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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第八章 蛇の甘言、竜の影
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9 精霊と錬金人形

 

「ひゃあぁぁ!!」


 突如襲った大地がひっくり返るほどの衝撃に、必死で走っていたリルカは思わず地面に転がってしまう。


『リルカ、大丈夫!?』


 その途端、リルカと一緒にいた精霊のきょうだい達が騒ぎ始める。

 この衝撃は……まさか、魔導砲が発射されたのか!?

 慌てて立ち上がったリルカはすぐに大学の方を確認した。木々に遮られて全容は見えないが、アムラント大学はいつもと変わらずそこに在るように見える。

 城の尖塔も、いつも通りだ。


 魔法障壁を張る為に、大学の奥の森を超えた先にある丘に、リルカは精霊の家族を呼びに来ていた。

 事情を話すと母はすぐに頷いてくれ、こうして精霊のきょうだいたちと一緒に大学へ戻る途中だったのだ。


 間に合わなかったのか!? とヒヤッとしたが、どうやら大学自体に魔導砲が放たれたわけではないらしい。

 不思議に思っていると、また精霊のきょうだいたちが騒ぎ始める。


『大変っ、森が燃えてる!!』

「えっ?」


 慌てて顔を上げると、少し離れた場所から煙が上がっているのが見えた。

 あの場所は……おそらく住む人もいない森の中のはずだ。

 おそらくさっきの揺れは魔導砲が放たれた衝撃ではあるが、場所は大学内ではなく森の奥深くだったようだ。


 リルカは少し安堵したが、精霊たちは口々に怒りをにじませている。


『あんなのひどすぎるよ!』

『リルカ、やっつけに行こう!!』


「…………うん!」


 一度外れたからと言って油断はできない。

 すぐに魔法障壁を張る準備をするべきだ。

 そう思い直して、リルカはまた走り始めた。



 大学へと戻る道すがら、リルカは錬金術師ルカの家の傍を通った。


 クリスたちと離れてからこの島で過ごした一年ほどの間、リルカと錬金術師ルカの関係はおおむね良好と言っても良いものであった。

 一度はリルカの事を危険なホムンクルスだとして解体しようとしたルカだったが、周囲の説得もあってか今はリルカの事を見守ってくれているようだ。


 彼自身は元々近寄りがたい雰囲気を纏っており、リルカは彼の前に立つといつも震えてしまうのだが、ルカの弟子であるクロムやフィオナの仲介もあってなんとかあいさつ程度まではできるようになった。


 彼にも異変が起こったことを伝えるべきだろうか。

 思わず家の前で立ち止まると、まるで図ったようなタイミングで家の扉が開く。


「……おまえか」


 顔を覗かせたのは、家主である錬金術師のルカだった。

 彼に焦った様子はないが、怪訝そうにあたりを見回している。きっと、何が起こったかまでは把握していないのだろう。


「あ、あの……魔導砲が……」


 おそるおそるそう口にすると、ルカは不快そうに眉をしかめた。


「……まだあんなものを研究する奴がいたのか」

「リルカは、魔法障壁を張る為に精霊たちを呼んできて……、あのっ、すぐに戻らないと……」


 彼に焦った様子はないが、魔導砲の事は知っているようだった。

 だったら、自分の判断で逃げるなりなんなりするだろう。

 リルカはまた大学に向かって走り出そうとしたが、背後からルカの鋭い声が飛んできて思わず足を止めてしまった。


「待て」

「な、なんで……」


 振り返ると、ルカが険しい目つきで大学の方を見ていた。


「俺も行く」

「えっ……?」


 リルカは驚いたが、ルカはそのままリルカを追い抜いて大学の方へと足を進めようとしている。

 リルカも慌てて追いかけたが、その前にルカの家の方から物音がして、思わず振り向いてしまった。

 ルカの家の扉が再び開く。そこから、ひどくだるそうな様子のルカの弟子――クロムが顔を覗かせた。


「……僕もいきます」


 クロムはふらふらと危なっかしい足取りでリルカ達の方へと近づいてくる。

 その姿を見て、リルカは思わず息を飲んだ。


 ルカの弟子であるクロムは、師匠とは違い人懐っこい性格であり、リルカの事も再会した当初から可愛がってくれていた。

 エルフ族らしく成長は遅く、見た目はほとんどリルカと同年齢と言ってもよいくらいだが、彼自身は生まれたばかりのリルカを育てたという意識が強いらしく、何かとリルカの保護者として振る舞おうとすることが多かった。

