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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第七章 大地の中心で愛を叫ぶ
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17 愛の在処

 ヴォルフは今なんて言った?

 俺の事を好きだって?

 でも、何で今そんなことを言うんだ……?


「き、嫌われてるとは思ってなかったけど……」


 こいつの性格上、たぶん嫌われてたらとっくに見捨てられていただろう。ここまで一緒に来てくれたって事は、そこまでは嫌われてはないってことだ。

 俺だってこいつの事が好きか嫌いかで言ったら、好きだと言うだろう。口は悪いしむかつくことも多いけど、頼りになるし心の支えになってくれている。

 ……そんなの、言わなくたって伝わっていると思っていた。


 じゃあ、何でわざわざそんなことを言ったんだろう。


 困惑する俺を見て、ヴォルフは肩を掴んでいた手を緩め、大きくため息をついた。


「やっぱり気づいてない。……というか、わかってないですよね」

「え……?」


 何が、と聞き返そうとした瞬間、肩を掴んでいた手が背中にまわり、強く抱きしめられた。

 そして、耳元ではっきり告げられる。



「あなたのことが好きです。たった一人の相手として、あなたを愛してる」



 そこまで言われて、やっと俺は理解した。

 こいつは俺の事が好きなんだ。……恋愛感情として。


「……え、ええぇぇぇ!? ちょ、ちょっと待って!!」


 思わずヴォルフの体を押し返す。ヴォルフは案外あっさり身を引いた。

 心臓がばくばくとうるさい。頬が熱い。

 こいつが俺を好き? 恋愛感情で!?

 なんで!!?


