝に顔を埋める。

 泣いてもどうにもならない。そうわかっていても、涙が止まらなかった。


 会いたい、みんなに会いたい。

 例え許されないとしても、そう願うのはやめられない。


 俺はそのままずっと泣き続けた。でも、いつもみたいに慰めてくれる人はいない。

 このままここで、永遠に一人ぼっちなんだ……!



 そう思った瞬間、誰かの声が聞こえた。

 思わず顔を上げる。そして気づく。

 これは……声と言うより、歌だ。


「……イリス?」


 その歌は、ここに来る前に聞いたイリスが歌っていたものと同じように聞こえた。

 でも、イリスじゃない。

 だれかが、この世界で歌を歌っている。


「……誰!?」


 呼びかけても答えはない。でも、途切れることなく歌は続いている。

 俺はとっさに立ち上がり、歌が聞こえる方へと走り出した。

 近づくにつれ、どんどん歌声は大きくなっていく。

 そして何もない砂の上に、一人の女性が立っているのが見えた。


 ハープを手に持った、淡い金の長い髪が綺麗な女性だ。

 まるで、女神のように……。


 その姿を、どこかで見たことあるような気がした。

 記憶に霞がかったようにはっきりとは思い出せない。でも確か教会で……


 女性が歌うのをやめる。そして、俺の方を向いてにっこりと笑う。

 その笑みに既視感を覚える。


 俺は知ってる。覚えている。

 その歌と、その笑顔を……俺は知ってるはずだ……!


 女性がそっと自らの背後を指差す。いつのまにか、そこにはまばゆい光が溢れていた。

 女性が俺に背を向けて光の方へと歩み出す。

 自分でも意識しないうちに、その背中に手を伸ばして叫んでいた。



「……待てよっ! ラファっ……!!」



 その背中を追って、俺も光の中へと飛び込む。

 すぐに、目の前が真っ白になった。



 ◇◇◇



 ――誰かの声が、聞こえた。



「クリス!」

「クリスさん!」

「くーちゃん!」


 そっと目を開けると、テオ、ヴォルフ、リルカの三人が必死な表情で俺を見下ろしていた。


「…………あれ?」


 天上が白い。なんとか身を起こして気が付いた。

 ここは、大聖堂の至聖所の中だ。


「俺、なんで……」

「……よかったな、もう目覚めないかと思ったぞ」


 テオがわしゃわしゃと俺の髪を乱暴にかき混ぜた。


 それを享受しつつ、あたりを見回す。

 最後に見たのはおぞましい闇に覆われた姿だったのに、いつのまにか至聖所は静謐で神聖な雰囲気を取り戻している。


「……そうだ! レーテとイリスとティレーネちゃんは!?」


 慌てて立ち上がった俺の目に、少し離れた所で座り込んだレーテとイリスの背中が見えた。

 慌ててそちらへ駆け寄り、俺は絶句した。


 レーテとイリスの目の前では、ティレーネちゃんが眠っていた。

 だが、その体からはほとんど生気が感じられない。


 そっとしゃがみこみ彼女の手に触れる。

 今にも消えそうな弱々しい脈動が伝わってくるのみだった。

 きっともうすぐ彼女の命は尽きてしまう。それは明白だった。


「……ティレーネちゃん!!」


 必死に呼びかけたが、彼女の目は開かない。

 すすり泣くイリスの横で、レーテは力なくティレーネちゃんの手を握っていた。


「っ……ティレーネさんが走っていってすぐに……闇が消えてっ……」


 イリスがしゃくりあげながらそう教えてくれた。

 その横では、レーテが呆然自失の状態でティレーネちゃんを見ている。


 イリスの言葉を聞いて俺は初めて気が付いた。


 ラファリスと共に大地の中心へ行って、俺が手に入れた力。

 あれからずっとこの大地の脈動を身近に感じていたのに、今はそれが感じられない。


『あなた方の力…………いただきますね』


 ティレーネちゃんは最後にそう言った。

 まさか……俺の力を奪って、あの闇を沈めて見せたとでもいうのだろうか。

 そして、おそらくはその反動で……


「……ティレーネは、もう」

「馬鹿! あきらめんなよ!!」


 彼女はまだ死んでいない。

 生きてるんだ……!


