24 残された方法
…………ルディスを葬る??
ヤバい。俺にはフィオナさんの言っていることがよくわからなかった。
「……済まない、順を追って説明してくれないか」
だが、戸惑っていたのは俺だけではなかったようだ。
少し遠慮がちにテオはそう口にした。
「……そうね、まずは情報共有をするべきね」
フィオナさんははっと何かに気が付いたような顔をすると、大きく息を吐いた。
そしてテオの方へ視線をやると、ゆっくりと口を開く。
「あんたがこの一年どこをほっつき歩いてたとかそういう事は聞かないわ。時間がないもの。……だから、よく聞いて頂戴」
フィオナさんはそう言うと、ちらりとリルカの方へと視線をやった。
「リルカが戦ったあの怪物によると……次の新月の夜、ミルターナ王都の大聖堂にルディスが降臨するという事です。ルディスは、女神アリアのいなくなった場所に自分が君臨し、この世界への影響力を強めるつもりよ。もしそこを見過ごせば、状況が一気に悪化することが懸念されます。だから、ルディスがこの世界へとやってきたのを一気に叩く事にします」
「……その情報は、信用できるんですか」
堅い声でヴォルフが問いかけた。
「そんな得体も知れない相手の話なんて……罠だったらどうするんですか」
「そうだな、その可能性もある」
冷静にそう返したのは、フィオナさんの傍に陣取ったアコルドだ。
「あの大海蛇の話が真実だとは断言できん。だが、俺としては十二分に可能性のある話だと思っている。事実、我々が新たな守護神を選定するのには時間がかかる。奴がアリアのいなくなった場所を乗っ取りに来るとしたら、今が最大のチャンスだ。その隙を突きにここへ来ることは俺も可能性としては考えていた」
「えーっと……」
俺はなんとか頭の中を整理しようとした。
フィオナさんたちの話は壮大すぎていまいちよくわからない箇所もあるが、それでもわかることもある。
「ルディスはラファ……女神アリアを殺して、その場所を乗っ取ろうとしてるってこと?」
「そうだ。そして、アリアは既に死んだ。あとは空白になったその場所へ自身が降臨すれば儀式は完了だ。晴れて奴はこの世界の守護神の一柱となる」
「守護する気なんてないくせにっ……!」
フィオナさんは苦々しくそう吐き出すと、大きく息を吸った。
俺にも、だんだんと事態が呑み込めてきた。
ルディスの攻撃から、この世界を守る為に女神アリア――ラファリスは死んだ。
俺はそれを目の前で見ていた。
あいつは最後まで、この世界の事を、俺の事を心配していた。そんなあいつの思いを、ルディスは踏みにじろうとしているんだ……!
「……フィオナさん、次の新月の夜までそう時間はありませんよね。具体的にはどう動けばいいんですか」
なんとか感情を抑えてそう問いかけると、フィオナさんは少し戸惑った様子を見せた後、答えてくれた。
「……そうね。できれば多方面と連携を取って総攻撃を仕掛けたいけれど、もうそんな時間は残されていないわ。あなた達には、少人数で王都の大聖堂に侵入し、そこでルディスを討ち取って欲しいの」
フィオナさんはゆっくりとテオに視線をやった。
「あなた、ドラゴンなんですってね」
「……あぁ、信用できないという事ならこの場から叩きだしてもらっても構わない」
「いいえ、あなたがいなければこの作戦は成立しないわ」
そう告げたフィオナさんに、テオは少しだけ驚いたようだった。
「……もう次の新月の夜はすぐよ。普通の手段でミルターナの王都を目指していては間に合うかどうかわからないわ。おそらく妨害もあるでしょうしね。だから……あなたの力が必要なの」
「……なるほど」
フィオナさんの言葉を受けて、テオは小さく笑う。
「空を飛んで行け、ということか」
「そうよ。そうしなければ間に合わないわ。あなた、人を乗せていくとして何人まで乗せられるの?」