 リルカ自身もさすがに彼を親だとは思えなかったが、どこか兄のような親しみを感じていたのも事実だ。


 そんないつも騒がしいクロムの様子が、明らかにおかしかった。


 どこかぼんやりとした表情で、体もふらついている。

 それに、快晴を思わせる彼の青色の髪の毛先に、何故か絵の具を滅茶苦茶にぶちまけたように様々な色が混じっていたのだ。

 思わずその顔を覗き込んで、リルカは目を見開いた。

 青空のような色だったはずのクロムの目も、髪と同じように様々な色が混じりあう奇妙な様相を見せていた。

 明らかに、通常の人ではありえない状態だ。


「あ、あの……それ……」


 震える声でそう口に出すと、クロムもリルカが何を気にしているのかすぐにわかったのだろう。

 指先で奇妙な色になった髪を一房つまむと、安心させるように笑って見せた。


「あぁ、これはイメチェンだよ」

「いめちぇん……?」


 リルカにも髪を染めようとしてこうなったのではないことくらいはわかる。だが、クロムはあくまで自分の意志でそうしたとでもいうように、ほとんど変わらない背丈のリルカの頭を優しく撫でた。


「……急ごう。よくないものが来てる」

「えっ?」


 戸惑うリルカの手を引いて、クロムはルカに近づいた。


「……おいてくなんてひどいですよ」

「使い物にならないと思っただけだ」

「ここで使えなきゃ、この先一生使い物になんてならないと思います」

「……それもそうか」


 リルカにはさっぱりなんのことだかわからなかったが、ルカは何かに納得したように深く頷いた。


「行くぞ。……元はと言えば、俺が蒔いた種だからな」


 それだけ言うと、ルカは早足で大学の方へと歩き出す。

 リルカとクロムも、慌ててその後を追った。



 ◇◇◇



 大学に近づくにつれ、人々の悲鳴や怒号が聞こえてきた。

 きっと皆近くの森が魔導砲で焼かれた事に戸惑っているのだとリルカは思ったが、そうではなかった。


 大学の中では、何体ものホムンクルスが人々に襲い掛かっていたのだ。


 いや、目に見える範囲だけでも十体近くのホムンクルスが暴れている。きっと他の場所でも、何十体ものホムンクルスが人を襲っているのだろう。


「と、止めないとっ……! みんな、力を貸して!!」


 ついてきた精霊たちのそう頼むと、すぐにリルカのきょうだいたちは四方に散って行った。

 人の目に見えない精霊と言えど、その力は絶大だ。きっと人々を守ってくれるだろう。


「やっぱり僕が来て正解じゃないですかぁ」

「ぐーすか寝てたくせに偉そうなことを……」


 こんな非常事態なのに、ルカとクロムは軽口を叩きあっている。

 思わずいらっとしてリルカは強い口調で二人を叱りつけた。


「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!!」


 普段はおとなしいリルカが強く出た事に驚いたのだろうか、ルカとクロムはびくりと肩を竦ませた。


「こ、こんなに大変なことになってるのに……早くしないとっ……!」

「ごめんごめん! 今なんとかするよ!!」


 いつのまにかリルカはぽろぽろと泣いていた。

 だって、こんなにたくさんのホムンクルスがここにいて……みんな、無事でいられるわけがない!!

 魔導砲がいつまた撃たれるかもわからないのに、一体どうすればいいんだろう。

 頭が混乱して、うまい解決策が思い浮かばずに、嫌な想像ばかりが頭をよぎる。


 リルカが泣き出したことに焦ったのか、クロムは慌てたようにリルカの両肩に手を置くと、必死にリルカを宥めはじめる。


「大丈夫、なんとかなるって!」

「な、なんとかって……どうやってっ……!」


 そう叫んだリルカの肩を、ルカがぽん、と軽く叩いた。


「……ホムンクルスは俺が作りだした物だ。だったら、俺になんとかできん訳がない」

「え……?」


 困惑するリルカをよそに、錬金術師のルカはにやりと笑う。


「精々おまえは引きずられないように踏ん張ってろ」

「えぇ……?」


 ルカはリルカの肩に手を置いたまま、まっすぐにクロムを見ていた。

 リルカもその視線を追って、クロムに目をやる。

 周囲の喧騒などどこ吹く風で、クロムはじっと目を瞑っていた。

 そして、ゆっくりと目を開くと大きく息を吸って、クロムは口を開いた。


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