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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
最終章 祈りの歌が響くから
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6 真紅の約束

 

「消えろっ……消えろ消えろ消えてしまえぇ!!」


 まるで踊るようにして、アンジェリカは次々と炎を生み出しテオへと襲い掛かってきた。


「くっ……!」


 炎を避けた途端、真横から襲い掛かって来たアンジェリカに蹴り飛ばされ、テオの巨体は背後の壁に激突した。


「やはり、ホムンクルスか……!」


 アンジェリカも多少の体術は心得ていたが、ここまでテオを吹き飛ばすほどの力を持っていたわけではない。

 何故アンジェリカやクリスとの出会いについて知っているのかはわからないが、クリスの言った通り、目の前の存在は魂を持たぬ人形――ホムンクルスなのだろう。


 だったら、手加減など無用だ……!


「消えろ消えろ消えっ……!?」


 再び襲いかかってきたアンジェリカの腕を掴み、勢いをつけて床に叩きつける。

 何かが壊れるような嫌な音が響き渡った。


「何をっ……!」

「済まない、時間がないんでなっ!」


 ホムンクルスの弱点は胸に埋め込まれた魔石だと以前に聞いたことがあった。

 大剣を掴みその胸に突きたてようとした瞬間、アンジェリカは空間を切り裂くような悲鳴を上げた。


「い、いやあぁぁぁぁ!! 助けてええぇぇぇ!!」

「お、おい……」


 その悲痛な声に思わず手が止まる。

 だが、アンジェリカはぼろぼろ涙を流しながら叫び続けた。


「助けてっ、助けてよぉ……! アウグスト、クリストフ……!!」


 聞き覚えのある名前にテオの体は凍りついた。

 アウグスト、クリストフ――

 その二人は、百年前のアンジェリカの仲間だったはずだ。


「おまえ、記憶を……」

「いやっ、助けて!! 誰か……ヴォルフ!!」


 更に聞こえてきた名前に、テオは思わず目を見開いた。

 目の前のホムンクルスは、今なんと言った……?


「ヴォルフ、リルカぁ!! 来てよぉっ……!!」


 テオもよく知る二人の名前を呼んで、アンジェリカは錯乱したように泣き叫んでいる。

 ……とても、魂を持たないホムンクルスの反応だとは思えなかった。


「……アンジェリカ!」

「やだ、やめて……!」

「落ち着け!!」


 そっと体を抱き起こすと、また殺されるとでも思ったのかアンジェリカは暴れ出す。

 その体をきつく抱きしめ、テオは何度も言い聞かせた。


「いや! 殺さないで!!」

「大丈夫、大丈夫だ……!」


 恐慌状態に陥ったアンジェリカが再び炎を生み出した。


「……ぐぅっ…………!」


 いくら炎竜フレイムドラゴンといっても、ここまで至近距離で直接体を焼かれれば無事ではいられない。

 意識を飛ばしてしまいそうな激痛がテオを襲う。

 だが、それでもテオはアンジェリカを離さなかった。


「アンジェリカ、大丈夫だ」


 彼女の生み出した炎をその身に受けて、テオは悟った。


 これは、アンジェリカを焼いた炎なのだと。


 百年前、テオがアンジェリカの死を知ったのは彼女が死んでしばらくたった後だった。

 ……その後しばらくは、何もする気が起きなかった。

 このまま、彼女の後を追って命を断とうとすら思った。

 だがそんな自分を繋ぎとめたのも、彼女と交わした約束だった。


『人を学べ、人を守れ。それがあなたの償いとなる』


 自分が死ぬのは構わない。だが、まだ何の償いもできていない。

 せめてできる限り自分の犯した罪に向き合おうと決意し、気が付いたら百年の時が経っていた。


 その間、アンジェリカの事を考えない日はなかった。

 自分はアンジェリカに救われたのに、彼女が窮地に陥った時に何もできなかった。気づきすらしなかったのだ。


 アンジェリカはきっと苦しんだだろう。

 たった一人で、何を思って死んでいったのだろう。

 誰かに、助けを求めたのかもしれない。


 目の前のホムンクルスの錯乱を見ていると、どうしてもそう思えて仕方がなかった。


 確証はない。だが、テオの中で一つの仮説が浮かび上がっていた。

 ホムンクルスは魂を持たない人形だ。だが、リルカのように肉体を持たない存在が宿る事もある。

 ……目の前のアンジェリカは、非業の死を遂げたアンジェリカの怨念や残留思念、それに現在のクリスの記憶や感情が混ざったものが、アンジェリカの容姿に引き寄せられて宿った存在なのではないかと。