フィオナさんにそう問いかけられ、テオはしばしの間考え込んでいた。
「そう大人数は無理だな。おそらく飛行中に振り落とされるだろう。大人だったら四人から五人、子供ならもう少し行けるだろう」
「……わかったわ、ありがとう」
フィオナさんはそう言うと、ゆっくりと目を瞑った。
「……ルディスって神様なんだろ。この世界にやって来たとして、どうやって倒せばいいんだよ。物理攻撃とか効くの?」
今まで黙っていたレーテが少しこわばった顔でそう口にした。
「……単純に物理攻撃を加えるというよりは、集めたエネルギー……強大な力をぶつけると言った方法がいいだろう」
「……まさか、クリスさんにやれなんて言いませんよね」
したり顔で解説を始めたアコルドを睨み付けて、ヴォルフがぽつりとそう呟く。
アコルドはにやりと笑うと、何でもない事のように告げた。
「そのつもりだが?」
「だ、駄目です!!」
弾かれたように立ち上がったのはリルカだった。
「たったひとりに犠牲を押し付けるなんて……そんなやり方はダメですっ!!」
「……話にならない、僕たちは降りさせてもらいます」
そう言って、ヴォルフは俺の腕を掴んで椅子から立たせようとした。
「……そうだな。悪いがオレの大事な仲間を生贄にすることはできん。この話は無かったことにしてくれ」
テオまで冷たくそう告げた。
そんな俺たちに、アコルドは大きくため息をつく。
「おい、話は最後まで聞け。まったく最近の若い奴らは……」
ぶつぶつと文句を垂れながら、アコルドは立ち上がって俺達の方へとやって来た。
「確かに、ルディスを狙い撃つのは君の役目だが、俺は別に君に死ねと言っているわけじゃない」
「でも、大地の中心で手に入れた力を使えば死ぬって……」
俺がラファリスと一緒に大地の中心へ行って手に入れた力。
確かにこの力なら神を殺せるかもしれないが、間違いなく負荷で俺も死ぬだろう。ラファリスだってそう言っていた。
「……あの力は使うな。それより、他に方法を見つけた」
アコルドはそう言うと、部屋の隅で黙ったままだったレーテとイリスの姉妹へ視線をやった。
「……何? 言いたいことがあるならはっきり言えよ」
不快そうにレーテはそう吐き出す。
アコルドは動じずに、静かに告げた。
「君達二人の力が必要だ」
「はぁ?」
レーテは馬鹿にしたような声を出したが、イリスはレーテから離れると一歩アコルドの方へと近づいた。
「おい、イリス!」
「教えて、私に何ができる?」
姉の咎めるような声にも耳を貸さず、イリスは真っ直ぐにアコルドを見つめている。
「簡単に言えば、昨日あの大海蛇を倒したのと同じことをして欲しいんだ」
「みんなの力を集めて、届けるんだっけ……」
「そうだ」
ひどく抽象的な話だ。
でも、イリスにはわかるのかうんうんと頷いている。
「私はこれから各所に働きかけて、できるかぎり力を集められるように手配するわ。それでうまくいけば、誰も死なずにルディスを倒せるはずよ」
フィオナさんは疲れ切った顔で、でもはっきりとそう告げた。
きっと彼女も必死にいろいろ考えて、考え上げた作戦なんだろう。
たぶん、俺が大地の中心で手に入れた力を使えばルディスを倒せる。でも、そうすれば俺は死ぬ。
きっと俺が死ななくても済むように、フィオナさんはこんな不確定な作戦を考えてくれたんだ。
「じゃあなんだ、イリスも連れてくって事か」
「そうだな。それに、君にも来てもらいたい」
アコルドにそう言われて、レーテは驚いたように目を丸くした。
「君の妹の集めた力を最大限に引き出すためには、彼女と深いつながりを持つ者が望ましい」
「……僕と、あいつってことか」
レーテはちらりと俺に視線をやった。
イリスと深いつながりを持つ者……レーテはわかるけど、俺も?