 何か、何か方法が……


(助けて、ティレーネを……助けて)


 少し前に聞いた声が蘇る。

 あれは……ティレーネちゃんの仲間の、修道女たちの声だ。

 きっと彼女たちはティレーネちゃんを心配して、今もまだこの世界に留まり続けているんだろう。

 その意志を、無駄にはしたくない。


「俺は、ティレーネちゃんを助けたい」


 はっきりとそう宣言する。

 彼女たちに、届くように。


「だから……力を貸してくれ」


 どこにいるかもわからない魂にそう頼み、そっとティレーネちゃんの傍らに膝をつく。

 彼女は、俺が救って見せる。

 強くそう念じた。


「生命の息吹よ、どうか彼の者に力を与えん」


 ゆっくりと、丁寧に呪文を紡ぐ。

 言葉の途中で、イリスがそっと俺の腕に触れた。それだけで、力が満ち溢れてくるような気がした。


「……頼む」


 レーテがイリスとは反対の腕に触れた。

 ……大丈夫。ティレーネちゃんは、必ず救って見せる……!

 彼女がここで死んでいいはずがない。まだ言いたいことがいっぱいあるし、聞きたいことだってたくさんあるんだ……!


「……“癒しの風(ヒールウィンド)”!」


 簡単な回復魔法だ。

 だが、ティレーネちゃんに向かって治癒魔法を使った瞬間、確かに暖かなものを感じた。


「……ありがとう」


 目には見えないけれど、彼女たちがここにいることはわかった。

 悲しい運命に翻弄された修道女たちは、それでも俺に力を貸してくれたんだ。

 大切な仲間である、ティレーネちゃんの事が心配で。

 俺は、心の中で何度も彼女たちに感謝した。



「んっ……」


 小さな声が聞こえて、俺ははっと我に返る。

 気がつけば、ティレーネちゃんがゆっくりと目を開くところだった。


「あれ……私……」

「ティレーネ!!」


 レーテが慌てたように彼女の体を抱き起こす。

 俺も慌ててティレーネちゃんの顔を覗き込んだ。


「ティレーネちゃん! 大丈夫!?」

「私、どうして…………っ!!」


 ぼんやりとしていたティレーネちゃんは、突如何かに気づいたように目を見開くと、レーテを突き飛ばして立ち上がった。


「ティレーネ!」

「近づかないで!!」


 一瞬で俺達から距離を取った彼女が銀色に光るナイフを握りしめているのに気が付いて、俺は思わず動きを止める。

 彼女は、そのナイフを自らの喉元に向けていた。


「ティレーネちゃん、危ないよ!!」

「何で……何で助けたのよ!! 私なんて死ねばよかったのにっ!!」


 彼女はさっきまで瀕死の状態で寝ていたとは思えないほど、はっきりとした声を出した。

 その言葉に凍りついた俺の横で、レーテが一歩前へ出た。


「やめろ、ナイフを捨てろ。ティレーネ……!」

「嫌……来ないでよ……! お願いだから私を死なせて……!」


 ティレーネちゃんの声が震えている。ナイフを持つ手も、気の毒なほどがたがたと震えていた。


「ティレーネ、ルディスはもういない! 全部終わったんだ!! だから何も……」

「だったら……私も死なせてください!!」

「何でそうなるんだ!」

「だって……私はあの男の元でたくさんの人を傷つけ、死に追いやったんです!! 私だけこんな風に生きていていいはずがないっ!!」


 ティレーネちゃんは泣いていた。泣きながら叫んでいた。

 確かに彼女はルディス教団の、ニコラウスの元で多くの人を傷つけたんだろう。

 でも、彼女だってそれが正しい救済だと、ニコラウスが正しい世界を作り出すと信じてやったことのはずだ。

 ティレーネちゃんに悪意なんてなかったはずだ……!


「でもっ、君はそれが救いになると思ってて……」

「だから、何だっていうんですか!? そんなの殺された人にとっては何の慰めにもならない!! あんなことをした私が許されるはずがないっ!!」


 ティレーネちゃんは泣きながら絶叫した。

 ……彼女は後悔してるんだ。

 ニコラウスの甘言を信じて、誰もが幸福になれる新世界を信じて、ありもしない理想を信じて、多くの人を傷つける手伝いをしてしまったことを。

 ティレーネちゃんはニコラウスの直属の部下で、一時期はルディスをその身に憑依させていた。

 ……今のこの世界の惨状は、自分が引き起こしたものだと思っているんだろう。


 俺もレーテも何も言えずに立ち竦む。そんな俺たちに泣きながら微笑んで、ティレーネちゃんはぐっとナイフを握りなおした。


「さようなら、レーテ様、クリスさん。あなた達の作り出す世界が、良い物でありますように……」


 ティレーネちゃんがナイフを自分の喉元へと刺そうとする。

 俺は慌てて飛び出したが、この距離じゃ間に合わない……!