「あ、あのっ……俺本当は男で……」

「……知ってます。何度も自分でそう言ってたじゃないですか」


 もしやいまだに俺の事を女だと勘違いしているのかと思ったが、どうやら俺が本当は男だってことも理解しているようだ。


「じゃあ、なんで……」


 男が男を好きになる事だって……まぁ、あるのかもしれない。

 でも、こいつが俺の事を好きになるなんて理解できない。

 ……だって、俺にはそんな好きになってもらえる要素なんて何もないのに。


「お、俺は……性格悪いし、わがままだし、何にもできないし……」


 自分で言っててへこんできた。

 あらためて考えると、ほんと俺っていい所がないな……。


「知ってます。あなたがわがままで、自分勝手で、すぐ一人で突っ走るどうしようもない性格だってことも」


 傷口に塩を塗り込むようにそう言われ、俺はまた落ち込んだ。

 すると、再び体を引き寄せられる。


「……でも、そんなところも全部好きなんです。もう、自分でもどうしようもないくらいに」


 抱きしめる力が一層強くなったのがわかった。


「……行かないでください。あなたに、死んでほしくない」


 耳元でそうささやかれた途端、胸の奥からじんわりと熱いものがこみあげた。

 自分を抱き留める腕に身をゆだねてしまいたくなる。


 でも駄目だ。俺には、やらなきゃいけないことがあるから……。


「俺が行かなきゃ、世界が壊れちゃう……」

「そんなのどうでもいい」


 そんな滅茶苦茶な言葉と共に、逃がさないとでも言うようにますます強く抱きしめられる。


「どうでもよくはないだろ……。俺一人と世界全部だったら、世界の方がよっぽど大事なんだから」

「誰がそんなこと言ったんですか。……少なくとも僕にとっては、世界よりあなた一人のほうがずっと大事だ」


 思わず息が詰まった。だって、そんな事を言われるなんて思ってもみなかったから。

 自分を犠牲にしてでも世界を救わなきゃいけない。何度も何度も自分にそう言い聞かせてきた。本当は怖くてたまらないのに、虚勢を張ってなんとかここまで来た。


 その虚勢が、自分を覆う堅い殻が、どんどん剥がされていく。

 ……駄目だ。このままだと、どうしようもなく弱い本当の自分が出てきてしまう。


「でも、だってっ……」

「もういいから」


 一旦体を離すと、再び強い力で両肩を掴まれた。

 そのまま壁に押し付けられる。


「俺は、行かなきゃ……」

「黙って」


 ヴォルフの顔が近づいてくる。



 そのまま言葉を封じるように、唇を重ねられた。



 恋愛経験ゼロの俺は、もちろんキスなんてしたことない。

 一瞬で頭の中がパニックになって、ただ固まる事しかできなかった。


「……大丈夫ですか」


 時間としてはほんの数秒だったし、ほんとうにただ唇を重ねただけだった。

 でも、俺は力が抜けてヴォルフに支えられなきゃ立っていられないような状態になってしまった。


 ……これ以上は駄目だ。元に戻れなくなる。

 自分を守る殻が砕けて、柔く脆い自分が出てきてしまうような気がする。

 一度縋りついてしまったら、きっともう自分一人で立つこともままならなくなる。


「だ、だめ……」


 再び近づいてきたヴォルフの顔を、なんとか震える手で押しとどめる。

 ヴォルフは不満そうに眉をひそめた。


「……嫌なんですか」

「そうじゃないけど……やっぱり、行かなきゃ……!」


 嘘だ、本当は行きたくなんてない。

 それでも、なんとか残った虚勢をかき集めてそう告げる。


 だが次の瞬間、強い力で両手首を捕らえられ、今度は少し強引に口づけられた。

 驚いてわずかに開いた口から舌が入り込んでくる。

 先ほどよりも深く、奥まで探られ、絡め取られ、必死に隠していたものが暴かれていくようだった。

 何もかも、奪い去られそうになる。


 触れ合った箇所から、心ごと、体ごと甘く溶かされていくような不思議な感覚だった。

 心の隙間が満たされていくような……何か暖かいもので包まれるような心地に、頭がぼんやりとする。


「……ふぁ…………んっ、はぁ……」


 足から力が抜けて、体が崩れ落ちそうになる。

 すぐに軽々と支えられて、はぁはぁと荒く息をついた。


「……もっと頼ってください、僕たちのこと」


 存外に優しく声を掛けられて、最後の殻が剥がれおちた。

 必死に作りだした「強い自分」が消え、弱くて泣き虫な、本当の自分が表に出てきてしまう。


 もう、耐えられなかった。


「……なぃ、死にたくない……!」


 必死に抑えていた感情が溢れだして、無我夢中で目の前の体に縋りつく。



「…………怖い、怖いよ……!…………お願い、たすけてよぉ……!!」



 そう吐露した途端、息もできないほど強く抱きしめられた。


「絶対、守るからっ……!」


 抱きしめられながらそう告げられて、もう込み上げてくる涙を抑えられなかった。

 ずっと、ずっと……もしかしたら俺が生まれる前から、誰かにそう言って欲しかったのかもしれない。

 アンジェリカが、俺が抱えた黒い感情がすこしずつ浄化されていく。



 いろんな思いが溢れて、ヴォルフの腕の中で俺はずっと泣き続けた。

 やっと嗚咽が収まりかけた頃、ヴォルフがそっと体を離そうとしたので、不安になって必死にしがみついた。


「やだっ、いかないで……!」

「いや、でも……」


 ヴォルフは口ごもると、有無を言わせず体を離した。

 急に拒絶されたような気がして、また目から涙が溢れだす。


「なんで……? 俺のこと、好きっていったのに……!」


 もう気づかされてしまった。世界の為とはいえ、犠牲になんてなりたくない。こんなところで死にたくはない。

 俺のこと、守るって言った癖に……!


 ヴォルフは大きくため息をつくと、部屋の中央に視線をやり口を開いた。


「……リルカちゃんと、レーテさんが見てる」

「………………は?」


 おそるおそる視線を部屋の中央へ向ける。

 そこには気まずそうな表情を浮かべたレーテと、顔を真っ赤にしてレーテの背中に張り付いたリルカがいた。


「……ごめん、君達の邪魔するつもりじゃなかったんだ。謝るよ」


 レーテは心底いたたまれなさそうにそう言った。リルカはちらりと俺の方へ視線をやったが、すぐまたぴゃっとレーテの後ろに隠れてしまった。


 俺はただただ固まる事しかできなかった。

 ……見られた。


 見られた見られた見られた見られた……。


「……殺せ」

「えっ!? 死にたくないって言ったばっかじゃないですか!」

「うるさい! 俺にも恥の意識はあるんだよ!!」


 年下のヴォルフに甘えて、わんわん泣いて、挙句の果てには「やだっ、いかないで……!」とかふざけたことを抜かした過去の自分をいますぐぶち殺したい。

 そのまま外に飛び出そうとしたが、すぐにヴォルフに羽交い絞めにされた。


「まあまあ、そんなに照れることはないじゃないか」


 レーテがにやにや笑いながら近づいてくる。

 恥ずかしいやらいたたまれないやらで、俺は反射的に大声を出していた。


「うるさいっ! ていうかお前いつからいたんだよ!!」

「降りてきたのは君がわーわー泣いてる時だよ。その前から二階で聞いてたけど」

「……いつから」

「『このまま行かせてくれ……!』とか言ってたあたりから」

「ほぼ最初っからじゃねーか!!」


 どうやら俺たちのやりとりはほぼ最初からレーテと……たぶんリルカにも聞かれていたらしい。

 もう無理だ。誰かいますぐ過去に戻って俺を殺してくれ!!


「リ、リルカ……ドキドキしちゃった……」

「ちょっとリルカには刺激が強すぎたかな。君達ももう少し場所は選んだ方がいいよ」


 リルカは真っ赤な顔で、だがどこかきらきらした瞳で俺を見つめていた。

 恋に恋する女の子って、こういう感じなのかな……。


「……とりあえず、部屋に戻らない?」


 レーテにそう言われ、俺は無言で頷いた。

 もう、一人で行こうとする意志は無くなっていた。

 俺には傍にいて支えてくれる人がいる。

 これからもその人たちと一緒に生きていきたい。そう気づかされてしまったから。


「ほら、行きますよ」


 ヴォルフが俺の手を握って歩き出した、その手を一本一本指と指を絡めるように握り返して、俺は驚いたように振り返ったヴォルフに告げた。


「……ありがとう」


 止めてくれてありがとう。

 好きって言ってくれてありがとう。


 ……お前のその優しさは、いつも俺を救ってくれてる。


 たった一言でどれだけ伝わるかわからなかったけど、それでも言っておきたかったんだ。

 ヴォルフは無言で俺の手を強く握りしめた。


 たぶん、伝わったと思っていいのかな……。




実は今日で1話目の投稿からちょうど一年になります!

うまく告白回を持ってこれたので安心しました!!

ここまで続けてこられたのも読んでいただいている皆様のおかげです。

物語も終盤に近づきつつあるので、あと少しお付き合いいただけると嬉しいです!!

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