 もしそうだとしたら、放っておくわけにはいかない。

 今も、アンジェリカは尽きない恐怖と悲しみの中にいるのだから。


「大丈夫、大丈夫だアンジェリカ」


 意識が飛びそうな激痛と熱気の中で、テオは何度もそう繰り返した。

 やがて、腕の中のアンジェリカの体から力が抜けていく。

 それを見計らって腕の力を緩めると、のろのろと顔を上げたアンジェリカと目が合う。


「大丈夫だアンジェリカ。オレがついている」

「…………テオ?」


 アンジェリカはそこではじめてテオがいた事に気づいたように、泣きそう顔を歪めた。


「怖かった、怖かったの」

「……あぁ、そうだろうな」


 ゆっくりとアンジェリカの背中を撫でると、小さな嗚咽が漏れだした。


「熱くて、怖くて、でも……誰も来てくれなくて」

「……済まない、済まなかった、アンジェリカ」


 百年前、彼女を救う事ができなかった。

 だから……今度こそ後悔したくない。


「安心しろ、アンジェリカ。オレが……オレ達がついてる」

「ぇ……?」

「オレに、ヴォルフにリルカだ。知っているだろう?」


 優しくそう問いかけると、アンジェリカは何かを思い出したかのように少しだけ微笑んだ。


「ヴォルフ、リルカ……えぇ、知ってる。知ってるの……」

「そうだ、オレ達がついてるからおまえは一人じゃない。だから……もう苦しむ必要はないんだ」


 アンジェリカの目がゆっくりと見開かれる。テオはそっと彼女の手を握ると、何度も言い聞かせた。


「オレたちがいる。何があってもおまえを守るさ」

「……本当に?」

「あぁ、約束だ」

「約束……」


 そう呟くと、アンジェリカは安心したように笑った。

 その表情からは、先ほどの恐怖や憎悪はすっかり消えているようだった。

 テオは先ほどクリスたちが消えて行った聖堂の奥を指差すと、ゆっくりとアンジェリカに語りかける。


「オレたちが一緒にいる。だから、おまえもクリスの所へ戻れ」

「クリス……?」

「あぁ、知ってるだろう?」


 そう問いかけると、アンジェリカはそっと頷いた。


「クリス、知ってるわ……。クリスは、私……だったのね」

「……あぁ、そうだ。おまえはクリスと、アンジェリカの一部なんだ。クリスは向こうにいる。そこへ行けばもう大丈夫だ」

「そこに、行けば……もう、怖くない?」

「あぁ、オレたちがついている。おまえにそんな思いはさせないさ」


 そう言い聞かせるとアンジェリカは再びテオの方を向き、ゆっくりと口を開いた。


「……約束」

「ん?」

「約束、して」


 アンジェリカがそっと伸ばした手を、テオはしっかりと握りしめた。


「……約束しよう、アンジェリカ、クリス。これからも一緒だ」


 アンジェリカの生まれ変わりだからじゃない。今は「クリス」の事を大事に思っている。

 それはヴォルフもリルカも、他の者も同じだろう。

 もうアンジェリカのような悲劇を、繰り返させはしない。

 握りしめたアンジェリカの手から徐々に力が抜けていく。

 アンジェリカはそっと目を閉じて、そして二度と動かなかった。


 その様子を見届けて、テオはアンジェリカの体をそっと床に横たえる。

 アンジェリカの抱えた苦しみや悲しみはクリスの中へと戻った。今後、クリスがその感情に悩まされることもあるかもしれない。

 それでも、その黒い感情をゆっくりと癒していくことはできるはずだ。


「約束だ、アンジェリカ」


 約束は終わらない。

 自分は、いつだってその約束に生かされている。


「……まだまだ死ねないな」


 まだまだ償いは終わらないし、今はとにかく目の前の危機をなんとかしなければならない。

 ろくに死んでいる暇もなさそうだ。


 最後にもう一度アンジェリカの方を振り返り、迷いを断ち切るようにテオは走り出した。


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