 イリスが悲鳴を上げる。俺も必死に手を伸ばす。


 だが次の瞬間――ぱぁんと乾いた音が響いて、続いてナイフが床に落下した音がした。


 俺は思わず目を見開いた。

 いつのまにかティレーネちゃんに接近したテオが、彼女の手首を弾き、ナイフを弾き飛ばしたのだ。


「な、何を……」


「ティレーネ、逃げるな」


 狼狽するティレーネちゃんに、テオは真剣な顔で真っ直ぐそう告げた。

 ティレーネちゃんがひゅっと息を飲む。


「死んで逃げるなんて卑怯な事はやめろ。お前がここで死ねば、お前が罪を償う機会は永遠に失われる。少しでも悪いと思っているのなら、泥水を啜ってでも生き延びろ。生きて……お前が傷つけ奪った以上のものを、守って見せろ」

「でも、そんなことをしたって……私が傷つけた人は戻らない」

「そうだ。ただの自己満足……かもしれないな。だが、いつか……失われた者が戻ってくる時が来るかもしれない」


 テオはそう言うと、俺の方を向いて優しく笑った。

 ……そうだな。百年間お前が頑張っていること、俺も……アンジェリカもちゃんとわかってるよ。


 その言葉を聞いて、遂に堰を切ったようにティレーネちゃんはその場に泣き崩れた。

 そんな彼女の傍らにレーテがしゃがみこみ、優しく彼女の肩を抱いた。


「……一緒に償っていこう、ティレーネ」


 ティレーネちゃんはまだ泣いていたが、彼女がそっと頷いたのが見えて、俺はほっと胸をなでおろす。



「っ、誰か来るわ!」


 だが次の瞬間慌てたような声が聞こえて、反射的に振り返る。

 至聖所の入口を見張るように立っていたミラージュが、じっと入口を睨み付けていた。


 コツコツ、と、誰かの足音が近づいてくる。

 すぐに、その人物は姿を現した。



 ティエラ教の証であるティラの花の紋が刻まれている鎧を身につけている、神殿騎士だ。

 俺は、その男を知っていた。

 ラヴィーナの街でドラゴンを追い払った時に、少しだけ共に戦った。

 解放軍にいた時も、何度かあいさつ程度の言葉を交わしたことがある。

 彼は……レーテ――「勇者クリス」と共に旅立った神殿騎士の男だったはずだ。

 確か名前は……


「ラザラス……」


 振り返ったレーテが驚いたようにそう呟く。

 ティレーネちゃんも信じられないと様子で彼を凝視していた。

 現れた騎士――ラザラスはレーテに近づくと、膝をついて頭を垂れた。


「ご無事で何よりです、ティレーネさん、クリス様…………いえ」


 ラザラスは顔を上げると、困ったように微笑んだ。


「今は……何とお呼びするべきでしょうか」


 俺達は息を飲んだが、レーテはそっと口を開いた。


「レーテ……っていうんだ。本当の名前……」

「……ではレーテ様、あらためて報告させていただきます」


 ラザラスは顔を上げると、しっかりとした口調で報告を始めた。


「城下では解放軍が教団残党と交戦中でありますが、ルディスの降臨の影響か瘴気が強く、現れた魔物の群れに押されています。このままでは壊滅は免れないでしょう。……おそらくは大陸中で、瘴気と魔物の活性化が起こっているものかと」


 ラザラスはさらりとそう告げた。

 ……ちょっとまて、瘴気と魔物活性化?

 解放軍が壊滅する……!?

 しかも、ここだけじゃなく大陸中で同じことが起こっているだって!?


