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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
最終章 祈りの歌が響くから
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7 妄執

 

「もう至聖所はすぐそこだ! 気を抜くなよ!!」


 レーテが振り返りながらそう叫ぶ。

 もう一緒にいるのは、俺、レーテ、イリスの三人だけになってしまった。

 ……大丈夫。すぐにルディスを追っ払って、残してきたみんなを助けに行くんだから!


 そして、遂にその場所へとたどり着く。

 数多の白い円柱に囲まれた空間だ。その場所自体に、神聖な雰囲気が漂っているのがわかる。

 その手前に、あの男は立っていた。


 ジェルミ枢機卿――いや、ニコラウス。

 ひたすらにアンジェリカだけを求め続けているその男は、やってきた俺を見てにやりと笑う。


「……お元気そうで何よりです、アンジェリカ」


 おそらくは彼に何を言っても無駄だろう。

 それでも、俺は必死に声を張り上げた。


「これが最後だ、ニコラウス。さっさとルディスの降臨を中止して教団を解散しろ!」


 まあ聞くはずがないとは思っていたが、案の定ニコラウスは俺を見て気の毒そうな表情を浮かべた。


「おぉ、アンジェリカ。貴方はまだ悪しき女神に操られているのですね……すぐに私が解放して差し上げますよ……!」

「……ほんとうざいな、こいつ」


 レーテが心底不快そうに吐き捨てる。その気持ちは俺にもよくわかった。

 こいつは己の邪な欲望の為に、多くの人を操り、世界を滅茶苦茶にしている元凶だ。

 特にレーテにとっては、長い間一緒にいたティレーネちゃんを洗脳しているのと同義だ。許せるわけがない。


「……やっぱり、話しても無駄だったな」


 敵対の意志を示すように杖を構えると、ニコラウスはすっと目を細めた。


「……よろしいでしょう。ならば……私の愛の制裁を!!」


 彼がそう叫んだ途端、周囲の空気が変わった。

 空気が重い。そう感じた瞬間、至る所からまるで生き物のように黒い闇の塊が飛び出してきた。


「きゃあっ!」

「イリス、気をつけろ!!」


 イリスを狙って飛来した闇の塊をレーテが切り裂く。

 俺も魔法障壁を張って、やってくる闇の塊を跳ね返す。

 それでも、尽きることなく闇の塊は俺達を狙って降り注いでくる。


「くそっ、きりがない!!」

「……そうだ!!」


 どれだけ有効かはわからない。

 でも、そんなのやってみなきゃわからない!


「“禊祓結界(サンクチュアリ)!”」


 瘴気を消し、空間ごと浄化する神聖魔法――以前使った時は少しの間だけ瘴気の発生を止めることができた。

 思った通り、呪文を唱えた途端俺たちを狙っていた闇の塊は勢いを失くし、空気に溶けるように消えて行った。

 あたりに清浄な空気が取り戻される。


「……素晴らしい! さすがは私のアンジェリカだ!! やはり貴女こそが『奇跡の聖女』にふさわしい御方だ!」

「そんなのどうでもいい!!」


 俺は勇者にはなれなかったし、聖女なんて柄じゃない。

 でも、そんなのは関係ない。

 俺が、こいつを倒す。大事なのはそれだけだ!


「言っておくけどな! 俺は、お前のものじゃない!! いい加減気持ち悪いんだよ! ばぁーか!!」


 挑発するようにそう叫ぶと、ニコラウスは眉を顰め明らかに不快そうな顔をした。


「……少し、お灸を据える必要がありますね」


 彼がそう告げた次の瞬間だった。


「あああぁぁぁぁ!!」

「いやあぁぁ!!」


 聞くに堪えない悲鳴がその場に響いた。


「レーテ、イリス!?」


 見れば、すぐ傍にいたはずのレーテとイリスが床に転がっている。二人の体には、まるで絞め殺そうとするかのように細長いヘビのような影がきつく絡みついているのが見えた。

 咄嗟に二人を助けようと近づいた俺も、何かに強く足を引っ張られ引きずられる。


「ぐっ……!」


 気がつけば俺の全身にもヘビのような影が巻き付いていた。手足や胴体に絡みついた影のせいで、うまく身動きが取れない。

 そんな俺を見下ろしながら、ニコラウスは一歩一歩こちらへと近づいてくる。


「あぁ、アンジェリカ、お許しください。私とて、貴女を傷つけたいわけではないのです……」


 その余裕な態度に思わず背筋がぞくりと寒くなる。

 まさか……さっきまでは手を抜いていたのか……?