「なんだよそれ! どうすりゃいいんだよ!!」


 思わずそう叫ぶと、ラザラスが俺の方へ視線をやった。


 そして、まるで何か懐かしいものでも見るように笑った。

 その笑みに、何故か胸の奥深くがざわめく。


「……その答えは、君たちがもう持っているはずだ」

「ぇ…………?」


 ラザラスはゆっくりと俺の正面までやって来ると、そっと俺の手を取った。


「思い出してください。今まで見て、感じて、手に入れてきたものを」


 その途端、いろんな思いが、記憶が溢れだしてきた。

 俺とアンジェリカの……楽しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと……。


「この世界は時に残酷です。いっそ、全てを消して新たな世界を作り上げた方が皆幸福になれるかもしれない。それでも、この世界の存続を望みますか?」


 アンジェリカが不条理に殺されたように、レーテやイリスが心無い者達に利用されていたように、ティレーネちゃんや仲間の修道女たちが使い潰されていったように、この世界にはどうしようもなく理不尽で嫌なことが溢れている。


 でも、それでも……


「……俺は、この世界が好きだから……これからもここで生きていきたい」


 嫌な事もたくさんあった。

 でも、それと同じくらい……いや、もっといっぱい、いいことだってあったんだ。


 いろんな場所に行った。たくさんの人に出会った。大切なものが、人が、どんどん増えていく。

 みんな、必死に頑張って今を生きている。

 みんなが長い時間をかけて作り上げてきた世界を、ここで壊すなんてことはできないし、俺だってしたくない。


 そう告げると、ラザラスは満足したように笑った。


「君は、変わらないな……」


 彼がそっと俺の手を離す。そして、ゆっくりと告げる。


「あなたが……君が望む世界を、その思いのままに」


 ……大丈夫、もうやるべきことはわかっている。


 本当の意味で世界を救うのは、俺達じゃない。この大地に生きる、全ての人だってことも。


「イリス、一緒に来てくれるか」


 声を掛けると、イリスはそっと立ち上がり俺の腕を握った。

 レーテとティレーネちゃんも立ち上がり、俺達についてくる。

 そのまま至聖所の外に出る直前に、ヴォルフに腕を掴まれ引き留められる。


「クリスさん、何を……」

「大丈夫、お前も見ててくれ」


 そう告げると、ヴォルフは何も言わずに俺の手を離した。

 そのまま至聖所の外へと出る。見上げた空は、相変わらず暗雲が立ち込め雷鳴が轟いている。

 まるで、世界の終りのような光景だ。


「……なぁイリス、何がいいかな」


 大陸中の人に、この思いを届けるには。

 イリスは少し悩んでいたが、すぐに笑って答えてくれた。


「……虹! 虹がいいよ!!」

「虹、か……」


 確かに、いいかもしれない。

 この暗雲を晴らすような虹が掛かったら、きっとみんな気づくだろう。


 大地を覆う闇を祓い光を取り戻すのは、みんなの希望の祈りだっていうことが。


「クリスさん……お願いします」


 ティレーネちゃんが涙を拭いて、深く頭を下げた。


 彼女はこの世界を恨んでいた。確かに、この世界にはどうしようもなく、理不尽な事だって起こることがある。

 それを許せないこともあるかもしれない。

 でも、きっと彼女は最後の最後で希望を信じてくれたんだ。

 この世界は、大地は、人は……また再生できるって希望を。


 その思いを、この大地に生きる皆に届けなければいけない。


「……失敗するなよ」


 レーテがからかうようにそう口にする。

 振り返って睨むと、レーテは小さく笑っていた。


「……失敗してもいいんだよ」


 何度失敗してもいい。またそこから立ち上がれるんだから。

 俺はいつも失敗ばかりだ。それで失ったものもたくさんあるけど、そこから手に入れたものもある。


「失敗してもいい、か……」

「あら、ダーリンはどんな失敗していても素敵よ?」


 ドラゴンと魔族の女性はこんな時でも緊張感の抜ける会話を繰り広げていた。

 ……異世界から来た彼らも、今のこの世界を好きになってくれたのかな。


「くーちゃん、頑張ってね!」

「まぁ失敗しても僕たちが時間を稼ぐんで何とかなりますよ」


 そう声を掛けてきたヴォルフとリルカに頷き返すと、俺は大きく息を吸った。


 イリスが俺の手を握る。そこから、枯れない泉のように暖かな力が流れ込んでくる。

 そっと杖を握り、頭上に掲げる。

 そこからゆっくりと光が流れ、空に橋を架けた。


 光はどこまでもどこまでも流れていく。

 これなら、きっとこの大陸中の人に届くだろう。


「綺麗、ですね……」

「……そうだな」


 寄りそうようにしてその光景を見ていたレーテとティレーネちゃんが呟く。


 七色の光が流れ、暗雲を晴らしていく。

 まるで、長かった夜が明けたかのように。



 きっと、俺はこの光景をずっと忘れないだろう。


ちなみにラザラスがまともに出てくるのは1章の終盤の数話だけです(笑)

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