 ニコラウスが目の前までやって来ると俺の体を拘束している影が勝手に動き、まるで奴に跪くような姿勢を無理やり取らされる。

 せめてもの抵抗に、視線だけは強く睨み付けた。

 俺は決してお前に服従なんてしない、と伝えるために。

 だが、ニコラウスは俺の視線を受けるとひどく嬉しそうに笑うのだった。


「あぁ、その目ですよ……! 決して折れない不屈の魂、それこそが私の欲していたものだ!!」


 どうやら逆効果だったらしい。

 今までになく興奮した様子の枢機卿は、俺に近づくとするりと頬を撫でてきた。

 気持ち悪さに一瞬で全身に鳥肌が立つ。


「……ずっと、この時を待っていました。貴女の全てを私のものにするこの時をね……!」


 片手で顎を掴まれたかと思うと、



 眼球を、舐められた。



「ひっ」

「あぁ、アンジェリカ……一点の穢れもない貴女を私の手で踏み荒らす……ずっと、夢見ていました。この百年間!!」

「ひぁっ……!」


 枢機卿は興奮しきったように俺の頬を舐めまわしてきた。

 生暖かい感触が吐き出したいほど気持ち悪い。今すぐ逃げ出したいのに体が動かない。

 黒い影に拘束されているというのもある、でも、それよりも大きな本能的な恐怖によって、俺の体は固まって震える事しかできなくなっていたのだ。


「っ、やめろ……!」


 小さなうめき声が届く。そちらに顔を向けると、レーテが射殺しそうな目で枢機卿を睨み付けていた。


「ほぅ、まだ動けたのですか。ならば……」

「うぐぅっ!!」


 黒い影の一つがレーテの首に巻き付く。

 そして、一気に締め上げたのだ。


「やめろっ! うぁ……!」


 なんとか拘束をほどいてレーテの所へ行こうとしたが、俺の体もますます強く影に巻き付かれただけだった。


「哀れなものですね。人間の体など、すぐに死んでしまう」

「や、やめて……」

「……貴女次第ですよ、アンジェリカ」


 枢機卿がそう告げた途端、首を絞める力が弱まったのかレーテが勢いよく咳き込んだ。


「俺、次第って……」

「身も心も私に隷属すると誓い、今ここで契りを交わしなさい。そうすればあの哀れな姉妹を赦し、慈悲を与えましょう」


 未だに黒い影に絡みつかれたままのレーテとイリスに視線をやり、枢機卿はそう告げた。

 その瞬間、目の前が真っ暗になったような気がした。


「隷属、契り……?」

「えぇ、わかるでしょう?」


 枢機卿は優しげな態度を崩さないが、その瞳の奥からは下卑た欲望が見え隠れしている。

 何本もの黒い影が、まるで枢機卿の言葉を実感させるかのように意図を持って俺の体を這い回り始めた。


「っ……!」

「聞、くな……ビアンキ!! ぐっ!」


 必死に声を絞り出したレーテが、また黒い影に首を締め上げられたのが見えた。


「レーテ!」

「さぁ、アンジェリカ。早くしないとあの人間は死にますよ?」


 枢機卿のせかすような言葉と、レーテのうめき声、イリスの悲鳴が耳に届く。

 このままじゃレーテは、それにイリスも、ここで殺されてしまう。


 ……そんなことは、できなかった。


「二人は、助けてくれる……?」

「えぇ、貴女が大切に思う者を葬るのは私の本意ではありません」


 黒い影が服の下から入り込み素肌を撫でる。

 でも、もう抵抗する気力も無くなっていた。


「さぁ、アンジェリカ」


 ……大丈夫、レーテとイリスは助かる。

 俺がいなくても、きっと何とかしてくれるはずだ。

 それに、外にはテオとリルカと……ヴォルフがいる。


『あなたのことが好きです。たった一人の相手として、あなたを愛してる』


 はっきりと返事はできなかった。

 でも、確かにあの時、お前が俺に好きだって言ってくれた時……俺は、嬉しかったんだ。


 でも、もう忘れなきゃいけない。


 ……枢機卿に穢された身で、お前に会う事なんてできそうもないから。


「…………俺、いえ……私は」


 枢機卿は相変わらず下衆な笑みを浮かべて俺を見ている。

 知らず知らずのうちに涙がこぼれていた。でも、手も自由に使えないので拭う事すらできない。


「あ、あなたに……」

「ニコラウス、とお呼びください」

「……っ、ニコラウスに…………」


 熱くなる体とは対照的に心は死んでいく。

 黒い影に刺激され意思とは無関係に体が跳ねる。

 その反応を楽しむかのように、枢機卿は俺を見下ろしていた。


 体を拘束していた影が動き、また別の体勢をとらされる。

 あまりの羞恥と恐怖に、思わず悲鳴を上げそうになるのをなんとかこらえた。


 …………やだな。せめてレーテとイリスには目と耳を塞いでて欲しいんだけど、あいつらも拘束されてるし難しいか。

 

「さあ、アンジェリカ。聖なる誓いを……!」


 どうしようもなく怖くて、悲しくて、うまく言葉が絞り出せない。


 ――レーテとイリスを助けないと。


 その思いだけが、壊れそうな心をつなぎとめていた。もしもここにいるのが俺一人だったら、きっと無様に泣き叫ぶ事しかできなかっただろう。

 でも、もたもたしてたらまた二人が痛めつけられるかもしれない。


 枢機卿が待ちきれないとでも言うように手を伸ばしてくる。

 体を這い回る影に耐えながら、途切れ途切れに言葉を紡いだ。


「私、は…………ニコラウスに……身も、心もっ……捧、げ――」


『ちょっとクリスー』


 絶望に押しつぶされそうになった時、その場の空気を壊すような緊張感のない声が聞こえた。


『浮気なんてひどいよー!』

『フェンリルさまになんて言えばいいのさー!』


 視線を下げると、いつのまにか姿を現した俺の契約精霊――スコルとハティがキャンキャンと憤慨したような鳴き声を上げていた。


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